二章3話 北方遺跡群での考察
いくつかの施設をさらに見回った後、近くにあったベンチに座り、さきほど思いついた二つの事について考える。迷惑少女ホフナーのランクと遺跡の治外法権についてだ。まずはランクについてだ。
彼女はソロB級ということだが、これは俺と同じランクだ。そのことが少し気にかかった。なんというか、問題のある人にしては高いように感じられたからだ。
まず、ランクについて、ざっくりとおさらいしたい。ギルドが探索者に定めるランクはソロランクとパーティーランクがあり、文字通り、前者は個人を、後者はある程度継続的に活動しているパーティーの評価だ。パーティーは場合によってはある日の朝だけ結成して夜には解散というパターンもあるので、ある程度長く活動し、固定メンバーが決まっているパーティーが評価対象になるようだ。そしてその評価の基準は、魔獣に対する強さとか、探索能力とか、ギルドに対する貢献などで決まるらしい。
そして、ソロB級に関してだが、それがどのくらいなのか、俺を基準にして考えてみる。俺は一応、ギルドではニ十層をソロで到達したことになっている。クリスクでの探索者たちの活動領域や言動からして、おそらくこれはかなり凄い成果なのだと思う。
ただ、審査の際は戦闘に関しては極力誤魔化したので、魔獣に対する強さではあまり評価されていないと思うし、ギルドに対しても素材売却と情報提供以外では貢献できていないと思う。逆に言うと、おそらく、俺のBランクという評価は深層まで行けた(厳密に言うと深層由来のものをギルドに卸した)という事のウエイトが大きいのだろう。
ここで、あの迷惑少女ホフナーに関して考えてみる。彼女もソロB級だ。ギルドには対する貢献はあの振る舞いからしてマイナスと考えていいだろう。まあ、マイナスというのはあるか分からないので、ゼロという評価としよう。
勿論、あの振る舞いで実はギルドに陰ながら貢献しているという可能性も無いわけではないが、それだとするとベルガウ兄が漏らした言葉「手を焼いている」とか「追放処分になる」といった脅しは出てこないのではないかと思う。よって、ギルドからの評価はほぼゼロと考えていい。つまり彼女は探索能力と戦闘能力だけでソロB級になっていると考えらえれる。しかも、おそらくだが、評価のバランスや、ベルガウ兄の探索層が被らないという表現の仕方などからも考えると活動領域は中層以降だと思われる。
普通に化物だな。まず、ソロで探索者をしているやつはおかしい。ブーメラン発言だけど、俺は守りを固めて計画を立てて、まあまあ慎重に行動しているからそこまでおかしくない。けど対魔獣戦闘がメインで、しかも中層以降の危険な対象にソロで挑むというのは控えめに言ってぶっ飛んでいる。危険すぎる。あ、いや? 完全にソロと決めつけるのは早いか? パーティーを組んでいる可能性も……流石に無いか? やっぱりソロだよな。それに思い出したが、あの使い込んだ装備、魔獣との激しい戦闘の末ということならば納得感がある。
つまりあの迷惑少女ホフナーはかなりの戦闘力を持った人間だと思われる。今更ながら、肝が冷える。そんなおっかない奴に俺は絡まれていたのか……いや、まあ、ベルガウ曰く、口だけでナイフは抜かないという話だが、それでも怖すぎる。
とりあえず、あの迷惑少女には会わないように気を付けよう。忘れられているだろうという話だが、それでもまた絡まれるかもしれない。もしもの事故――たとえば、あの迷惑少女が酒を煽っていて、そのタイミングで絡まれたりしたら、いつもより気が大きくなってナイフを抜くという事だってあるかもしれない。まあ、ユリアより幼そうにみえたあの少女が酒をそもそも飲むのかという疑問もあるが……いや、年齢とか関係なく、ああいった感じのタイプは酒を飲むか。いや、まあ兎に角、あの迷惑少女には気を付けよう。視界に入ったら気付かれないように離れる。これを意識したい。
そして、だいぶ話が逸れたが、次に先ほど思ったもう一つの事――治外法権についてだ。
遺跡内部は構造上、外部から見えず、また、内部で死ぬ人も多い。ゆえに、犯罪などが起きた時に、加害側があまり罪に問われないのではないかと思ったのだ。一応、そういった探索者同士の争いはギルドでは禁止されているし、法に触れるようだが……バレなければやるという人はいるんじゃないだろうか?
