一章78話 お別れ会⑦
「はい?」
俺が相槌を打つと、スイは納得気に頷いた。
「なるほど、なるほど。だいたい分かったよー。ルティナのところのエースなら私も知ってるから教えてあげよー」
スイは、なぜかニヤリと意味深に笑った。可愛さを下地に邪悪さと嬉しさを混ぜたような笑みだ。何か企んでいるかもしれない。気を付けよう。
「ちょっと! 勝手に答えないでよっ」
スイの言葉にルティナが横槍を入れる。それに対して、スイはルティナの方を向き、口を開いた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。私もちゃんと知ってるし、お兄さんに教えてあげようと思ってね。ルティナは私が教えた後、教えてよ。お兄さんも二つの視点から聞けた方が色々と参考になるでしょ」
確かに、二つの視点から貰える方が、情報の正確性は上がる気がする。
「私が後っていうのが気になるけど、そんなに言うなら、まあいいよ」
ルティナが矛を収めると、スイは得意げな表情になり語り始めた。
「じゃあ、説明するよー、お兄さん。ルティナのところのエースは凄い力が強いんだよ。才能も凄いある人でね。まあ私ほどじゃないけど。でもでも凄い才能があって、力も強くて、おまけにすっごく凶暴な性格だから、お兄さんは舐めた口を聞いちゃダメだよ。こうっ! ガシッっと頭を掴まれて、ギュッとされちゃうよ。お兄さんがジュースになるのは見たくないから、ルティナのところのエースとは喋らない方が良いよ!」
だいたい以前ルティナが言っていた評に近い。ただスイの話を聞くと、才能があって凶暴という要素が加わった気がする。ルティナは凶暴とまで形容していなかったが……
そこまで考えたところで、横から、鋭い声がかけられた。ルティナだ。
「ちょっと! 変な事吹き込まないの! 凶暴じゃないから。真面目なだけだから」
怒ったような、少し焦ったような感じだ。なんとなくだが、本当の事を言われて困ったというよりは、悪評が広められて困ったというような表情に見える。
うーん? ちょっと判断に迷うな。そんなに凶暴な人ではないのかな? でも何だかんだで、ルティナもスイも、そのエースが俺の事を捻り潰すみたいな事を言ってるから、やっぱり怖そうだな。喋らない方がいいのかな?
「人の物を勝手に壊すような人だから凶暴だよ~」
「それはスイが悪いんでしょ。言っとくけど、スイやカイみたいに世の中舐めてる人には容赦しないだけで、普段は優しいから」
「舐めてないよ~。世の中が簡単すぎるだけだよ~」
「そういう態度が舐めてるって言うの!」
「まーまー、ルティナ。兎に角、お兄さん、ルティナのところのエースには用心だよ。警戒するんだよ。今日この店にいる間はどんなに話しかけられても、ちゃんと無視するんだよー」
俺が考えている間にも、二人の口論は続いていき、ルティナが怒ったところで――いや、まあいつも怒ってるから、どこだって話だが、特に怒ったところで、スイがこちらに話を振ってきた。
「それをやってしまうと、かなり感じが悪いのでは? というか、その怖い方にジュースにされるのでは?」
ジュースにされるのは嫌なので、もう少し安全な手段がないかを尋ねる。
「だから怖くないから!」
横から飛んでくるルティナの指摘を耳に入れながらスイの回答を待つと、彼女はまたニヤリと笑った。先ほどよりも悪戯気な笑みだ。
「お兄さんが無視している限り、私がお兄さんを守ってあげよー」
なるほど……確かに超人的な力を持つスイならば、凶暴なルティナの仲間から俺を守ることもできるかもしれない。まあ、それをやると色々と感じが悪いという問題があるが。
「こら、変な事言わないの」
再びルティナから指摘が飛んできた。
「無視している限り……えーっと、無視しないで、普通にしてて守ってもらうことはできませんか?」
一応、感じが悪くなりにくそうな提案をしてみる。
「保証対象外でーす」
しかし、素早く却下された。なるほど、さっきから邪悪だったり悪戯気だったりするのは、このためか。今日のスイは、ルティナやその仲間をおちょくりたい気分のようだ。スイとは付き合いが長いし、多少の悪ふざけの範囲でならば、少しくらいは協力してもいいかもしれないが、でもまあ、無視するのは感じが悪そうなので、あまりしたくは無い所だ。
勿論、俺の身に危険があるように見えたら無視するが。たとえば、今から来るルティナの仲間が明らかに恐ろしい見た目で、すぐ人に暴力を振るうような感じがしたら、その時は無視というのも大事な手段の一つになるだろう。
「ちなみに……あ、その、これは全然関係の無い話なのですが、そのエースさんとスイさんが狭い空間で戦ったらどっちが勝ちますか? スイさんが人を守りながらという前提で。あ、これは全然関係の無い話ですが」
念のため重要な事を確認しておく。無視しておいて梯子を外されたら困るので、ここは確認だ。
「私だよ~」
なんとなくルティナを流し見るが、微妙な表情をしていた。押し黙っているような感じだ。反論しないということは、ルティナのパーティーの凶暴な仲間よりも、スイの方が強いと見ても良さそうだ。こう考えるとスイって滅茶苦茶強いのか? エースって言うからには、たぶんルティナの仲間の中で一番強いのだし、他にも、同じ聖導師であるユリアも、スイの方が自身より上みたいな表現してたし。
まあ、普段から力が凄く強いとは思ってはいたけれど……それにしても、こんな細身の美少女がそこまで強いというのは、なんか意外だ。
「それなら、まあ、安全を考えると無視した方がいいんでしょうか?」
ルティナの仲間と話したりするのも、たぶん今日が最初で最後だ。安全面を意識するとエースとは口を利かないという選択はありなのかもしれない。まあ、本音を言うと、割とまともそうなルティナの仲間が理由なく人を襲ったりはしないと思うけど……思うけど、でもなんかルティナも以前、その凶暴マンが俺の事を捻り潰すみたいな発言をしていたから、ちょっと怖いんだよな。
少なくとも、ルティナから見ても俺とその人は相性が悪いみたいだし。それに、ここは酒も提供するから、念には念を入れた方が良いような気もする。うーん。
「ちょっと、カイまで何言ってるの! だいたい、世の中を舐めてる二人が悪いんだから、その上、勝手に無視するなんて駄目でしょ!」
「身を守る為だから仕方が無いよ~」
ルティナの抗議に対してスイは呑気な言葉を返した。
「とりあえず、危険そうなら無視するかもしれないです」
実際に会ってみてだな。まあ、体感だが、無視する可能性は一割くらいだと思う。明らかなヤバそうな奴なら無視するって感じだろうか?
「だから危険じゃないよ!」
「うん。やっぱりお兄さんは面白いね」
ルティナをおちょくれて満足なのか、スイの表情はかなり喜んでいるように見えた。