一章50話 異世界八日目 贖罪日の後日談⑥
聖堂図書館に戻り、午後もユリアとともに聖なる術やその近辺の知識の本を探したが、残念ながら見つかることは無かった。これだけ広い図書館だから、どこかにありそうな気もするが、もしかしたら、難しいのかもしれない。こうなると、やはり、実際に遺跡に潜ってみて、『感覚』の理解を深める方が速いかもしれない。
勿論、特殊な能力なので、注意して扱う必要があるとは思う……まあ、二層への準備も含めて上手くやっていきたいところだ。
そうして日没近くになると、ユリアに誘われ、再び礼拝へと参加した。礼拝の大まかな流れは前回と変わらない。参加者は相変わらず多く、大人数での讃美歌は礼拝堂の中で響き渡る。聖書の朗読箇所と、司祭の説教は前回とは違う箇所だが、比較的分かりやすい道徳的な内容という点では前回とそうは変わらないかもしれない。ユリアに見せて貰った聖書の中にある際どいエピソードは触れられなかった。個人的には解釈が難しそうなところなので、立派な聖職者らしき司祭の解釈を聞きたかったが、それはまた別の機会になりそうだ。
もしかしたら、日没の礼拝に通えば、いつかは際どいエピソードもやってくれる日が来るかもしれない。まあ、そこまで自分が熱心に参加するかは分からないが。
司祭たちが礼拝堂から退場し、オルガン演奏が終わったあたりで、ユリアが話しかけてきた。
「どうでしたか? 二回目だと、何か変わったりとか……しましたか?」
彼女は少し緊張気味に言葉を選んだ。
「そうですね。やっぱり、こう色々なものが混ざったような感覚がして、難しいですが……でも、今回も参加できて良かったと思います。前回との違いは、聖書の朗読と説教の中身が違ったとは思いますが…………でも、その中身の良さといいますか、そういうものは前回と同じで、しっかりとあったような気がします。だから、変わったっていう感じは無いですかね」
なんか思った事をそのまま言ったら、言い訳みたいな言い回しになった。
「そうですか……実は、私も、まだ礼拝も、聖書の中身も、まだまだ理解が足りないところがあって……難しいって思う事が多いので、そういう意味ではフジガサキさんと同じなのかもしれないです」
ユリアは少し困ったような笑みを浮かべていた。意外だ。彼女は今までの話からすると聖書や神学に対して造詣が深いと思われる。そんな彼女でも理解が足りないとは。勿論、謙遜も含まれているだろうが……やはり神学も一般的な学問と同じで、極めれば極める程、遠くが見えて『まだまだ』と思ってしまうのかもしれない。
あ、いや? ユリアの性格から考えて、もしかしたら、こちらを気遣っての言葉かもしれないな。そっちの方が彼女らしいかもしれない。
「ユリアさんと同じというのは、何と言うか……恐縮です」
「いえいえ、そんなことは……! そういえば、話は変わりますけど……明日も図書館には来ますか?」
「あー、いえ。明日は少し別の事をしようと思っているので……図書館には行かない予定です」
二層準備のための魔道具などを仕入れておきたい。それに、ここ数日はずっと図書館に籠っていたし、街歩きも兼ねるのも良いだろう。
「そうですか……あの、どんな予定なんですか?」
少し戸惑いながも、ユリアが質問してきた。うん? 気になるのか……どうしよう、ちょっと答えにくいな。
「大した予定では無いですが、探し物や買い物が中心になるかと」
魔道具やスクロールなどを考えているが、それをそのまま言うと、少し変になるかもしれない。
なぜなら、ユリアは熟練の探索者だ。そして彼女から見た俺もまた熟練の探索者ということになっている。探しているものが魔道具やスクロールでかつ、その知識が俺に少ないということが伝わると、もしかしたら、ユリアは不思議に思ってしまうかもしれない。
まあ、ユリアは善良な人だし、別に知られても大きな問題は無いのかもしれないが……まあでも、それを突き詰めると俺の『感覚』に繋がる。これは、何と言うか、思うに結構特殊な力だと思うのだ。だから、知っているのは俺一人の方が良いだろう。とりあえず、今のところは。
ぼんやりと、お互いの情報量について俺は考えていたが、それに対して、ユリアはさらに不思議な事を言ってのけた。
「その……私、クリスクには結構いますから……何か手伝えるかもしれません。良ければ、一緒に行っても良いですか?」
……? なぜ……?
