一章幕間 ギルド職員の雑談
夕方を過ぎて夜になった頃。クリスク遺跡街のギルドの職員の休憩室で二人の男が話をしていた。
「いやー、それにしても昼の『ルカシャ』、凄かったですね」
片方の男はまだ若く、雰囲気からも職員としての未熟さが混じっていた。
「あれはヤバかったな。俺ももう40年はこの仕事やってるけど、生の『ルカシャ』はまだ二回目だな」
もう一方はまさに熟練といった年かさの男だ。
「あれ? てっきりクリスク遺跡街では初だったかと思ったんですが、前にもあったんですか?」
「あー、いや。俺ここに来たの8年前なんだ。1個前はアムスク、その前は北方群にいた。初めて生の『ルカシャ』を見たのは北方群だったな。お前、あそこ行ったことあるか?」
「いえ、ないですね。あそこ魔境ってよく言われてますけど、実際どんな感じなんですか?」
「北方群は実際魔境だな。仕事量も尋常じゃないぞ。あそこ行ったら、お前たぶん倒れるぞ」
「うぉ。怖いっすねー。しばらくここにいたいです」
「まあ、大丈夫じゃね。クリスクは安定してるし、そう入れ替えも無いだろうし……つっても今日の探索者のせいで分かんなくなりそうだけどな」
「あー、あのちょっと変わった人ですよね。結構若そうでしたけど、あれってソロなんですか?」
「ソロじゃねえか?」
「どこかのパーティーの雑用担当って可能性は無いですか? いくらなんでも非戦闘用の装備で深層まで行ってたって考えにくいんですけど」
「25層までいけるレベルのパーティーが、あんな変な奴を雑用にしねーよ。あれはたぶん頭のネジがぶっ飛んでるタイプのソロ探索者だ」
「うへぇ。じゃあ、ソロで25層まで行ったんですか? あの普段着みたいな服で? 頭おかしい以前に、ちょっと人間辞めてませんか?」
藤ヶ崎戒が身に着けていた服――日本の一般的な衣料品で購入した服はこの世界では少し珍しい見た目の服装であった。しかし、探索者を支援することを専門とするギルド職員には、それが珍しいものであったとしても、戦闘用でない普段着に近いものだということは、すぐに分かった。
「一応、一度着替えてからギルドに来たって可能性もあると言えばあるけどな。ただ『ルカシャ』の魔力があの新人の普段着にまで飛んでたから、探索の時にはあの服だったと思うぞ。いや、普段着で深層行くなよって俺も思うけどな。まあそれ以前に、ソロで25層まで行ってる時点で人間じゃねぇけどな」
『ルカシャ』を鑑定するときに使った道具の中には魔力等級――素材に含有されている魔力の質を調べるものがあった。そしてその道具を使用した際、件の化物新人の服にも僅かに反応したのだ。これは素材の鑑定を行うときによくあることだった。探索者が入手した時に服装――革鎧などに素材の魔力が付着してしまい、反応を見せてしまうのだ。つまり、件の化物新人は『ルカシャ』を採取した際、普段着で行っていた可能性が十分にあったのだ。
「しかも25層まで行ったって魔力等級からの予想ですよね。本人覚えてないとか言ってましたけど……実際、何層から出てると思います?」
一般に、魔力等級は概ね階層と連動している。等級が二十五ならば、算出した階層も二十五前後と予想されている。
「『ルカシャ』の貴重性を考えると、27層って可能性も十分あるな」
クリスク遺跡は現在27層までしか開拓されていない。28層以降も存在はするが、まだ、開拓が進んでいないのだ。つまりは件の人物はソロで現在の最深層である27層までいった可能性がある。その事を年配の方は示した。
「ソロで27層まで行くとか……25層でも十分ヤバいッスけど、最深層となると……ますますヤバいっスね」
「俺が思うに、それ以上にヤバいのは、採取の杜撰さだな」
「あー、なんか茎が折れてましたよね。勿体ない。あれで評価額だいぶ落としましたよね」
「そう、それだ。それが頭おかしいポイントだ。まるで素人みたいな採取の仕方だ。25層越えの実力者であそこまで採取が下手な奴は初めて見た。あれは、かなり頭おかしい」
「雰囲気的にも、ギルドの利用法もあんまり知らないみたいでしたし……あれ? あの……ギルドの使い方分からない人で25層まで潜れるってありえますか?」
