一章71話 リデッサス遺跡街へと行く準備③
スイと別れた後、ユリアと合流し、恒例となった本の探索を行った。ここでの本探しもリデッサスに行く事になれば当然できなくなる。
色々な知識を貰える場所だったが、残念ながら『感覚』については分かることは無かった。まあ、遺跡のことや魔術のこと、聖なる術のことなどの知識は得られたので、ここでの時間は有意義であったと思う。
それにユリアと親交を深められたのも大きい。聖導師という様々な力の持ち主との交友関係は大きなメリットであるし、深層の探索者でもある彼女の言葉から得られる知識は有用であった。そして何より、親切で優しい彼女の人柄に触れることができたのは、こちらの世界に来て最も良かったことの一つだ。純粋に話をしていてこちらも心地よいし、尊敬もできる。出会って良かったと思っている。まあ、俺が受け取ってばかりの関係で、殆ど彼女に何も返せていないことが少し気掛かりではあるが。
この日も本の探索は空振りに終わり、一緒に昼飯を食べ、そして食べ終わった後、雑談の間を縫って、伝えておくべき情報を彼女に伝えることにした。
「そういえば、ユリアさん。以前お話したかもしれませんが、北方遺跡群に行く件ですが、やはり行くことにしました。近いうちにクリスクを出ようと思っています」
「え……?」
ユリアは俺の言葉を聞くと、とても驚いたような顔をした。はて? そんなに驚くような事だろうか?
「ユリアさん? えっと、それで、あー、その、ユリアさんにはクリスクにいる間、大変お世話になったので、そのお礼を言いたくて。本当にありがとうございます。色々と気にかけていただいて」
「あ、えっと……いえ、その、全然、気にしないで下さい。それよりも、その、本当ですか……クリスクを離れてしまうんですか?」
ユリアは俺の感謝を優しく受け止める一方で、とても困ったようにクリスクから出ることを追求してきた。
「……? ええ、まあ、近いうちに、ですが」
ユリアが困る理由がよく分からない。ユリアがいないと俺は少し困るが、逆に、俺がいなくてもユリアは困らないだろう。
「そのっ! いつ、いつ離れるんですか!?」
しかし、俺の想像とは逆に、まるで何かに急かされるように、ユリアが質問してきた。焦っているように見える。はて?
「え、えーっと? まあ、近いうちに、準備がどのくらいかかるのかが分からないので、はっきりとはしていませんが、まあ十日以内にはこちらを出ようと思ってます」
とりあえず、ユリアの質問に正直に答える。そうすると、俺が『ユリアが驚いていること』を不思議に感じていることに、ユリアは気付いたのか、焦り気味だった声のトーンを少し落とした。
「十日……ですか。その、何か……何か、事情があるんですか? 急ですよね。この前まではそんなに乗り気じゃないみたいでしたし……」
ユリアは不安そうな表情をしていた。しかし、なぜだろうか、不安そうに見えるのに、彼女の淡い赤の瞳は鋭く、そして油断なく俺を捉えているように見えた。
「……いえ、特に事情ということはありませんが。まあ、何となくでしょうか」
本来の理由は念のため伏せておく。大したことでは無いが、説明していくと芋づる式に俺の抱えている特殊な事情が露見してしまいそうだからだ。
「何となく……ですか」
俺の言葉を繰り返すユリアの表情は硬かった。
何か気に障る事でも言ってしまっただろうか?
