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一章45話 異世界八日目 贖罪日の後日談①

 こちらに来て八日目の朝。日課となりつつある朝の義務(ざつだん)を果たしに礼拝堂に行くと、いつものようにスイが待っていた。そしていつものように串焼きを一緒に食べた後、満足気に欠伸をする彼女に案内され、礼拝堂の中へと入る。


「お兄さん、お兄さん。昨日、来てたでしょ~」


 長椅子に腰かけるなりスイはそんな言葉を放ってきた。


「本堂には行きました」


「どうだった?」


 うきうきとした表情でスイが尋ねてきた。まあ、正直に答えるか。


「意外と真面目にやってて驚きました。普段からあんな風にしていれば、ユリアさんも喜ぶのでは?」


「ちーがーうーよー、そっちじゃないよ。お兄さんが贖罪日に参加して、どうだったかって聞いたんだよ~」


 え、あ、そっち……?


「えーっと、なんか、凄い儀式っぽかったですね。厳かと言うか、何と言うか、罪が祓われそうな感じがしました」


 まあ、なんとなく感じた事を言葉にしてみる。ぼんやりとした感想になってしまったが、神秘的な感じだったし、むしろ感想としては、その方がいいかもしれない。


「ほうほう……まずまずってところかなー。お兄さんの信仰心の目覚めが感じられて、スイちゃんも鼻が高いよ~。朝の改宗活動がついに芽生えたって感じだね」


 いや……そんなに信仰心は無いと思うし、朝に改宗活動なんてされてないから、仮に目覚めてたとしても、たぶんそれはユリアが原因だと思う。


「まあ、偉大な聖導師様に教えを受けているので……主に図書館で」


「おやおや~、昨日はあんなにスイちゃんに熱い視線を飛ばしていたのにー、気付かれないと思ったのかな~、お兄さん」


 ……気付いていたのか。いや、まあ、下心はたぶん無かったと思うけど。たぶん。昨日のスイは神秘的な美しさというか、絵画みたいな感じだったし。俺が内心の言い訳をしていると、スイが何を思ったのか、嬉しそうに「お兄さんもスイちゃんの輝く銀髪でイチコロ……! ちょろい……!」と言い出した。

 確かに、あの儀式の時の銀髪は少し見とれてしまったが……俺は目の前のスイを改めてみる。灰色の髪だ。ケチをつけるわけではないのだが……儀式のとき染めたりしたのだろうか……?


「ええっと、まあ、その、スイさんが真面目にやってたので、驚いて見てしまったんだと思います」


「むむむー。お兄さん、私の事を不真面目な聖導師だと思ってるでしょー。さっきは見逃してあげたけど、二度も悪い事を言うお兄さんはどうしてくれようか~」


「いや、いや、でも、まあ、聖導師を二人しか知らないもので、何というか、もう片方の、ユリアさんは真面目そうな感じがしますし、それに昨日のスイさんの儀式を見るに、実際はああいう態度が教会側に求められているってことでしょうから……つまりは、聖導師として求められている基準に対しては現状スイさんは真面目とは言い難いのでは……ないでしょうか? いや、まあ、個性があって、自分は良いと思いますよ」


 まあユリアの方が真面目だよねって話。


「70点ってところですかねー。なんか真面目なことを言ったので60点、最後にスイちゃんを褒めたのでプラス100点ですが~、ユリアと比較したのでマイナス30点、あとユリアになんか甘いのでマイナス60点です」


 ガバガバ内訳だ。


「ユリアさん周りがちょっと厳しいですね……前から思ってたんですけど、もしかして仲悪かったりします……?」


「口答えしたのでマイナス20点でー。これでお兄さんの今の持ち点は50点になりました~」


 質問はスルーされ、残酷な減点を浴びてしまった。


「50点ありがとうございます」


 何の意味がある点数なのか分からないが。


「うむうむ~、よろしい~」


 スイがふざけた口調で返してきたので、まあ、いつも通り、特に意味の無い点数なのだろう。

 それからスイは何を思ったのか、嬉しそうな顔で俺の腰を突き始めた。


「スイさん?」


 問いかけるが、スイは笑みを浮かべながら、つんつんと俺の腰を突く。


「あの、スイさん……?」


 俺が困惑していると、スイは一際笑みを濃くして口を開いた。


「お兄さん、スイちゃんは昨日贖罪日で凄く頑張りました。なので、今日のスイちゃんは褒められたい気分です。分かりますか? 褒められたい気分です」


「なるほど……それは、何と言うか……大変ご立派でしたね。見事お勤めを果たされたかと……」


「うむむ、褒めたまえ~」


 そう言ってスイはじっと俺の方を見てきた。


「凄いと思います。カテナ教の、このミトラ王国というとても強い経済基盤を持った国において、非常に影響力のある宗教――その偉大な祭典において、スイさんの果たした役割はこの上なく重要であり、尊敬に値するものだったと思います」


 スイがじっとこちらを見つめている。


「うむうむ」


 スイがじっとこちらを見つめている。


「自分の周りにいた探索者たちも口々に偉大な聖導師たるスイさんを讃えていました。誰も彼もがスイさんも見ていて、とても尊敬しているようでした。スイさんを中心とした儀式には一体感があり、それはスイさんがいるからこそ成り立つものであって……昨日の儀式は非常にご立派だったかと」


 スイがじっとこちらを見つめている。


「うむ。では、スイちゃんの頭を撫でたまえ……!」


 スイがじっとこちらを見つめている。

 ん?


