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一章42話 異世界七日目 贖罪日②


「えっと、あの、明日も串焼き持ってくるので、それで許してもらったりは……?」


「ダメです。今日のスイちゃんは意地悪モードです。あと、スイちゃんはそんな安くはありません。串焼きでは許しません……! それはそうと、串焼きは美味しかったので明日も持ってきて下さい……!」


「あ、わかりました」


「うむうむ、よし。ではっ、えー、コホン。お兄さん、まずは両手だけどね。私に向けちゃダメだよー。掌は上に向けるの。こんな感じに」


 スイは俺の両手を掴み、無理やり掌を上へと向けさせる。相変わらず柔らかい手だ。とても超人的な力の持ち主とは思えない。


「ああ、はい」


 思わずされるがままになってしまい、後から承認の言葉が漏れる。


「で、次だけどね~、この状態で、『スイちゃん様ごめんなさい』って言ってみようか~」


 こちらの両手を掴んだまま、笑みを浮かべながら顔を近づけてくるものだから、なんだか、言うのが恥ずかしくなってしまう。


「いやいやいや、なんか、これ、ちょっと恥ずかしいですよ」


 両手を放そうとするが、当然スイの超人的な力の前では無意味だ。


「恥ずかしがらせるためにやってるんだよ~。なんたって、今のスイちゃんは意地悪な聖導師だからねー。罪を贖わない者は無理やり贖わせるのだ~」


「優しい聖導師であるスイさんに戻ってきてください」


「ふっふっふー、却下する~。今の私はリュドミラなのだ~。さあ、お兄さん、お兄さん、『スイちゃん様ごめんなさい』って言ってみようか~」


 リュドミラ……文脈からして聖書の登場人物だろうか。


「今日はやけに強引ですね。なんかあったんですか?」


 喋りながらも、手を解こうと試みるが、まったく外せない。柔らかい手からは考えられない力の強さだ。


「ん~、今日は贖罪日だからね~。こう、練習も兼ねてお兄さんに意地悪してるんだよー。今日は一日意地悪な日なのだ~」


「なんか、大事な儀式の日なんですよね。意地悪でいいんですか? 普通逆じゃないですか?」


「いやいや~。簡単に罪を赦さない理不尽さが儀式を執り行う聖導師に求められるのだよ~。つまりは意地悪だよー」


「な、なるほど? あれ、でもなんか、ここの図書館での資料や聖書を見た感じ、神は……主はかなり優しいイメージがあるのですが」


 なんというか、慈悲深い神みたいな印象を持っている。まあ、一神教みたいだし、時には荒々しさもあるようだけど、基本は優しく温和な神って感じだ。


「主は時として残酷なのだ~。だから聖導師も時には残酷にならないといけないんだよー、お兄さん。さあさあ、早くスイちゃんに慈悲を乞うのだ~」


 がっちりと手を固定されている。しょうがない、とりあえず、スイの気まぐれに付き合うか。


「あー、スイちゃん様ごめんなさい、色々あったみたいで、ごめんなさい」


 俺が赦しを乞うと、スイは笑顔を濃くした。


「赦しません~。心の底からの声じゃないので、赦しません~」


「心の底からの声って何を基準にするんですか……? というか、それって計れるものなんですか?」


「私が聞いていて、『うーん、これは心の底』って思ったら心の底からの声だよ~」


「すごい主観的ですね……条件が厳しくないですか?」


「リュドミラ判定だからねー。凄く厳しいよ。なんなら、どんなに赦しを乞うても赦さないくらい厳しいよー」


「残酷すぎません? 主はきっともっと寛大ですよ。なので、もうちょっと判定難易度落として下さい」


「んー。じゃあ、お兄さん一発芸! 面白かったら、リュドミラ判定からスイちゃん判定に変えるよ~」


「いや、一発芸とか、本当に苦手なんで……というか、さっきから言っているリュドミラ判定って何ですか? 神学者とかが決めた判定ですか?」


「神学者……もしかして、リュドミラのこと?」


「あ、はい、その、人名みたいだったので、話の流れ的に、有名な神学者とか聖書の登場人物とかなのかな、と」


 スイの質問に答えると、なぜか、彼女は笑い出した。


「ふふっ、リュドミラが神学者……リュドミラが……ふふっ、お兄さん、今のはなかなか面白かったよ。なので、スイちゃん判定にしてあげよ~」


