一章65話 過ぎ行く日々 ルティナ②
「では、ルティナさんはどうしたいんですか? スイさんと自分に注意したいんですか。それとも何かを禁止したり推奨したりしたいんですか?」
俺が質問すると、ルティナは僅かに怒りの表情を緩めた。やはり言いたい事があったようだ。
「スイとサボるのは禁止! それとカイが貰った分のお金はちゃんと返すこと。でもこれは、たぶん直ぐにはできないだろから、私が立て替えるよ。あとで返してもらうけど! それと! カイは私のパーティーに入ってもらうから!」
だいたい求めている事が分かった。最後のが良く分からないが。
「スイさんの件はスイさんとの約束にも関わるので自分の一存では決めきれないです。スイさんを説得して下さい。お金は貰ってないです。でも信じてもらえなさそうなので、これもスイさんに確認してみて下さい。最後のルティナさんのパーティーに入るっていうのはどういう意味ですか?」
「そうやって! 色々と誤魔化す所! せっかくの才能があるのにスイからお金貰って生活してる所! ダメな探索者に堕ちきる前に、私のパーティーで鍛え直してあげるって事! 本当はカイもダメな事してるって分かってるでしょ! 才能あるんだから、ちゃんやらなきゃダメだよ!」
な、なるほど……?
それは、何と言うか、親切というか、お節介というか。さっきの立て替えの提案といい、なんかこう、こちらを正そうとする為にルティナもまた犠牲を払おうとしている。うーん、なんか凄いな。よく他人の事でそこまで真剣になれるな……
「それは……ルティナさんのパーティーって確か二十層レベルでしたよね。自分が入ると足を引っ張ってしまうのでは?」
俺の指摘を受けるとルティナは僅かに視線を逸らした。あれ? もしかしてノープラン?
「そ、それは、そうだけど! あ! でも! 探索以外にもできることはあるから。とりあえずカイは雑用! それで、探索日以外は私が鍛えてあげる」
なんかざっくりとしている。
「なるほど……ああ、でも前提を覆すようで、申し訳ないのですが、今までのってスイさんからお金を貰っていればという事ですよね。つまり、スイさんからお金を貰っていないことが分かれば、その件も流れるという認識でいいですか?」
ルティナのパーティーは深層組だし興味はある。それにルティナ個人も……まあちょっと怒りっぽいけど親切な人だ。でも、俺の『感覚』を分かち合うのは難しいので、パーティーには入らない。
「カイは相当、誤魔化す自信があるって事ね。そこまで言うなら良いよ。違ったら全部無しでいいし、カイがクリスクにいる間はスイのサボリも認めるよ。でも、お金貰ってたら、スイとのサボリは禁止! カイは私のパーティーに入る! この二つは絶対に守らせるから」
え、全部無しでいいの……スイとの礼拝もいいのか……? ルティナ的にはそれが一番重要な項目だと俺は思っていたのだが、なんか話がごちゃごちゃしてて分からなくなってきた。
ああ、いや、違うか、たぶんルティナ視点だと俺がスイから金を貰った可能性が極めて高いのか。そんなに俺って年下の少女からお金貰ってそうなイメージがあるのか……
「ええ……まあ、ルティナさんがそれで納得してもらえるなら、それで良いですよ。ええ、どうします? 明日の朝スイさんと会う予定ですけど、一緒に会って確認しますか?」
「ダメ。二人で口裏合わせるかもしれないから。私がこの後、教会に確認しに行くよ」
「…………それは、」
ルティナが不正する可能性は考えなくてもいいのだろうか。たぶん今までの言動から、ルティナは話を聞かない時があるだけで、事実を捻じ曲げたりはしないだろうけど。でも俺とスイの不正が疑われている状況なのであれば、ルティナの不正を疑うのもまた道理ではあると思う。
「何、今更、さっきの約束は無しって言っても遅いからねっ! カイは私のパーティーでみっちり鍛えるって決めたから!」
こちらが言い淀んだのをルティナは『俺が不正できなくて悩んでいる』と解釈したようだ。
うーん、まあいっか。実際お金を貰ってないんだし、問題はない。ちょっと、一連の流れに色々と気になることもあるが、一応、ルティナの行動は悪意ではなく親切心の暴走みたいだし、あまり気にすることではないのだろう。俺に直接的な被害は無いし。
「ええっと、いや、まあ、それで、大丈夫ですよ。確認してみて下さい」
「ようやく観念したみたいね。言っとくけど、私のパーティーは甘くないからね。皆、超一流だし、真面目だから……一人適当な奴もいるけど、でも他は真面目だから、カイみたいな才能をひけらかしたり、お金を聖導師からたかったりするような人は厳しく躾けるから! 明日から覚悟しとくこと。分かった?」
明日も何も……前提が違うから何とも答えにくい。
