一章7話 異世界二日目 魔道具店と出会い
それから遺跡を出て、昼飯を食べて、採取道具を一通り購入した。利便性や携帯性を考慮して、金に糸目を付けず、軽くて品質が良い物を選んだ。全部で金貨2枚くらいした。支払いはギルドカードを使ってみた。難なく使え、念のためギルドの2階の窓口で確認したところ、ちゃんと使った額だけ減っていた。デビットカードみたいな感じだな。便利だ。……ギルドカードは絶対に無くさないようにしないとな。
まあ、一応本人の魔力で認証しているらしいので、他人のギルドカードを使えないらしいが。ちなみに、この説明を教えて貰った時、俺に魔力があるのが不安だったが、今回デビットカード機能を使えた事から、俺も魔力というものを持つらしい。
地球産まれだけど、魔力あるんだね……なんか、ますます魔法が気になってきた。一通り、自分の『感覚』の検証をしたら、魔法について調べてみるのもいいかもなー。
採取道具を買った後は、町に出て魔道具を探してみることにした。お金と時間に余裕があるというのが一番の理由だが、他にも昼に聞いた冷却具というのが気になるし、有用なものなら、自分の探索にも役立ててみたいと思ったからだ。幸い、今日は夕方までは時間が空いている。
ギルドから大通りに出て、大きな案内図を確認し、西側に歩いていく。大通りに設置されている案内図によると、西側に魔道具を扱う店が多いようだ。
このクリスク遺跡街は街の中央に遺跡の1層への入口があり、遺跡は地下深くへと繋がっている。そして遺跡を取り囲むように街ができている。ギルドは1層の入口の近くにあり、探索者がよく使う店の多くがギルドの近くにある。『遺跡街』という名前の通り、遺跡とともに発展していった街のようだ。
俺が今泊っている宿屋はギルドに面している大通りを東に行った場所にあり、昨日散策して服を買ったのも東側だ。東側にも魔道具店があったので、気が向いたらそちらも確認してもいいかもしれない。ちなみに初めて転送された場所は大通りを北に行った場所だ。なので、西側に行くのはこれが初めてだ。いつか南側も見てみたいものだ。
しばらく歩くと1つ目の魔道具店が見えた。結構大きな店舗だ。それになんか高級感というか、そんな感じのオーラが店から漂ってきた。強そうなお店だ。
勇気を出して中に入ると、店内のカウンターにいる店員さんが微笑を携えて上品な挨拶とともにお辞儀をした。おお! なんか凄い! 店員さんまで高級店っぽい! 釣られてお辞儀をしつつ、ゆっくりと店内へと入る。
入ってすぐに多きなショーケースがあり、中には目玉商品と思しき魔道具が鎮座している。その中の商品に付いていた値札があまりに高価だったため、思わず見てしまった。金貨240枚! 凄い価格だ! この世界に来て最も高価な値だ。『飛翔のベルト』という名前らしい。
説明を読むと、どうやら遺跡内限定で飛べるようになるらしい。遺跡内で放出されている魔力を利用して飛ぶため、遺跡の外では利用できないらしい。また、浅い層では操作が難しいので10層以降の層での使用を想定しているらしい。また、他にも推奨している遺跡の層や状況、魔道具を使用する際に必要になる魔石の種類や補給頻度など細かく書かれていたが、専門的な事も多く詳しくは分からなかった。
値段に合った性能なのかは、今の俺にはよく分からなかったが、ただ遺跡という命に直接関わる場面での商品であることから、大金を出す人はいるだろう。俺は、まだしばらくは1層探索者の予定なので、この魔道具とは縁が無さそうではあるが。
他にも、店内のあちこちに設置されているショーケースをゆっくりと眺めていく。『飛翔のベルト』ほどではないが、どれも全体的に高価だ。安いものでも金貨数枚、ある程度のものは数十枚する。金貨1枚=大銀貨5枚=銀貨20枚のレートを考えると、銀貨換算で安いものでも銀貨100枚程度、高いものでは銀貨600枚とかにはなるだろう。この辺りでの一日の生活費が体感銀貨2~3枚程度ということを考えると、なかなかな値段だ。
