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一章87話 お別れ会⑯


「魔術の話ではないけれど、カイさんの話で、あの後、どうだったのか聞きたくて、聞いてもいいかしら?」


「あの後って、さっき言ってた、お兄さんが倒れてたってやつ? それなら私も聞きたい」


 スイの声音は妙に嬉しそうだ。チラリとこちらに流し目を送ってきた。にやにやと表情だけではなく、目まで嬉しそうに見える。


「あー、今、スイさんの言った件ですよね? 以前アストリッドさんが介抱して下さった……あの後、ですか?」


 なんとなく促されたようになり、アストリッドに確認の言葉を返す。


「ええ、今は上手くやれてるみたいだけど、どんな風に活動してたのか、少し気になったから」


「おお! 私も! 私も! カイさん! 酔っぱらって倒れたの? ボスはよく酔っ払いに会うね!」


 何度俺が飲めないと話をしても、マリエッタは酒と俺を結び付けようとするようだ。


「酔ってはいなかったと思うわ。立ち眩みとか、そんな感じよ」


 アストリッドは、俺が金無し職無しの行き倒れだったことは言わないでくれるみたいだ。優しい。


「ついに立ち眩み相手まで介抱するようになったの!? さすがはボス! 優しい!」


「それは……まあ、巡り合わせね。それで、カイさんはあの後はギルドに行ったの?」


 アストリッドの質問は少し困るものだ。先ほど考えていた二つのプラン。どちらにするか。ラッキーかつセンスがあったので深層まで行けた事にするか、それとも元々深層探索者だったがアストリッドに見栄を張ったことにするか……どちらかというと前者だ。

 前者の方がまだ嘘が少ないし現実に近い。それに、あんまりアストリッドやユリアのように優しくて立派な人にこれ以上嘘を重ねるのは良くない。いや、優しくない人になら嘘を吐いて良いというわけではないけれど。


「ええ……アストリッドさんがギルドの場所を丁寧に教えて下さったので迷うことなく行く事ができました。ありがとうございます」


「そう。それで、今は中層って聞いたけど……こんな短期間で、凄いわね。ルティナが認めるだけあるわ。どのくらいの頻度で潜っているの?」


「頻度は結構まちまちで。潜った翌々日に潜ることもあれば、何日か空くこともありました。わりと気分で潜ってる気がします」


「それはちょっと意外ね……感覚型というか、天才型というか……マリエッタに近いのかしら?」


「かもね!」


 酒の入ったジョッキでテーブルを乱暴に叩きながらマリエッタが相槌を打つ。 


「でもカイはマリエッタと違って魔術は使えないでしょ。どうやって中層まで行ったの? まだ信じられないんだけど」


 そんなマリエッタに眉をひそめながらルティナが今度はこちらに尋ねてきた。そしてその内容に、今度は俺がひそめそうになる。確かに、ルティナから見れば俺は魔術の基礎も知らず、教えを乞うた身だ。だから当然、俺が魔術を使えないと判断するだろう。実際、その判断は正しい。正しいが……ユリアが無言でこちらをじっと見つめてくる。

 圧を感じる。先ほどは少し緩くなったと思ったが、今はかなり圧を感じる。ただ、介入する気は無いのか、ユリアはずっと魔術の話になると――いや、俺の能力や経歴の話になると黙っている。黙ってじっと俺を見ている。まるで何かを観察するように。


「ん! そういえばそう! あんまり戦うのは上手くなさそうだし! あ! でも魔術は全部使えないの? 風以外も?」


 俺がルティナに言葉を返すよりも早くマリエッタが横からルティナに話しかける。


「使えないよ。私が魔術の事を教えた時、基礎も知らなかったんだよ。あれで使えたら相当の天才か相当の嘘つきだよ。それに、適性見た時も、魔力が活性化してなかったし、使えたとしても四流魔術師程度だから、中層は無理だよ」


