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一章70話 リデッサス遺跡街へと行く準備②


「探索者として成功するために必要なステップと言いますか……」


 色々と調べてみたいので、できるだけ行きたい気持ちだ。まあ、本当にどうしてもというなら、クリスクに残ってもいいんだけど……スイにとって朝に雑談するというのは、本当にどうしても必要な事にようには俺には思えなかった。


「成功しなくたっていいよ~。お金に困ってるなら、また貸してあげるからさー。一緒にのんびり話をしようよー」


 表情をいつものような余裕のある雰囲気のものに戻しながら、スイがのんきな提案をしてきた。俺ものんきに回答したいが、この密着している態勢故に、そうはできない。スイの美しい顔立ちから僅かに視線を逸らしつつ、言葉を発する。


「それはちょっと……スイさんもご存知かもしれませんが、お金を借りると、どちらかというと、気まずく感じる性質なので」


 本当はお金に関しては直近は何も問題は無いが……せっかく閃いた目標だ。大事にしたい。それにこっちの世界の知見を深める良い機会でもある。


「うーん。確かにそうみたいだけどさー。でもリデッサスは結構危ないし、やっぱりクリスクで活動した方がいいんじゃないー。私もお兄さんとお話できるしー」


 スイの表情は相変わらずのんきで余裕があるものだったが、声音からは俺の事を心配しているような気配が読み取れた。それに対しては少しだけ申し訳なく思うが……まあ、俺の探索スタイルや戦略を説明することはできない。たぶん説明すれば安心させることができると思うが、説明すると俺が変な人になるので説明できない。


「心配してもらえて嬉しいですが……色々とやってみたいこともあるので。すみませんが……」


「そんなに行きたいの?」


 スイがじっとこちらを見てきた。それは今までよりも真剣な眼差しに思えた。


「そんなに行きたいです」


 だからか、俺もできるだけ真剣に答えた。


「んー。じゃあ、二つ約束してくれたら、許してあげよー」


 そしてその思いが通じたのか、スイはようやく俺の出立を認めるような言葉を発した。


「二つ?」


 俺が聞き返すと、スイは左手の人差し指を立てた。


「そうそう。二つね。一つは危ない事はしないこと。北方遺跡群は危険な場所だから無理そうならすぐに戻ってくること。絶対守るんだよ~。ちゃんと守れるかなー、お兄さん?」


 指を左右に揺らしながらも、こちらに一つ目の約束事を提示してきた。

 俺の性格からいってほぼ確実に守れると思うが……なんだろう? 結構、蛮勇なタイプだと思われているんだろうか。たぶん客観的に見てもそういうタイプには見えないと思うんだが……


「それは勿論です。自分でも気を付けたいと思っています」


「よろしいー。では二つ目~」


 そう言うとスイはそのまま人差し指を立てたまま、左手の中指も立てた。


「クリスクに戻ってくるときは、ちゃんとお土産を買ってくる事~。でっきるかなー、お兄さん?」


 それならそんなに難しくない。何を買ってくるかというのに少し悩むかもしれないが、最悪、土産屋でお勧め品みたいなのを買ってくれば良いだろう。


「それもできそうです」


「よしよし。じゃあ、しょうがないから、リデッサスに行ってきていいよー。お兄さん」


「おお! ありがとうございます。スイさん」


「うむうむ~」


 スイは了承のような声を出すと、俺の膝から降りて、再び隣に腰かけた。ようやく満足したようだ。

 彼女との距離が僅かにできたことで、心と体に余裕ができ、強張っていた体の力が少し和らぐ。ふう。なんとかなったな。正直、そろそろどいてくれないと、色々と困ったことになってしまいそうだったので、良かった。