「え……?」


 スイがじっとこちらを見つめている。


「撫でたまえ……!」


 スイが気迫の籠った水色の瞳で俺を見た。


「え、ええっと、なるほど……じゃあ、まあ撫でますね? あー、こんな感じでいいですか?」


「うむ? まあ、よかろう。そのまま続けたまえ」


 スイは少し悩まし気な表情を浮かべた。上手く撫でれてないような気がする。正直、人を撫でる経験とか殆ど無かったと思うので、自信がない。

 それからスイの指示通り数十秒ほど撫でると、スイは残念そうな表情になった。


「うむ……お兄さん、ご苦労……ん~、お兄さんはもっと撫でる練習をしないとダメだね~、今度特訓しよ~」


「え、ああ、それは、すみません。あんまり経験が無いもので」


「むむ、未経験者だったかー、それならしょうがないねー。よし折角だし、私がお兄さんの宿に遊びに行ってあげよー」


 ……? 


「え? それは……なるほど?」


 文脈の繋がりが分からない。撫でる練習なのに、なんで遊びに来るって話に……ああ、特訓を俺の泊っている宿でやるってことか?


「お兄さんの宿で、ちゃんとした撫で方を教えてあげるってことだよー」


 ちゃんとした撫で方……?


「ああ、なるほど……」


 でも、スイに『スイの撫で方』を教えてもらうってどうなんだ……?


「それじゃあ、何時にするー? もうこの後、礼拝が終わったら行っちゃうー?」


 スイはうきうきとした表情を浮かべた。今にも俺の宿へ駆け込みそうだ。


「あー、それは、ええっと、すみません。宿はちょっと。何と言うか、部屋の掃除とか適当で、あんまり人を招ける状態ではないというか」


「いいよ、いいよ。私、そういうの気にしないからさ~」


 いや、俺が気にするんだが。普通に散らかってるところに人を招待したくないし、それに宿に置いてある物も問題なのだ。


「いえ、すみませんが、宿に招くのは少し困りますので……」


「んー。さては、お兄さん……!」


 スイが目を細めてこちらを見た。何かを怪しんでいるような、何かに気付いてような顔だ。気付かれたか……? いや、スイの視点では分からぬはず。

 ごくりと俺は唾を呑んだ。そしてスイが口を開いた。


「宿にえっちな本を隠してるな……!」


 違うわい!


「……いえ、違いますが」


 俺が否定するとスイは両手をこちらに向けた。


「今、不思議な力を使ってお兄さんの心を読んでいます……! 不思議パワー全開! お兄さんの心を読む……! 読む……! む、これは……! えっちな本を隠してるな!」


 確信を持ったような表情でスイが俺を見た。

 だが違う。俺が隠しているのは遺跡での戦利品の一部だ。『ルカシャの灰』とか、まだ売却してないないのだ。


「いえ、そういう本は持ってないです」


「隠してる……! これは隠してるぞ~」


 俺はさらに否定するが、スイの疑念は晴れず、彼女は何度も「隠してる」とか「えっちな本」とかそういった言葉を口にしていく。俺は何度か否定するが、スイは俺の言葉を聞かなかった。俺は途中から少し面倒になり、スイの言葉への反応を薄くするが、そうするとスイはさらに調子に乗り、「隠してる……! えっちな本!」と言葉を繰り返し、仕舞には妙な歌を歌い始めた。


「すいっ、すいっ、すいっ! スイちゃんはね~、

不思議な力でおにーさんの心をっ覗きみる~、

えっちな本を隠してるー

スイちゃんの串焼きも隠してるー

ぜんぶ~、ぜんぶ~、見えてるぞー

すいっ、すいっ、すいっ! スイちゃんはね~、

不思議な力で、お兄さんの夢の中に出る~

夢を、操りっ、アレするぞ~

お兄さんの頭をアレするぞ~

ぜんぶ~、ぜんぶ~、アレするぞ~

すいっ、すいっ、すいっ!

すいっ、すいっ、すいっ!」


 なんともツッコミどころが多い歌であったが、ツッコむと永遠にネタにされそうなので、黙って歌うスイを見届けることにした。


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