 くつくつと面白がっている。神学者ではないみたいだ。それから、笑っているスイを眺めていたが、手は解いてもらえなかった。


「手、放してもらえないんですが……?」


 中々スイが手を放さないので、催促をしてみる。


「まだ判定が変わっただけだよ~。だからお兄さんはもう一回、赦しを乞わないといけないんだよ~」


「なるほど? えっと、じゃあ、さっきの言葉をもう一回言えばいいんですか?」


「んー、それでもいいけど、まあ、せっかくだし、最後は真面目にやろっか。お兄さん」


「真面目に?」


「そうそう、真面目に。お兄さんも今日は参加しないかもしれないけど、いつか、真面目に贖罪日に出たくなるかもしれないし、私も本番前の練習がしたいし、いいでしょー?」


「まあ、いいですけど」


「よしよし、お兄さんのそういう受け入れていくところは好きだよ~。特別に今ので、スイちゃん判定も合格としましょー、よって、お兄さんの罪はそこそこ清められました。このあと、スイちゃんの練習相手を務めると、無事昨日の罪は赦されるでしょー」


 そう言うと、スイは俺の手を解放した。なんとなく、両手を見る。特に痕は無い。あんなに強い力なのに、痛みも無ければ痕にもならないというのは、不思議なものだ。


「じゃあ、早速やってみよー。まず、両膝を地面、まあ、ここは建物の中だし床でいいよ。床につけてね。それで、膝立ちになって、手を前に出してね。そうそう、上手上手~」


 スイの指示に従い、彼女の前に跪き両手を前に出す。ついでに、先ほど言われたように、掌を上にした。跪いた分、俺がスイを見上げる形になる。新鮮だ。


「でー、お兄さん、次は結構、聖導師によって違うんだけどー、まあ、スイちゃんはゆるい(・・・)ので、頭を少し下げればいいです。頭を少しさげて、『主よ、私の罪をお赦し下さい』って言えば表面的にはいいかな~。一応、お兄さんが、何か、本当に罪があって、そのことを気にしているのなら、心の中で、その罪を思い浮かべて、罪を悔いながら、赦しを乞うといいと思うよ~」


 なるほど……なんか、それっぽいな。というか、今の発言からして、スイは全然昨日の事は気にしてないな。完全にふざけてただけのようだ。

 しかし、罪か……なんだろう。たぶん生きているだけで、いっぱい犯してるだろうけど……うーん、これといって特に罪が思い浮かばないな。いや、ある意味それが一番の罪だな。

 俺は頭を少し下げた。


「『主よ、私の罪をお赦し下さい』」


 とりあえず、『罪が思い浮かばない自分』を思い浮かべておいた。


「赦しましょう」


 妙に優しい声音に驚き、思わずスイを見てしまう。

 そして、息を呑む。

 ステンドグラスの光に当てられた彼女の姿が、あまりにも神秘的だったからだ。

 普段の彼女とは纏う雰囲気が異なる。寝ぐせは消え失せ、灰色のはずの髪も光り輝いて見える。まるで銀髪のようだ。なんだかドキリとしてしまう。スイは元々相当な美少女だとは思っていたが、なんだろうか、今の彼女はどこか神々しさが宿っているように見える。普段のマイペースさを知ってると疑問する感じる。

 なぜだ? ふざけずに真面目そうに表情を整えているからか。あと、声がふざけた感じじゃないっていうのも大きい。それに、よくよく見ると服装も整っている。彼女が着ている黒が基調のローブはまるでユリアのようにきっちり着こまれている。さっき俺が両手を見ているうちに整えたのかもしれない。他には、この礼拝堂が元々神秘的な空気がするというのもあるかもしれない。

 俺が驚愕で思考を巡らせていると、スイがクスリと微笑んだ。その笑みもまた引き込まれるような美しさだ。なんだか、変な気持ちになりそうだった。そんな俺を見ながらスイが口を開いた。


「ちなみにリュドミラ式だと、ここは、額が地面に付くまで頭を下げさせて、それから靴で頭を踏んでたよ~」


 いつものようなマイペースでふざけた発言のせいで、神秘的な空気は一瞬で崩れ去った。しかも、よくよく見ると彼女は既に服装もいつものように崩していた。崩した服装、マイペースでふざけた発言、ニヤニヤと可愛らしくも邪悪に笑う顔立ち、寝ぐせも蘇り、髪の色も輝きを失い灰色で、心なしかステンドグラスの光も陰って見える。なんだか台無しだ。


