一章44話 異世界七日目 贖罪日④
そのまま待っていると、ゆっくりと行列が進んでいった。その間も、近くにいる人たちの会話に聞き耳を立てたが、やはり儀式そのものに関する事と、儀式を担当する聖導師に関することがホットテーマのようだった。
昼前になると、急激に行列の行軍速度が上がった。本堂から人が出る圧力が上がったのかもしれない。お昼休憩とか、運営上の都合とかだろうか。行列の速度が上がり始めて十数分ほどで本堂の中に入ることができた。内部の空気感は礼拝堂に似ていてる。静かで神秘的な、澄んだ感じと言えばいいだろうか。
そのまま列の後を付いて行くと、建物の中心あたりで列が止まった。どうも、このあたりで人が渋滞を起こしているようだ。背伸びしたり、肩越しにあたりを確かめたりすると、この本堂の空間が二つに区切られていることが分かった。
だいたい中心部分にロープによる区切りがあり、そこから俺たちの列が入った側と、本堂の奥側で別れている。こちら側には俺を含めた見学者たちがひしめいている。百人以上はいるだろう。中心部の仕切りには運営側の人員が何人か点在し、それぞれがロープを握っている。奥側にも人影がいくつか見えるが、特に目立っているのは手前にいる二人だ。
二人の姿は俺の位置からでもよく見える。
一人は小綺麗な見た目の中年の男だ。真剣な表情で向かい合う相手に跪いている。
そしてもう片方は、神秘的な風貌の美少女だ。美しく輝く銀髪に可憐な容姿。なんというか、吸い込まれるような美貌を感じる。思わず息を呑んでしまう。ユリアやスイと同じように黒が基調のローブのような服――おそらく聖導師の恰好をしているから、彼女がこの儀式を執り行う聖導師なのだろう。なるほど、皆が口を揃えて褒め称えるのも分かる。
そこまで考えたところで、やや現実逃避している自分を戒める。そう、この美少女は知り合いだ。スイだ。あのサボり聖導師だ。服装をちゃんとして、表情を整えているだけだが、それだけで受ける雰囲気がだいぶ変わる。それに照明の関係なのだろうか、いつもは灰色に見える髪が銀色に輝いて見える。周りからも神秘的だとか、美しいとか、そういう呟きが聞こえてくる。確かにその通りだ。でも、正体はサボり聖導師だ。
「主よ、私の罪をお赦し下さい」
中年の男は両手を前に出し、頭を下げ、真摯な声で赦しの言葉を綴った。なんだか絵になりそうな場面だ。一瞬、『スイちゃん様、ごめんなさい』じゃないの? と思ってしまったが、そんなことを言えば、この荘厳な雰囲気の儀式をぶち壊してしまう。故に俺も真剣な表情で儀式を見守った。
「赦しましょう」
僅かに微笑みながらスイが赦しの言葉を口にした。その言葉は、穏やかな空気のようなものを出し、それが中年の男を包み込んだように、俺には思えた。ただ、俺だけではなく男の方もそう感じたかもしれない。なぜなら、男はスイから言葉を貰うと、顔を上げ、感極まったような表情を見せたからだ。俺と同じ行列見学組の人たちも美しい絵画を見たような表情を浮かべている。
一連の流れは午前中にスイに教わった通りのものだった。それにしても、実際に儀式をしているのを外から見ると、こんな風に見えるとは……それに、この儀式は倍率がとても高い抽選ではないかという話や、特殊なコネクションと資産を持った人でないと参加できないという話もある。そういったことを踏まえると、朝の礼拝の時に、練習させてもらったのは非常に貴重な体験だったかもしれない。というか、周囲の態度を見るに、スイと知人というだけでも、得難いコネクションを持っているのかもしれない。
中年の男が退出すると、次の人物が代わりにスイの前へと現れる。気品がありそうな老人だ。彼も先ほどの中年の男と同じようにスイの前に跪き真剣な表情で赦しの言葉を述べ、それをスイが赦す。老人の次は、壮年の女が、その次は若い男と、次々と人が入れ替わり、儀式が行われていく。儀式の中身は当然、皆同じものだ。勿論、個人個人の細かい癖などに違いはでる。けれども、どの人も同じように、真剣そうな顔で儀式に参加していたのが印象的だった。
