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二章1話 北方遺跡群の洗礼①


 リデッサス遺跡街へ向かうための馬車の旅。すべてにおいて快適とは言いにくかったが、トラブルなく過ごすことができた。事前の準備のおかげだろう。買っておいた保存食は結構美味しかったし、旅の道中の自然溢れる景色は、現代で暮らしていた自分としては新鮮で気持ちの良いものだった。

 まあ、三日間も見ると、最後の方は流石に少し飽きてしまったが……ただ、まあそれでも、自然を感じられる旅というのはとても良いものだったと思う。あとは馬車の乗り心地が良ければ殆ど文句は無いだろう。車輪の問題か、馬の問題か、それとも道路の問題か、揺れが激しく、整備された道路と車に慣れた身としては、かなり大変であった。こればかりは最後まで慣れることはなかった。

 約三日の旅の末に、ついにリデッサス遺跡街に着いたときには、色々な意味で一安心したものだ。


 御者に感謝と僅かながらの真心(チップ)を他の乗客とともに渡した後、馬車を降り、リデッサスの地を踏みしめた。僅かなに吹いた風が体を撫でる。寒いな……まだ午前だが、太陽は出ている。日の光に当たっている部分は少し暖かいが、それでも気温としては寒く感じる。10度前後くらいだろうか? クリスクより寒い気がする。

 まあリデッサスはクリスクよりも北側なので当然か……? ん? ということは、ここって北半球か? あ、いや、高度とか地形とかの影響とかもあるだろうから、一概には言えないか……?


 バックパックから上着を取り出し羽織った後、辺りを見回す。人が多い。故に騒がしい。旅の道中ではあまりなかった喧噪の音が耳に入る。なかなか賑やかな街だ。この賑やかさとともに軽く飲み食いでもしたいところだが、まずは拠点……いや、一時的な荷物置き場の確保をしたい。荷物が嵩張っているし、売却していない素材など貴重品も多い。それらの荷物を置き、一息つける場所が欲しかった。


 宿を探すために、近くの商会へと入る。大通りに面したこの商会は、今まで乗っていた馬車を預かる商会でクリスクにも支部を置いてある比較的大きな規模の商会だ。

 商会職員に尋ねたところ、いくつか提携している宿があるらしく、そのうちの一つを教えてもらった。荷物が重いので、できるだけ現在地から近く、それでいて安全性が高そうなところにした。スリやひったくり等に気を付けながら大通りを歩き、目的の宿にたどり着いた。

 受付の従業員に空きと値段を確認し、とりあえず二日分の宿泊をお願いした。一日銀貨四枚。クリスクよりは安い宿だ。部屋もその分少し狭かったが、幸い荷物は置くことができ、ベッドもあるので、特に問題は無いだろう。宿内もざっと見たところ清潔そうに見えたし、大通りに面していてるのである程度の安全性はあるはずだ。


「ふー。とりあえず、リデッサスには到着だな。少し休んでから、昼飯だな」


 ベッドに横になり馬車で疲れた体を癒す。次、馬車に乗る時は寝転がれるスペースと敷布団が欲しいと思ってしまう。いや、乗合馬車の都合を考えるとたぶん無理だろうけど……いっその事、馬車を占有してしまうか? お金的に十分可能だとは思うけれど…………なんだか悪目立ちしそうだし、それに他の客がいるからこその安全性というのもあるだろうから、それはやめておこう。

 一通りごろごろとし体力と気力を回復した後、必要な荷物を分けて、軽装に身を包んだ後、宿を出た。出る際に従業員に近くの飲食店やギルドの位置を教えて貰ったため、それを踏まえた上で今日は活動したいと思う。

 まあ、そんなに複雑な予定はない。ただ昼飯を食べて、午後はギルドにでも顔だしてみようというだけだ。流石に初日から遺跡には潜らない。リデッサスには七つも遺跡があるのだ。ゆっくり情報を集めつつ一つ一つ潜っていけばよいだろう。急ぐことではない……まあ、敢えて急ぐ理由を考えるとすれば、たぶん急いで目的を達成してクリスクに戻ればスイが喜んでくれるかもしれないというところだろう。


 従業員のお勧めの店の料理は中々に美味しく、クリスクの平均的な料理店とは良い勝負だった。クリスクのいた時、既に前の世界と遜色ないか、むしろ美味しいくらいだったので、これは嬉しい結果だった。まあ、流石にユリア推薦の料理店には敵わなかったが、料理の単価が違いすぎるので、比較対象にするべきではないだろう。一般的な値段かつ美味いのだから、それで十分良いのだ。


 昼を少し過ぎたあたりで、リデッサスのギルドにたどり着いた。正直、中々距離があった。個人的にはギルドと宿は近い方が活動しやすいと思うので、今の宿は一時的なものにしておいた方が良いだろう。ギルドを一通り見たら、この近くで宿を探すのも良いだろう。


