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一章75話 お別れ会④


 怒りの声に少し戸惑っていると、スイが俺よりも早く口を開いた。


「逢引きだよ。あ、い、び、きー」


 にやにやとした表情で、それでいて、どこかおちょくっているような口調だった。これは火に油を注ぐ、というやつではないだろうか。


「ふざけないのっ!」


 思った通り、ルティナ怒りの一声が放たれた。美しい茜色の髪が、怒りとともに揺れ動く。


「ふざけてないよ~。デートだよ、デート。そうそう、お兄さん、さっきほっとした顔してたから、一応言っておくけど、お兄さんは私と実質デートをしているので、一万点貯める義務が発生しています。クリスクに戻ってきたら、ちゃーんと、お役目を全うするのだぞ~」


 前半はおちょくるようにルティナの方を、後半はわくわくとしたように俺の方を向きながら、そんなことを言った。


「これはデートではなくお別れ会では?」


 わなわなとしているルティナを横目に、スイに対して言葉を返す。


「デートだよっ、デートだよっ。いいじゃん、一万点貯めようよ~」


 スイは両手を合わせて祈るようなポーズで体を揺らしながら訴えてきた。

 まあ、別にどうしても嫌だというわけではないので、やってもいいか。


「期限が無いなら、やってもいいですよ」


 期限が無ければ、別にスイと話している間に加点減点を繰り返されるだけなので、特にデメリットも無いだろう。最悪、一万点を貯めずに実質的に放棄しても問題は無いはずだ。期限がないならば。


「よしっ、じゃあ決まりだね。お兄さんは一万点集めるんだよ~」


 スイは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ちょっと、二人して勝手に話をしないでよっ! というより、カイっ! こんな高級店で何やってるのっ!」


 わなわなとしていたルティナが限界に達したのか、こちらを責めてきた。


「あ、こっちに聞きますか。デートしているみたいです」


 とりあえず、今決まった事を説明した。説明しながらも、たぶんこれは求められている答えでは無いとも思った。でも、今ルティナが求めている答えがいまいち掴めないので仕方がない。少しずつ話をしていって、上手く探っていくとしよう……探っている間にルティナが激怒して求めている答えを言えるような状況でなくなっているかもしれないけれど。


「だから、ふざけないのっ!」


 見たところ、怒りの限界を100%とすると、今のルティナは30%くらいだ。まだまだ余裕がありそうだ。


「いや、でもスイさんが……」


 とりあえず、スイの名前を出しつつ様子を窺う。ルティナのお怒り案件はスイとの絡みが多いので、たぶん今回のお怒りの理由もその辺りにあるのではないかと思う。


「そーだ、そーだ。ふざけてないぞ~。デートだ、デートだ。そんなことより、ルティナは六人席を一人で使ってることを反省しろ~」


 俺の言葉に合わせて、スイは苛烈に反撃した。反撃内容がなんか主題から大きくそれている気がする。いや、まあ、確かに気になる点ではある。何で六人席に座ってるんだろうか。誰か後から来るのだろうか。


「今日は仲間と一緒に、この店で食べるのっ! だから席取りっ! 店にもちゃんと話してるから! そんな事より、二人はこの店で何してるの! ここ高いから払えないでしょ。何してるの!」


 スイが投げた言葉に対しても、ぷりぷりと怒りながら、ルティナは打ち返してきた。この内容からすると、またお金関係だろうか。あれは一応解決していたと思ったのだが……? ちょっとよく分からないぞ……


「夕食を食べてるんだよ~。見て分からないかな~」


 俺が答えに窮していると、スイがルティナをおちょくるように答えた。おちょくるようにと言うか、おちょくっている。


「そうじゃないよっ! だからっ、私が言いたいのは! カイは奢ってもらわないっ! スイは教会のお金を勝手に使わないのっ!」


 また俺が奢られてる思ってる……一応、ルティナには中層組であるという事を以前伝え、それに関しては納得していると思ったのだが。

 まあいいや。良くないけど、まあいいや。とりあえず、ルティナの怒りは奢られてるんじゃないって事と――ん、いや? そういえば、前ルティナに奢ってもらったことがあったから、奢ってもらう事自体に対する怒りは少なくて、どちらかと言うとスイの資金源について気になっているのかもしれない。

 勿論、自分以外からは奢られるなとか、軽食店程度は良いけど夕食を奢られるのはダメとか、スイから奢られるのはダメという意見を持っている可能性もあるが。というか、今までの言動からすると、案外『スイから奢られるのがダメ』っていうのが正解のような気もする。


 そうすると、今日のルティナのお怒りポイントは『スイから奢られるのがダメ』と『スイの資金源が気になる』って感じかな? 前者は違うし、後者はよく分からないけど、とりあえず、『今日は俺がスイの分を奢る』ので、たとえスイの資金源に闇があったとしても、問題を先送りにすることはできるかもしれない。