自分の発言を客観的に見てみるが、思い当たるフシは無い。そもそも、ユリアは懐が深いタイプだ。そんな彼女が他人に言葉尻一つ捉えて、気に障るというのは少し変な想像だろう。ルティナじゃないのだから。いや、勿論これはルティナの心が狭いという意味ではない。ただルティナは親切心と正義感が強いので、他人の僅かな言葉も反応してしまうのだろう。
「ええ。何となく。ええっと、何か、変だったりしますか?」
「いえっ。変ということではないのですが……その、北方遺跡群にはどのくらい滞在する予定なんですか?」
「まだ、はっきりとは決めていませんが、そこそこ長くなるのではないかと思っています」
「そうですか……あっ! あの、北方――リデッサス遺跡街には大きな聖堂があるので、もし良かったら、行ってみて下さい。リデッサス大聖堂はミトラ大司教区の中では随一の美しさを持つ聖堂と言われていて、特にこれから来る冬の季節になると、白い雪が聖堂を彩って、とても綺麗に見えるって有名なんです」
ユリアは先ほどまでの少し暗い雰囲気を取り払い、明るい話題を提供してきた。人を気遣う彼女のことだから、話題の流れが良くないことに気付き、修正しようとしてくれたのだろう。
それにしてもリデッサス遺跡街の大聖堂か。聞いた感じ観光地でもあるみたいなので、気が向いたら行ってみるのも良いかもしれない。ん? あ、いや、スイに手紙を送る約束があったな。ということは観光以外でも行く必要があるだろう。
「大聖堂ですか。確かに興味があります。北方遺跡群の探索の合間に見に行こうと思います。何か注意点とかはありますか?」
「特には無かったですよ。クリスク聖堂と同じです。あ、でも……」
ユリアはそこで言葉を切ると、少し口元をひくつかせた。
「でも?」
気になってしまい、先をせかせる。俺の催促を受けたユリアは一度口を閉じ、数秒何かを悩んだ後に再び口を開いた。
「いえ、大したことではないんですけど……リデッサス大聖堂は聖女様がいらっしゃるので、もし何か悩み事があれば、相談してみてもいいかもしれません」
ユリアは明るい笑顔を作りながら、提案してきた。相談か、たぶんユリアは親切心で言っているだろうし、何かあったら考えてみよう。それにしても聖女か。本から知識としてはあるが……
「聖女様……確か、聖導師の中でも聖なる術を極めた方の呼称ですよね。リデッサスにいらっしゃるんですか?」
「はい。少し前に福音を授かり、聖導師から聖女になられたと聞いています」
真剣な表情でユリアが言葉を口にしていく。
「なるほど……凄い初歩的な質問なんですが、やっぱり聖導師の方にとって聖女様というのは結構違うんですか?」
正直な話、聖導師との違いがよく分からない。たぶんハイグレードな聖導師なんだろうけど。
「すごく違います。要求される知識や聖具の扱い、儀式の執行、どれも聖女として福音を授かるには高いレベルを要求されますし、何より聖なる術の技量に関しては、聖女様と普通の聖導師では天と地ほどに差があります。力の大きさも扱いの精密さも、本当に違います」
熱心に違いを説くユリアの話を聞きながらも、内心では、やはり物凄い聖導師というくくりなんだなあと思った。というか、聖導師の時点でかなり超人だし、それ以上と言われてもピンと来ない感じがする。
「それほどですか……聖導師の方の時点で十分に凄いと思っていましたが、聖女様はそれ以上なんですね」
「そうです。あ、その、さっき悩み事の相談を勧めたのも、それが理由で……ええっと、以前お話したかもしれませんが……フジガサキさんは、聖なる術の一つ『導き』については?」
ユリアはゆっくりとこちらに尋ねてきた。知っている。というか、ユリアとの本探しで得た知識の一つだ。
『導き』――聖なる術の一種であり、それを使うことで、主が聖導師をより良い未来に導いてくれるらしい。本を読んで得たイメージからすると、どうも一種の直観力みたいだ。資料によると、力の強い聖導師はサイコロの目を振る前に分かったりするらしい。主が教えてくれるんだとさ。本当かどうかはさておき、これを見た時、俺は聖導師とは博奕をしない方が良いと思った。
「以前ユリアさんが見つけて下さった本で見ました。あ、あと、ユリアさんにも直接教えてもらった気がします……確か、主が先のことを教えてくれるという聖なる術ですよね」
「あ、覚えてくれていましたか……私はまだ未熟なので、上手く使えませんが、聖女様であれば、かなり具体的な未来を視ることができます。なので、フジガサキさんも未来に不安があったり、悩み事があれば聖女様に相談すれば、きっとより良い未来を示して下さいますし、道が開けると思います」