 スイレベルの美少女が膝の上という状況は、とても緊張してしまうし、なんか頬とかも緩んでしまう気がする。


「ちなみにだけどー、何時クリスクを出るの、お兄さん?」


 隣からスイが声をかけてきた。


「まだはっきりとは。まあ数日後くらい、長くても十日以内には出ようかと思ってます」


「そっか。向こうについたら手紙送ってね」


 スイはのんびりとした笑顔を浮かべながらも、こちらに新しい話を振ってきた。


「手紙?」


「そうそう。手紙。リデッサスの教会にお願いすれば送ってもらえるはずだよ。『クリスク聖堂のスイちゃん』宛てで頼めば、ちゃんと着くよー」


 教会間で手紙のやり取りをしているのだろうか。なるほど、それは便利だ。


「なるほど。了解です。向こうについたら手紙を送りますね」


「むー。そこは『毎日手紙に面白い話を書くので読んで下さい、スイちゃん』でしょー」


 俺の回答が気に食わなかったのか、スイが不満そうな顔で細部の修正を要求してきた。


「毎日は分かりませんが、ある程度の頻度で送ろうと思います。面白い話をリデッサスで仕入れることができるかは保証できませんが……」


「毎朝期待しながら待ってるから、ちゃんと書いてね~」


 今度の回答はそこそこ満足したのか、心なしか彼女の表情も緩んでいるように見えた。


「善処します」


 まあ、できるだけ頑張ろう。


「そうそう善処したまえー。それじゃー、次に~、リデッサスにはどのくらいいるつもりなのー?」


「はっきりとはしていませんが、十日以上は滞在すると思います。長ければ二か月くらいです」


「二か月か~。寂しくなるねー」


 いつも通り、どこかふざけたような言い回しだったが、スイの表情は少し残念そうに見えた。もしかしたら、サボリの口実として以外にも、純粋に雑談を楽しんでくれていたのかもしれない。俺が思っていたよりも俺の事を好意的に見えてくれたようだ。自惚れかもしれないが、聖導師からの好感度が高い気がする。いや、単に聖導師が他人に対して好意的で親切なだけかもしれない。


「まあ、冬が来るまでには戻ってきますよ」


 俺の言葉に対して、スイは少し考えこむように「うーん」と唸り声を上げた。そして、少し経ってから、声を上げた。


「そうだ! いっそのこと私もお兄さんに付いて行こうかな~」


「え……」


 思わぬ提案がされ、言葉に詰まってしまう。


「これなら、面白さも維持できるし丁度いいね。良し、決めた! お兄さん。私もリデッサスに付いて行くよ~、一緒にリデッサスを観光しよー」


 スイは嬉しそうな笑みを浮かべながらも、不思議な提案をさらに重ねた。


「えっと。一応、遺跡を探索するので……観光はできるかどうかは。それにスイさんはクリスク聖堂を離れても大丈夫なんでしょうか?」


 とりあえず断る理由を探す。いや、別にスイが一緒にいても特にデメリットは無いのだが……なんとなく、予定に無かったことなので、とりあえず軌道修正を図る。


「んー。まあ大丈夫と言えば大丈夫だかなー。リデッサスにも教会はあるし、衣食住には困らないよ~」


 生活の意味で大丈夫かという質問では無く、勝手に離れて組織として大丈夫かという質問だったのだが……


「いや、そっちではなく。確か聖導師の方って聖堂とか司教区とかと結びつきがあるんですよね。勝手に移動したりとかはできるんでしょうか?」


「ほうほう、鋭いね、お兄さん。でも大丈夫。スイちゃんくらい天才だとそんなの関係ないよー。どこへ行っても歓迎されるよー。リデッサス大聖堂だってきっとスイちゃんが来れば――あ、ダメだ。リデッサスはアレが……しまった。行けないな~。うーん。お兄さん、やっぱり止めにしないー。リデッサスなんて良くないよー。悪い街だよー。クリスクでスイちゃんとのんびり雑談しようよー」


 スイの話は二転三転し、最後には先ほどと同じようにクリスクへ残るように願うものだった。相変わらず、本気のようなふざけているような、どちらか分からない口調と雰囲気だった。

 どちらにしろ、何か事情があるのかスイはリデッサス遺跡街に行く事はできないようだ。


「まあ、お土産は買ってくるので、ユリアさんたちとは仲良くしながら待っていただければ、と思います」


 さっきのように膝に乗られると困るので、スイの様子を窺いながら言葉を発する。いや、まあ、様子を窺ったからといってスイの身体能力には勝てるわけが無いので、無理やり乗ってきたら意味がない気もするが。


