一章43話 異世界七日目 贖罪日③
スイと別れた後はいつものように図書館に向かった。
昨日言っていたように、ユリアはいなかったが、それならそれで別の資料を探すまでだ。実を言うと、『感覚』以外にも調べたいことはあった。遺跡探索に関する資料だ。具体的に言うと、遺跡の仕組みや、探索者の振る舞いや技術などの情報、魔術や魔道具の情報など、紙媒体でのものが欲しかった。これらのものはユリアがいると少し調べにくい。なぜなら、彼女は俺を最高位の探索者だと認識しているからだ。たぶんだけど、ボロが出てしまう。だから、ユリアがいないというのは良い機会かもしれない。
図書館に入ると、いつも以上に静かな雰囲気が感じられた。受付の人を除くと、人がまったくいない。いつも人が少ないところではあったが、これは異常な程だ。贖罪日とやらのせいだろうか。まあ、気にしても仕方がないので、一人で本を探す。ここ二日間一緒に本を探してくれたユリアがいないこともあり、何となく、小さな寂しさを感じた。
二時間ほど本棚を巡り、いくつか面白そうな本を見つけたられた。特に面白そうだと思ったのは『アーティファクトについて』という本だ。これは魔道具関係について調べていたら見つけたものだ。魔道具の中でも特に高位の存在をアーティファクトというらしい。そして、それは基本的には現代では作るのが非常に難しいとされいる。限られた創り手が、最高級の材料を、莫大な時間と労力によってのみできる。非常に希少であり、年に大陸内で数個しか生産されていないらしい。なかなか壮大な話だ。
まあ、直接俺の生活に関わったりはしないので、分類的には浪漫が広がる系の話だが。
一度現在の時刻を確認する。どうやら、まだお昼まで時間があるようだ。
さて、どうしようか。このまま昼飯まで図書館に籠ってもいいが……休憩ついでに儀式を行っているというスイを見に行ってもいいかもしれない。本人も見に来て良いと言っていたし、何より普段からサボっているスイがどのように儀式に取り組んでいるかは興味がある。
あと、純粋に、このかなり規模が大きい――おそらく複数の国家に跨っているほどのカテナ教の中でも、大きな儀式である『贖罪日』というものが、どういったものか気になるというのもある。
俺は本を棚へと戻し、儀式が開かれていると言われていた本堂へと向かう。思えば、礼拝堂や図書館には出入りしていたが、本堂には入ったことが無かった。良い機会だ、と思ったが、そう簡単には本堂に入れなかった。なぜなら、本堂の周りには多くの人々がひしめいていたからだ。集まっている人たちに近くに行き、彼らの話声を聞くところによると、皆、この贖罪日という儀式をだいぶ意識していることが分かった。
なんでも、儀式に参加すれば、多くの罪が赦されるとか、気付いていないだけで犯してしまっている罪を祓うチャンスだとか、儀式に参加すれば今後犯すであろう罪も赦されるとか、中には儀式を執り行う聖導師の声を少しでも聞けば自身だけではなく既に死んでしまった自分の先祖の罪を祓われるとか、そういう眉唾な噂も飛び交っていた。
また、時には俗っぽい言葉も聞こえた。なんでもクリスクの聖導師はたいへん神秘的な美少女なので、目にするだけで罪が祓われるとかだ。実際に本堂の中に入って儀式中の聖導師を拝んできた人もいたらしく、その人曰く、「確かに神秘的で美しい少女だった」とのことだった。クリスクの聖導師は普段からあまり姿を現わさず謎めいた存在であるらしい、そのため今回の儀式を機にその神秘に包まれたヴェールの中を一目見たいという人も多いようだ。
確かに美しい少女だが、神秘的と言われると個人的には疑問を感じてしまう。いや、今朝会った時、少し神秘的に見えなくもなかったが……
なんとなく、本堂へと入場するためと思われる行列へと並びながら、さらに人々の声に聞き耳を立てる。
「はー、抽選に当たってれば、俺も儀式に参加できたんですけどねー」
俺の少し前に並んでいる赤い髪の男が、隣にいる長身の男に話しかけていた。
「そう腐るなレグ。こうやって、儀式を見学できるだけでも胸を張って参加と言えるはずだ」
長身の男は咎めるような口調で言った。ふむ……この行列は儀式を見学する列なのだろうか?
