一章80話 お別れ会⑨
隣のテーブルから、「これはがいい」「あれはだめ」といった声が段々とにぎやかになったところで、新しい客がまたテーブルに現れた。
「遅れたわ。二人ともお待たせ」
隣のテーブルを見ると、落ち着いた感じの女性がマリエッタとルティナに話しかけていた。
今度こそ初めて見る人だ……ん? 初めてだよな……? あれ? でも何か、この人どっかで見たような……? ギルドですれ違ったりしたのかな?
「アストリッドさん! 良かった。やっとまともな人が来た」
「おおボス! 酔っ払いの相手お疲れ!」
ルティナは安心したような、マリエッタは労うように、落ち着いた感じの女性へと声を返した。
話からすると、彼女が先ほど話題に上がった、冷たくて優しい人――アストリッドのようだ。確かに、素性を知らないと冷たく見える。雰囲気が冷めてみるというか、何と言うか、無表情で、目が無機質な人だ。ただ、話を聞くに、とても良い人らしいので、あまり心配する必要はないだろう。おそらく、残る一人、凶暴なエースを警戒した方が良いだろう。
「もう何か頼んだの?」
そう言うと、アストリッドはマリエッタの隣、ルティナの正面に座った。
「まだだよ! ボス! 隣にスイとカイさんがいたから話し込んじゃって!」
マリエッタの言葉を聞くと、アストリッドがこちらの方を向く、そして、少し驚いたような顔をした。
「スイさん? ああ、本当ね。どうも、久しぶり、ってほどじゃないけど。珍しいわね、貴女がこういう店に入るなんて」
さきほどスイが言っていたようにアストリッドとは面識があるようだ。
「まあね~」
スイは適当に返事を返すと、アストリッドは今度は俺の方に声をかけた。
「それで、カイさんっていうのは、貴方かしら? あれ……? 貴方どこかで……?」
マリエッタ越しにアストリッドはこちらを見る。俺、マリエッタ、アストリッドと一直線に並んでいるので、アストリッドからこちらを見るとマリエッタを挟む形になるからだ。
「ええ、自分がカイで合ってます。どうも。それで、えっと……?」
「勘違いかもしれないけれど、貴方とどこかで会ってないかしら……? 見た感じ、探索者みたいだけど、ギルドで会ったりしてたかしら?」
少し悩んだような口調だ。記憶を思い返しながらとでも言うべきか。そして、不思議なことに俺も同じ気分だ。このアストリッドという女性とはどこかであった気がするのだが……
「そうかもしれない………………あ! 会ってます、会ってます! お会いしてます」
頭の電球が光ったというべきだろうか。今、思い出した。
俺は以前アストリッドに会っていた。不思議そうな顔をするスイを横目にアストリッドをしっかりと見る。マリエッタが少し邪魔だったので、一度立ち上がり、隣のテーブルに近づき、自分の正面にアストリッドがくるようにする。今からする話は、できるだけ、しっかりと相手を見てからしたかったからだ。
「あの時は本当にお世話になりました。以前、クリスクで、倒れていた時に、介抱して下さって。水も飲ませてくれて、本当に感謝しています。貴方のおかげで、なんとか探索者として生活できています」
そう言って、俺は深く、アストリッドに頭を下げた。彼女は俺がこの世界に来て、気分が悪くなって倒れたときに助けてくれた人だ。そして、俺に探索者になるように勧めてくれた人でもある。
「ああ、思い出したわ。少し前に、あったわね、そんな事。そう、今は探索者を……それなら良かったわ。生活も安定しているみたいだし、上手くやれているみたいね」
アストリッドはそう言うと、立ち上がり、俺の傍に並んだ。女性にしては少し高い身長なためか、顔を傾けることなく視線がはっきりと合う。
「あの時、名前を聞いていなかったから、カイさんでいいかしら? 私はアストリッド、アストリッド・ヴィディン、『フェムトホープ』のリーダーよ。改めて、よろしく」
そう言って、アストリッドは右手を差し出した。
「カイ・フジガサキです。パーティーには所属していないソロですが、よろしくお願いします。ん……?」
彼女の右手を握り、言葉を返しながらも、少し疑問を感じた。今、『フェムトホープ』と言ったか、言ったな。えっと、確か、『フェムトホープ』ってユリアの所属しているパーティーではなかったか……? ん? あれ? 確か、今目の前にいるパーティーって四人構成で、んで、メンバーは、ルティナ、マリエッタ、アストリッド、それとまだ来ていない、超凶暴なエースが一人。他にはいない。ふむ。
なんとなく、スイの方を見る。可愛らしいが邪悪な笑みを浮かべていた。今にも『ふっふっふ』と言い出しそうだ。なるほど、完全に理解した。
「どうかしたの?」
「ああ、いえ、そのもしかしてなんですが――」
不思議そうな顔をしたアストリッドに対して、説明しようとしたとき、新しい声――このテーブルに来る最後の人物の声が耳に届いた。
「遅れてすみません。待ちましたか?」
視線を声の元に向けると、そこには予想通りの人物。特徴的なピンクブロンドの髪色の少女――つまり、『フェムトホープ』のエースであるユリアが立っていた。