「まー、仕方がないか~。お兄さん、お土産とお手紙、どっちも忘れちゃダメだよー」


 しかし、俺の不安は杞憂に終わったようで、スイはついに俺のリデッサス行きを認めたようだった。思ったよりも説得に時間がかかったな……


「はい。分かりました」


「それじゃあ、まあ、それはいいとして。お兄さん。お別れ会やろうよ!」


 安心する俺の気持ちとは裏腹にスイがまたしても怪しげな提案をしてきた。ちょっと今日は不安要素が多いな。


「お別れ会?」


 彼女の言葉を繰り返し、その意味を問う。


「そうそう。お別れ会~。お兄さんがリデッサスに行っても寂しくないようにスイちゃんが門出を祝ってあげよー」


 言葉を聞く限り、怪しくは無さそうだ。


「ええっと、どうも? ちなみに『会』ということは参加者はスイさん以外にもいるんですか?」


「いないよー。私とお兄さんの二人だけだよー。やろうよっ、やろうよっ、お別れ会」


 スイがうきうきとした声を上げた。


「まあ、別に大丈夫ですけど。場所とか時間とかどうします?」


 特に問題は無さそうなので細部を詰めていく。


「場所はお兄さんが決めて。何か食べれるところがいいな。美味しい所で。時間はお兄さんがクリスクを出る前の日の夜かな」


「なるほど……時間は分かりました。決まったら連絡しますね。場所は? 飲食店ってことですか?」


「そうだよー。ユリアばっかり不公平だからね!」


 しかし、ここにきて、また話が怪しい方向へと向かおうとした。


「不公平……ですか?」


「ユリアから聞いたよ~。二人でイチャイチャしながら美味しいもの食べてるんでしょー。ユリアにばっかり構ってズルいよー。スイちゃんにも還元してよー」


 水色の瞳が咎めるようにこちらを見る。

 いや、別に、イチャイチャしてないけど……


「なるほど? まあ、分かりました。場所は候補はいくつかありますが……」


 ユリアに紹介してもらった店がいいのかな? 候補はいくつかあるが、やはり選ぶなら『キーブ・デリキーエ』だろう。まあ、少し問題点もあるが。一応スイに聞いておくか。


「ありますがー?」


 にやついた顔を隠すことなく、スイは俺の言葉を復唱する。


「ちょっと高めのお店ですが、大丈夫ですか?」


「ほうほう。なら、私はお腹いっぱい食べるから、お兄さんは会計をよろしく~」


 奢れと言うことか……まあ、金もあるし、スイは良い人っぽいし、それに聖導師との繋がりは持っていて損はないから、特に奢るのが嫌という訳では無い。無いけれど、貧乏性ゆえ少し気になってしまう。


「分かりました。奢りますよ、最近は結構収入も安定しているので、いけると思います」


「そう言われると、限界まで食べてお兄さんのお金を吸い尽くしたくなるなー」


 え? なんで? というかたぶんそれは無理だぞ。俺の手持ちの財産から考えると……おそらく店の料理を全て買っても、金貨は余る。


「えっと……? ちなみに、理由は」


「お兄さんの旅費分まで食べれば、クリスクから出られなくなるからねー」


 スイは可愛らしく笑った。冗談だと思うが、まだ俺がリデッサス遺跡街に行く事に思うところがあるみたいだ。

 かける言葉に悩んでいると、今度はスイは可愛くも邪悪に笑った。


「それに~、お兄さんのお金を使い切れば、また私にお金を借りるしかなくなるからねー。ふっふっふ、お金でお兄さんを縛って話し相手から逃げないようにするのだよ~」


 なるほど? 確かに金を借りていたら間違いなく気まずくなるので、色々とスイの要請を断れなくなるだろう。俺の事をわりとよく分析しているみたいだ。


「それはちょっと怖いので、そうならない範囲で飲み食いしてもらえると助かります」


 まあ、俺の総資産から考えて、万が一にも有り得ない話だ。スイがどれだけ大食いでも店の料理全ては食べきれまい。というか、店が一人の客にはそこまで出さないだろう。

 そしてたとえ店の料理を全て食べたとしても、今の俺なら理論上は払える。勿論、気持ちとして、食事にそこまでお金はかけたくないので、払いたくないとは思うだろうけれど。


「どうしよっかなー、どうしよっかなー」


 スイは故意に意地悪そうな声を出しながら、こちらの様子を窺う。


「まあ、そこは、お慈悲を。聖導師様」


 とりあえず話を収束させるための言葉を放つ。


「うむうむー。慈悲を与える~。ということでー、豪遊しない程度に食べたり飲んだりするよ。優しいスイちゃんに感謝だね~」


「ありがとうございます」


 それからさらにニ、三会話を挟むと鐘の音が鳴り朝の礼拝(ざつだん)は終了となった。


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― 新着の感想 ―
[一言] これはかわいいだけじゃない 信じて送り出す正妻の貫禄わよ 隙あらばヒモ堕ちさせようとするのはまあうんお茶目やろ(今の所は
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