それと、何となくだが、どの人も、小綺麗だったり、気品があったり、優秀そうだったりと、社会的なステータスを感じさせる風貌の人が多かった。もっと直接的な言い方をすると裕福そうで、権力やコネクションもありそうと言った感じだ。つまり全員が抽選で選ばれたとすると、少し不思議に感じてしまう偏りだ。
それにしても、スイの冷やかしに来たつもりだったが、彼女の持つ宗教的な権威に驚かされる結果になってしまった。
あと、想像よりもサボってない、いや、むしろ、かなり真面目に儀式に取り組んでいるという点も素直に感心してしまった。ああいう姿を見てしまうと、逆になんで普段の礼拝を真面目にやらないのだろうかと疑問に感じてしまう。ユリアも今日の光景を見れば安心するだろうに。まあ、あいにく彼女は今日は探索者として活動しているから見ることができないが。
ん? そういえば、朝の礼拝の時にスイがユリアに昨日注意されたと言っていたな。もしかして、それが理由で今、真面目にやっているのだろうか……?
十人程度の儀式を終えたあたりで、俺は周囲の人に紛れるように本堂の外へ流されていった。既に本堂の中に入るための見学者の列はだいぶ短くなっている。やはりお昼だからだろうか。
俺と同時に外へ出た見学者たちも昼飯を求めて聖堂の外へと向かっているみたいだ。俺も彼らと同じように昼飯を求め、聖堂の外の適当な店に入り昼食を済ませた。
昼食後は再び聖堂図書館に戻り、遺跡に関する資料を漁ることにした。本当は、午後に行われる罪の清めという儀式にも興味があったが、スイが参加するなと言っていたので止めておいた。
聖堂図書館への移動中に本堂をチラリと覗き見たが、また人が集まり行列を形成していた。まだ本堂での儀式は終わっていないようだ。そのせいか、やはり図書館では午前と同じように入館者は全く見られなかった。これだけ広い図書館に人が全くいないというのも、なんだか不思議なものだ。
数時間まで本を探し、いくつか目ぼしいものをまとめた。今回は、二層探索を視野に入れて本を探した。理由としては、『感覚』の現地調査という意味が大きい。昨日と一昨日をフルに使って本を探したが、『感覚』に近い記述のある本は見つからなかった。そのため別のアプローチとしては現地調査というやり方を今後取るべき手段として持っておきたい。ただ、もしかしたら回数制限などがあるかもしれないことを考慮し、できるだけ一度の探索で沢山の事を知りたい。
だからこその、二層探索。一層では手に入らない情報も手に入るかもしれない。そして二層探索をするならば、最も意識する点は安全だ。二層は一層とは違い魔獣が出る。まだ見た事は無いが、遺跡での死因の殆どは魔獣という話だ。つまり危険だ。この危険に対する何らかの手段が無ければ二層に行くべきではないだろう。この前ギルドで買った転移結晶も安全策の一つだ。そして、今回の本探しもそれと同様だ。具体的に言うと、魔道具に関する本とスクロールに関する本をいくつか見つけた。
魔道具というのは、前にルティナに怒られたやつだ。燃料となる魔石を用意すれば特殊な効果を発揮する道具だ。魔道具本体自体が高価で、さらに魔石というランニングコストもかかる。
そのため経済的には厳しい道具で、低層組では入手も使用も困難な品だ。一方で確かな効果があるため、夜組、特にランニングコストを払っても見返りが大きい深層組ではよく使われているみたいだ。実際ルティナも深層組だし、彼女が魔道具店にいたのも納得できる。
そして俺の『感覚』とも相性が良い。本来ならば低層組である俺が使うとランニングコスト的に厳しいが、俺の『感覚』は貴重品を探し出しやすい。故にランニングコストも十分に払った上で運用可能だ。
