一章79話 お別れ会⑧
嬉しそうなスイを見ていると、少し離れたところから新たな声が飛んできた。
「おお! カイさん! 今日来てたんだ! 面白い人と相席してるね!」
声の主はマリエッタであった。相変わらずどこか鋭く力強い雰囲気を持っている。
今日も彼女はお気に入りの店に来たようだ。いつもは相席しているが、今日は俺の前の席は既に埋まっている。というか、辺りの席はもう結構埋まってる。なので、別の席が余っているところに相席させてもらうのだろう。まあ、マリエッタは俺と違って人見知りしないと思うので、問題ないだろうけれど。
「マリエッタさん? どうも、来てました。面白い人……?」
こちらに近づいてくるマリエッタに声を返す。
マリエッタはスイを見て言ったみたいだが……スイと知り合いなのだろうか?
「そう、そう! スイ! その娘、クリスクの聖導師なんだよ! 全然見えないでしょ!」
珍しい。スイの素性を知っているとは。
「あ~、実はスイさんとは知り合いで……」
「へー! そうなんだ! 顔、広いね!」
そう言って、マリエッタは勝手に俺のそばの席に座った。その席はルティナが確保したテーブルの席の一つであった。つまりルティナがパーティーのために席取りしている席の一つだ。俺は恐る恐るルティナの顔色を窺った。勝手に他人が席に座ったので怒っているのではないかと思ったからだ。しかし、ルティナは特に気にしたような顔をせず、マリエッタに話しかけた。
「アストリッドさんは? 二人で来るんじゃなかったの?」
先ほどまでの俺やスイに対するものとは違い、少し落ち着いた話し方だ。ふむ。これは、もしや……
「おお! ルティナ! 席取り、お疲れ! ボスはここに来る途中に倒れた酔っ払いを介抱してるから、もう少し遅れてくるよ!」
うん。どうやら、マリエッタはルティナのパーティーに所属していたようだ。少し意外に感じたが、同時に納得感はあった。二人とも深層組だし、パーティーメンバー万能型っていう共通点もあった。
それに二人とも遺跡から出土した物に付着した魔力を視る事ができるなど、能力面でも似たところがあった。あと、どちらからも過去に勧誘されたことがあったが、それもパーティー方針が似ていたからかもしれない。まあ、これは偶々かもしれないけれど。
「アストリッドさんらしい……というか、その状況でよく自分だけ一人で来たね……」
「いや、飲み過ぎてる方が悪いし!」
「その酔っ払いもマリエッタ程は飲んでないと思うけどね」
ルティナは呆れたように言った。
「私はちゃんと自分の限界までしか飲まないよ!」
「体に悪いから、限界よりも遥か手前で止めなよ。あと、マリエッタってカイと知り合いなの? さっき話してたけど」
自信ありげ宣言するマリエッタに対して、ルティナはやんわりと諫めた。ルティナにしては大人しいなと思った。マリエッタにはそんなに怒らないのだろうか?
「そうだよ! 飲み仲間! ルティナもカイさんと知り合いみたいだけど、何? 飲み仲間?」
「そんなわけないでしょ! というか! カイ! マリエッタと飲み仲間ってどいうこと? そんなにお酒を飲んだらダメだよっ!」
マリエッタに対しては大人しいかと思ったら、普通にぷりぷりと怒りだした。そして、またしてもこちらに飛び火した。まあ、今回は俺に対しては怒るというより、心配するような感じであった。
まあ、確かにマリエッタと一緒に飲んでたって言われたら、大量に飲んでたと思うだろうから、心配になるだろう。あの飲酒量はなかなかだ。というか、今気づいたが、前マリエッタが『仲間の前衛が酒飲んでると文句つけてきて煩い』って言ってたけど、あれはルティナの事だったのか。なんか、納得だ。
「自分は飲んでないです。お酒飲めないので」
俺が答えると、ルティナはマリエッタの方を一瞬見た。マリエッタは肯定を示すよう頷いた。
「そうなの? それなら良いけど、マリエッタもあんまり飲み過ぎないでよ」
「分かってる、分かってる!」
ルティナの心配に対してマリエッタは適当に返事をした。
「ええっと……ところで、マリエッタさんって、ルティナさんのところのパーティーにいたんですね」
会話の切れ目を感じ、なんとなくマリエッタに確認の質問をした。
「そうだよ!」
「なるほど……あれ、スイさんもマリエッタさんとは知り合い……ああ、そっか、さっきエースの人も知ってるって言ってましたし、もしかしてスイさんはルティナさんのパーティーのことは、もう完全に知ってる感じですか?」
横に座るマリエッタから視線を正面にいるスイに戻すと、彼女は無邪気に口を開いた。
「ほどほどにね~。残りの一人、アストリッドのことも知ってるよ~。冷たくて優しい人だよ」
冷たくて優しい……? なんか変だな。なんとなく両立しにくい要素に思えるし、それに何より、あんなに優しいユリアのことでさえ悪く言っていたスイが『優しい』なんてプラスに思える表現をするとは、どんな人なんだろう? ちょっと興味あるな。