「たぶん遺跡潜る経験は薄いんだろ。偶に傭兵出身のやつとかで、戦闘は上手いが採取は下手とかギルドの利用に関しては駆け出しってやつはいる。その亜種と言えば亜種だ。極端すぎるけどな」
「あれ、でもそうすると、あの人、25層まで『探索者としての技術』でなくて『戦闘の技術』で潜ったって事ですよね……見た感じ普通の人っぽかったですけど……」
「まあ、達人ほど力隠すのも上手いからな。俺から見ても普通のヤツに見えたし、極めすぎて俺らでは分からないレベルのヤツなんだろ」
「うぇ、人は見かけによらないというか、なんか怖いっすね。次買い取り窓口に来たら緊張して上手く話せるか自信ないですよ」
「さすがにギルド職員にいきなり暴力振るうヤツではないだろ」
「そうなんですけど、なんか極限まで強い人って緊張しませんか? 僕まだ、『紅蓮の殺戮者』のリーダーとか苦手なんですけど」
「ジェロックか? あいつはAランクにしてはかなり上品な男だぞ。というか善人と言ってもいい。むしろ何で苦手なんだ?」
「ええ? いやあの人なんか怖くないですか? 目がギラギラしてますし……それに『紅蓮の殺戮者』がギルドに戻ってくると、怒声が凄いっていうか」
「あー、あれか。いや、あれは悪くないだろ。金にならない魔獣の掃討もやってくれてるし、他の探索者も、というかギルドも感謝してるよ」
「そうなんですけど、……いや、まあ……それでもなんか怖いって言うか……」
「いや、お前、『フェムトホープ』のユリアは別に怖くないよな? ユリアはソロランクでも単純な戦闘力でもジェロック越えだぞ。お前が言ってた『極限まで強い人』で緊張するならユリアも駄目だろ。実際ユリアは、あの新人と同じで、『極めすぎて強さが分からない次元』のやつだからな」
「それは、そうなんですけど、ユリアさんは聖導師ですし、優しそうな雰囲気じゃないですか」
「それなら、あの普段着の男も、『見た目』はかなり落ち着いてるし、大丈夫だろ」
「ユリアさんは普段着で深層行ったりしないですし、やっぱり普段着の人の方が怖いですよ。底が見えないって言うか」
「底が見えないのはユリアも同じだろ。お前、ユリアの強さとか1ミリも分からないだろ」
熟練職員はそう言い切った後、すぐに「まあ、俺も分からないし、このギルドの職員でユリアの強さを分かるやついないと思うけどな」と付け加えた。
「あー、それは……そうですけど…………あー、あの、ところで、あの普段着の――『ルカシャ』の新人、Dランクでしたけど……昇級どのくらいなんですか?」
若手職員の方が形勢不利と見たか、話題を変えて熟練職員へと問いかけた。
「『ルカシャ』の採取場所にもよるけど、将来的にはAAランクは固いな。『ルカシャ』の貴重性を考えると27層まで行ってた可能性もあるし、そうなるとAA+ランクってこともあるな」
熟練職員は特にそれを咎めることなく、話題に乗った。彼は熟練者というだけでなく度量が広い職員ということで多くのギルド職員からは人気があった。
「うわ! AAランク確定ですか……このギルドで活動している探索者でソロAAって初めてですよね。しかもソロって……」
「昔はいたけどな。まあ、今んとこ、ソロランクだとユリアがA+でトップだから、実質ソロの首位だな。」
「あれ? ユリアさんって今A+なんでしたっけ? 少し前Aだったような」
「ユリアは昇進スピードかなり速いからな。というか、もうすぐAAじゃないか? 今回の化物新人が来なかったら単独AAランクだったのに。惜しかったな」
「それは確かに残念でしたね。あー、でも、普段着の人、AAランクで、しかもAA+に近いんですよね? なんか、パワーバランス崩れそうですね。というか下手したら争奪戦とか起きません? ソロで最深層行けるとか、どのパーティーも喉から手が出る程欲しいですよね? 特に首位の4パーティーは皆AAランクですから、ここで化物AA+入れたらぶっちぎり一位ですよね」
ギルドが定めるランクには二種類ある。
一つはソロランク。その探索者が個人でどれだけ優秀かを測る指標の一つだ。
そしてもう一つはパーティランク。こちらはギルドの申請を出した常設のパーティーでの能力を測るものだ。探索者は協力し合いことで、お互いの長所を伸ばし短所を補う。故にパーティランクはそのパーティメンバーのソロランクよりも高いことが多い。