もう一つのスクロールというのは、使い捨ての魔術発生装置だ。魔術を発動させるために必要な魔力・触媒・発動体・呪文を、無理やり一つの巻物に纏めたものだ。巻物を開くことで魔術の効果が発動するため、非常に簡単に魔術を使うことができる。
欠点は使い切りの所と。高価な所、そして製作されたときに効果が決められているため、使用時に繊細なコントロールができず状況によっては役立たないことがある所だ。おそらくスクロールよりも魔術師が扱う魔術の方が色々な点で優れているだろう。
しかし、魔術が使えず、経済的に余裕がある自分にとっては手段の一つとしてあってもいいかもしれない。
これらの道具を使えば、二層も安全性を保った上で活動することができるのではないかと考えている。魔道具は以前の店で、スクロールも専門店があるようなので、探してみて、二層探索に良いものがあれば買ってしまっていいだろう。
そして、準備が整ったら二層を探索する。これが今のところ考えている『感覚』調査へのアプローチへのサブプランだ。
勿論、本命のアプローチ方法である資料探しも続けていいだろう。まあ、今後も成果が全く無いようならば、本命とサブを入れ替えたり、別のプランを用意する必要があるかもしれないが。
図書館で遺跡探索のための資料を調べているうちに太陽は沈み始め、時刻は夕方になった。遺跡では夕方・夜組がギルドへ戻る時間であり、教会で日没の礼拝が始まる時間だ。特に贖罪日というビックイベントがある今日は日没に南の広場で特殊な儀式をやっている。ちょっと気になるが、まあ、アレなので、行かないでおこう。アレなので。アレってなんだ……
せっかくだし、日没の礼拝に参加――あー、いや? 聖書持ってないから参加しても悪目立ちしちゃいそうだな。まあ、口パクって手もあるけど、それをしてしまうと何のために参加しているか分からなくなってしまうし、今日は参加しないでおこう。心の中でちょこっとユリアに謝罪しつつ、俺は宿へと戻った。
宿の入り口をくぐる時に何となく立ち止まってしまった。
こちらの世界に来て、ずっとお世話になっている宿だ。大通りに面していて安全性があり、清潔で、何よりベッドが気持ちいい。
勿論、その分、値は張るが安全や快適性には変えられない価値がある。普段から大通りを基点にして人通りが多いところを歩いているが、狭い通りの方には怖そうな雰囲気の人がちらほらと見えし、指名手配書もよく見かける。何と言うか、前の世界よりもちょっと治安が悪そうなのだ。大通りは比較的安全だが、それでもたまにスリとかが出たという声を聞く。
だから、明るい大通りに面していて、しっかりと部屋に鍵がかかり、警備員のような人が常駐しているこの宿は、眠りにつく時に安心感を与えてくれる。清潔なのも良い。前の世界では、清潔性がかなりある国にいたと思うが、そんな自分でも満足できるくらいには宿の設備は清潔だ。文明レベルや治安レベル、倫理レベルなどを考慮すると、きっと非常に良い水準なのだと思う。ベッドがふかふかなのも良い。まあ、その分、値は張るが。
やはり、収入源は大事だ。自分は運よく、金になる特殊な『感覚』を持っている。なんでそんなものを持っているかは分からないが、せっかく得た能力だ。このまだまだ知らない世界を生きていくために上手く使っていきたい。そのためにも、もっと『感覚』について知る必要がある。今日は直接的な情報こそ無かったが、今後の活動のためになる知識は多く得ることができたと思う。それに、大きな宗教の重要な儀式に見物とはいえ参加できたのも、今後この世界で生きるにあたって良い経験だと思う。
なかなか、充実した日だった。明日はいつも通り約束がある。それらを果たしつつ、図書館での進歩も期待したいところだ。
そんなことを考えながらも眠りにつくのであった。