一章67話 過ぎ行く日々 マリエッタ②
「良く言われますけど、ソロって低層を抜けるとそんなに難しいんですか?」
「難しい! 一人だとできる事の幅が少ないし、魔獣との戦闘が凄く危険。たとえ万能タイプでもね! 防御力が凄い高いタイプならソロでも戦えるけど、そんな人はあんまりいないし! それに、そういう人なら複数で組んで前衛やった方が効率が良いし、ソロでやるメリットは薄いと思う。だから! カイさんは変わってるね!」
「変わってますか」
「変わってる、変わってる! あー、でも! 世の中にはカイさん以上の変人はいるから、あんまり気にしなくていいと思うよ! 本当かどうか分からないけど、ソロで深層行ったって人の話も最近聞くし!」
ん……ソロで深層。それは、もしや……
「あの、それって――」
「お待たせしました!」
俺がマリエッタに質問しようとすると同時に店員が料理を運んできた。テーブルの上に次々と料理が並べられていく。
俺の前には、サラダ、パン、スープ、それに肉料理。あと飲み物として果実のジュースがテーブルに置かれる。そしてマリエッタの前には飲み物――ビールだ。それが大きなジョッキになみなみと注がれている。
店員が忙しなくテーブルをあとにすると、マリエッタが乱暴な手つきでジョッキを傾け、ゴクゴクと酒を喉へと流し込んでいく。
「ぷはー」
マリエッタは一気にジョッキの半分を飲んだ。アルコール特有の臭いが辺りに漂う。
余談になるが、マリエッタは酒をかなり飲むタイプだ。これはここ何日かで分かったことだ。最初に店で会った時は飲んでなかったが、本人曰くあれは遠慮していたらしい。
二回目以降に会った時は、食事の途中で何度も頼んでいた。だいたい一日に今の大ジョッキを最低でも三本は飲む。俺は酒を飲まないので、なんだか新鮮だ。
あと、マリエッタは17歳とのことで、最初飲み始めた時は、年齢的に飲酒はどうなんだと思ったが、どうやらそれは杞憂のようで、こちらでは16歳から飲酒が許されているらしい。文化の違いというやつだ。まあ、前の世界でも国によって違ったが。
「やっぱりお酒はいいね! これでようやく話が弾むって感じ! カイさんも飲みなよ!」
マリエッタは力強くこちらの目を見て、勧めてきた。
「前にも言ったかもしれないですけど、お酒は飲めないんですよ」
正確には飲まないだけど、まあ、それを言っても混乱させるので、言わないでおこう。
「あー、そういえば、そうだっけ! まあ、こういうのは、慣れだって! 試しにどう、飲んでみる?」
そう言って、大ジョッキをこちらに近づける。まだジョッキの中には半分程度残っている。なんとなくだが、アルコール濃度が高いように感じた。ビールってそんなにアルコール濃度が高くないと思っていたが、種類にもよるのだろうか? 見た感じ、元の世界のビールに近いと思うが……でも、元の世界のビールよりはアルコール臭い気がするから、やっぱりアルコール濃度が高いのか……?
