一章85話 お別れ会⑭
それから六人で、雑談をしつつ、飲み食いを続けた。時折、雑談に熱が入ることもあったが、比較的穏やかにお別れ会は進行した。
美味い食事と、人柄の良さそうな人達との雑談。その両方に癒されていたのだが、ルティナがある言葉を俺に投げた時、再び緊張が走った。
「そういえば、カイ。魔術師を紹介するって話、憶えてる?」
特に怒っていない珍しく平常なルティナだ。いや、いつも怒っているから、怒っている方が平常なのかもしれないが。
とにかく、そんなルティナからかけられた言葉。本来なら問題の無いことのはずだが、俺にとっては少しだけ問題がある言葉だ。確かに、以前、魔術に興味があり、ルティナと魔術の話をし、さらに紹介料を出せば、師匠を探してくれるという話をした。それ自体は良いのだ。ただ、ユリアがここにいるのが問題だ。
ユリアは俺の事を魔術師だと思っている。そしてそれに関しては俺は否定はしなかった。なので、少々、気まずいのだ。
チラリと顔を向けないようにユリアを見たが、こちらを興味津々に見ていた。うーむ。
「ああ、その話ですか……」
答えながらも、僅かに体が強張る。発言次第では、ユリアから不審に思われるかもしれないからだ。
「風の魔術を教えられる人を紹介するって話だけど……まあ、もう会っちゃったし、それに元から知り合いみたいだから、言うんだけど、その人ってマリエッタの事だったんだよね」
ああ、そういうことか。確かにそれは納得できる。マリエッタは以前、パーティーでのポジションは後衛と言っていたし、魔術師というのはしっくりくる。同じ『フェムトホープ』同士ゆえに、実力も保証されているだろう。
「なるほど……マリエッタさんでしたか。紹介料払った方がいいですか?」
ユリアからの視線が鋭くなっているのを無視しつつ、ルティナに言葉を返す。
「別にいいよ。元々知り合いみたいだったし、まあ、マリエッタ以外を紹介してほしいなら、取るけどね。あと、マリエッタから教わるなら、受講料は二人で相談してね」
「私の話だよね! 何! 金? 魔術? どっちの話?」
「カイが魔術を使いたいって言ってたから、マリエッタを紹介しようとしたの。風の魔術、良かったら教えてあげて。まあ、カイに教えたくないとかなら別に教えなくて良いけど」
ルティナがマリエッタに説明する。事実に則した説明だ。だが、少し困る。斜め前にいるユリアから圧を感じる。チラリとそちらを見る。ユリアが無言でこちらをじっと見ている。先ほどのルティナたちの中層発言も合わせて見るとユリアからすると大変不思議なのだろう。気まずい。
「おお! カイさん魔術使いたいの! 私一通り使えるから! 良いよ! 教えるよ!」
マリエッタが言葉をかけてくれる一方で、俺はユリアからの圧を下げられないか試してみることにした。
「あ、本当ですか? ありがとうございます……風の魔術は習う機会が無くて、使えるようになりたかったんです」
これで、どうだろうか? ユリアには風以外の魔術が使えるように思われたりしないだろうか。そんなに簡単にはいかないとは思うが……いや、なんとなくだが、ユリアからの圧が下がったように気がする。うん。このまま上手く立ち回りたいな。できるだけ一貫性を保ちつつ、平和に、皆と仲良くしたいところだ。
「良いよ、良いよ! カイさん良い人だし、才能あるみたいだから、上手く使って! いつ教える? 明日?」
マリエッタは活発に了承すると、善は急げと話を詰めにかかった。
「あ……その、明日から北方遺跡群の方に行くので……良いお返事を頂いたのに、すみません」
「ああ! さっき言ってたね! まあ、探索者同士、また会う事もあるでしょ! その時、教えるよ!」
「何から何まで、ありがとうございます。あ、あと、酒の席で言う事でもないですが、受講料はおいくら程お支払いすればいいでしょうか? 今度会うまでに貯めておきたいので、できればお聞きしたいです」
たぶん、俺の手持ちで十分払えると思うが、一応どのくらいかかるか確認したい。
「金か! 今、中層なんだよね! なら上がりは金貨四枚くらい? なら、そうだな! とりあえず、金貨二十枚! それで、どっちかが飽きるまで教えるよ! ああ、でも一応、私が飽きても、最低でも呪文の一つは唱えられるようにはするから! そこは安心して!」
ふむ……これは、手厚い気がする。最初は『飽きるまで』というのは曖昧で契約としてはどうかなと思ったが、呪文一つは使えるようにしてくれるみたいなので、それならば金貨二十枚の価値はある気がする。勿論、物価から考えると、高いが……まあ、特殊な技術を最低でも一つは身に着けられるのだし、運転免許証みたいなものだと考えれば、悪くないか? いや、そもそも、金貨をかなり持っているし、あまりケチ臭い事を考えるのはよくないか。
「ご丁寧にありがとうございます」
「良いって、良いって! 酒でも飲みながらゆるくやっていこう!」
そう言ってマリエッタは豪快に酒を飲んだ。
これで話は終わるかと思っていたら、今まで口を噤んでいた人物が口を開いた。
「あの、マリエッタさん。風の魔術を教えるなら、魔術の適正(適性)を見ておいた方が良くないですか? 魔力量や風との親和性も重要ですし、教える前にマリエッタさんは知っておいた方がいいと思うんですけど……」
控えめな雰囲気でユリアがマリエッタに語りかけた。
「おお! それもそうだね! カイさん調べるから、おでこ出して!」
ユリアに言葉を返しながらも、マリエッタがこちらに話を振った。しかし、俺が答えるよりも早く、二人――ルティナとスイが同時に口を開いた。
「マリエッタ、ユリアちゃん。私、前にカイの適正(適性)は調べたけど、風は使えそうだったよ」
「マリエッタ、ちょい待ち。お兄さんのおでこ検査なら私が前やったから教えるよ~」
合わさるように二人が言葉を口にする。そして、お互いを見る。
「え?」
「んー?」
ルティナとスイは不思議そうにお互いを見合ったが、先に反応したのルティナだった。
「ちょっとカイっ! どういうこと? 私が調べた後、スイにも調べてもらったの? それって私が信用できないって事!?」
しかし、その矛先はこちらに向いた。
なるほど、そういう解釈になるか。仕方が無いので、正直に事情を話す事にする。
「いえ、そうではなく……逆です。スイさんが先でした。ただ、スイさんは結果を教えてくれなかったんです。なので、ルティナさんが結果を教えてくれたのは、凄く助かりました」
「それなら、まあ、いいけど」
「そういえば、前にスイさんに調べてもらったって言ってましたね……」
納得したような表情をするルティナの隣で、ユリアもまた何かを思い出したように呟いた。
そして、僅かに会話が緩んだとき、ドンと大きな音がした。マリエッタが酒が入ったジョッキでテーブルを叩いたのだ。何かと思いビクリとするが、幸いにもマリエッタは特に怒ったりしている様子はない。皆の視線がマリエッタに集まると、彼女は力強く口を開いた。
「とりあえず! カイさんは風の適正(適性)があるってことでいいのかな?」
どうやら、注目を集めるためにジョッキを使ったようだ。何と言うか、マリエッタはやはり乱暴なところがある。悪い人ではなさそうだが、臆病な俺としては、行動にたまに驚いてしまう。