一応、クリスクにいた時は、時間調整と探索層の選択により、他の探索者と鉢合わせないように工夫して動いていた。そのため、そこまで大きな危険は感じなかったが……リデッサスは人が多いし、乱暴な人もいるみたいだから、遺跡での活動もクリスクにいた時以上に警戒する必要があるな。
ん……あ、でも、安全地帯になっている一層とかなら大丈夫かな? 北方遺跡群を構成する七つの遺跡の中にはクリスク遺跡と同じように一層から魔獣が完全に掃討された安全地帯がある。
安全地帯では遺跡が放出する魔力によって生成された僅かな素材を求めて、朝から人が集まるが、昼になる前にはそれらは全て回収されてしまう。故に昼から夜にかけては安全地帯である一層に人は殆どいなくなる。少なくともクリスクではそうだった。北方遺跡群の中でも安全地帯がある遺跡も、もしかしたら、そうなっているかもしれない。
たとえ、探索者の総数が多くても、彼らが遺跡を探索するのは多くは金のためだ。勿論名声とかを求める人もいるだろうが、どちらにしろ、探索者は魔獣か素材を求めて遺跡を潜るのだ。だが、魔獣がいない上に素材まで切らした安全地帯に留まるという事はないだろう。素材を無理やり出現させることができる俺以外は。
一応ここまで俺の『感覚』は秘匿してきた。故に一層で何かトラブルが起きることはないだろう。まあ、転移結晶を使用せずに遺跡を出る場合は入口となる一層を通る探索者もいるだろうから、その辺りのタイミングや探索者の移動の流れなどを理解しておく必要があるだろうけど。まあ、その辺りをカバーすれば、安全地帯での探索で他の探索者に出会うことは無いだろう。こういう風に一つ一つ積み重ねて、様々な面での安全度合いを色分けした上で、遺跡での活動を行いたい。
そして、遺跡での安全面を考えると同時に遺跡の外の安全面も気を付けた方がいいかもしれない。具体的に言うと、お金とかを見せびらかさない方が良さそうだ。まあ、もともと高価な魔道具は隠してきたが……外から見た場合は軽量化のバックパックと宿が高価だな。
前者は見る人には分かるみたいだが、うーん、今までの生活で結構バックパックは使ってきたがあまり視線を集めたりはしていなかったと思う。盗まれそうな気配も無かった。たぶんそんなに気付かれないんだと思う。本当に分かる人だけが分かるのだろう……あー、でも、ブランド物とかって盗人は分かるって言うし、そう思うと、リデッサスでは危険か? かなり便利だからできれば使いたいんだけどな…………
うーん、利便性か安全性か。いや、まあ、利便性は確固たるもので、安全性に関しては人を警戒しすぎている、つまり危険性を高く見積もりすぎているだけのような気もする。たぶん、迷惑少女の印象を受けすぎているのだろう。流石に、これは利便性を優先しても良い気がする。もしバックパックを取られそうになったりしたら、危険性と利便性のバランスに関してもう一度考えよう。
後者の宿に関してだが、まあこれも、良い生活のために必要だが……リデッサスで活動していってデメリットが大きそうなら変えていくか……? あー、いや、治安的に、安全地帯を所持している、夜を安全に過ごせるとかは重要だから、変えた方がデメリットが大きそうだ。
それに、見えにくいところでは清潔さとか快適性とかは、たぶん士気にも関わってくる。とりあえず、宿を出入りするときは誰かに見られていないか気を付けるくらいかな?
全体的に、あんまり金持ちだと思われ過ぎないように過ごしていこう。その意識さえあれば、そもそも遺跡でも、遺跡の外でも迷惑を被りにくい気がする。まあ、先ほどのホフナーのような件もあるので、絶対では無いが。
その後はギルド内の施設を夕方まで見て回った。特にお世話になるであろう素材の売却コーナーは混雑具合なども含めて確認した。ちなみにかなり混雑していた。ギルド全体で主要な施設は昼から夕方にかけての殆どの時間で混みあっていたし、特に売却コーナーはかなり混雑していた。
ピーク時間であろう夕方に差し掛かると、人が多すぎてぞっとしてしまった。少なくともの夕方帯は避けた方が良さそうだ。クリスクのように売却タイミングを図って人に見られないようにするというのは難しそうに思えた。まあ、明日の朝方の混雑具合も確認した上で、その辺りの計画も立てようと思う。
夕方を過ぎたあたりで、ギルドの近くで夕食を取った後、宿屋の確認を行った。今の宿はギルドと距離があるので、探索者としての活動範囲を考えると、近くにギルドがある宿が良い。いくつか良さそうな宿をギルド近くに見つけたので、明後日になったら拠点を移すのも良いだろう。
宿を見た後、少しだけギルドを見たが、混雑具合は夕方と同じかそれ以上だった。どうやら夜の時間帯も俺が活動するには不適切なようだ。まあ、ベルガウ曰く危険そうな人は夜が多いというのもあるので、混雑以前に不適切だったかもしれないが。
暗くなり過ぎないうちに治安が良さそうな大通りを通って宿へと戻った。そこそこ高めの宿な為か、宿内ですれ違う人の身なりは比較的良さそうであった。
なんとなくだがクリスクの宿よりも利用者が上品そうに見えた。あ、クリスクの宿の利用者が下品だったわけでは無い。普通から上品の間くらいだ。この宿はやや上品から上品くらいだ。なのでそこまで差はない。でもクリスクの宿の方が宿泊費が高かった気がするので、少し直観に反すると思った。
まあ、物価とか色々と理由があるのかもしれないが……あー、客層が少し違うのかもしれないな。クリスクは探索者っぽい人が多かったが、この宿はもう少し落ち着いた感じの人が多い。なんでだろう? すぐ近くに商会があるからかな?
まあいいや。というより、こんな事より明日の予定を考えねば。やる事は色々あるが……いや、さすがに疲れたな。三日間の馬車での旅に、さらに着いて少し休んだらギルドを調べ、迷惑な少女に絡まれたりと、体力を消費しすぎた。今日はもう寝よう。明日の事は明日考えよう。最悪の場合は、金銭的にも時間的にも余裕があるし、明日一日くらいは休んでも問題は無いのだから。
そう思い、リデッサス最初の夜を超えるためにベッドに潜った。少し固いな……悪くはないけど、クリスクの宿の方が良い。ギルドの近くで宿を取りなおすときは、もう少し良さそうなところにしよう。