ちなみに値札の表記は金貨数枚までの価格の魔道具では、金貨換算と大銀貨換算が併記されている。一方で、より高価な魔道具は大銀貨換算での値段は書かれず金貨換算での値段のみが書かれている。この記述方法に関しては推測がある。昨日と今日の街の様子などを踏まえると、恐らく、一般的な決済手段は大銀貨・銀貨・銅貨で行い、高価な物に関しては金貨で取引されるのだろう。
具体的に言うと、『ルカシャ』は高価すぎるため、金貨での決済が行われた。一方で、街の料理や宿の代金では皆、銀貨・銅貨を主軸に扱っていた。金貨数枚程度の場合はこの中間で金貨・大銀貨・銀貨が入り交えた形となるのだろう。
ショーケースを何個か見たあたりで、お目当ての冷却具も見つけた。これは種類が豊富で色々なタイプがあった。単純に冷気を発する直方体のものもあれば、バックパックや水筒型になっていて、その中に冷蔵保存したいものを入れられるタイプもあった。変わったものでは、筆型というものがあった。これは冷却したいものを筆でなぞることで、冷却されるらしい。不思議だが、冷却スプレーの筆版と思えば納得できた。
直方体型は安価で安い物だと金貨5枚程度でも買えそうだが、価格帯がバラけていて、さらに色々と冷却等級やら魔力等級やら対応燃料など細かく書いてあるものだから、性能差がかなりありそうに見えた。
バックパック型や筆型はもう少し値段が張り、金貨10枚から30枚程度だ。一応、個人的には手が出る額だ。まあ、今の自分にとって必需というわけではないし、色々と知識的に分からないことが多いし、見送りかな。とりあえず、魔道具を買うのには勉強が必要なことは分かった。
そう思い冷却具のショーケースコーナーから離れようとしたとき、真横から声をかけられた。
「ねぇ、キミ。新人でしょ?」
声のする方を向くと、茜色の髪をした探索者風の少女がこちらをジッと見ていた。いや、ただの少女ではない美少女だ。それもかなりのレベルの美少女だ。こっちの世界の人間は美形っぽい人が多いのだが、目の前の少女はその中でも上位に君臨するレベルだ。
俺が反応に困り黙っていると、少女はツインテールの髪を揺らしながら勝気な笑みを浮かべた。
「黙っててもお見通しだからっ。さっきから立ち回りが素人臭いし、それに! 探索者のくせに碌な装備も身に着けてない。自分が駆け出しだって言ってるのと同じだよっ!」
ふむ。なるほど。確かに昼の帰還組の様子を見るに1層で活動している人以外は何かしらの探索者用の装備をしていた。実際俺は駆け出しだし、この少女の推理はズバリ合っているのだが、ちょっと気になったことがあったので聞いてみることにした。もしかしたら、色々教えて貰えるかもしれない。
「『装備は遺跡用で宿に置いていて、今は買い物用の服装なんです』って言うのは無理がありますか?」
俺の言葉に気に食わなかったのか、少女が赤い瞳を尖らせた。
「ふーん、嘘つくんだ。さっきまでその服で潜ってたでしょ。遺跡の魔力残滓が残ってるよ」
魔力残滓……専門用語っぽいな。それにやっぱこの少女、色々教えてくれそうだな。
「いやー、正解です。駆け出しです。ついでに先達に一つお聞きしたいんですが、魔力残滓って何ですか?」
俺が聞き返すと、少女は気を良くしたのか、頬を僅かに緩めた。
「遺跡で吐き出される魔力……鉱石とか植物とかはそれが籠ってるけど、少しずつ外に流出するんだよ。それが服にべったりついてるって事」
文字通り魔力の残滓ってことか。
「なるほど。ちなみに、自分は魔力残滓って、ちょっと分からないんですけど、探索者の皆さんは分かるのが基本なんですか?」
「ううん。そんなに分かる人はいないんじゃないかな。私のパーティーは皆分かるけど、駆け出しに毛が生えたくらいの人達じゃ無理だよ」
今の言い方からすると、この少女の視点では、彼女のパーティーはこの遺跡街で活動する探索者の中でも上位にいるという事だろうか?
