二章5話 リデッサス大聖堂
だいたい二時間ほどかけて、各遺跡の入口の確認を行った。
遺跡に入ってしまうと『感覚』が発動してしまうと思われるので、どの遺跡にも直接入ってはいない。その代わりといってはなんだが、この時間帯――昼過ぎというクリスクならあまり探索差やの出入りが無い時間帯であっても、人影を確認することができた。
すべての遺跡ではないが、二つの遺跡――リデッサス遺跡とクラツェフカ遺跡は、この時間帯でも出入口には多くの人の姿があった。大半は遺跡から出る人であるが、入る人も少しながらいた。
推測になるが、遺跡から出る人は午前中に入って昼飯時にはまだ中にいるというタイプだろう。クリスク遺跡街でいうところの昼組に近いが、彼らよりも活動時間が長いか、もしくは時間が後ろにずれているのだろう。遺跡に入る人に関しては……メリットがいまいち読めないが、他の探索者と被らないようにしているのかもしれない。この二つの遺跡の内部はだいぶ混雑していそうだ。あまりに混雑度合が大きいと、俺の『感覚』の仕様上、探索に不向きかもしれないな。リデッサス遺跡の方は広い安全地帯を持つので、できれば探索したいと思っているが、難しくなるかもしれないな。いやまあ、そのあたりは後々考えよう。
一方で、他の五遺跡ではあまり多くの人を見ることは無かった。出る人は少し見かけたが、入る人は皆無であった。なお、ドロズル遺跡に関しては出る人も皆無であった。
まあ、クリスクで言うならば、昼組が戻った後の時間なので、むしろこちらの方が親近感がある。とはいったものの出る人が少数いる分、クリスク遺跡よりも、やはり人は多い気がする。最も人気が無さそうな、ドロズル遺跡がクリスク遺跡相当と思っておこう。
そして、きっとギルドの混雑具合から考えるに、そのドロズル遺跡も朝や正午、夜には出入りが激しくなると考えられる。まあ、クリスク遺跡と同じなら、午後に安全地帯や低層を巡る分には、他の探索者との接触は無さそうではあるが……近いうちにメインとなりそうな三遺跡――リデッサス遺跡、ニノウォ遺跡、ドロズル遺跡はそれぞれ一日ずつ出入口を見張って、探索者の出入りを確認してもよいかもしれない。内部の広さや人気の層などを調べておけば、出入りのタイミングの情報と合わせることで、時間当たりの内部の混雑具合が予想できる気がする。
最後の遺跡を確認したあと、街になれるために、ギルドの周辺へ向けて大通りを歩いていると、遠目に大きな建物が見えた。気になり、大通りから外れないようにその建物に近づいていく。
そしてある程度近づいたところで気付いた。それは聖堂だった。いや、大聖堂といった方が良いかもしれない。建造物の見た目はクリスク聖堂に似ているが、その規模は数倍以上だった。大きさの驚きながらも歩き続けると、大聖堂を囲む白亜の壁が見えた。近づくと分かるが、壁だけでも十分に大きい。高さは十メートル以上ありそうだ。さらに壁の内側には、高さ数十メートルはありそうな尖塔が聳え立っている。
大きい建造物というのはそれだけで、一種の荘厳さがあるが、これだけスケールが大きいと上手く感想を言うこともできなくなる。ただただ、「おお」と声を漏らしてしまうばかりだ。クリスク聖堂もかなり大きかった、というか、この世界に来て、たぶん一番大きな建物だったが、どうやら記録更新のようだ。この大聖堂が俺がこちらに来て見た一番大きな建物になった。そして、おそらくだが、それはしばらく更新されることはないだろう。
一通り大きさに感動した後は、別のことに意識が移った。なんというか、この大聖堂には惹き込まれるものを感じた。なんだろう。たぶんだけど、美しい造りをしているんだと思う。『たぶん』とつけてのは俺は建造物の美醜の感覚がよく分からないからだ。
西洋建築……ゴシック建築みたいな感じだと思うのだが、クリスクの聖堂よりも、なんというか、整っている気がする、それに大聖堂を囲む白亜の壁も太陽光を反射してきらきらと輝いている。しかも、所々に装飾――人や自然、人工物などが描かれた浮彫細工が施されており、それもまた細やかで美しい。汚れが殆ど見当たらないところを見ると維持管理が徹底されているのかもしれない。
まあ、クリスクの聖堂も清潔だった気がするが……でもなんだろう? やっぱりこっちの方がなんか綺麗に見える気がする。というか、今思ったのだが……
「聖堂……大聖堂、ユリアさんが言ってたのはここだよな」
クリスク聖堂に似た雰囲気――大きさは段違いだが、ともかく雰囲気が似ている。そして、ユリアが以前言っていたリデッサス遺跡街には大聖堂があるという言葉を思い出した。確かとても綺麗な大聖堂だと言っていた気がする。たぶんここだろう。
なるほど、納得だ。そういえば、スイも手紙を教会を通して出せと言っていたし、せっかくだし入ってみようかな? こんな立派な施設に入っていいのか少し悩むところだが……まあ、ユリアは大聖堂に行ってみるように言っていたし、スイも特に手紙の出し方について説明していなかったのだから、たぶん入場自由なのだろうが……
そんなことを考えならゆっくりと壁沿いに進み、入口を探す。数分程歩き、それらしい場所を見つけた。やはり構造はクリスク聖堂と似ているのか、大きな門があり、そこに信徒と思われる人が立っていた。今の時間は礼拝が無いためか人通りは少ない。もう少しすれば日没の礼拝が始まるだろうから、そのときに紛れてしまうという手もあるが……それはなんか怪しく見えるかもしれないし、ちょっとくらい人と話すか。
「どうも、こんにちは」
門を守っているように見える信徒らしき人に話しかける。俺と同じ年くらいの男だ。真面目そうな顔つきをしている。クリスクの礼拝堂の入口に立っていた人もこんな感じの人だった気がする。なんか、相関性みたいなものがあるのかな?