 そんなことを考えながらギルドの中をうろうろとするのだが……中々混んでいる。本来この時間は混んでいないと思うのだが……あ、いや、それはクリスクでの話だ。俺はクリスクのギルドしか行ったことが無いので昼過ぎは空いていると勝手に思っていたが、他のギルドは違うのかもしれない。

 というより、よくよく考えると、このリデッサスは遺跡が七つもあるし、『北方の富の集約点』とまで呼ばれるほどの場所だ。金も人も多いのだろう。当然、探索者も多いはずだ。特定の時間だけ混んでいたクリスクとは違うのだろう。ん……あれ、ということは、もしかして、常時混んでたりするのだろうか……? それは少し困るな……

 内心少し焦りつつも、ギルドの中を冷やかしていると、鈍い音とともに背中に衝撃が走った。


「おっとっと」


 前に押し出され、躓きそうになるのを抑え、衝撃を床に逃がす。転ばなくてすんだことに、ほっとしながらも、衝撃の元である背後を見る。そこには不機嫌そうな空気を出している小柄な少女がいた。彼女が俺にぶつかってきたようだ。


「あ……えっと」


 ギルドの中は混んでいるとはいえ、人が動けないという程ではない。俺を避けて歩くこともできただろうし、何より俺は突然止まったりしたわけではないので、ぶつかるのは少しおかしい。なので、自分が原因ではない以上、俺から見ると、今の衝突の原因は少女にあるように思える。ただ、それを指摘するには、この少女から向けられる圧が大きく、口ごもってしまう。


「何。ミーフェが悪いって言うの?」


 ぶつかってきた側とは思えない程、大きな態度だ。表情も罪悪感とか気まずさとかはなく、むしろ、さも当然といったかのような態度だ。それにどこか貫禄がある。少女の背はかなり低く、俺からすると見下げるような形になるが、なぜだか、こちらが少女を見上げているような、そんな錯覚を感じた。態度が大きいから身長も大きく見えるのだろうか。

 ここまで自身が正しいかのような態度を出されると、こちらが自信を失くしてしまう。


「え、いや……」


 思わずためらいの言葉が出てしまう。俺のそんな反応に何を思ったのか、少女は唇を尖らせた。


「謝ってよ」


「え……?」


 予想外の言葉に啞然としていると、さらに少女は強くこちらを睨んだ。


「ミーフェは悪くないんだから、お前が謝りなよ」


 そう言って少女は右手の人差し指で俺の方を指した後、指を下に向けた。謝れという意味だろうか。何だか色々と失礼な人だ。


「え………………すんません」


 謝りたくないという思いがかなり強かったが、諍い事を起こしたくはないという思いが勝った。適当に謝って、場を収めよう。どうせ、たまたまたすれ違った人だ。もう会う事もあるまい。そう思い、謝罪の言葉を適当に口にしたのだが、少女はそれが気に食わなかったのか、さらに視線を鋭くした。怒りのような感情が籠っているように見える。なぜそんなに怒っているのか意味不明であった。


「ミーフェのこと甘く見てるの? そんな適当な言葉じゃダメだから。ちゃんと土下座して謝りなよ」


 そう言って彼女は人差し指で足元を二回指差した。


「いえ…………その、甘く見てないですけど…………」


「だったら早く土下座して謝れ。今なら土下座してミーフェの靴を舐めれば許してあげる」


 少女はその言葉とともに右足を前に出した。視界に入った彼女のブーツはやけに汚れていて、使い込まれているのが一目で分かった。探索者として、かなり歩き回っているのだろう。少なくとも俺よりは経験が長そうだ。装備は全体的に軽装だが、どの装備もブーツと同じで、至る所に汚れや傷があった。使い込んでいるのだろう。

 そして何より、腰にナイフを収納する鞘が二本差さっていた。勿論、ナイフも鞘に納めてある。凶器だ。


 無意味な仮定だが、もし『風刃のスクロール』が手元にあれば、少しだけ安心感があったかもしれない。こちらが武器を持っていることを、相手が知れば抑止効果にもなる。しかし『風刃のスクロール』は宿に置いてきている。

 いや、まあ、そもそも、こんな公的な場所で『風刃のスクロール』を人に向けるのはデメリットが大きいし、何より俺が『風刃のスクロール』を人に向かって使うことができるのかという問題点がある。むしろ持っていない今の方がそういった事に煩わされずにすむので良かったかもしれない。ああ、いや、今つい考えてしまっているけれど。


「いや、それは…………」


 無駄なことばかりに気を取らてしまう思考を抑えながらも、言葉を発する。とはいっても上手い言葉が思いつかないため、とりあえず、時間を稼ぐような言葉で濁す。凶器を持った相手を挑発するような言葉は使うべきではないだろう。話し合いで退けたいが……最悪の場合は相手の要求を通すという手もあるが、今の状況としては他の人を利用したいところだ。

