二章2話 北方遺跡群の洗礼②
「ああ、いえ、どうも……助けて下さってありがとうございます」
「いえいえ、安全管理や探索者の方々の支援がギルドの務めですから」
安全管理か……それはどこまで効力が及ぶのか気になるところだ。
「な、なるほど。それは、それは。あの、ああいう方って結構いらっしゃるんですか? リデッサスには今日来たばかりで……以前いたクリスクではああいう方はあまり見なかったもので……」
厳密にはちょっとガラの悪そうな人はいたが、それでもああいう風な脅しをされた事はなかった。
「リデッサスは人が多いですから、粗暴な方も多いです。そういった方はギルドの方でも注意して回っているのですが、中々、徹底というのは難しいものでして……」
注意か。まあ、そんなところか……? あれ、でも今の少女は周りの空気を見るに普段から色々と有名のようだし、それにさっきこの職員が数々の犯罪行為について言及していた。普通に捕まっていてもおかしくない気がするのだが……? 証拠不十分とかか? それとも、既にお勤め経験者か? だとすると、探索者は前科者でもできるのか? あー、でもさっき追放処分とか言ってたし……? ん? 良く分からないな?
「それは、大変ですね」
「あの人はこのギルドでは有名な方で、人の良さそうな探索者に因縁をつけて回っているんです。ソロで優秀な探索者ではあるのですが、ギルドでも手を焼いていて……」
なるほど……イチャモンを付けて回ってるから普段から有名なのだろう。普通に嫌な人だな。しかも優秀って、ある意味、『普通に嫌な人』より嫌だな。優秀なら性格も良いものであって欲しいと思ってしまう。特にこちらの世界ではユリアとかアストリッドのような優秀で立派な人もいるし、余計にそう考えてしまう。
「要注意な方なんですね。ちなみにあの方はいつもこの時間にギルドで活動しているんですか?」
大事なポイントだ。もう二度と会わないようにするために……
「あー、……それが、不規則なタイプのようで。どの時間でもいたりいなかったり、といった感じでして……すみません」
不規則か。それはなんとも残念だ。不慮の出会いがあるかもしれない。まあ、リデッサスは大きな街だし、ギルドも遺跡も大きいから、単純に考えてクリスクで活動するよりは特定の二人の人物が出会う可能性は低い気がする。まあ、対策しにくいことに関しては仕方がない。
「いえいえ。ところで、変な質問になりますが、先ほど言っていた、粗暴な方たちに人気な時間は分かりますか?」
質問の本質が変わっていなかったためか、職員は僅かに苦笑した後、口を開いた。
「そのタイプの方がギルドにいるのは夜が多いです。安全なのは朝から夕方でしょうか。まあ、ホフナーさんのように不規則な方もいますが」
夜はギルドにはあまり行かないようにしよう。朝から昼すぎ、ちょうど今くらいの時間が良いのかもしれない。さっきの少女のようなやつと出会ってしまうかもしれないけれど……
「おお! ありがとうございます。今あたりの時間を狙って活動していきたいと思います」
「それが良いと思います」
「あ、それと、その、さっきの方、ホフナーさん? でしたっけ。あの人に覚えておけって言われてしまったんですが、これってどうなるんでしょうか? ギルドでは何とかなるみたいですけど、探索者みたいですし、ばったり遺跡で会ったりしたら……」
ギルドの考えとか、俺ができる対策とかを聞いておきたい。遭遇しない事が理想だが、例の少女は不規則な行動をするらしいので、可能性が少ないとはいえ遭遇した時に備えておきたい。というか、遺跡って外からは見えないし、中では魔獣との戦闘などで死者が発生するし、考え方によっては危ないよな。治外法権というか。ん、そうすると――
「…………それは、……それは大丈夫だと思います。ホフナーさんはあれでもソロB級の実力者ですから、探索層は被らないと思いますよ。それに何より、ホフナーさんはいちいち相手を覚えません。覚えておくように自分が言ったしても、彼女自身が数日経てば忘れます。そして、また別の人に絡みます」
職員の言葉が耳に入ったので、一旦、遺跡の治外法権については考えるのを止め、新しい情報について考える。さっきの少女はソロBランクのようだ。俺と同じランクだ。ん? 俺と同じランク? ああ、いや、それも後で考えよう。それより良い情報は『相手を覚えない』ってところだな。しかも、別の人に絡むと。
つまり、一回一回の出会いはどうでもよく、兎に角その時に気分で鬱憤を晴らして回ってるってことか。執念深いタイプでは無いってことかな? 粘着しない所は良い事かもしれないのだけど、どうせなら、そもそも人に絡まないで欲しいところだ。
「……なるほど? それは、また、なかなか独特な人ですね」
「確かに変わった人ですが、アレでまだホフナーさんは犯罪歴も無いようですし、実際にナイフを抜いたことも一度も無いです。あまり警戒しなくても大丈夫ですよ。口だけの人ですから」
おっと? 犯罪歴無いんだ……ということは、さっきこの職員が注意した言葉は半分脅しだったのかな? 少女も否定していたようだし。まあ、脅迫はやってた気もするが……そのあたり犯罪となる判定が難しいのかもしれない。さっきの少女が俺にした言動も俺から見れば脅迫に見えるが、社会は脅迫だとカウントしないのかもしれない。法律とか詳しくないから分からないけど。
まあどちらにしろ良い事を知った。ナイフを抜かないと知れたのは大きい。ナイフ抜かれたり、投擲されたらどうしようと考えていたが、それなら安心だ。今度脅されたら、普通に逃げていいな。足の速さが向こうの方が速いかもしれないが……まあ、もしそうだとしても口だけの人だったらそこまで怖がらなくても良いのかな?
「分かりました。色々と教えて下さってありがとうございます。ここに来たばかりなので、またお騒がせしてしまうこともあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそ。よろしくお願いいたします。ああ、名乗ってませんでしたね。リデッサスのギルド職員のベルガウと申します。よろしくお願いします」
「ああ、ご丁寧にどうも。カイ・フジガサキと申します……ん? ベルガウさん? あれ、そういえば……すみません、勘違いかもしれないですけど、クリスクにいるベルガウさんとは……?」
言っていて思い出したが、クリスクにもベルガウという職員がいた。昇級審査の時に関わった職員だ。うろ覚えだが、なんか俺の事を嫌っている雰囲気だったので覚えている。そしてそのクリスクのベルガウさんと目の前のベルガウさんだが、顔が似ている気がする。うろ覚えなので勘違いかもしれないが。
「ご存知でしたか、弟はクリスクで職員をやってます」
兄弟だったか。
「やはりそうでしたか。以前お世話になりました。ご兄弟両方にお世話になるとは、中々面白い縁ですね」
「ご迷惑をかけていないようなら良かったです。弟は好き嫌いが激しい性格なので」
なるほど、やっぱり嫌われていたのかな? ……まあ、でも。お兄さんは落ち着いているような感じの人で良かった。
「ああ、そうだったんですか。まあ、何はともあれ、ホフナーさんの件はありがとうございます。明日以降も安心して探索業に打ち込めそうです」
「何かありましたらギルドに相談してください。全て、とはいきませんが、探索者同士の揉め事の解決も多少は行っていますので」
「そうします。では、ありがとうございました。また」
そう告げた後、ベルガウ兄と別れた。