「えー、そうですかねー? 実際に聖導師から言葉を貰わないと罪って赦されないんじゃないですか?」
「そんなことはない。教会が俺たちのような見学者でも祓えると言っているんだから。だから、そんな未練に塗れた顔をするなレグ。俺たちは恵まれてるぞ。聖導師が執り行う儀式に参加できるんだからな」
なるほど……儀式に直接参加して聖導師から言葉を貰う組と、それを見学する組に分かれるようだ。そして、彼らは見学組。というか、俺が並んでいるこの行列がそもそも見学組なのかな?
「まあ、信仰心に篤い先輩が言うんだからそうなんでしょうけど……でも、やっぱり抽選当たりたかったですよ! 先輩だって抽選外れた時は残念そうにしてましたよね!」
「それは……まあ、そうだな。確かに俺も、直接、聖導師から言葉を貰いたかった。だが、それは皆同じだ。抽選に応募した数と、今日一日で聖導師が声をかけることができる時間を考えると……仕方が無いだろう。むしろ抽選に通る方が難しい」
長身の男は残念そうにしている。うーん? なんか、この長身の男を俺はどこかで見た覚えがある気がする。もしかしたら探索者かもしれない。ギルドとかで会ってるかも。
「そうですかねー? 俺は正直、例の噂がガチなんじゃないかって思ってますけどねー」
「噂……?」
「あれ、先輩聞いてないですか? なんか、抽選っていうのは話だけで、実際は教会にいっぱい献金した金持ちだけが聖導師サマのお言葉を賜ることができるみたいですよ」
なるほど。合理的だ。単純に金になるし、金持ちとの縁ができるし、何より金持ちの資金力を把握できる。これは宗教団体としては重要なポイントだと思う。
「それはない。教会はそんな金に目の眩んだことはしない。抽選に不正は無い」
なるほど。道徳的だ。単純に多くの信徒に可能性を与えらえるし、選ばれた側は特別感を感じられるし、何よりその方が何だか清らかな気がする。これは宗教団体としては重要なポイントだと思う。
「睨まないで下さいよー! 怖いっすよ先輩! いや、まあでも金は実際大事ですし、教会は毎日炊き出しやってるし、それを考えると多少は金持ちから集金しても問題ないと思いますけどね。いや、まあ、俺は抽選に外れたので、そこは問題っすけど!」
「だから、言っているだろう。お前が抽選に落ちたのは運が……いや、主がそうすべきでないと思ったからだ。教会が金に目がくらんだわけではない」
金に目がくらんだ――スイは以前、教会が遺跡利権を求めたって言ってたが……まあ、スイはサボり聖導師だし、あまりスイの意見を重視するのも変か。あ、でも、俺もこの人たちも、今並んでる列はスイが行う儀式を見学するためのものと考えると……なんだろう、この何とも言えない感じ。
「いや、だから怖いっすって、先輩! 分かりました。俺が落ちたのも、先輩が落ちたのも主がそう思ったからですよね。分かってますって!」
「別に怒ってない。あと、俺は別に教会が資金繰りをするのを悪いと思っているわけではない。実際、聖導師を中心とした探索者のパーティーがクリスクでは活動してるからな」
あ、遺跡利権は別にいいのか。なんだ。なら、良かった……遺跡利権は良いのに、贖罪日利権は駄目なのか……?