 決定的な言葉を話すルティナの方に顔を向けながらも、意識はユリアの方へと向ける。だんだんと圧が強くなっていくように感じる。


「でも! 私が初めて会った時、体中にかなり残滓が付いてた! 量から考えて十層くらいは行ってたはず!」


「マリエッタのことだから、お酒が入ってて見間違えたんじゃないの?」


「その時は素面だった! よしんば素面じゃなかったとしても、酒が入ってる程度で間違えないから!」


「その自信はどこから……普段の飲酒量か。やっぱりマリエッタの酒量は減らした方がいいかな。それで、カイ。結局どうなの? 中層にはどうやって行ってるの? 魔術も戦闘も全然だよね」


 二人の会話を耳にしつつ、ユリアに意識を向けていると、再びルティナの言葉がこちらへと向けられる。


「…………そんなに戦闘とかできない感じに見えますか?」


 時間稼ぎというわけではないが、少し気になった所を掘り下げる。一応、言葉や話の流れ次第では、今までユリアにしていた対応と同じ方向に持って行けないかという思いもあった。ここでユリア相手にしたのと同じ対応をすれば、ユリアから見れば一貫性のある対応をしたと認識されるのではないかという漠然とした考えだ。そして、そうなれば、今向けられる圧が小さくなるのではないかと期待している。


「見えるよ。だって弱そうだもん。体の動かし方とか全然なってないし。四層くらいまでなら全然いけそうだと思うけど、十層とか十五層とかは無理だと思うよ」


 ふむ。やっぱり弱そうに見えるか。実際弱いし、その通りなんだが……さて、どうしよう。魔術も使えず戦闘もできない。その評価は正しい。本来は否定する必要はない。ただ、ユリアはこちらをじっと見つめているので、否定した方が良いのかと思ってしまうのだ。

 いや、いっそ正直に答えた方が……ん? そういえば、ユリアは何で、俺の事を熟練者だと思ったのだろうか? まあ、ギルドで話を聞いたからだろうが……でもルティナは俺を見て戦闘ができないと考えている。これはルティナが熟練者だから分かるんだと思うが……それならユリアにも分かる事なのではないだろうか? ん? そうすると、ユリア視点がよく分からなくなってくるな。ギルドの話を信じるならソロ深層探索者、そして戦闘もできる。熟練者という視点からすると弱い低層探索者。もしかして、ユリアがじっと俺の事を見てくる理由はその辺りにあるのか? そうすると、今、圧を感じる程こちらを見ているのは……気になるのかな? 

 そっか、なるほど。確かにそうだ。ユリアから見ると俺はかなり意味が分からない人だ。公表されているデータは強いのに、見た感じとても弱そう。そして魔術も使えない。なるほど、ユリアからすると凄く変な人だ。そういえば、過去にも何度も探索方法を聞かれたり、一緒に遺跡に行こうと言っていたな。

 もしかしたら、ユリアからすると謎を解きたかったのかもしれない。あ、いや? その時は俺が魔術を使えないとは知っていなかったか。それに、今だって厳密には俺が魔術を使えないと決まったわけではない。ただ、ルティナがそう言っているだけだ。そういった面の真偽も含めて、ユリアは色々と解き明かしたいのかもしれない。今も、圧を感じる。

 だとすると俺がすべきことは――


「なるほど……まあ、戦闘に関しては……いえ、中層に行き方でしたよね? それは、まあ、そうですね……自分の探索方法は結構独特なので……できれば秘密にしたいかと……」


 ――このまま謎は謎のままにしておこう。

 いや、本音を言うと、ユリアに謎の答えを言いたい。ユリアはとても良い人だし、個人的にもお世話になっている。だから彼女が疑問に感じているのならば、それに応えたいと思う。

 だが、それをするには『感覚』を説明しなければならない。さすがにそれは少し躊躇する。『感覚』は俺の切り札であり、そして危険な札でもある。こんなぶっ飛んだ力を個人が持っていると知られたら大変な事になると思うのだ。ユリアは多分知っても言いふらしたりはしないだろうが……それでも自分の安全性に関わる問題だ。一か月程度見知った人に教えるというのは慎重な選択とは言えない気がする。たとえ、その人がとても親切で素晴らしい人だとしても。