まあ、アルコール濃度が高かろうが、低かろうが、飲まないが。
「いえ、止めときます。迷惑をおかけしてしまっても悪いですし」
「飲むと倒れる? 別に倒れたら倒れたで、宿まで送っていくよ!」
倒れない。ただ、記憶が飛ぶだけだ。
一緒に飲んだ人曰く、特に変な言動はしないらしい。そして、皆揃って、全然酔ってる感じがしないので酒に強いと思ってたと言う。だが、俺は飲む少し前くらいからの記憶が完全に飛ぶのだ。そして翌日の朝に目が覚めて、記憶が飛んでいることに気付く。翌日にも特に不調は無いのだが……数時間分の記憶が飛んでるというのは不気味なので、酒は飲まないようにしている。
「まあ、そんな感じです。たぶん酒に弱いんだと思います。探索者は体が資本ですから、あんまり無理はしないようにしてます」
「意識高い! 私は、幾ら飲んでも次の日には酔いが醒めるから、気にせず飲むけどね!」
そう言って、マリエッタは再び乱暴にジョッキを握ると、残りを喉へと流し込んだ。短期間で一リットル近く飲んでいる。
「お酒強いんですね。ところで、さっきの話になりますが、ソロで深層行った人っていうのは、どんな感じなんですか?」
料理が来て途切れてしまった話題を再び呼び戻す。
「なんか、最近、ソロで凄い人がクリスクに現れたみたいで、二十五層まで一人で行ってきたらしいよ! 凄いよね!」
……それは、たぶん、俺の事だな。というか、なんか広まってるのか。あんまり広めないってギルドの人は言ってたんだけどな。うーん、まあ名前とかは知られてないし、大丈夫かな。
「そうですね。クリスクはあんまりソロで活動している人は見ませんし、深層となると、かなり珍しいですね」
「珍しい、なんてもんじゃないよ! 皆無だよ、皆無! うちのパーティーでも一番強い子が対抗心燃やしてたし!」
そう言いながら、マリエッタは手にしていた骨付き肉を豪快に食い千切る。相変わらず乱暴な食べ方だ。最近よくユリアと昼飯を一緒に食べるので、つい気になってしまう。ちなみにユリアは丁寧に食べる。
「対抗心ですか……?」
あんまり、メラメラしてるのは怖いから止めてほしいところだ。
「そう、そう! 対抗心! うちのパーティーって精鋭揃いなんだけど! 特に強い子が一人いてね。私よりも年下なんだけど! これが、もう強いのなんの! たぶん私があと十年修行しても、今のその子には勝てないんじゃないかな? まあ、そんくらい強いんだけど! 例の深層ソロの人のことを知ってたから、その子、探索の時、凄い気合が入ってるんだよね! 鞭捌きが尋常じゃなくて! ああ、前から尋常じゃないけど、最近はもっと凄くて! 出会った魔獣を次から次へと打ち殺してくから、私の役目が無いくらいだよ!」
マリエッタのパーティーにも相当強い人がいるようだ。誇張があるだろうが、マリエッタ自身もたぶん強い探索者だと思うので、そんな彼女が言うからには、実際に凄く強いのだろう。しかし、鞭捌きとは……
「鞭……ってなんか、動物とかを誘導するのに使うイメージがありますが……」
「変わってるよね! 私も鞭をメインの武器に使う探索者は初めて見たかも! ああ! でも、なんかその子の師匠も鞭使いらしいから、その師匠の影響かもね!」
そりゃ、変わってる。あんまり武器ってイメージないからな。
「師匠といえば、マリエッタさんの師匠って、今のパーティーのリーダーさんなんですよね。それで、その強い人にも師匠がいたと……やっぱり探索者は一流を志す場合は、師匠を探したりするんですか?」
「そうだよ! あ、でも、んー! 場合による! 独学の人で一流っていうのもいるし! 逆に師匠がいるけど一流じゃないってこともあるし! 私も実際、師匠半分、独学半分って感じだった!」
「あ、そうなんですか。師匠の方からは半分で、独学が半分?」
「そうだよ! 遺跡のことは今の師匠に教わったけど、元々戦闘面は独学だったからね!」
あー、なるほど。
「そういうことでしたか」
俺が納得を示す一方で、マリエッタは再び店員を呼び追加の料理と酒を頼んでいた。
追加のオーダーを頼み終えたマリエッタと再び食事をしながら、探索の話を続けた。
