一章83話 お別れ会⑫
「すみません。ちょっと考え事をしてしまって……」
「むーっ。そういう事をして~、私が優しかったから良かったけど、もし私がユリアみたいだったらお兄さんの事、お仕置きしてたよ~」
スイの言葉を耳にして、思わずユリアの方を見る。いつもは朝の礼拝の時何気なくしているユリアへの悪評だが、今回は事情が違った。なんたって隣に張本人であるユリアがいるのだ。故にユリアを見てしまう。
しかし、スイの類稀な反射神経により、視線は遮られる。スイの腕が邪魔をしたのだ。俺が腕を避けるようにユリアを見ようとするよりも早く、彼女の声が耳に届いた。
「あのっ、スイさん。私、そんなことしませんよ……?」
恐る恐るユリアが口を開いた。不快の色は無かった。まあ今までユリアが不快そうにしていたことは見たことがないので、驚くことではない。困惑の色は強かった。それも驚かない。むしろ納得感がある。誰だって、自身の本来の性質と正反対の評価をされれば、困惑するだろう。
ただ、不思議に感じた。なぜなら、ユリアの声色には困惑以外にも感情が籠っているように思えたからだ。そして、その感情は……俺には、焦りに思えたからだ。
「本当かな~」
「本当ですよ。フジガサキさんも、その、そう思ってくれますよね……?」
少し不安そうにユリアはこちらを見る。そして、素早くスイが視線を妨害する。
「はい、そう思って――」
「ダメだよー、ユリア。勝手にお兄さんに話しかけるのは禁止~。今日は私とお兄さんで盛り上がるんだから」
俺が答えるのを被せるようにスイが言葉を発する。
「えっと、そのスイさん。私も話に入ってもいいですか?」
ユリアは優しい笑顔を作りながら、スイに話しかける。もし俺がスイの立場だったら、良いですと言ってしまいそうな、そんな雰囲気だ。
「ダメー」
しかし、にべもなく断られる。
「その、フジガサキさんは明日出発ですよね? できれば、私もお話したいです」
「そうだよ! スイ! カイさんを独り占めはよくない! 私も飲みたいから話を聞いて欲しい!」
しかし、ユリアも挫けることなく言葉を続け、さらにはマリエッタも割り込んできた。先ほどまで、ルティナやアストリッドと談笑していたはずだが、ユリアとスイの言い争いが聞こえたのか、介入することにしたようだ。
「ダメ、ダメ、ダメ~」
「スイさん、少しだけですから……」
拒否するスイに対して、ユリアは妙に粘った。
「ダメー、少しもあげないよー」
「横暴だ!」
「マリエッタこそ身勝手だよー。アストリッド~。リーダーでしょー。パーティーメンバーの身勝手を止めてよ~」
マリエッタの力強い声をかわしつつ、スイはアストリッドを巻き込んだ。
「身勝手?」
突然の言葉に対しても、アストリッドは落ち着いて言葉を返す。
「そうだよ~。身勝手だよ~。今日は、私とお兄さんで楽しく過ごすはずだったのに、そっちのパーティーの人たちが邪魔してるよー。リーダーとして責任を取って抑えてよ~」
「ボス! 身勝手じゃないよ! それに! 私、カイさんが明日出るって知らなかったし! それなら私も話したい!」
「えっと、私も色々と聞きたい事がありますし……」
スイとマリエッタ、そしてユリア、三者の言葉を聞いた後、アストリッドは少しの間、沈黙した。
アストリッドの沈黙の間、妙に静かになった。ルティナが少し困ったようにテーブルを囲む面々を見ている事と、スイが関係ないと言わんばかりに手を振り隣のテーブルとの間に壁を作っている事を除けば、まさに静寂と言える状況であっただろう。
「……そうね。確かに、少し身勝手かもしれないわね」
「ボス!」
「さっすが、アストリッド~。話が分かる~」
アストリッドの結論が出るや否や、賛否の声が上がる。だが、その声を掻き消すように、アストリッドはさらに言葉を続けた。
「――でもね、スイさん。探索者は生き死に、浮き沈みが激しい仕事なの。私たちは明日死ぬかもしれないし、彼も明日死ぬかもしれないわ。特に、彼は、ソロで、しかも遠くの遺跡街に行くのでしょう。それなら、もう二度と会えなくなる事だってあるわ。だから、分かれの前の一杯くらいは、皆で楽しくしたいわね」
そう言って、アストリッドはじっとスイを見つめた。なんだが、含蓄があるというか、人生経験を感じさせる言葉だ。アストリッドは俺と同じ年くらいに見えるが、たぶん俺よりも濃い人生を送っているような気がする。言葉に重みがあるというかなんというか。
「むー」
そして、俺がアストリッドに言葉に重みを感じたのと同じように、スイもまた何か感じ入るものがあったようだ。
「えっと、まあ、その、スイさん。クリスクに戻ってからでも、たくさん話す機会はありますから……」
ここぞとばかりに俺も折れる。いや、別に元々抵抗していたわけではないけれど。兎に角、折れる言葉を発する。アストリッドの言っている事は正しいように思えるし、それに『フェムトホープ』とも友好的でありたい。
まあ俺に関する情報量の問題があるけど……それもまあ、真面目に考えるならば、ちゃんと話した方が良いし、『フェムトホープ』と交流を進める形の方が総合的には良さそうな気がする。
「むむむー。仕方がないな~、ちょっとだけだよー」
不満そうにしながらも、スイはそう言うと、妨害していた手をどけた。国境開放であった。
そして国境開放とほぼ同時に、図ったように料理が運ばれてきた。こちらのテーブルには追加の料理が、『フェムトホープ』の方には前菜を中心とした料理が並んでいく。
「おお! スイが折れた! お酒も来た! 飲もう!」
「ありがとうございます。スイさん」
「マリエッタ。分かってると思うけど、ほどほどにしなよ」
「んー。ユリア。あんまり根を詰めすぎないようにね」
「分かってるよ! ルティナ! ほら! お兄さんも一杯どう? 別れ酒!」
「……! あの、やっぱりスイさんも……?」
「あー、いや、お酒は飲めないので……」
「やっぱりって~?」
「あら? カイさん、飲めない人?」
「あの、だから、あの事というか……」
「ええ、体と相性が悪いみたいで」
「よく分からないな~」
「ちょっとぐらいなら平気だよ! 最後だし! 飲もうよ、カイさん!」
「えっと、良いんですか?」
「マリエッタ。無理やり飲ませるものではないわ」
「よく分からないな~」
「スイを倒したと思ったら、今度はボスが難敵だ!」
「……………………私は主の御心に従います」
酒を飲み、料理を食べ始める『フェムトホープ』の面々をなんとなく眺めながら自分も手元にある料理を食べる。五人の会話が入り乱れ、時折俺の方にも言葉が投げかけられる。
飲み物を飲みながら正面を向くと、ユリアとスイが何事が話している。
「根を詰めすぎないようにね~」
「……そうします」
しかし、俺がそちらを見ると二人の会話がちょうど終わってしまったようだ。ふと、こちらを見るスイと目が合う。スイはニヤリと悪戯気に笑った。