「ああー、あのパーティーですか。ヤバいですよね。『フェムトホープ』でしたっけ。弱小パーティーからすると、なんか雲の上の人達って感じですもんね」
なんか議題が探索者の話になったな……やっぱり、この長身の男と赤髪の男は探索者みたいだ。
あと、やっぱりフェムトホープってそういう認識なんだ。まあ、20層超えてるパーティーだからな。滅茶苦茶凄いんだろう。
「AAランクのパーティーだからな。俺たちに限らず、どこのパーティーと比較しても雲の上と言えるだろう。AAランクの中でも他とは差があるように感じる。唯一例外があるとすれば、『紅蓮の殺戮者』だな。あそこは地力を経験で補ってるからギリギリ『フェムトホープ』に追いついてる気がする」
「ん? あれ、俺、クリスク最強は『紅蓮の殺戮者』だと思ってたんですけど、先輩は『フェムトホープ』派ですか?」
そういえば、俺も『紅蓮の殺戮者』は以前見たが、なんかギャラリーがクリスク最強みたいなこと言ってたな。まあ、ギャラリーの野次だから、信憑性はよく分からないけど。
「地力なら『フェムトホープ』が勝ってる。聖導師がいるからな。ただ、経験の面では『紅蓮の殺戮者』が有利だ。リーダーのジェロックは数年前に北方群で活躍してたって話は有名だ」
へー。やっぱ、聖導師って凄いんだな。まあ、実際、俺もユリアの曲芸やスイの力を見ているから、確かに超人的だと思う。
「あー、聞いたことあります。北方群はヤバいっすね。ちなみに、俺らのパーティーって北方群に行ける日は来るとおもいますか?」
北方群……たまにギルドで聞く名前だ。詳しくは調べていないが、クリスクよりもだいぶ北に行ったところにある遺跡街を指すらしい。
「行くだけならばできるが、採算が取れないだろう」
「え!? 行けるんですか? ちょっと意外っす。北方群って弱小イコール死ってイメージがあるんですけど、行けるんすか? 俺たちみたいな弱小が」
「普通のパーティーなら無理だが、俺たちのパーティーには魔術師がいるからな。まあ本当に行くなら、大量に触媒がいるし、その分必要な軍資金も跳ね上がる。何より、レグ、魔術師であるお前を酷使することになるが、行けるか?」
「あ~。すんません。先輩。ちょっと無理です。ていうか、先輩は知ってると思うんですけど、俺は魔術師としては三流なんで」
「だろうな」
長身の男は薄っすらと笑った。
「いやー、先輩。そこは、『お前は一流だ』みたいなこと言ってくださいよ!」
「二流くらいには思ってるし、お前がパーティーに入ってくれたことは感謝している」
さっきから思ってたけど、この二人仲が良いな。やっぱり、パーティーっていうのは仲が良いもの同士で組んだりするのかな。まあ、遺跡なんて危険地帯に潜るのだし、ある意味仲が良いのは最低条件か?
あー、でも、この前、朝早くギルドに行った時は臨時のパーティー募集みたいなのを皆やってたし、そういうわけではないか。むしろ、ユリアの話を聞くに『フェムトホープ』は探索日以外は自由行動らしいし、探索以外でパーティーメンバーと一緒にいるこの男二人の方が珍しいのかもしれない。
「相変わらずそういうところはさらっと言いますねー。てか、この列、全然進みませんね。やっぱ、入ると出たくなくなるんすかね?」
「見学用だからな。ゆっくり進んでるんだろう。逆に考えれば、俺たちも本堂の中に入った後は儀式を長く見れる。そう思えば悪くない」
「でも、実際ヒマですよね。何か賭けます?」
「贖罪日だから駄目だ」
「うわ……なら、メシはどうします? この行列だと昼はちょっと遅くなりそうですよね。んで、午後はリトキン広場ですよね。二人も見に来るって言ってましたけど、合流とかするんすか?」
リトキン広場って確かスイが言ってたやつだな。何か、俺はアレだから行ってはいけないと言われた広場だ。アレって結局何なんだろう。この人たちは行くようだし、なんか雰囲気的に『行くのが普通』みたいな感じもするし、気になるけど……まあ、俺はアレらしいから行かないでおくか。一応、スイの言葉に従っておこう。
「俺は今日は昼飯は食べない。お前は好きにしたらいい。清めの儀式には参加するつもりだが、俺はそっちは一人で行く予定だ。ただ、あの二人なら広場の東口にいるだろうから、合流するならその辺りを探せばいいはずだ」
清め……手を洗ったり、銭を洗ったりするのかな? まあ、贖罪日って名前的に罪を洗うのかな? それともアレを洗うのかな? アレって何だろう……
「お、了解っす! 俺はこれ終わったらメシ食って、二人と合流しますね!」
「ああ、それがいい」
「あー、ところで、さっき聞きたかったんですけど、教会の資金繰りがオーケーなのに、何で抽選の金が絡むのは駄目なんすか? 先輩のキレポイントが分かんないんですけど?」
それ、俺もちょっと気になる。
「……それは、贖罪日は神聖な日だからだ。今日は、主が聖導師を遣わし人々の罪を祓う日だ。持っている金貨の多寡で赦す赦さないを決めるなどあってはならない……!」
長身の男は真剣な表情で、呟くようにそう言った。なんか怖かった。赤い髪の男も俺と同じように思ったのか、長身の男との会話を一旦打ち切り、二人は無言になった。
この探索者二人組の会話は中々参考になった。こうやって会話を聞くだけでも色々と情報が手に入る。人によって背景事情が違うし、齟齬もあるから絶対に正しい情報ってわけではないが、実際に人と向き合って話すよりは神経をすり減らさないので、俺は好きなやり方だ。