 だから、このまま秘密にしておこう。それにある意味、ユリアに対して一貫性のある対応をしていることになる。不思議には思われるだろうが、もはやそうする他にない。始めからルティナ達が同じパーティーだと知っていればもっと他にやりようがあったかもしれなが、後の祭りである。


「おお! ソロの凄腕っぽい! ん?! 実際ソロの凄腕か!!」


「こういうのは凄腕じゃなくて、凄腕ぶってるだけだよ。いつか正体を暴くんだからっ」


 俺の言葉に対してマリエッタとルティナがそれぞれ野次気味の感想を放つ。


「ルティナ。そんなに気になるなら、一緒に遺跡に潜ってみたらどう?」


「別に気になってるわけじゃないよ。ただカイはこんな風に才能をひけらかして回ってるから、いつか痛い目を見そうだなって思ってるだけだよ。アストリッドさんだって助けた酔っ払いが、起き上がった後すぐにお酒を飲み始めたら、思うところはあるでしょ」


「そうね。もう少し健康に気を付けた方がいいと思うわ」


「マリエッタ~。言われてるよ~」


 アストリッドの言葉を拾ったスイがマリエッタに茶々を入れる。


「私は酒で倒れたことないから! そもそも前提が成り立たない!」


「どっちにしろ飲み過ぎだから控えなよ。アストリッドさんも言ってるんだから」


「ルティナがスイの言葉に乗るなんて! 明日は大雨かな!」


「別に乗ってないから!」


「ルティナ~、タダ乗りは厳禁だよー。お金~、お金~」


「あげないからね!」


 言い合うルティナ達の言葉を耳に入れつつ、何となく、自分の立ち回りについて考える。

 『ルカシャ』からはじまり、ギルドの審査でユリアと会った事、彼女と交流を深め情報をいくつか交換したこと、またそれらの裏でマリエッタやルティナともそれぞれ情報のやり取りをしたこと。その場その場ではよく対応していたはずだ。自分の戦略目標や保身などを考えて情報のやり取りをしていたと思う。

 ただ、一貫性が無い動きだったとも思う。もっと最初から、何か役割(ロール)を決めておくべきだったかもしれない。いや、しかし、それは難しいか? 『ルカシャ』を手に入れたのは偶然の面が大きいし、その時は、それがあんなに影響を及ぼすとは分からなかった。それに、あの時は金欠で少しでも金になるものが欲しかったのだ。

 そして『ルカシャ』を売り払った以上、ギルドに目を付けられるのは自然の流れであるし、ユリアとも知り合うのは自然だった。そして、ユリアからちぐはぐな評価を受けるのもまた自然だった……いや、ユリアとの交流が少なければそうはならなかったから、ユリアとの積極的な交流を選んだ俺にも原因が……? ん? あれ、でも、ん? 俺とユリアの関係って、結構ユリアから話しかけてきた事が多かったな………………? ん? ん? ん? なんか、ん? 気のせいか? 何か変なような気がする?


 いや、とりあえず、それは一旦置いておこう。ルティナやマリエッタに対しては、『ルカシャ』の時に経験を踏まえて、あまり高く評価されすぎないラインで情報をやり取りしていた。特にルティナは俺が実力不相応の成果を持っている事に不審がありそうなので、とりわけ情報を制限した。

 まあ、魔術に関してこちらから聞いてしまったのは今から考えると悪手だが……それも当時は少ない知り合いから有用な技術を教えてもらえるということで、二つ返事で聞いてしまった。魔術の事を知れたし、結果的にはマリエッタに風の魔術を教えて貰う約束を取り付けられたのだから、悪くはない、というよりむしろ良かったのだが……うーん、やはりユリアだ。今も、斜め前の席からこちらをじっと見つめているユリアが気になってしまい、過去を悔いてしまう。


 やはり話し合うべきだろうか? さっきは秘密のままと思ったが、このままずっと見られるというのも気まずい。俺の『感覚』を説明せずに、上手くユリアに納得してもらうような内容。それを考えて、ユリアに説明するか。うーん。どうしたものか。とりあえず、この店に入ってからそんなにユリアと話をしていないし、話しかけるか。


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― 新着の感想 ―
[一言] もう、リデッサスに行って全て忘れた方が早い気がしてきた。
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