飲んだり、食べたりしながらも、一時間くらい話をした。雑談レベルの内容だが、なんとなく、深層の探索者の人数や動き方がぼんやりと伝わってきた。行くかどうかは分からないが、深層で探索をする時に彼らと会わないようにする動きができるようになるかもしれない。
そんな事を考えていると、マリエッタが四本目の大ジョッキを空にして、満足気に声を上げた。
「うん! 話した、話した! 飲んだ、飲んだ! まあまあ満足かな!」
そう言いながらもマリエッタは空になったジョッキを見つめて、数秒ほどしたら、再び店員を呼び大ジョッキを頼んだ。本日五本目の大ジョッキだ。もうマリエッタの体からも酒臭さがこちらに漂ってくる。一方で、酔いにくい体質なのか、絡んだりはしてこないのは幸いだ。
「飲みますね」
「お酒、好きだからね!」
「ビールが特に好きなんですか? よく飲みますが」
「いや! お酒はだいたい皆好きだよ! でも、ビールは値段の割に飲めるし! あと、仲間の前衛がちょっと口うるさくて、普段はこんなに飲めないんだよね! そういう時は高い酒を少しだけ飲むんだけど! だから一人の時はビールをいっぱい飲むことにしてるの! でも一人だと寂しいから! うん、だから、カイさんは良いね! 話せるし! 飲んでもうるさくないし!」
マリエッタの仲間は苦労しているようだ。まあ、こんだけ飲んでたら気になる気持ちは分かる。
「なるほど……」
「それ! よく言うよね! 口癖?」
なるほど……気付かれたか。
「あー、そうかも、しれないです」
「似合ってるよ!」
なるほど? 似合ってるとは……?
それから、さらにマリエッタの酒飲みに付き合い、ラストオーダーを過ぎたあたりで解散となった。最終的にマリエッタはビールを大ジョッキで六本、葡萄酒をグラスで三本飲んでいた。たぶん五リットルは飲んでいるだろう。全く飲まない俺からすると尋常ではない量だ。
しかしそれにしても、やはり料理が美味い店だった。マリエッタが沢山飲むだけあって酒も美味しいのだろうが、肉料理と、それと俺がちょびちょび飲んでいた果実のジュースが特に美味しかった。勿論、その分値段は高かったが。
夜が深くなった大通りを歩いて宿へと戻った。まだ営業している店のおかげで、大通りは十分に明るかった。
※※※
そんな風に色々なことがあった十日間だった。遺跡に入ったり、知り合いと出会ったりと、内向的な自分としては、色々と頑張った日々だったと思う。
そして、明日は三層への突入を考えている。色々と考えた結果、実験の場を三層に移したいと考えているからだ。より精確に言うと、一層から三層までで実験したいといった感じだ。
おそらくだが、俺の『感覚』はクールタイムが層毎に分かれているという仕様上、跨げる層が多いほどに時間を有効的に活用できるようになるはずだ。
勿論、三層でも『感覚』がそもそも使えるか、これまでと同じような感じなのかどうか、など気になることも沢山ある。あと一応、三層探索では、資金入手がより効率化されるという面もあるだろう。
まあ、現状でも十分に金貨はあるし、二層探索での収入でも困ることは無いだろうが……一応、回数制限や年齢制限などがある可能性もあるし、そういった事を考慮に入れるなら、より資金入手の効率化を図るのは悪い事ではないだろう。
三層の準備は二層の時の戦略をそのまま使っている。これは、まだ魔獣との戦闘経験が無いためだ。こればかりは、戦闘をしてみないと、今の戦略が正しいかどうかは分からない。まあ、最大限できる対策――攻撃、防御、逃走、全てできる事はしているので、三層までは大丈夫だと思う。
ただ四層以降は魔獣の危険度が上がるらしいので、仮に三層探索をしても戦闘にならないというような状況になった場合は、四層に入る前に戦略を練り直す必要があるかもしれないが。いや、三層に入る前に四層の計画を立てるのは気が速いか? 兎に角、明日の三層は二層に初めて入った時のように慎重に行こう……俺の場合は小心者なので、多少は大胆になった方が良いのかもしれないが。
まあ、でも安全第一で行こう。最悪、三層は攻略しなくたっていいのだ。二層までの探索で生活費以上は十分に稼げるのだから。
俺はそんなことを考えながら、明日に備えて宿のふかふかのベッドに横になるのだった。