「熟練の方じゃないと難しいってことですね」
「そうだよっ! 熟練した探索者だけが分かることだから」
熟練というワードが気に入ったのか、少女は機嫌が良さそうだ。まあ、見た感じまだ10代みたいだし、褒められ慣れて無いのかもしれない。これを機にさらに質問をしてみる。
「熟練の方って朝から夕方まで潜ってるイメージがありますが、この時間で魔道具の確認をしたりもするんですね」
ちょうど、このあと夕方の帰還組を確認しようと思っていたので、熟練を名乗る少女がここにいる理由は気になった。まあ、単に休みなのかもしれないが。
「毎日は潜らないよ。休息も必要だし、装備品を整える必要もあるから。私たちのパーティーは数日に一度だけしか潜らない。でも、その分、潜るときは朝から夜までじっくり潜るよっ」
へー。探索者って、普通はそんな感じなんだ。この少女は何層くらいで活動してるんだろう。
「そういう事でしたが……ところで、今は何層――」
「――ちょっと待った!」
「はい?」
「何でさっきから当然みたいに質問してるのっ! 今はキミが私の質問に答える時間でしょ!」
そうだったのか……? ああ、でも、最初はこの少女から話しかけてきたし、何か言いたいことがあるのかもしれない。
「ああ、はい。何でしょう?」
「キミ、新人みたいだけど、名前は?」
「名前はー、ええっと、藤ヶ……いや、カイ・フジガサキです」
苗字名前の順で名乗ろうとして、途中で、こちらの名乗り方と違うかと思い、名前苗字の順に直す。
「カイは遺跡を舐めてるでしょ」
うお、美少女に下の名前で呼ばれちゃった……。いやいや、落ち着け落ち着け。とりあえず、質問に答えよう。遺跡を舐めてるか。まあ、そうかも。いや、舐めてるつもりは無いんだが、『感覚』のこともあるし、結果的に舐めてる気がする。
「そんなつもりは無いのですが、熟練の方から見ると、そう見えますか?」
「どう見ても、舐めてるようにしか見えないよ! 碌な装備も無しに潜って、残滓からして今日潜ったのは1層じゃないでしょ! 4層までソロで行けるのは駆け出しにしては『できる』方だと思うけど、そんな風に舐めてかかったら、いつか痛い目見るんだからね」
いや、今日潜ったのは1層だけど、何で4層……うーん、さっきの魔力残滓の言い方からすると、ペクトーンクリスタルの残滓が俺に付着してるからか? まあ、アレは16層だからそれはそれで違うけど……これは反応したらボロがでそうなポイントだな。ちょっと流すか。
「ああ、えっと、まあ行けるところまで行ったので……危なそうなら引き返してましたよ」
「その態度が舐めてるの! しかも、稼いだお金で装備を整えずに魔道具を買おうとするなんて……! 最低限魔獣から逃げられる装備を整えてからでしょ! 才能があるからって鼻にかけて……!」
ぷんぷん怒っている。元が美少女だから怖さよりも可愛さが目立つが、なんでこんなに怒っているのだろう。俺からすると他人の事なんてどうでもいいのではないかという気持ちもあるのだが、彼女は他人の事だけど気になってしまうという性質なのだろうか。でも色々と心配して教えてくれるあたり良い人っぽいな。まあ悪く言うとお節介という感じな気もするが。
「ええっと、すみません? とりあえず、今日の稼ぎは装備品につぎ込む事にしますね。お勧めの店ってありますか?」
今日の稼ぎはゼロだから、買わなくても嘘にならないと思ったが、この熟練少女が紹介する店次第では買ってみるのもいいかもしれない。
「ここぞとばかりに……! まあ、でも、駆け出しなら……『ラッツの守護屋』かな。レイル通りを南側から入って2つ目の通りを右に行って、三軒目のお店。品質も良いし、4層で採集できるくらいの実力があれば、必要なものは揃えられるはずだよ」
「レイル通りってどこですか?」