「えっと……お気持ちは凄く嬉しいのですが、個人的な物ですので、ユリアさんのお手を煩わせるのは、ちょっと……」
適当に断り文句を垂れながらも、ユリアの事を思考する。なぜ、こんな事を言い出したのだろうか。いや、まあ、今までのユリアを見るに、たぶん親切心なんだろうけど…………毎回思うけど、なんか親切すぎない? ちょっと……いや、かなり不思議だ。
「そんなことは無いですけど……ただ、手伝えると思って、あ、その……勿論、嫌なら、全然大丈夫ですので……!」
「あ、いえ、全然嫌とかではなく。ただ、本当に個人的なものなので……それにユリアさんにはもう何度もお世話になっていますから……」
まあ、本音を言うと、情報量的に問題が発生しそうなため嫌だ。でもそのまま伝えてユリアを傷つけたくないので、適当に言葉を濁す。
「そうですか……あの、明後日は、聖堂図書館に来ますか?」
「ええっと、一応、そのつもりですが」
「そ、それなら、良かったです。あと、その、別の遺跡で活動する予定とかは、今のところはあったりしますか?」
良かった……? やっぱり、困ってる人を助けたい人なのだろうか。でも、俺はそんなに困っていないってことはユリア視点でも分かるはずで……うーん。それに何で別の遺跡の話? 前も聞いてきたよな。なんだ、やっぱり、遠回しにクリスクから出てけってことなのかな? ユリアみたいな優しい感じの少女にそういう事言われたら、たぶん俺は無茶苦茶傷つくと思う。
「いえ、今のところは考えてはいないですけど」
「そ、そうですか……! あの、もし、別の街に行くときは、教えてくださいね。えっと、私は結構色々な街を見てきたので、何か手伝えるかもしれませんから……!」
ふむ? 俺の邪推かな? 結局、いつものユリアの親切心だったみたいだ。まあ、ユリアは信頼できる人柄で、さらに話も上手なので、どこか別の街について聞くのには良い相手だろう。
「分かりました。その時は、色々と教えていただけると、助かります」
「い、いえいえ……! 全然……!」
少し慌ただしいユリアに対して、別れの言葉を口にして、その日は聖堂を後にした。
宿屋に戻り、いつものように一日を振り返る。何も成し遂げていないような気もするが……ああ、いや、『キーブ・デリキーエ』という素晴らしい料理店がある事を知れた。あの味は良かった。今度一人で行くのも良いだろう。メニューも沢山あったし、しばらくは飽きないはずだ。勿論、美味しい分値段は張るが、まあ、そこは今のところは気にしなくても大丈夫だろう。やはり金は大事だ。
そして金を恒常的に手に入れる手段を確保するためにも、明日の二層準備はほどほどに頑張ろう。『ほどほど』なのは、頑張りすぎると、それはそれで良くないような気がするからだ。まあ、頑張りすぎなくても良いほどに今は余裕があるからだろう。いや? 余裕がある今だからこそ、一杯頑張った方が良いのか……?
まあ、どちらにしろ、明日は頑張ろう。今までは少し別のアプローチだが、ある意味で、遺跡で使う能力を遺跡で試すというのは正道かもしれない。回数制限や二層の危険性など色々と考えることが多いが、とりあえず安全重視、次点で恒常性重視で行こう。
いつものように明日の計画を建てながら眠りにつくのだった。