「ちょっと! アストリッドさんの事まで変に言わないでよ!」
「冷たくて、優しい! 言い得て妙だね! 流石スイ!」
ルティナとマリエッタ、双方がスイの言葉に反応した。しかし、その中身は反対と賛成、正反対のものだった。
「ええっと?」
「二人が同時に喋るからお兄さんが困ってるよ~」
疑問の声を出す俺を尻目にスイがのんびりと二人を非難する。
「なら私が喋るね!」
スイの言葉に対して、先に動いたのはマリエッタだった。彼女は、ルティナを手で制しながら口を開いた。
「ボスは――アストリッドさんは、優しい人なんだけど! あんまり笑ったりしないし、元気もないように見えるから! 冷たく見えるんだよね!」
冷たい……それは静かとか形容するのではないだろうか? まあ、表情が硬くて、雰囲気や口調が冷めて見えるって感じなのかな? それでいて優しいと。なるほど。
「なるほど? 優しくて静かな人なんですね」
「そう! そんな感じ!」
まあ、道端に倒れた酔っ払いの介抱をする人なんだから、良い人なんだろう。話の流れ的に、その人がリーダーなのかな? 最初はルティナがリーダーかと思ったが、以前マリエッタが、『自身の所属しているパーティーのリーダー』は『自身の探索者としての師匠』でもあるみたいな事を言っていた気がするし……ん? いや、ルティナが師匠かつリーダーの可能性もあるのか。
「そのアストリッドさんという方がマリエッタの師匠なんですか?」
「おお! よく分かったね! 前言ったっけ?」
念のための確認の質問を放つと、素早くマリエッタが返してきた。
「以前そんな感じの事を話していた気がします」
「よく憶えてるね! と! まあ、こんな感じで! 私はカイさんとは普通に話が合うんだよ! 見てた? ルティナ!」
マリエッタは得意げな表情をルティナへと見せる。
「マリエッタが好き勝手に喋って、カイも適当に相槌打ってるだけしょ。全然ちゃんと話してないし、それなら私の方がまだカイと話せてるよ」
ん……それはどうだろうか。まあ、マリエッタ相手には雑談とかが多いし、お互い意味もなく相槌を打つ場合もある。そういう意味では、ルティナ相手の方が真剣に話をしていると言えるかもしれない。
「ん!? 妬いてるの!?」
「違うよっ! 本当の事を言っただけ! そうでしょ! カイ!」
マリエッタの思わぬ発言のせいか、ルティナの矛先がこちらへと向いた。
「えっと――」
「――はい! はい! ここで中断! 断絶! 二人はお兄さんに話しかけるの禁止! お兄さんも私以外に話しかけるの禁止!」
ルティナの突然の言葉振りになんと返そうか一瞬悩んだ。そして悩んだ間に、スイがこの乱戦に横から殴りこんできた。俺・ルティナ・マリエッタの三者が、ぽかんとしているうちに、さらにスイは言葉を続けた。
「今日はお兄さんと私が一緒にお話しながら美味しいものを食べる日だからね! これ以上はお兄さんを二人には貸してあげないよー。もう! ここ! ここに壁! 壁がありまーす。ダメでーす」
スイは二つのテーブルの間、何もないところを何度も手を振った。このスイの手が、彼女の言う壁を意味するのだろう。そして、この壁を介して会話をするな、というのがスイの要望のようだ。
「ちょっと、スイ勝手に決めないでよっ」
「おお! 相変わらずスイは横暴だね!」
スイの独特な要望に対して、ルティナは相変わらず怒ったように反応し、マリエッタはどこか感動したように反応した。
「二人は前菜でも食べてなよー。まだ何も頼んで無いんでしょー。さて、お兄さん、雑談の続きといきましょーか」
二人に適当に返事をすると、スイはこちらに向き直り話しかけてきた。
「えっと良いんですか……?」
「良いよー、だって、ほら」
スイに促され、ちらりとルティナとマリエッタの方を見る。マリエッタはもうこちらは見ておらず、何を注文するかルティナに話しかけていた。
「前菜だって! ルティナ何にする!?」
その言葉に反応し、こちらを気にしてたルティナもまたマリエッタの方を向く。
「いや、まだ、全員揃ってないし、待った方がいいんじゃない?」
「もう少ししたら皆来るし食べてても大丈夫でしょ!」
「まあ、それもそうかな」
話ながらも、メニューから料理を選んでいく二人。それを横目にスイが口を開いた。
「とまあ、こんな感じで、二人を見たら分かるけど、このパーティーはクリスクでも有名なチンドンパーティーだから、お兄さんも店を開くときは依頼を出すと良いよ~」
「チンドン屋だって! 今度皆でやってみる? あー、でもあんまり儲からないかな!」
料理を選んでいる途中にも関わらず、スイの言葉にマリエッタは反応し、ルティナに話しかける。
「やるわけないでしょ! スイもマリエッタもふざけないのっ!」
「冗談! 冗談! やらない! やらない!」
仲が良さそうな二人の声を耳に入れつつ、俺もスイと追加の注文について話しはじめた。