「こんにちは。どうかしましたか?」
若い信徒は笑顔で挨拶を返してくれた。良かった。怖い人ではなさそうだ。
「あ、はい。その凄く立派な聖堂で……少し中を見てみても良いですか?」
俺の言葉を聞くと、若い信徒は感心したような顔になり、嬉しそうに口を開いた。
「ええ! もちろん! ぜひ入って下さい。オットー! ちょっと来て!」
そして、門の向こう側――敷地内にいる別の男性に声をかけた。
「カールマンさん? どうしたんですか」
オットーと呼ばれた男は、俺と話をしていた若い信徒――カールマンに返事をしながら、こちらに近づいてきた。
「オットー、この人……そういえば、お名前は?」
「あ、すみません。カイ・フジガサキです、よろしくお願いします」
最近、こちらの世界の名乗り方も覚えてきた。名前が先で、苗字が後だ。みんなそうやってるんだから、間違いないだろう。たぶん。あ、でも偶に苗字を名乗らないやつがいるな……なんでだろう?
「カイさんですね。俺はカールマンです。カールマン・ゼシル、呼ぶときはカールマンでお願いします。こっちはオットー、オットー・ゼシル。兄弟ではないです」
同じ苗字だけど、兄弟ではない。従弟とかなのかな? もしくは、苗字がたまたま一緒とかのパターンだろうか。前の世界でいうところの佐藤さんとか山田さんみたいな。
「どうも、オットーです。カールマンさんは兄ではないですが、兄みたいには思ってます。どうぞよろしく」
オットーは無表情で抑揚のない声で話しかけてきた。
「あ、どうも、よろしくお願いします」
「まあ、こんな感じで、オットーは少しボケたやつですが、聖堂の中は詳しいので、分からない事があったらなんでも聞いて下さい。というわけで、オットー、カイさんのことよろしく。聖堂の中を見たいらしい」
カールマンがオットーに言葉を告げると、オットーは一瞬間を置いた後、
「わかりました」
と、答えた。
どうやらカールマンはガイドをつけてくれるようだ。大きな聖堂に見えるし、何より、関係者と行動するのは安心感があるので、とても助かる提案だ。まあ、向こうからしても、何の信用も無い人が聖堂の中をうろちょろするよりかは、監視役を付けた方が良いという考えがあるかもしれない。勿論、そんなの全然なくて、親切心で行動しているのかもしれないが。
「あ……ありがとうございます。オットーさん。よろしくお願いします」
二人に頭を下げつつ、オットーに言葉をかける。彼は「はい、よろしく」と言うと、敷地の中でも、ひと際大きい建物を指差した。
「まずは、本堂に行きますか……それとも外壁から周ります? あ、見たいものとかあります? 礼拝堂とか、尖塔とか、彫像とか、大時計とか、噴水とか、色々ありますけど」
オットーは次々と候補を挙げていく。どれも気になるところだが、たぶんこういうのは場慣れしている人に任せた方が良い気がする。
「えっと、じゃあ、本堂から、そのオットーさんが行きやすい順で教えて貰えると助かります」
「なら本堂から行きましょう。じゃあ、カイさんの案内はするので、お兄さんは門守っといて下さい」
前半は俺に、後半はカールマンに告げ、オットーはのろのろと本堂に向けて歩き出した。
「お兄さんじゃないけどな」
カールマンはオットーの後姿に軽く言葉を放った。仲の良さそうな二人の様子に僅かに笑みがこみ上がってくる。それを抑えながらカールマンに礼を言った後、オットーのあとを追った。