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一章84話 お別れ会⑬


 スイは、にやにやと悪戯気に笑うと、手元にある飲み物――アルコール臭がするものを飲み始めた。先ほど、注文していたものだ。スイは俺と違いお酒が飲める……ん?

 あれ……スイって何歳だ? 見た感じかなり若く見えるんだが、お酒を飲んで良いんだろうか。確か飲酒はこちらの世界では16歳だったはずだが。なんとなくスイと年が近そうなユリアの方を見る。酒は飲んでいない。他の『フェムトホープ』の面々は酒を飲んでいるようだが、ユリアだけは飲んでいない。これは……


「スイさんっておいくつなんですか?」


「んー。お兄さん、気になるかね」


「お酒飲んでも大丈夫な年齢ですか?」


 確信を突く質問をすると、スイは俺から目線を逸らし、グラスを傾けた。


「くびくびくびー。お酒は美味しいな~」


 ふざけた事を言いながらグラス――ワインのようなものを飲み続ける。


「えっと、つまり、十六歳未満ですか?」


「くびくびくび~」


 こちらの質問に答える気がなさそうであったが、おそらくこれは肯定と考えていいだろう。


「なるほど……でも意外ですね。なんかルティナさんとか怒りそうですけど」


 正義感の強そうなルティナはそういう事を厳しく追及しそうに見える。まあ、俺も年齢制限は安全のために守っておいた方が良いと思うタイプだけれど、ルティナほど情熱は無いので、スイの飲酒についてはそこまで追求しない。


「えっと、たぶんルティナさんは知らないんだと思いますけど……」


 小さな声でユリアがそう告げた。そしてスイは一度グラスを置くと、人差し指を立て、彼女自身の唇の前に置く。ルティナには言うなというジェスチャーだ。こくりと俺が頷くと、ユリアは苦笑した。


「二人は仲が良いんですね」


 ユリアの言葉を聞くとスイは、にやりと笑った。


「友達兼共犯者だからね。もし私が何か悪い事をやって捕まったら、お兄さんが代わりに刑罰を受けるので、ユリアもよく覚えておいてね」


「それって、自分が悪い事をやった場合はスイさんがリスクを引き受けてくれるってことですか?」


「そのときは私が責任を持ってお兄さんをユリアのところに突き出すので、ユリアはお兄さんにお仕置きするよーに」


「えっと……」


 ユリアは困ったように俺の方をチラリと見た。マイペースなスイと真面目なユリアの組み合わせは、ユリアを困らせる事が多いみたいだ。少しでもユリアの助けになれないか、何か上手い言葉を考えていると、それが出るよりも早く隣から声が投げかけられた


「あ! スイがお酒を飲んでる!」


 マリエッタの指摘により、ルティナやアストリッドの視線もスイに集まった。


「ぐびぐび」


 ふざけた事を言うと、スイはグラスにある葡萄酒を一口飲む。


「聖導師ってお酒飲んでいいの? ユリアは飲んでないけど!」


「あ、別にそれは大丈夫ですよ。私の師匠も、よく紅茶と一緒に飲んでいましたし」


 マリエッタの質問にユリアが答える。


「ああ! そうなんだ! ユリアはいつも飲まないからダメなのかと思ってた!」


 力強く言葉を発するマリエッタをルティナが少し冷めた視線で見た。


「マリエッタ。一緒のパーティーにいるのにそんな事も知らなかったの?」


「細かいなー! 私は教会色が薄いからよく知らないんだよ! ルティナと違ってさ! それよりさ! 何でユリアは飲まないの?」


 ルティナの少し棘のある言葉がマリエッタに向けられたが、それには気にも留めずマリエッタはユリアに話を続ける。


「私がお酒を飲まないのは……あ、えっと……それは……」


 ユリアは困ったように言葉を濁す。隣ではスイが「ぐびぐび」と言いながらグラスを空にする。


「ん? ユリアちゃんは15歳だからでしょ。マリエッタはもっと仲間の事をちゃんと覚えなよっ!」


 なるほど。ユリアは15歳だったのか。ルティナの言葉により、今の状況を完全に理解する。つまり、ユリアもまた飲酒の年齢に達していないのだ。そしてユリアはその年齢制限を律儀に守っている。だが、それを口にすると話題が年齢の話になるかもしれないと思い、言葉に詰まっているのだろう。年齢の話になるとスイにも火の手が及ぶからだ。

 なお、スイはマイペースに追加の酒を注文していた。


「ユリアの歳なら知ってるよ! 15歳だから何なの? 何で飲まないの?」


 まるで、飲酒の制限年齢など知ったことかというようなマリエッタの言葉にルティナが眉をひそめた。


「あのねっ! 15歳は飲んじゃダメなの。16歳からなのっ! みんながみんなマリエッタみたいに適当じゃないの!」


「美味しい酒は何歳でも飲んでいいよ! ここの酒は全部美味しいから飲んでいいよ!」


 二人の口論が進む中、アストリッドがおもむろに口を開いた。


「あら? そういえば、スイさんってユリアと同い年じゃなかったかしら?」


 その言葉を聞くや否や、バッとルティナが横を向く。ルティナに視線がユリア越しにスイを貫く。


「ちょっとスイ、何で飲んでるの? というか、前、歳を聞いたとき、18歳って言わなかった? 15歳なの?」


 スイはチラリとルティナを流し見た後に、彼女の質問には答えずに何食わぬ顔でジョッキに入った液体を飲み始めた。ん? ジョッキ? 追加の酒が来てたのか、気付かなかった。


