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一章62話 過ぎ行く日々 ユリア①


 また、この十日間、午前中の多くはユリアと過ごす事が多かった。聖堂図書館で本を探し、お昼には彼女が勧めてくれる店で美味しい料理を食べる。たまに時間に余裕がある時は午後も本を探し、そして、日没には礼拝に参加した。

 ユリアは相変わらず、不思議な程に親切で、こちらの本を探すのを手伝ってくれた。

 そして、これは、そんなある日の事である。



 その日も相変わらず、朝はスイと礼拝(ざつだん)をし、鐘が鳴った後、ユリアと合流した。そしていつものように本を探している時に、ふとユリアが声をかけてきた。


「昨日は、その……探索してたんですか?」


 この日の前日、二層探索を行っていた。そして、それはユリアにもそれとなく伝えてある。もちろん二層に行くなどと行ったらユリアに不審がられてしまうので、一昨日に『明日は探索に行くかもしれないので図書館には行かない予定です』と伝えたのだ。


「……ええ、まあ、そんな感じです」


 どう答えようか悩んだが、嘘を吐くメリットが少なそうに見えたので、正直に答えた。


「何層まで行ったんですか?」


 手を動かし、本を探しながらもユリアは質問を続けた。ここからだと位置関係上、本棚に向き合うユリアの表情は分からない。印象的なピンクブロンドの髪は、良く見えるのだが。

 少し困る質問だ。昨日は二十層クラスの希少品が手に入ったのだ。実際は二層にしか行っていないが……一応、ギルドに売却したものは十七層由来のもので、二十層クラスの希少品は宿に保管してある。ユリアとギルドの関係を考えると…………ん! 

 以前マリエッタが言っていた魔力の残り香の事を思い出す。

 あれはどのくらい長く残るのだろうか。もし今も残っていたとしたら……まあ、ユリアがマリエッタと同じように感知できるか不明だが、以前ルティナが『一流は皆、魔力の残り香が分かる』といったような事を言っていた気がする。ならば……


「二十層に行きました」


「…………そう、ですか。やっぱり、フジガサキさんは凄いですね。一人で何度も二十層に行けるなんて。私も早く、フジガサキさんのような熟練者になりたいです」


 多分、もう十分に熟練者だと思うが……


「あー、いえいえ、それほどでも」


 正直、二層にしか行ってないから気まずい。いや、まあ、『感覚』の事は説明できない以上、ユリアのギルドとの繋がりや、整合性を考えると、『二十層に行った』ということにするしかないのだが。


「フジガサキさんは遺跡に潜る日は一日どのくらい潜っているんですか?」


 ユリアはさらに質問してきた。そして、その声は俺にはどこか緊張しているように聞こえた。俺の位置からだと表情が見えないから、本当に緊張しているかは自信が無いが。


「始まりは遅く、終わりは速いので、七時間くらいでしょうか」


 脳内で考えおいたダミーの探索計画の時間を話す。

 実際は三時間から四時間ほど探索してギルドに報告に戻り、それから、もう一度遺跡に潜りさらに四時間から五時間ほど過ごすということをしているのだが、相変わらず普通の探索者からすると不思議すぎるスケジュールなので言わない。


「始まりはスイさんの相手をしているからですよね……終わりが速いのは、何か理由があるんですか?」


「人混みが苦手なもので、少し早く切り上げギルドに戻っているんです」


 他にも、たくさんの人がいる中で希少品を売却したくないという理由もあるが。いや、どちらかと言うとそっちが本命か。


「人混みですか……少し分かります。クリスクは活気があって良いところですけど、少し尻込みしちゃいますよね」


「それは本当に感じます。ユリアさんは、どうしてクリスクで活動してるんですか?」


 なんとなく、質問してみた。


「どうして、ですか。以前お話したかもしれないですけど、私の師匠も探索者だったことがあるんです。それで、師匠がその時、活動していたのがクリスクだったんです。それが全部って訳じゃないですけど、師匠が見た事や学んだ事を自分も得たいと思って、ミトラ大司教区の配属を希望しました。まあ、クリスクの遺跡に潜ることになったのは、ちょうどモトカ教区が困窮していたというのもありますけど……」


 以前話してたやつかな? えーっと、確か、大司教区っていうのがだいたい国ごとにある。

 たとえば、ここミトラ王国はミトラ大司教区となる。そして、大司教区の下には教区がある。ユリアのような探索を行う聖導師は大司教区単位で行動し、スイのように聖堂に所属している聖導師は教区に紐づいているって感じだったかな? そして、クリスクはモトカ教区に含まれていると。


