一章49話 異世界八日目 贖罪日の後日談⑤
「ああ、えっと、あ、そういえば、ですが、南の広場の儀式ってどんな風にやるんですか? 聖なる術を使うんですよね?」
とりあえず、少し気になっていたことを質問することにした。聖なる術を使ってどんな風に儀式をするのだろうか。見ていないから分からないのだ。『力』の術を使った曲芸か、それとも『癒し』の術を使って誰かを癒したりするとかだろうか、あとは……あの瞬時に熱源を出す技を使って何かを燃やしたりするとかだろうか。
「はい、儀式には聖なる術を使います。儀式の中身は……………………聖具を使って、特に選ばれた人の罪を清めます。そして、清めの後に聖なる術で、その人の新たな門出を祝福します。ただ、聖導師にしかできないので、贖罪日に罪の清めをできない街も多いです。というより、聖導師の数は少ないですから、むしろできる街の方が珍しいかもしれないです」
門出の祝福……たぶん宗教的な意味がある行為――罪を祓ったあとのおまじないみたいな感じだろう。それに聖なる術を使うってことは、光の術とかを使って視覚的に何らかの効果を与える、みたいな感じだろうか。なるほど、確かにそれならば術に精確さが問われそうだ。精確に光を操ることができればパフォーマンスとしての効果も大きいだろう。
「そんな感じだったんですね。聖導師の方の力を借りた特殊な儀式……ユリアさんも、やはり儀式を執り行ったりはされているんですか?」
何気ない質問のつもりであったが、この質問はユリアの表情を曇らせてしまった。はて……?
「……い、いえ。贖罪日は経験が無いです。一応、師匠が執行者だったときに、補佐をしたことがありましたが、あの時はまだ聖導師としては見習いの時で、やったことも助祭でもできる内容だったので……ちゃんとした儀式の執行者になったことは無いです。私も早く経験した方が良いとは思っていて、スイさんにも話をしたのですが……まだ、止めた方が良いと言われてしまって……」
「ちょっと意外ですね。スイさんだったら手伝いを求めたり……あと、これはちょっと言い過ぎかもしれませんが、儀式の役割をそのまま全部ユリアさんに任せそうな印象がありますが」
「そうでもないですよ。スイさんは気遣いが上手い人ですから」
……気遣いか。何となくだが、さっきからユリアの話を聞くに、彼女は贖罪日を執り行うことに関して何か拘りがあるように感じられる。やらなくてはいけないと思っているけど、気が重いみたいな感じだろうか。話を変えた方がいいのかな?
「まあ、それは分からなくもないですが……あ、でもユリアさんもかなり気を遣うタイプの人ですよね。やはり聖導師の方って皆さんそういう方が多いんですか?」
「それは……そうですね。私の見た限り、気を遣う人が多いような気がします」
やっぱりそうなんだ。本で読んだ歴史的な役割なんかを考えると、そういう人が多いというのは納得できる。まあ、権威と能力があると、なんだか権力主義に走りそうな気がするけど、そこら辺は強い自制心を持ったりしてるのかな。修行もあるみたいだし、師匠から心構え的なものも教わるのかもしれない。
何であれ、強い力を持った人が他の人を気遣えるというのは、良いことだと思う。ん……なんかこれ、もしかして、ブーメランかな。悪い意味で。
「やはり聖職を志す方は、そういう方が多いんですね」
なんとなく会話が止まる。話の切れ目のようなタイミングだ。そして、僅かな会話に間が空くと、狙いすましたように店員が料理を持ってきてくれた。サラダとスープにパン、そしてメインの肉料理だ。一気に運ばれてきたものだから、テーブルの上がぎっしりと埋まった感じがする。ユリアの方にも似たような料理が運ばれてくる。
ふむ、肉は食って良い宗教のようだ。いや、まあそもそもスイが肉の串焼きを食べているから今更の話ではあるけれど……でも、スイは禁止されていても食べそうなイメージがあるので、スイが食べれることが、カテナ教の聖職者が食べれることを保証するようには俺には思えなかったのだ……
しょうもないことを考えて冷めてしまっても勿体ないので、さっそく運ばれてきた料理を口にする。
ふっくらとした白いパンは焼きたての香りがしており、なにより味が良い。サラダも新鮮で、特にチーズとバジルソースの相性が抜群だ。食を彩るだけではなく、食を進ませている。スープは出汁の澄んだ美しい色をしていて、繊細な味わいが舌と喉を優しく撫でる。パンやサラダとスープに深い調和を感じる。
そして一番大事なメイン――肉料理は、煮込んだビーフシチューのようなものだ。赤ワインソースが肉に豊かな深みを与え、深紅の色彩が料理の高級感を引き立てている。熱気の中、肉にフォークを近づけると、驚くほど簡単に肉が裂ける。じっくりと煮込まれていたからか、中から赤ワインソースが滲み出てきた。口に運ぶと、肉が舌の上でとろけた。なんと表現するべきだろうか、料理の具材一つ一つが美味いというか、手がかかってそうというか……うーん、とにかく美味い。でりしゃす!