「何飲んでるの! 話聞きなよ! スイ!」


 当然その行為は火に油だ。説教している人をスルーしてその説教に反する事を目の前でするのだ。完全に舐めていると言っていい。


「ぐびぐび~」


 ジョッキの中身を半分ほど飲み干すと、またしてもふざけた言葉で挑発する。そして、このとき俺はようやく気付いた、ジョッキの中身に。


「だから! ワインを飲まない!」


「ん? それ、ワインじゃなくない?」


 ルティナが鋭い指摘をすると、それに対してマリエッタが言葉を挟んだ。


「へ? ワインでしょ? 色からして」


「濃い葡萄ジュースだよ。よく見れば分かる! それに、この店でワインはジョッキでは運ばれないよ!」


 マリエッタの指摘はたぶん合っている。そう、葡萄ジュースなのだ。なぜ分かるかと言うと、アルコール臭がジョッキからしないからだ。しかし、いつ葡萄ジュースを頼んだのだろうか。最初に頼んだものはもう中身は無かったし……


「あれ? カイさん、ワイン飲んだの? 飲めるじゃん! 飲もうよ!」


 疑問を感じているとマリエッタが思わぬ言葉をかけてきた。はて?


「いや、飲んでないですよ」


「ん? じゃあ、手元のグラスは?」


 マリエッタに言われた手元を見る。そこには空のワイングラスが置いてあった。

 はて……? ん? これ、さっきまでスイが飲んでいたワインのグラスではないだろうか。それに、俺がさっきまで飲んでいた葡萄ジュースがない。せっかくジョッキで頼んだのに……ん!!! あれ? と思いスイを見る。満足そうな顔で葡萄ジュースをジョッキで飲んでいる。盗られた! いや! すり替えられた! スイの空のワイングラスと俺の葡萄ジュースが入ったジョッキが! いやいやいや、嘘だろ。いったい何時すり替えたんだ……?


「これは、スイさんのです。ついでに言うと、今スイさんが飲んでいるのは俺の……自分のです」


 あまりにも驚いていて、素の一人称が出てしまった。


「やれやれ。お兄さん、それにルティナ、言いがかりは良くないよ。私はさっきからジュースを飲んでいたのに、やれ酒を飲むなとか、やれ自分のだとか、難癖をつけて! 見苦しいっ! まったく、探索者は、こうっ! ダメだね! だよね、ユリア」


 そう言って、手元にある葡萄ジュースを飲む。間違いなく俺の葡萄ジュースだ。


「ええっと……私も探索者ですし……それに、それは元々フジガサキさんのですよね……?」


 そして、さっきまでこちらで話していたユリアも当然このすり替えに気付いている。故にスイのマイペース過ぎる態度に困惑する。


「さてさて~、どうでしょーか」


 スイは、ユリアの指摘を無視し、葡萄ジュースを挑発するように見せびらかす。


「どうでしょうか、じゃないでしょっ! さっきまで飲んでたでしょ。あとカイのジュースを勝手に取らないの! お酒も飲まない! ユリアちゃんを見習うっ! 分かった?」


 当然、そんな行為に納得のできない人物――ルティナは声を上げる。


「ほいほい、分かったよー。はい、お兄さん。美味しかったよ」


 そう言って、半分以下に減った葡萄ジュースを返してきた。いや、いまさら返されても、量も減ってるし……まあ追加で頼めばいいか。そんな事を考えていると、店員が来て追加の酒がスイの前に置かれた。先ほどスイが頼んでいたものだろう。皆の視線が、スイと彼女の手元にある酒に集まる。

 スイは一度キョトンとした後、手元にあるグラスを掴み――


「ちょっと! 何飲もうとしてるの!」


 ルティナが制止した。


「んー? いいじゃん、いいじゃん。マリエッタもさっき言ってたけど、人が何飲もうと勝手だよ~」


「まだ15歳なんだからダメでしょ!」


「何でダメなの~?」


「何でって……体に悪いし、あと、ダメだからダメ。それに司祭様だって許さないよっ!」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。私はお酒飲んでる方が調子良いし、それに、聖なる術が使えるから、体が悪くなってもすぐ治せるよ~。そ、れ、と、前、司祭様の目の前でお酒飲んだけど、司祭様は許してくれたよー」


「そんなわけないでしょ!」


「事実だよ~。第一ルティナ、よくよく考えてみなよ~。私が神聖な『ヘルミーネ礼拝堂』を実効支配してるのを司祭様は黙認してるんだよー。お酒くらいでとやかく言うわけないよ~」


 あまりにも禄でもない発言の後、スイは手元のグラスに口を付けた。味が良かったのか、スイは「うーむ、なかなかですな~」と呟きながら、満足そうな表情を浮かべた。


「ぐぬぬ……」


「あはは……」


「さすがスイ! 教会の権力者! 司祭も黙らせる! 悪徳聖導師!」


 そんなマイペースすぎるスイの行動に対して、悔しそうにするルティナ、苦笑いするユリア、酒を飲みながら野次を飛ばすマリエッタと三者三様の反応を見せた。そして、彼女たち三人にスイを加えた四人の様子を淡々と、だけれどどこか優しく、アストリッドが見守っていた。

 一時はどうなるかと思ったが、スイと『フェムトホープ』の面々の仲はそんなに悪くないようで安心した。いや、実は悪いのかもしれないが、少なくとも表立って殴り合いになる、とかそんな事にはならないようで良かった。


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