ググれって怒られそうだが、この世界は情報の入手が元の世界よりも難しい。それに大通りの看板にもレイル通りという記述は無かったような気がする。だから聞けるうちに聞いた方が良さそうだと思ったのだ。
「ああっ! もうっ!」
少女はイラつきながらも、バッグから紙とペンを取り出し、素早く地図を描き、ランドマークや店の名前をそこに書き込んでいった。綺麗な字であった。
「ほらココ! こんだけ私がやってあげたんだから、行かなかった許さないから」
彼女から地図を受け取り、確認する。買うかどうかは分からないが、とりあえず今度……いや、時間的にまだ余裕があるし、この後行っても良さそうだ。幸いレイル通りからはそこまで距離は離れてはいないようだ。
「ご親切にありがとうございます。この後、行ってみますね」
「ちゃんと行くんだよ。あとは教会……うん? ちょっと待って……そっか、スイに任せれば……ちゃんと行ったか確認もできるし……ねぇ、今、カイはこの後行くって言ったよね」
「まあ、そんな感じですね」
「それなら、スイ――私の連れが店の前にいるから、一緒に行きなよ。道案内もしてもらえるし。それに、スイは変に鋭いから、色々教えてもらえると思うよ」
「えーっと。それはありがたい話ですが、そのスイさん? という人に確認を取らなくてもいいんですか?」
「いいよ。スイは暇人……ではないけど、でも、今日は暇のはずだから」
暇人? どんな人だ……? まあ、この親切そうな少女の知り合いならそこまで悪い人は紹介されない気もするけど。うーん、もう少し魔道具を見て見たかったが、まあ、それはいつでもできるし、今はこの少女の縁を辿ってみるのも良いかもしれない。
「では、スイさんが良ければ、お願いします」
「じゃあ、店の前にいるはずだから、ついてきて」
「あ、その前に一つ聞いていいですか?」
さっきの残滓の件をついでに聞いておこう。
「良いけど、何かな?」
「どうして自分が4層まで行ったって思ったんですか?」
俺の質問に対して、彼女は得意げに語りだした。
「魔力残滓がかなり多かったからだよ。まず1層の小銭漁りは有り得ない。一度にある程度纏まって浴びてる必要があるからね。だから、有り得そうなのは3層の『オリグ草』か『ラメライト』鉱石あたり。この二つは魔力が他に比べて流出しやすい。ただ、それでも、服に付いている魔力の量が多すぎるから、群生地に当たったんでしょ。そう考えると4層には稀に『オリグ草』の群生地があるから、4層ってこと。5層以降は危険な魔獣も多いし、ソロで戦うにはある程度の装備が必要。カイの見た目からしてそれも無い。どう? 当たってるでしょ?」
少女の言葉に『ハズレ!』と思ったが、それを口に出すメリットはないので、心の中だけで抑える。
「流石、熟練の方となると、見ただけでそこまでの事が分かるのですね……」
とりあえずさっきから少女が挙げていた4層の謎は解けたな。しかし、魔力残滓か……今後の事を考えると少し厄介かもな。この少女が言うには分かるやつは少ないという事だし、精度もそこまで高くは無さそうだが……この情報は頭の片隅に置いておいた方が良さそうだ。
「まあ私くらいの探索者はこの遺跡街では中々いないからねっ」
えっへんと言った感じで胸を張っていた。胸はあまり無いが。いや、これは余計な情報だった。
「じゃあ、今度こそ行くよ」
そういって店外へと歩き出そうとする少女を見て、思わず、言葉が出た。
「ああ、あともう一ついいですか?」
「もうっ! さっきから何なの?」
「ああ、いえ、すみません、今更なんですが、名前を伺っても良いですか?」
俺が聞くと、少女も『そういえば』っといったような顔になり、口を開いた。
「私の名前はルティナ。ルティナ・カールトン。カールトンは従士名だから、呼ぶときはルティナでいいよ。よろしくねカイ」
そう言うと、今度こそ、少女は店の外へと歩き出した。