この店、見た目だけではなく中身もしっかりしていたな……ユリアを疑っていたわけではないが、これは中々凄い。というか、こういう味をユリアは常日頃食べているということなら、一昨日や一昨昨日の昼飯では満足できないのも当然だ。なるほど、どおりで昼飯の店の変更を求めるわけだ。いや、まあ厳密には変更を求めたわけではないけど。
それにしても本当に美味しい。今度一人で来ても良いかもしれない。ランチだけではなくディナーもやっているようだし、気が向いたら来てみよう。そのためにも店名を忘れないように……確か、『キーブ・デリキーエ』だ。よし、覚えた。
一通り舌鼓を打ったところで、少し気になる事があり、テーブルの向かいにいるユリアをチラリと見る。やはり、彼女はいつものように、こちらをじっと見つめていた。食べている時から視線をちょこちょこと感じていたのだ。これで三度目だ。昼飯の時は、彼女はいつもずっとこちらを見ている。俺の食べ方とかが悪いのだろうか? いや、でも本を読んでいる時も何度も見られていたし、それだけではなさそうだ。やはり、以前言っていたように、俺が困った時のために備えているのだろうか。しかし、それにしても本当にじっと見てくる。なんだか、俺が悪い事をしてしまったのではないかと心配になってしまう。
ゆっくりと顔を上げ、視線をユリアと合わす。そうすると、やはりと言うべきか、彼女はいつものように、視線を少し逸らす。視線が合わないとじっと見てくるが、視線が合うと逸らす。ユリアの不思議な行動の一つだ。
「ユリアさんは……いつも、……こういう店でよく食べるんですか? この店の料理とても美味しいですね」
思わず、『いつも食べるの早いよね』と言いかけて止め、別の言葉を作る。なんかもしかしたら、言われたら嫌だと思われるかもしれないからだ。
でも、本当に食べるのが速い。これで三連敗だ。俺が食べるのが遅いだけか……? いや? 食べている量はユリアの方が少ないだろうし、別に彼女の方が速くても、おかしくはないか。
「いつもってほどじゃないですけど……『フェムトホープ』の仲間たちと良く来る店ですから、味には自信はあったんですけど、美味しいって思って貰えたなら、良かったです」
ユリアはいつもの優しそうな笑みを浮かべた。
「いや、本当に美味しかったです。ここまで美味しい料理は、自分の経験では……少なくとも、クリスクに来てからは初めてです。素晴らしい店を紹介してもらって、ありがとうございます」
三大欲求の中でも重要な食欲。それを気持ちよく満たせるというのは大切な事だ。
「いえ……私も元は『フェムトホープ』の仲間に教えてもらっただけですから、こんなに気に入ってもらえたなら、上手く紹介できたみたいで、私も嬉しいです」
やはりユリアは良い人だ。あまり面識が無い俺に対して、こんな良い店を紹介してくれただけではなく、とても親切に接してくれる。言葉の選び方一つ一つが、何と言うか、優しく、丁寧だ。聖導師だからという面もあるだろうが、きっと彼女の元々の人格が優れているという面も大いにあるだろう。
それから、ユリアが、『フェムトホープ』の昨日の活動についての話を聞かせてくれた。一層探索者である俺にとっては、深層で活動する彼女の話は、まだ見ぬ領域であったが、ユリアの話は分かりやすく、俺にも理解できた。
たぶんユリアは頭も良いのだろう。だから話の運び方が丁寧で分かりやすく、それに、たとえ話なども用いるので、聞いているこちらを興味を惹かれるので、なかなか面白かった。あと専門用語を使わずに、またこちらが知らなそうな知識は先回りして解説しながら、説明してくれるので、経験が薄い俺でも理解しやすかった。こういうところでも親切で優しいところも彼女の魅力だろう。
でも、なぜだろう。なんのケチのつけようも無い話なのに、俺はどこかで、何かがおかしいような気がした。歯に何かがつっかえたような、そんな不自然な感覚だ。
ユリアとの会話、とりわけ、彼女の昨日探索の成果を聞いていると、何かが変に感じられた。それが何かは最後まで分からなった。話を終えた時、ユリアがどこか達成感を感じさせる表情をしていたことで頭の中で何かが過ったような気がした。しかし、それもふわふわとしたもので、何か閃きが得られることはなかった。けれど、何となくだが、こんなに親切な少女が達成感を表情に浮かべているのなら、それはきっと悪い事ではないはずだろうとも思った。疑問に蓋をしつつ、俺とユリアは会計をそれぞれ済ませ店をでた。
そういえば、ユリアは目を合わすと逸らす癖があると思ったが、話をしている時は、逆に目をかなり見てくるタイプだ。目を逸らすのは、『彼女がじっと見ていることに、こちらが気づき、目があった』時のような気がする。まあ、分からなくもないタイミングだが……それにしてもなぜ見つめてくるんだろうか……?
横に並ぶユリアと雑談をしながらも、心の中でそんなことを考えながら、聖堂図書館へと戻るのだった。