実際、今、ギルド職員が口に出した4つのAAランクパーティに所属している探索者のランクは全てA+ランク以下だった。
「ソロで戦えるほど強い奴だと態々分け前が減るパーティーは組まないだろ……ああ、でも、採取があれだけ下手だと、組んだ方が実入りは良さそうだな。ただ、それだとしても、欲しいのは『ある程度自衛できて、器用に採取出来て、うるさくない奴』だ。そういう意味だと、やっぱりAAランクパーティーには入らないだろ」
「あー、そういう感じなんですかー」
「なんだ? あの化物新人をAAランクパーティーに入れたいのか?」
「いや、やっぱり28層開拓とか憧れません? ソロで深層行ける人がAAランクパーティーに入れば、見られるんじゃないかと思って」
「いくら強くても、流石に一人だけだときついだろ。それに受け皿がパーティーランクでAAだとな……ソロAA+には見劣りする。格的にはAAAランクのパーティーがあれば釣り合うんだがな」
「最後にAAAがクリスクで活動してたのっていつでしたっけ?」
「27層が開拓されたときだから3年前だな」
「あれ? そんなに近くなんですか? 僕がここに来た時にはいなかったような気がしますが」
「ああー、あれな。開拓後に解散したんだ。あのパーティーは無茶苦茶強い前衛がいたんだけど、そいつが27層開拓後に抜けちまって、そんで、代わりに前衛2枚入れたんだけど、上手くいかなかったのか27層内での活動中にパーティーが半壊した。残ったやつは全員別の遺跡街に行っちまったし、ていうか、それでこのギルドの数少ないソロAAもいなくなったからな」
「そんなことあったんですね……けど、それなら、あの新人を中核にして、新AAAランクパーティーってできたりしないですかね?」
「いくらAA+相当でも一人だとな……まあ、ポジションにもよるけど、前衛2枚と後衛2枚は追加で欲しいな。AAパーティー分解して、良さげなの集めればギリギリ作れるかもな」
「あー、分解ですか。それは考えて無かったです……前衛後衛2人ずつってなると誰がいいですかね?」
「お前、本当にこういう話好きだな……まあ、とりあえず、ユリアは決まりだな。個人戦闘力が四パーティーの中でもあいつだけ飛び抜けてる。というか戦闘力的に、ほぼAAランクみたいなやつだし」
「やっぱ聖導師ってだけあって強いですよね……ユリアさんを入れるなら前衛の一人は同じ『フェムトホープ』のリーダーですかね?」
「いや、探索者としての性能ならジェロックの方が良い。それに戦闘面でも勝ってるし、前衛の1枚はジェロックの方がいいだろう。AAAランクパーティーを作るなら、相性よりは、まずは個の強さだ」
「相性も重要じゃないですか?」
「重要だけど、AAAランクなんて化物チーム作るなら最低限個の強さが優先だな」
「個の強さ、確かにそれなら……あ、でも、強さで前衛ならジェロックさんよりルティナさんの方が強くないですか? あの人ソロランクのわりにかなり強いらしいですよね」
「あー、ルティナか。確かにあいつも無茶苦茶強いし、何より戦闘要員として便利すぎるけど……経験が足りなすぎるな。ユリアも若くて経験が足りてないし、あの化物普段着は若い上に戦闘特化すぎる。普段着・ユリア・ルティナで組むと遺跡知識が不足しすぎるな。個の強さ重視っていってもさすがに限度がある。相性よりは個の強さ重視だけど、遺跡知識は無さすぎるのはダメだ」
「それなら、いっその事、AAパーティーの各部門の最強1人ずつで良くないですか。ちょうど前衛2人と後衛2人ですし」
「その4人だと……まあ、バランスは良いな。リーダーはジェロックか化物新人がやれば何とかなるか。結構、それっぽくなったな。まあ、どのAAランクパーティーも分解なんて有り得ないから、実際にはないけどな」
「そうですよね……」
若手職員は少し落ち込んだ風になったが、数秒もすれば気を取り直し、そして、先輩職員と一緒に休憩室を出て残りの業務にあたるのだった。
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