「ええっと、前にも言ったかもしれませんが、そこそこ稼げてるので、ちゃんとお金はありますよ。ちなみに、今日の会計は自分持ちです」


 とりあえず、現状の問題を解決する『今日の会計は誰か』について口にする。これで納得して矛を収めてくれると有難いのだが……


「足りないでしょ。カイの収入はだいたい分かってるから。確かにソロにしてはかなり稼いでると思うけど、宿も良いとこ使ってるし、装備や道具にもお金をかけてる。だから、この店で食べるには、お金が足りないはずだよ!」


 ふむ。なるほど……ルティナにも彼女なりに根拠があったようだ。

 俺の実情としての手持ちは『感覚』により非常に多い。しかし、それを抜きにして、単純にルティナ視点で見る――中層レベルのソロ探索者の懐事情とすると、金貨数枚が日当になる。俺の探索頻度をルティナは知らないだろが、まあ、探索者の平均とすれば、一週間で金貨15枚前後の儲けになる。宿屋も知られているから、そこの宿泊料を差し引くと、金貨8枚くらい。この前見られた魔道具などを購入していることを考えると、そこから金貨がさらに消えていくので、確かに、食費に回すお金を削っていると考えてもおかしくはない。おかしくはないが、でも、俺の探索頻度が探索者の平均より多かったり、希少品などを見つけて一度に稼ぐ金貨が上振れすれば、こうやって高めのお店に入ってもおかしくはない気がする。


「いえ、最近は遺跡で上手く稼いでいて……なので、ルティナさんの予想よりも多く稼いでるかもしれません」


 言いながらも、少し別の事が頭によぎった。

 今までの言動からすると、スイってかなり金に余裕があるのだろうか。

 少なくともルティナ視点では中層の俺よりも金に余裕があると考えているようだ。他にもルティナはスイのことを友達料払うくらい金があると思っているみたいだし。それに、事あるごとに俺に金を貸そうとしてくるし、実際に、金貨三枚を気前よく貸した前例がある。金貨三枚は今の俺からするとはした金だが、物価から考えるとかなり高価だ。とすると、実際にお金に余裕があると考えて良いだろう。そして、今のルティナの言い方を考えると、そのお金は教会から分捕っているみたいだ。あれかな? 経費で何でも落とせるみたいな感じなのかな。


「そんな事言って、最近は一回しか遺跡に潜ってないでしょ。知ってるから」


 む……ここ数日潜ってないから、たぶん最近は三層に潜った時だけだな。つまり一回だ。確かにルティナの言う通りだが、なぜ知っている。


「確かにそうですが、なぜそのことを……?」


「ギルドで確認したから、カイがどのくらい遺跡に潜ってるのか」


 なぬ。そういうことはあまりやって欲しくないんだが……というか、ギルドは個人情報を守ってほしいのだが。


「なるほど……」


 俺の探索頻度についての情報をルティナが持っているとすると、残るは探索結果の『上振れ』だが……うーん、ルティナは熟練探索者みたいだし、その辺りを考慮に入れて発言してるのかな? まあ、ギルドで活動している探索者を見るに、『上振れ』というのは滅多に無いみたいだし、たぶん滅多に無い事が起こるとは考えていない、もしくは、『上振れ』が発生しているという可能性よりも、スイから奢られているという方が可能性が高いと見ているのかもしれない。


「『なるほど』じゃないでしょ! やっぱり足りないでしょ! スイが出してるんでしょ! 教会のお金で!」


 俺が悩んでいると、ルティナがまたしても早合点し、結論を出し、お怒りの声を上げてきた。それに対して、俺よりも速くスイがアクションを起こした。


「出してませーん」


 スイは煽るような言葉を吐いた。さらに、両手をルティナの方に向けぱたぱたと振っている。変な仕草だが、それもまた煽っているように見える。


「おちょくらないの!」


 ルティナも俺と同じように煽っていると判断したようだ。


「いやいや~。お兄さんの言う通り、今日はお兄さんの奢りだよ。それと私のお金は教会のお金じゃないよ~、ポケットマネーだよ。分かる? ぽけっと?」


 煽る言葉を続けながらも、スイはポケットから金貨を見せびらかした。以前も思ったが、ポケットの中に金貨を入れているのは安全上どうかと思う。物価から考えると金貨はかなり高い。ポケットにそのまま入れておくものではない。


「見せびらかさないっ! それは元々教会のお金でしょ!」


 ちらちらと金貨を見せるスイをルティナは咎めるように見た。対して、スイはにやにやと馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「私が貰ったお金は私のお金だよ~。ルティナだって遺跡から物をかっぱらって、それをお金にして、このお店に来てるんでしょー。(おんな)じだよー」


 スイは指で挟んだ金貨を強調するようにルティナに見せつけた。


「違うよっ! 私は自分の実力で得たお金っ! スイはサボってるのに貰ってるお金でしょ! 全然違うからっ!」


 ルティナは、さきほどとは少し毛色が違う怒りの声を上げた。スイと同じ扱いされるのは正義感が強そうなルティナには不快だったようだ。


「私も自分の実力で得たお金だよ~。才能の力だよ~。天才聖導師には自然と色々なものが集まるんだよ。お金~、名誉~、権威~。沢山ありすぎて困っちゃうよー」


 しかし、そんなルティナの状態には気にせず、スイは言葉を並べていく。神聖な役割を帯びている宗教関係者とは思えない俗物的な言葉の数々だ。多方面に喧嘩を売る煽りスタイルだが、なんだろう? どこか、スイの表情は悲しく見えた。