「えっと……まあ、その……何かあったらよろしくお願いしますね? 一応確認ですが、お金を貰っていない事がはっきりしたら、別に何もないんですよね」
「そういう減らず口を言えるのは今日までだよっ!」
「あ、はい」
「私は今からスイのところに行くから。お代は払っておくから、ゆっくりしてって良いよ」
ゴチになります。
「あ、どうも」
「まあ、明日から厳しくするから今日くらいは、ね。それと、今のうちに言っておくけど、私のパーティーのエースにはその舐めた態度は取らない方が良いよ。凄く力が強いくて、その気になればカイなんて小指で捻り潰せるからね」
怖いんだけど。というか、その小指で倒せるみたいな表現ってたまに聞くけど、現実的に小指だけで倒せるのか。
「それは、比喩表現でということですよね?」
「ううん。直接体を潰せるって意味だよ。あと、分かってないみたいだから言うけど、そういう質問が舐めてるってことだからね」
何それ、人間潰せるとか、どんな化物だよ。ルティナのパーティーは興味があったけど、やっぱり関わらないでおこう。
「え、それは、まあ、会う事になったら気を付けますね」
そんな化物と会う事は無いだろうけどな。
「明日から会うのに何言って…………あ! さては逃げる気でしょ! そうはいかないからね! カイ! 明日、朝、カイの泊ってる宿に行くから!」
逃げるか、なるほど。そこまで具体的には考えてはいなかったが……状況によっては選択肢としては取り入れていたかもしれない。なんかルティナの勘って妙なところで当たってるんだよな。
「なるほど? 結果はそのときまで、ということですね」
まあ、俺の主張の方が正しかったとして、ルティナがわざわざ宿まで来るかは知らないが。
「その生意気な態度も今日までだからねっ。あと、宿の場所どこ。教えて」
ん……そこは聞くのか。俺がここで嘘を言ったらどうするつもりなんだろう。まあ、別にやましいところはそんなに無いので、俺はいつも泊る宿の場所と名前を正直に口にした。
「ちょっと待って……そこはかなり高級宿のはず。いったいスイにいくら貰ってるの!」
ああ、やっぱりそこが気になるか。
「ゼロですよ。まあ、信じられないと思うので、スイさんに確認してみて下さい」
「随分強気だね。明日になって、約束はやっぱり無しとかはダメだからねっ!」
そう捨て台詞を吐いてルティナは軽食店を出て行った。俺はルティナの言葉に甘え、それから少しゆっくりと飲み物を楽しんだ後、店を後にした。
なお、翌日。
朝の礼拝に行こうとしたら、宿のエントランスでむすっとした顔のルティナに出くわした。ルティナは俺を見ると、ゆっくりと俺の方に近寄ってきて、むすっとしたまま口を開いた。
「昨日は、勘違いして、ごめん」
とても不本意そうな顔だ。
「いや、まあ、別に、いいですよ」
そんなに気にしてないので、流す。
それに、昨日あんなに燃えてたのに、第一声で謝れるのは偉いと思う。というか、今日は来ないと思っていた。仮に来るとしても、何かの掛け違いで俺をルティナのパーティーに連行するために来ると思っていた。
「でも! スイとサボってたのは本当だったんだから、やっぱり二人も悪い! ……まあ、約束だから良いけど」
『も』ってことは、昨日の勘違いはルティナもちょっと悪いって思ってるのかな? やっぱり基本的に良い人っぽいな。
「公認サボリってことですね」
「うぐぐ。認めたわけじゃないけど……まあ、でも良いよ。今日もスイと話してきなよ」
「とりあえず、これでスイさんに怒られずにすみそうです」
もし、朝の礼拝が中止になっていたら、今度はスイが抗議してきそうだったので、ある意味理想的な結果になったと言えるかもしれない。一件落着したようで、まあまあ安心している。
「それにしても、本当に中層に行ってたなんて……駆け出しの癖に生意気だよ。おまけにスイと話すほどの暇人だし」
暇人ですんません。
「……まあ、世の中には色々な人がいますので」
適当な言葉で相槌を打つが、それに対して、ルティナはじっとこちらを見つめてきた。思わずドキリとした。最近スイで慣れてきたとはいえ、やはり美少女に見られると緊張してしまう。
「ねえ、カイ。まだ、少し経験が足りないけど、もう少し強くなったら、私のパーティーに入る? 雑用ってことじゃなくて、正規メンバーとして」
真剣な表情でルティナはそう告げた。
「えっと……」
「カイは才能もあるし、思ったよりちゃんとしてるし、それに意外と……いや、それはいいや。兎に角、もう少し強くなったら、資格はあると思うから。考えてみてっ」
そう言って、ルティナは宿を去っていた。朝日に輝く茜色の髪が、彼女の後姿を綺麗に彩っていた。
まあ、入らないけど。