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一章73話 お別れ会②


 そうして、雑談をしながら大通りを東に歩き、『キーブ・デリキーエ』にたどり着いた。

 いつもよりも早く来たのが功を奏し、待つことなく店内に案内された。そして、席につくなりスイが声を上げた。


「ほほう、なかなか小洒落た店だね。お兄さん、なかなか良いセンスだよ。でもお金大丈夫? ここ高そうじゃない? ちゃんと払える? 払えなかったらスイちゃんが貸してあげるから遠慮なく言ってね~」


「大丈夫ですよ。手持ちには余裕があるので」


 それに借りたら、なんか大変な事になりそうだ。


「むむむー。お金持ちになっちゃたんだね、お兄さんは。んー、お金を貸していた頃が懐かしいよー」


「ええ、それは、本当に、あの時のことは感謝しています。ありがとうございます」


 俺の複雑な心境で借り、複雑な事情により返した件だ。個人的には気まずい思い出だし、あまり深堀してほしくないので、感謝の言葉を前面に出し話を終わらす方向に走る。


「うむむ~、感謝をしたまえ~。そして感謝ついでに、今日はたっぷりお話しようね。しばらくは会えなくなっちゃうからね……」


 そう言うとスイは少しだけ悲しそうな顔をした。なんだか、そういうしおらしい面を見ると、申し訳なく思ってしまうので、いつものように無邪気にマイペースで、そして少しだけ邪悪でいて欲しいものだ。


「ええ、それは勿論。今日は、まあ、スイさんが満足するか、あとはまあ店が閉まるかするまでお話しますよ」


「そこは、『店が閉まってもスイちゃんが満足するまでお話します』でしょー、お兄さん」


「明日は朝早くクリスクを出るので、それはご勘弁いただければ……ああ、えっと、何か頼みます? 飲み物も食べ物どれも美味しいものばかりですよ」


「お兄さんのお勧めは~?」


「どれも美味しいですが、メインなら肉料理系でしょうか……あ、串焼きもあったと思いますよ」


 スイの好物について言及しておく。ん? 串焼きは好物か……いや、でも、いつも朝に美味しそうに食べてるし、たぶん好物だろう。


「串焼きか~。悪くないけど、朝、お兄さんと一緒に食べたからなー。もっと別のがいいかな~」


「それなら、やはり肉料理系で別のですかね?」


「うーん、今の気分は魚介かな~」


「それなら、このアムルエビのアヒージョはどうですか? 前食べた時は、オリーブとニンニクが染み込んでいて、とても美味しかったですよ。ついでに、パンはオリグフィセルはどうですか? オリグソースが癖が無くてパン本来の味を出してくれますし、アムルエビと相性が良かったですよ」


 自分が食べた中でも特に良かったものを紹介する。

 アムルエビはクリスクの近くの湖で取れるエビだ。身が締まっていて食べ応えがある。本来は特有の臭みがあるらしいが、アヒージョ――オリーブオイルと刻みニンニクで煮込まれているため、この料理は臭みが全くない。むしろオリーブの香りが染み込んでいて、それがぎっしりとした身の厚さを彩り、とても美味しい。

 オリグフィセルは、オリグ草を薄めてすり潰し、いくつかの香辛料とバターを混ぜ合わせソースにしパンに塗ったものだ。オリグ草はクリスクの低層で取れる採取物であり、食用や薬の材料にもなるようだ。食べた感じの雰囲気としてはバジルに近い。


「んー。アムルエビかー。最近食べてなかったし、確かにいいかも。良い提案だね、お兄さん。こうやってユリアも口説いたの?」


「いえ、口説いてないですよ。というか、むしろユリアさんにこの店を教えて貰ったので」


「なぬっ! ユリアとの逢引き現場だったとは~。これは一本取られたね。よしっ、なら、やっぱり串焼きも追加だ。ユリアよりスイちゃんの方がお兄さんと仲が良いってとこ見せないとね……! うむ、スープと貝料理も頼もうかな。あと飲み物は、とりあえずっ、葡萄ジュースにしよーっと」