 いや、まあ気のせいだろう。だって、俗物サボリ聖導師が、悲しむような要素が今の場面からは見当たらないのだから。むしろ、いつも以上に俗な言葉を、正義感が強いルティナに投げつけることができて、嬉しいと思っているかもしれない。


「ふざけないのっ!」


 ルティナの声が響いた。周囲に他の客がいるため抑えてはいるが、先ほどよりも強い音が出たため、近くにいる客のうちの数人が不思議そうにこちらを見た。しかし、それも、数秒もすれば、興味を失い、彼ら自身の食事や友人との話へと戻った。


「ふざけてないよー。何もしなくても、皆、お金を沢山くれるんだよ~。でも、まあ、数十、うーん、数百、いや千年に一度の才能の持ち主だからねー。ルティナだって、私の聖なる術の力は分かるでしょ。主に愛されてるからね。教会も私の心を繋ぎとめようと必死なんだよ~」


 スイの煽りは止まらない。ドキドキとしながらルティナを眺めていたが、スイが聖なる術の才能に言及したあたりで、怒っている顔が緩み、次第に悔しそうな顔へと変化していった。

 あんなに怒っていたのに、急に緩んだことが不思議に感じたが、とりあえず、怒りを鎮火させるチャンスが来たかもしれない。いや、まあ、元々、ルティナの誤解を解くのが目的であって、怒りを鎮火させるのは目的ではなかったのだが……途中からスイが煽りだしたので、問題が変な方向へ進んでいる気がする。

 まあ、ルティナの怒り方からして、『スイの資金問題』こそが、深層にある問題だったのかもしれないが。


「ぐぐぐ、司祭様も司教様も何でスイなんかを……!」


 怒りを少し鎮めたが、悔しそうな声をルティナが漏らした。それに反応してかスイは席を移動し、ルティナの傍に寄った。


「ふっふっふ、才能がありすぎからだよ~。悔しかったら、私以上の才能を示すのだ―。ほれほれ」


 スイは悪戯気な表情を浮かべながら、ルティナの肩を両手の人差し指で突っついた。


 何をする気だろうと見ていたら、まさかの追い打ちであった。


「うぐぐぐぐ……」


 唸りながら、悔しさだけではなく、恨みも籠った視線をスイと、そしてなぜか俺の方へと投げた。


「うぐ! 才能ひけらかし二人組が憎い。せめて私にもう少し才があれば……!」


 唸り終えると、そんな言葉をルティナが吐いた。

 二人……スイだけではなく俺も憎しみの対象に入ったようだ。というか、たぶん三層までしか行けてない俺と、ニ十層まで行けてるルティナでは、ルティナの方が才能があると思うが……

 いや、とりあえず、今は何か言葉をかけよう。ルティナの恨みの対象から上手く外れたい。一般論として、人から恨まれたくはないし、それが、ルティナのような実力者からなら猶更だ。


「まあまあ、ルティナさん。そう、憎いなんて仰らないで下さい。ルティナさんが教えて下さった事があるから、自分は今も遺跡で稼げてますし、こんな良い店で夕食を楽しめてます。ルティナさんには本当に感謝しています。あとスイさん。勝手に他の人の席に座ったり、突っついたりしない方がいいのでは」


 いつも通り、嘘をできるだけ吐かないようにしつつ、ルティナを宥める。ついでにスイにも、これ以上追撃しないように促す。


「ぐぐぐ、その上から目線の言葉が相変わらず生意気で腹が立つ! あとスイ、勝手に突かない!」


 しかし、俺の言葉はむしろ、ルティナには上手くは作用しなかった。心なしか、またぷりぷり怒り始めている気がする。まあ、恨みや憎しみの感情は少し引いたようにも見えるから、いいか。


「うむうむー。まあ、私は慈悲深い聖導師なので、これくらいで許してあげよー。さらば、ルティナ」


 好きな事を好きなだけ言ってのけると、スイはこちらのテーブルへと戻ってきた。


「ただいま、お兄さん」


 たいした距離の移動でもないのに、こちらの席に戻るなり、そんなことを言ってくる。


「おかえりなさい」


 とりあえず、他に思いつく言葉が無かったため、帰還に対する言葉を口にする。


「もう、全くこの二人はふざけてばっかりなんだから」


 そして、そんな俺らを見て、ルティナがぼやいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一瞬納得しかけたけど他人の懐具合を凡そ把握してるのこえーよw ちょっと出来るソロ探索者の収支や探索回数を何故そこまで( あースイちゃんこれ才能のせいで自由ないやつね 性格的にもやりたい事と…
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