なるほど……『導き』というものの効果のほどは未知数だが、でも『力』や『光』は実際に目にしたし、たぶん『導き』もちゃんとした効果があるのだろう。うーん、聖女様に会うかは分からないし、その時、聖女様に聞ける悩みがあるかは分からないが、参考にしておこう。
「分かりました。ありがとうございます。もし何かあったら……あ、でも、聖女様って本で見た雰囲気からしてかなり忙しいと思いますが、お会いすることってできるんでしょうか……?」
「あ、それは……でも、その……そうですね、えっと、すみません。確かにそうですよね。その、代わりにはなりませんが、私で良ければ何時でも相談に乗るので、いつでも相談して下さいね。『導き』はまだ未熟ですが、未来を視る以外でもお手伝いできることはあると思うので」
ユリアは優しく微笑みながら、親切心に満ちた言葉をかけてくれた。
その後も、ユリアと少し雑談をした後、店を出て彼女と別れた。
午後は旅支度のために必要な道具を買い揃えた。とはいっても移動手段は乗合馬車を使うので、あまり大がかりなものは必要なかった。容積的に目立ったものは、少し大きめのバックと水筒、そして保存食くらいだ。乗合馬車でだいたい三日くらいかかるという話だ。途中途中の街で補給しながら進むようなので、食糧と水分は適時買い足していく感じになるだろう。
一応、上手く補給がいかなかったり、街と街の間隔が長い場合も考えて、大き目の水筒と数日以上持つ保存食をいくつか用意しておいた。なお、飲食物は基本的には味重視だ。こういう時も金があると、選択肢が多くて良い。
移動手段の確保もギルドで聞いてみたところ、提携している商会があるようなので、手配してもらった。遺跡街にはギルドがあるので、遺跡街を結ぶ便を探索者が利用する場合は、ギルドから乗合馬車の予約が取れるようだ。らくちんで助かる。
準備を整え、夕食を食べ、宿に戻った後、椅子に座りなんとなく今日あったことを振り返る。
北方遺跡群に行く事を知人である二人には知らせたが、どちらも劇的な反応を示していた。スイはかなり嫌がっていたし、ユリアはユリアでかなり驚いているようだった。
二人の反応は少し意外に思う一方で、嬉しいような気持ちもあった。勿論、人を嫌がらせたり、驚かせたりするのが嬉しいというわけではない。ただ、何か理由があるとはいえ、少しでも俺がクリスクを去ることを『惜しい』と思ってくれていたのなら、それはきっと好ましいことで、嬉しいことなのだろうと思う。あまり、そういった感情を向けて貰う機会がなかったから。
まあ、スイは眠気覚ましとして必要としているだけだと思うので、そこまで俺個人を惜しんでいてくれているかどうかは分からないが。ユリアの方はきっとスイよりも複雑な事情がありそうだ。
その事情全ては分からないが……たぶんだが、ユリア視点だと俺は熟練の探索者に見えるので、もっと色々と聞きたいことがあったのかもしれない。個人的にはそれに関しては聞かれる困るので、ユリアには悪いが、ある意味今回の別れは俺にとっては少しだけ都合が良いものだったのかもしれない。
あとは、色々と聖書の中身や礼拝について熱心に教えてくれたし、彼女の信じる神に関する想いを俺と共有したかったのかもしれない。実際、聖書をざっくり読んでみると、そんなに悪い感じはしないので、その想いに関しては共有することも可能かもしれないが……俺は信仰心が薄いタイプだと思うので、上手くいかないような気がする。
なんて言うのだろうか? 不真面目に参加されるよりは、そもそも参加しない方が教会にとっては良いような気がするのだ。なんだか、色々理由を付けてユリアの頼みや想いを拒否し続けているな……いや、まあ、想いに関しては俺の勝手な想像に過ぎないが。
ユリアには色々お世話になったし、できれば何か返せればとは思うのだが……うーん、すれ違いというか、何と言うか、上手く噛み合わないものだな。
そんなことを、だらだらと考えながらも宿のベッドに横になった。明かりを消すと窓から僅かに月の光が差し込んできた。
この宿とも、もう少ししたらお別れだ。一か月くらい拠点として使ったが、かなり良い場所だったと思う。リデッサス遺跡街でも、こんな感じの宿があると良いな。
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