「師としている方の影響でしたか。確か、優しい方なんですよね」


「はい、そうです。……フジガサキさんはどうしてクリスクに?」


 …………気付いたらいたから、かな。


「流れ……ですかね? なんとなく生きていたらクリスクに流れ着いて、それで良い街ですし、遺跡もあるので、なんとなく活動してるって感じでしょうか? もっと良い場所があればそっちに行くかもしれないですし、あんまり深い理由は無いですね」


 まあ、色々と繋がりができたので、今のところのメイン拠点はクリスクだ。ただ、将来的に『感覚』の検証などを広げたり、あと腐らない素材を売却するために別の街に行く事は考えている。クリスクではもう結構色々と売っているので、バランス的に他の街で売りたい。


「もっと良い場所があれば…………今のところ候補はありますか?」


 中身の無い回答のつもりだったが、ユリアは話を膨らませようとしてくれた。


「今のところ……実はそこまで深くは考えてなくて、旅をしてみて実際にその場所に行って、良いと思えばって感じでしょうか。ああ、でも将来的に北方遺跡群ってところには行ってみたい気もします」


 北方遺跡群。

 色々と調べているときに知った名前だ。北方遺跡群という名は通称であり、正式名称はリデッサス遺跡街という。

 この街は七つの遺跡を有する遺跡街であり、名前の由来は、七つの遺跡の中で最も大きいリデッサス遺跡から来ている。クリスクのギルドでは、この七つの遺跡と遺跡街をまとめて北方遺跡群と呼ばれている。

 通常、遺跡が二つ以上近くに存在していることは珍しく、七つもの遺跡が密集しているというのは非常に稀であるらしい。また遺跡群を構成している七つの遺跡は、入手できる素材の価値が平均して高いという事と、それに伴い魔獣の危険度も高いという事で有名である。ハイリスクハイリターンな遺跡ということだ。

 またそういった遺跡が七つもあることから、探索者の数が非常に多く、それにより巨万の富が行き来することから、リデッサス遺跡街は『北方の富の集約点』とも呼ばれているらしい。また七つの遺跡群の中にはクリスク遺跡と同様に一層が安全地帯となっている遺跡もあるため、能力調査の場所としても有用だと考えている。


「北方遺跡群ですか。あそこは遺跡の難易度が高いということで有名ですが……やっぱり、腕を試したい、ということでしょうか……?」


「腕試し……そういう面もあるかもしれないですが、賑やかな都市と聞いているので一度行ってみたいという面もあると思います」


 『北方の富の集約点』という二つ名から直接的な金の臭いがする。

 金はあるとかなり生活が便利だし、今後この世界で暮らしていくにあたって安全や安定を買える。なので、能力調査以外にも、ついでに一発儲けられないかという思いも僅かにある。とはいっても俺には商才とかは無いので、やるとしたら『感覚』頼りになるだろうが。いや、まあ、もう十分『感覚』で稼いでるが、もし能力に回数制限があったり、時間制限があったりしたらと考えると、できるだけ多く稼いでおきたいという気持ちもあるのだ。

 なので、ぼんやりとだが、北方でひと財産築き、その後は住みやすい街にでも行きゆったりと過ごすというアイディアを持っている。勿論、それはぼんやりとしたもので、確定した計画というわけではないが。


「いつ頃行くかはもう決めていますか?」


 本を探しているユリアの手が止まった。


「まだ、そこまでは。そう遠くない内にだとは思いますが、気分でだいぶ変わるので……まあ十年以内には行くと思っています」


「十年……それなら、まだ、しばらくはクリスクにいますか……?」


「ええ、しばらくは」


「それなら、良かったです」


 そう言って、ユリアは再び手を動かし本を探し始めた。

 ……? 何が良かったんだろう。うーん。あれかな、ユリアもそれなりに俺の事を好意的に思ってくれているということだろうか。でも、俺は親切にされてばっかりだからな。好意的に見てもらう要素はあまりないような。

 そんな事を考えていると、ユリアがまた声をかけてきた。相変わらず、位置関係から顔色は見えない。


「それと、もしクリスクから離れる時は教えてくださいね。北方遺跡群のことはあまり知らないですけど……それでもっ、旅の事とか、他にも色々と、お話できる事があるかもしれませんから」


 とても嬉しい話だ。ユリアの知識量はかなりのもので、役立つことが多い。そういったユリアから旅の事などの情報を事前に聞けるのはかなりのメリットになるだろう。

 こんな所までも親切にしてくれるのだから、改めてユリアは良い人だと思った。

 

 しかし、この日も本探しの方は不調で、目当てのものは見つからなかった。やはり『感覚』に関しては遺跡での実地調査頼りになりそうだ。


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