 そう、例えばギルド職員とかだ。探索者同士がギルド内で揉め事を起こしたら、一般的に彼らはそれを制止するのではないだろうか。まずはそこを期待している。よって会話で時間を稼ごう。どのような展開になっても、おそらく時間の経過は俺に味方する、ないし中立だ。

 まあ、この少女に味方がいれば別だが……なんとなくだが、それは無さそうだ。だって、この少女、コミュニケーション能力が致命的に見えるし。


「チンタラしてないで、さっさとミーフェの足元に這いつくばって、靴を舐めなさいよ。さもないと……」


 そう言って少女は鞘に納めたナイフに手をかけた。おっと……思った以上に手が速い。怖くなる心を抑えつつ、周りを見る。少数の探索者がこちらを見ていた。少しずつ人が集まっているようだ。よし。


「ちょ、ちょっと……!」


 俺は少し大きく慌てた声を出しながら、二歩、三歩と後ろへ音を立てて下がる。俺が下がると、すかさず少女もナイフに左手を当てたまま二歩、三歩と距離を詰めた。距離の詰め方が自然で、とても早く感じられた。その上、詰めた距離も俺が下がった分と等しいように見えた。何となくなくだが、この少女は戦闘経験が豊富そうに思えた。

 チラリとまた辺りを見る。今の音と動作で、多くの人がこちらを見た。よしよし。


「ズタボロにされたくなかったら、さっさと謝りなさいよ」


 今にもナイフを抜きそうな雰囲気を醸し出しながら、少女が鋭くこちらを睨み、ナイフに触っていない方の手――右手で彼女自身の足元を指差す。


「な! なにか! 誤解があります!」


 思わず震えがって声を上げてしまう、そんな感じで大きな声を出す。言葉の内容は多少おかしくても良い。ただ、周りの――既に人だかりとなって俺たちを遠巻きに囲んでいる彼らにアピールしたいのだ。異常事態なのだと。

 そしてその思いが伝わったのか、周りの人たちが少しずつざわつきはじめる。色々な声が耳に入ってくる。その声の中には、まただよ、とか、厄介なのに絡まれてるなとか、そういったものが含まれていて、それと同時に、憐みのような視線が俺の方に向けられた。状況から察するに、どうも、目の前の少女は有名な人のようだ。悪い意味で。

 そして少女にもその声が耳に入ったのか、彼女は短躯を翻し周りを睨みつける。目が合った周囲の探索者は急いで視線を逸らす。


「なに! ミーフェに何か文句があるの!?」


 鋭い声を辺りへとまき散らす少女を視界に収めていると、人だかりの向こう側から何かがこちらに駆け寄ってくるような音が聞こえた。よしよしよし!

 状況の好転を期待していると、ほどなくして、人だかりをかき分け、ギルドの職員らしき人が現れた。職員が現れる直前、少女の左手がナイフから離れたのがなんとなく目に入った。


「ギルドで喧嘩騒ぎは禁止です! 止めて下さい!」


 職員が少女に向けて声を上げた。俺の方はあまり対象にしていないような雰囲気だ。どうやら、状況を理解してくれているようだ。良かった。


「喧嘩じゃない! コイツがミーフェにぶつかってきて謝らなかったの!」


 少女がギルド職員にも言いがかりをつけるが、それに対して職員は呆れたような顔になった。


「ホフナーさん! またですか! 暴力行為、強盗、脅迫、全てギルドでは禁止されています! 離れて下さい!」


 やはり、この少女は有名人だったようだ。しかし危なかったな。あやうく俺も犯罪行為に巻き込まれるところだった。いや、もう巻き込まれているのか? それにしても、常習犯とは……中々ぶっ飛んだ少女だな。

 クリスクにいた時は、こういう探索者は見なかった。だから、探索者はある程度モラルを守る、または守らされていると思っていた。そして、規律を維持するのは統治機構やギルドだと思っていたが……この少女はあろうことかギルドで犯罪行為を行おうとしているのだ。中々に凄い人だ。リデッサスではこういう人も多いのだろうか? もしそうならば、普通に怖いな。


「ミーフェはどれもやってない! 難癖つけないでよ!」


 少女が否定の言葉を放つ。脅迫は今やっていた気がするが……


「とにかく離れて、離れて下さい! 従わない場合は追放処分もありますよ!」


「ッチ、その顔、覚えたからっ!」


 少女は憎々しげにこちらを睨むと、捨て台詞を吐いて去っていった。少女が去ると興味を失ったのか人だかりも徐々に離れていった。

 俺は、息を大きく吐き、溜まっていた不安や恐怖を吐き出した。内心、結構怖かったのだ。ナイフを持っていたし、それに何だか戦いに手慣れているように見えた。まあ、ギルド内だから刃傷沙汰にはならないと踏んでいたが、それでも怖いものは怖い。正直、上手くいかなかったら少女の要求に屈していただろう。


「いや、災難でしたね」


 一息つき落ち着いたところで、間に入ってくれたギルド職員が話しかけてきた。


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