一章88話 お別れ会⑰
少しだけ決心のついた俺は、ユリアの方を向く。ルティナたちが雑談している中、彼女一人が黙々と俺の方をじっと見ていた。俺と目が合うと、いつものように目を逸らしたが、今日はいつもと違うのか、逸らした後、直ぐに視線を戻し、俺の方を見てきた。
ユリアと見つめ合う。なんとなく話しかけるタイミングを逸してしまい、見つめ合ってしまう。話しかけよう話しかけようと思っていると、先にユリアが口を開いてしまった。
「あの――」
「二人も黙ってないで会話に入りなよ~」
しかし、その言葉は途中でスイの言葉に遮られてしまう。
「えっと? すみません、ちょっと食べたりするのに集中してました」
スイの方を向き、彼女の要求に答える。
「お兄さん嘘はダメだよ~。さっきからユリアと見つめ合ってたでしょ。二人でじーっと見合って、いったいどんな悪い事を考えていたのか~。正直に言いなよ~」
スイはいつもの悪戯顔……にしては少し不機嫌そうな顔で追求してきた。
「いえ、悪い事は考えていませんよ」
とりあえず、否定する。実際、悪い事は考えていないと思う。いや、まあ、嘘の整合性とか考えることは見方によっては普通に悪い事かもしれないが。
「んー。本当かな~? まー、とりあえず、お兄さんは保留にして~、ユリアはどうかなー? 何か悪い事考えてたでしょー」
「え……! 私ですか……? 私も一緒ですよ。悪い事は考えていません」
「ふむふむ。これは二人とも嘘を吐いてそうだなー」
「えっと……吐いてないですよ」
たぶん吐いてないので、正直に答えるが、スイは俺の返答が気に食わなかったのか、ユリアの方を見る。
「そうですよ。私もフジガサキさんも嘘は吐いてないと思いますよ……?」
矛先を向けられたユリアが困り顔でスイに言葉を返す。
「むむむ……! 二人してそんな態度を取って……! これはもう拷問! 拷問しかない! まずはユリアからだっ!」
拷問という言葉に一瞬俺もビクリとしたが、俺以上にユリアの方が驚いた顔をした。
「え! スイさん!」
スイはユリアの驚く声を無視すると席を立ち、ユリアに近寄る。そして手を伸ばしユリアの頬と摘まむと引っ張り始めた。
「ほれ、ほれ、正直に話さないとほっぺを伸ばしちゃうぞー」
にやにやと可愛らしく笑いながらユリアの頬を弄くり回す。一瞬どうなるかと思ったが、じゃれているだけのようだ。やはりスイは、ユリアに構ってほしいようだ。
「スイさん、や、止めてください。ひっぱらないで……」
ただ、当のユリアは驚き困惑している。真面目で優しいユリアとしては対応に凄く困るのだろう。助け船を出すべきかと思ったが、もしここで俺が口を挟めば、スイはこちらに迫ってくる――少なくとも俺の頬を弄くりことは確かだろう。それは少し避けたいという思いが、ユリアへの助け船の出航を遅らせてしまう。
「ダメダメダメ~。正直に話すまで許しませーん」
スイの無慈悲な言葉を聞いたユリアは困ったような表情を浮かべた後、恐る恐る、両手を動かし、スイの手首を掴んだ。そして力を込めたように見えた。もしや、聖導師の力を使うのか? もし使うならば、あのスイの恐るべき馬鹿力に対抗できるかもしれない。僅かに緊張して、状況を見守る。
しかし何も起きなかった。
「う、うそ……こんなに……」
「抵抗してもムダだよ~。ほらほら、正直に話せ~」
ショックを受けたようなユリアに対してスイはさらに煽り立てる。
「ちょっと、ユリアちゃんが嫌がってるでしょ。やめなよ」
あまりな行いを横からルティナが口を出す。正義感の強そうなルティナとしては、不真面目なスイが真面目なユリアを揶揄うのは見逃せないのだろう。
それに対して、スイはにやにやと可愛らしいが邪悪な笑みを浮かべた。
「こらこら。ルティナ。聖従士が聖導師様の行動を止めるでなーい。主の意思であるぞ~」
ふざけた口調でルティナに言葉を返す。完全におちょくっている。
「そんなわけないでしょ! それに、それを言うなら、ユリアちゃんだって聖導師なんだからっ! 二対一なんだからスイが止めなよっ」
「ぶっぶー。聖導師は私とユリアだけなので一対一だよ。主の言葉を聞けない聖従士は数に含めませーん」
「ぐぬぬ……」
「スイさん、そういう言い方は……」
「ええいっ! ユリア、口答えせずに吐かんかー! どんな悪い事を考えていたか~、聖導師としての大先輩である私に包み隠さず教えるのだ~」
スイの口調も声音もふざけているが、なぜかユリアは真剣な顔でスイを見ていた。いや、まあ、その頬は引っ張られているので、真剣とは言いにくい顔に見えてしまうのだが。それでも雰囲気や声音から真剣であることは分かった。
「二人とも同い年なんだからっ! 先輩も何もないでしょ!」
「ええいっ。黙らんかー。聖従士!」
「ほ、本当に悪い事は考えて……ません」
いかにも真剣そうな声音でユリアは答えた。なんというか、スイは凄くふざけているのにユリアだけが真面目に取っている。そして、そのような状態のユリアをルティナが庇っている。そんな状況だ。
「むむむっ。どうやら、もっと厳しい拷問が――」
「――そこまで!」
スイがさらにユリアに語りかけていた途中、何かが俺の腕に巻き付いた。それと同時にマリエッタの声がすぐ近くから発せられた。皆の視線がマリエッタに向く中、俺も絡みついている彼女の方を見る。席に座っていたマリエッタはいつの間にか立ち上がり、俺と距離を詰めていたようだ。そして両手を俺の腕に絡みつけていたようだ。至近距離ゆえにアルコールの匂いが強く鼻を刺激した。
「カイさんが人質だ! ユリアを放せ! 悪徳聖導師!」
どこかウキウキとした雰囲気をマリエッタから感じた。マリエッタもスイと同じようにふざけているようだ。