 俺とスイはアヒージョとフィセル、他にもいくつかの料理と飲み物を注文した。最近この店で食べるときは、同伴者がマリエッタだったのもあり、なんとなくだが、同席する人が酒以外の飲み物を頼むと新鮮に感じる。


「さてさて、お兄さん、お話の続きだよー。今日は、店が閉じるまで付き合ってもらうからね~」


 オーダーを終えるや否やスイがまた話し始めた。今日はいつもよりも彼女の口が動いている気がする。


「了解です。えっと、どこまで話しましたっけ。店の入る前の続きだと……あー、ユリアさんが壊したドアを直したときの話でしたっけ?」


「その話はもういいや。オチまで言ったしね。別の話にしよっか。うーん、そうだな~。あ! お兄さんが、悪い詐欺師に騙された話にしようっ!」


 スイはにやにやと笑いながら不思議な話題を選んだ。俺の記憶では詐欺師に騙された経験は無いのだが……


「詐欺師ですか? あんまり、そういう経験が無いんですけど……」


「まーまー、そう言わず、お兄さん。話は最後まで聞きましょー。それで、それで、お兄さんが悪い詐欺師に騙された話だけどー。まずはその悪い詐欺師、ユリアのことだけどー」


 ユリアかい。なんか、本当に、隙あればユリアの悪評を流すな。


「いつも思うですけど、ユリアさんと仲が悪いんですか? 最後になるかもしれないので聞いておきたいんですけど」


 この質問をするといつもはぐらかされてしまうので、しばらく会えない事を盾に聞いてみる。気になるし。


「むむ~。こらこらお兄さん、勝手に最後にしないの~。お兄さんはクリスクに帰ってきたら、いっぱいスイちゃんの話し相手をするんだからねー。最後なんて縁起の悪い事を言わなーい」


 しかしスイ聞き方が気に入らなかったのか、水色の瞳を尖らせ、不満げな声を上げてきた。


「いや、まあ、スイさんも以前言っていましたが、ユリアさんから説教が入って、自分が戻った時には朝の礼拝ができなくなるかもしれないって可能性もありますし……」


「ダメダメダメ~。もしそうなったら、意地でも『ヘルミーネ礼拝堂』でお話するからねー。一緒に礼拝堂に立て籠ってユリアや司祭様にぎゃふんと言わせようね、お兄さん」


 スイは妙に自信ありげな笑顔で、俺を巻き込む発言をした。


「それはちょっと」


 俺は自信がなかったので、言葉を濁す。というか、たぶんその状況だと礼拝堂に立て籠るなんてとてもできそうにないな。


「むー。梯子を外された気分だよー、お兄さん」


「ええっと、まあ、許されてる範囲でお話できるなら、したいですね」


「ん~。さてはお兄さん、ユリアの味方をしてるなー、ぶーぶー、ユリアはみだりだぞー」


 俺の弱気の発言を別の意味で取ったのか、スイが唇を尖らせて、こちらに抗議する。


「さっき流された質問をもう一回するのもアレですけど、やっぱり仲悪いんですか?」


 その抗議を受け流し、流れた質問をもう一度することにした。だって、気になるのだもの。


「んー。前にも言ったけど別に仲は悪くないよ~。私よりも、きっとお兄さんの方がユリアと相性悪いよー」


 確かに前にも言っていた気がする。でも、それに関しては前にも思った通り、俺はユリアとは相性が悪くない気がする。


「ユリアさんには良くしてもらってますし、相性が悪いとは思ってないんですが……」


 俺の言葉を聞くと、スイは少し悩むような表情をした。


「それはお兄さんの警戒心が足りないよー。分かる? けーかいしん」


 スイはこちらを少しおちょくるように、言葉を口にした。


「ユリアさんを警戒する理由がよく分かりませんが……」


「むむむ。それなら分かりやすく説明するよ、お兄さん。お兄さんをうさぎだとするよ。可愛い可愛いうさぎさんね」


「兎ですか……」


 何で兎なんだ……?


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