一章81話 お別れ会⑩
「ユリアちゃん! 来てくれて良かった! 人数差が埋まった」
「私は今着いたところよ。礼拝の後始末、お疲れ様」
「おお! ユリア! お疲れ! 隣のテーブルにスイが来てるよ!」
ユリアが来たことで、『フェムトホープ』の面々が彼女の方を向いた。ルティナは嬉しそうに、アストリッドは冷静に、マリエッタは力強く声をかける。
「スイさん、ですか? あれ……フジガサキさんも? どうして、二人がここに……?」
ユリアはマリエッタの言葉を浴びて、俺とスイの姿を捉えた。少し驚いたように見える彼女の淡い赤瞳と目があった。
握ったままであったアストリッドの手を放しつつ、ユリアの方を向く。
「あ、ユリアさん。どうも。ちょっと色々あって、今日はスイさんと一緒に食べてます」
「スイさんと、ですか。えっと、その、どうして?」
どうして、とは? ユリアの不思議な質問に関して、どのように答えるか悩んでいると、代わりにマリエッタが答えた。
「なんかスイと知り合いみたいだよ!」
「それは、私も知ってますけど……」
マリエッタの答えに対してユリアは困ったような表情をした。
「ユリアちゃんって、その言い方だとカイと知り合いなの? そっちの方が驚きなんだけど」
そして、そんな二人を見て今度はルティナがユリアに声をかけた。
「はい。フジガサキさんとはよく一緒にいますけど……ルティナさんやマリエッタさんも知り合いなんですか……?」
「飲み仲間だよ!」
「え! 飲み仲間……?」
驚いた顔をして、ユリアはルティナをじっと見た。
「ちょっと待って、ユリアちゃん。私は違うよ。カイが探索者としてやっていけるように色々と教えてあげてるの。ほらっ、前、皆にも話したでしょ。生意気な新人がいるって。それがカイのこと」
ルティナが少し嫌そうにマリエッタの言葉を否定した後、俺との関係をユリアに説明した。どうやら、『フェムトホープ』のメンバーには俺の事をぼんやりと話していたようだ。
ん? あれ……ちょっと待てよ。あ、あ、あ、これは不味い。とても不味いぞ。しまった。しまった。しまった。不味い不味い不味い……どうする?
ユリアはギルド経由で俺が深層探索者だと知っている。より正確に表現すると、『深層からでのみ採取できるものを採取してきた人間』だということを知っていて、そのため俺の事を深層探索者だと思っている。一方で、ルティナとマリエッタは俺の事を中層――せいぜい十層程度の探索者だと思っている。こちらはルティナにはソロで日当金貨数枚の探索者だと説明し、マリエッタには十層前後をソロで活動していると説明している。
つまり、情報を統合すると少しおかしくなってしまうという点だ。実はそこまで嘘はついていないのだが、少々おかしなことになってしまう。
「新人……最近ルティナさんがよく話す、気に入った人の話ですか……?」
「別に、気に入ってるわけじゃないよ! ただ、まあ、近頃、見た中では才能がある方だなって。まあせいぜい中層が限界だと思うけどね……!」
「ああ! 最近話してたアレ、カイさんの事だったんだ! あれ? でも前ルティナは四層探索者って言ってなかった? カイさんは中層前後だよね。外してない?」
「外してないっ! 色々あったのっ!」
俺が思考をしている間にも会話は続いていく。それを耳に入れながらも、自分の今までの言動や、三人の情報量などについて考える。
ユリアが持つ情報の裏付けはギルドに起因している。
つまり俺が『嘘でした。深層まで行ってません』と行ったとしても、『じゃあ、お前がギルドで売った素材は何だよ』と詰められてしまう。故に深層探索者というスタンスを崩してしまうと、ユリアは不思議に感じてしまう。
まさか、低層で手にいれましたという真実を言うわけにもいかないのだから。だって、ギルドの記録や図書館に記録を見ても、そんな事はこれまで一度も発生していない以上、真実の方が不自然な説明になってしまうのだ。
ルティナが持つ情報に関しては、彼女の経験が裏付けになっている。
俺が不自然に持っている金から最低でも中層で活動しなければならない。ただ、ルティナの見立てでは、俺の成長率をどんなに高く見積もっても、中層程度が限界であり深層で活動しているというのは彼女の経験からは受け入れ難いようだ。というか、たぶん低層から抜けた中層に活動場所を移動させた事も少々不思議に思っていたようなので、ルティナの見立てでは、未だに俺は低層から毛が生えた程度の探索者なのだろう。
実際低層でしか活動していないので、ルティナの経験則は全くもって正しいのだが、それを認めれば、『さては大金をスイから巻き上げたな』と睨まれてしまうので、中層で活動していると言い張っているのだ。ただ、その事さえ、少し不審気味だから、これで『実は深層で活動しています』などと言ったとして信用されるかという問題がある。『証拠を見せろ』と言ってきそうだ。
ただまあ、ルティナの情報や考察は経験則に基づくものが多く、物的証拠が少ないために突ける点はあるかもしれない……あ、いや、確か、ルティナは俺の活動日をギルドで調べているとさっき言っていたな。そういう意味ではそれは証拠だ。まさかギルドが嘘を吐いているというわけにはいかないし……どの程度の情報をルティナが持っているのかは謎だが、少なくとも最近の探索頻度に関しては握られていると考えておこう。
逆に、おそらく言動からして売り払った採取物については知らないような気がする。なぜなら最近、ニ十層由来のものを売却したが、その情報は持っていないように見えたからだ。
マリエッタが持つ情報はルティナに近い。
俺が高価な魔道具を所持していた事と、魔力の残り香から十層前後で活動していると睨んでいた点だ。こちらもルティナと同じで真実である低層探索者だと説明すると色々と不都合があり、中層と説明すると自然な形に収まる。深層と説明した場合は……少し分からないが、ルティナよりは納得してくれそうな気がする。
ただ、以前中層ソロの時点でかなり驚いていたから、深層ソロと説明すると、『それは流石におかしい』と思われるかもしれない。
総合すると、たぶん深層探索者だと説明するのが良さそうだが……何か、抜けている気がする。
「四層……中層前後……」
俺が悩んでいると、ユリアがぶつぶつとルティナたちの言葉を繰り返し呟いていた。不味い。たぶん不思議に思っている。それはそうだ。ユリアから見れば俺は深層探索者なのだから、低層や中層と言われると不思議に思うだろう。どうする? 訂正するか? たとえば、深層まで行けるが、中層で活動することも多いとかだろうか。一応そこまで矛盾は無い気がする。ただ、ルティナは俺の活動階層はせいぜい中層と思っているだろうから、激しい反応が予想される。それはそれで、大変そうだ。
「ルティナに気に入られるなんて凄いわね。彼女、滅多に同業者を評価しないから、珍しいわ」
今度は、目の前にいるアストリッドが感心したように言った。そういえば、アストリッドも少し不味いな。彼女は俺が行き倒れていたことを知っているし、さらに言うと、俺がギルドや遺跡というものと無縁だった事も知っている。一方で、俺はユリアに、この街に来る前も遺跡を経験しているかのように発言している。困ったな。どうしようか。