一章53話 異世界十四日目 二層①
朝、目が覚めて、最初に今日のコンディションを確認した。うん、精神的にも肉体的にも問題は無さそうだ。
朝食を摂取し、礼拝堂でスイとの雑談を終えた後、再び宿に戻り時間を調整する。昼前になってから、靴に『適合の塗料』を塗りたくった後、ギルドへ向かい昼食を取りながら周囲の確認をする。時間の経過とともに少しずつ昼組の探索者たちが帰ってきた。皆、その日の成果で一喜一憂している。金貨3枚ほど稼いで大喜びしているパーティーもあれば、あまり稼ぐことができず落胆しているパーティーもある。
なんだか、この探索者たちの雰囲気に当てられると、自分も遺跡に潜りたくなってくる。こう、なんと言うか、財宝欲しくなる海賊の気分みたいな? しかも、俺の場合は『感覚』により、ほぼ確実に希少品が手に入る。ほぼ確実に負ける賭け事でも人はやりたがるのだから、ほぼ確実に勝てる賭け事があれば皆やりたくなるだろう。俺もやりたい。
高まる気分を抑え、ギルドの買い取り窓口を確認する。少しずつ窓口に入る人が減っていく。そして、だいぶ人がいなくなったタイミングを見て、ギルドを出る。今までの傾向からして、もう殆ど遺跡の中には探索者はいない。少し歩くと、遺跡の入り口が俺を出迎えた。
軽く呼吸を整えた後、踏み込む。一層に入るや否や惹かれるような『感覚』がした。これで通算四回目の『感覚』だ。久しぶりだが、以前と変わりはない。とりあえず、三回しか発動しないということはなかったようだ。まあ、五回目は無いかもしれないが。
『感覚』に従い、地図を見ながら遺跡を歩いていく。やはり、この時間帯は低層で活動する探索者はもういないようで、誰とも会うことは無い。
十数分ほど歩いたところで、道が行き止まりになった。そして、そこには緑色の石がいくつか落ちていた。石は掌にギリギリ収まる程度の大きさで、強く光輝いている。たしか、これは『ライソラ石』だったと思う。魔石の一種で、一部の魔道具や魔術の燃料に使われる石だ。本来は十五層前後で見つかるものだ。やはり『感覚』の力はまだまだ健在のようだ。
『ライソラ石』を全て回収しバックパックに入れる。石一つ一つはそこそこ重かったが、バックパックにかけられている魔術のおかげで、負担は殆ど感じなかった。やはり、『軽量化のバックパック』を買って正解だった。
回収を終えると、『感覚』は治まった。そして、ここからが今日の本番だ。
俺は地図を参考に二層へ降りる階段の下へ向かった。二層への階段は数人が横に並べるほどに幅が広かった。きっと午前中の間は幾人もの探索者がここの降り、そして探索の成果を持ちながら戻ってくるのだろう。だが、極稀に、中には降りることはできても、生きて昇ることができなかった人もいる。一度ゴクリと喉を鳴らし、そして、ポケットに入れた『生命のスクロール』を確認し、再びポケットの戻す。
辺りに人がいない事を確認し、バックパックからアミュレットを取り出し、首にかける。『風刃のスクロール』を取り出し、念のため右手に持つ。これで、準備は完了だ。
「よし」
呟き、勇気を出して一歩一歩慎重に階段を降りる。
階段を降り終えた後、『感覚』が反応した。一層に入った時と同じように、どこかへ俺を導くように、惹かれるような感覚。どうやら、二層に入った時にも『感覚』は発動するようだ。
一度、周囲を見渡す。遺跡に張り巡らされた発光する蔦のおかげで光は十分にある。壁や床の石材には一層と同じように紋章が書かれている。見た目という意味では一層とたいして違いは無い。
ゆっくりと周囲を警戒しながらも、『感覚』が導く場所へ歩き出す。一層のように、ただ感覚に惹かれるように進んではいけない。この階層には人の命を奪う魔獣がいるのだから。しかし、少し歩いたところで、地図を見ながら歩きたいと思い、空いている片手に地図を持つ。
十分ほど歩いたところで、喉が渇きバックパックから水筒を取り出し、喉を潤す。どうも緊張しすぎている気がする。たぶん警戒しすぎなんだと思う。
きっと俺が考える程、ここは危険では無いのだろう。さきほどから、魔獣の影も形も無い。午前組が殆ど倒してしまったのかもしれない。息を吐き、水筒をバックパックに戻し、再び『風刃のスクロール』を片手に持つ。
そのまま亀の歩みのように二十分ほど歩いたところで、目的地にたどり着いた。階段から距離自体は短かったが、警戒して進んだせいで、時間がかかってしまった。しかし、警戒の甲斐があってか無傷だ。まあ、そもそも魔獣に出会ってもいないのだが。
自分の臆病者に僅かに苦笑しつつ、目の前の植物について思考を巡らす。
確かこれは、『フェニルス』という植物だ。加工すると大変美味で、滋養効果もあると言われている。階層的には十二層のものだが、大変珍しいもので、さきほどの十五層前後で見つかる『ライソラ石』よりも希少度合が高かった気がする。三株ほど植わっているそれを、採取道具を使い少しずつ掘り出す。植物系は根や茎などを傷つけないように取り出す必要があるので、他の物に比べて採取が少し大変だ。時間をかけて取り出した『フェニルス』を全てバックパックに詰め込む。
やはり今回も採取を始めたあたりで『感覚』はしなくなった。おそらく『感覚』の終了条件なのだろう。今のところ、遺跡を出る又は採取を終えることで『感覚』はしなくなってしまうようだ。
そういえば二層に入った時、『感覚』を再び感じたが、一層に入った時の『感覚』を放置して二層に入ったらどうなるのだろうか? 二つの『感覚』が同時にするのだろうか? それとも、片方の『感覚』だけがするのだろうか? いや、一層のものが消えて二層のものが発生しないという事も有り得るか? とにかく、まだまだ検証が必要だ。
まあ、とりあえず、最低限のことは分かった。後でまとめよう。そしてこれからどうするか。せっかく装備を固めたが、思ったよりスムーズに来てしまった。魔獣も警戒した割にいないようだし、いっそのこと三層に行ってしまうか? ……少し悩むが、最初に二層探索として今日の準備をしたのだから、三層は流石に行くべきでは無いか。とりあえず、階段まで戻るか。
そう考えて、来た道を戻ろうとした時、何か、生物の唸り声が聞こえた。ビクリと体が震える。念のため地図をポケットに突っ込み、『風刃のスクロール』持っている右手に意識を集中させる。
そしてゆっくりと、唸り声がする方向に近づく。ちょうど一層へ戻る階段がある方角だ。ゆっくりと近づき、壁の角から僅かに顔を出し唸り声がした方向を覗き見る。50メートル以上先に何かがいた。
動いている。生物だ。唸り声もする。黒い豚のように見える。
ただ、豚とは違い額に大きな角が付いている。ギルドの資料で見た覚えのある姿だ。『ダンタルト』と呼ばれる低層で出現する魔獣だ。速度は人間が走るより少し遅く、そこそこ頑丈な生き物だ。他の魔獣と同様に人を認識すると襲い掛かってくる。足が人間走るよりは遅いのでダッシュで逃げれば怖くはないが、頑丈で、大きな角を振り回すので、直接戦うと少し危険な魔獣らしい。
相手は、まだ、こちらには気付いていない。手元の『風刃のスクロール』に意識が向く。
さて、どうするべきか。