「さっきから、聞いている限り、リュドミラ式は野蛮そのものなんですけど…………あれ、もしかして、それ、やろうとしてました……?」


 言葉を口にしつつ、跪いた姿勢から立ち上がり、態勢を変える。身長差から視線が見下ろすようになる。いつも通りだ。


「うーん、お兄さんがあまりにもつまらない一発芸をしたら、やってたかもしれないな~。お兄さんは自分の面白さに感謝だね」


 冗談なのか本気なのか分からない口調で言われると、少し怖いんだけど……


「なんというか、信仰心が試されますね」


「まあまあ。とりあえず、贖罪日の一般参加者はこんな感じだよ。聖導師によっては少しずつ違うけど、まあ大体は同じだから気にしなくていいと思うよ~。と、い、う、こ、と、で! お兄さんの昨日の罪はこれで贖えました~。ぱちぱちぱち~」


 言葉に合わせて、スイは両手を叩いた。

 最初から無かった罪だったような気がするが、スイが満足したようなので、良しとしよう。


「いや~、なかなかの大罪っぽかったので、無事贖えてほっとしています。これも優しい聖導師様のおかげですねー」


 まあ、ちょっと怖かったし、冗談の一つくらいは言っておくか。


「うむうむ、なかなか分かってきたね~、お兄さん。くるしゅうないぞー」


 ふざけた事を言うスイの表情は年相応の可愛らしいものであった。何だか本当に風変りな美少女だ。


「それと、お兄さん。言い忘れてたけど、今日の贖罪の儀は礼拝が終わった後に本堂――聖堂の真ん中にある大きい建物のことね。そこで、やってるから、気になったら来ても良いよ~。お兄さんがさっき見とれちゃった儀式モードのスイちゃんが見れるよ~」


 スイはニヤニヤと少しこちらを揶揄うような仕草をした。さっき見とれたの気付いていたのか……恥ずかしい。


「気が向いたら行くかもです」


 恥ずかしさを表に出さないように言葉を発したが、スイの表情がますます悪戯気になったことからして、あまり効果は無いようだ。


「見とれて固まっちゃったくせにー。まあ、来たかったら来ていいからね~。あ、でもでも、二つだけ注意点。一つは、お触り厳禁ね。お兄さんは、もしかしたら、いつもみたく『スイちゃんとイチャイチャできるー!』って考えてるかもしれないけど、儀式中は私も儀式モードになっちゃってるから、いつもみたく面白い話をしにきちゃダメだよ~。でー、二つ目は~、日没には南のリトキン広場で罪の清めをやるんだけど、そっちには参加しないように~」


 二つ目は特に言う事はないが、一つ目はなんか微妙に物申したい感じだ。


「……自分は衆人環境だと、そこそこ態度を弁えている方だと思ってはいるのですが、あんまり信用ないですかね?」


「ん~、一つ目は何となくお兄さんを揶揄いたかったから言っただけだよー。真面目なお兄さんのことを、ちゃんと信じてるよ~。大事なのは二つ目だよ。たぶんだけど、お兄さんはアレだから、リトキン広場には近寄らない方がいいよ~」


 アレとは……?


「ええっと、まあ分かりました。近寄らないです。ちなみにアレって何ですか?」


「アレはアレだよ~」


 これは説明する気がないやつだな。


「了解です。アレですね」


「そうそう~。アレだよ~」


 その後も気まぐれなスイの会話に振り回された。

 そうして、いつもなら、そろそろ鐘が鳴る時間になると、スイがおもむろに口を開いた。


「さて、そろそろ時間だから、今日はここまでにしようか、お兄さん」


 珍しい。いつもなら、鐘が鳴ってから出る言葉が、鳴る前に出るとは。


「ああ、そうですね。やっぱり今日はいつもと違う特別な日なんですね」


 たぶん贖罪日とやらを意識しているのだろう。マイペースなスイが時間を気にするとなると、かなり重要な儀式なのだろう。


「贖罪日は流石にね~。ユリアを恐れぬスイちゃんでもリリアナは恐れるよー」


「リリアナ……聖女リリアナですか?」


 リリアナ。ユリアと勉強したときに聞いた色々と凄い聖女の名前だ。


「お~、お兄さん勉強熱心だねー。かんしん、かんしん。贖罪日はリリアナによって定められたんだよね~。とっと、また話し込んじゃうところだった。お兄さん、私はもう行くから、また明日お話しようね」


「了解です。また明日」


「ああ、でも、儀式を見たかったら午前中は本堂でやってるからそっちは見に来てもいいよー。話しかけるのと、午後の部の参加は禁止だけどね~。それじゃー」


 そうして、今日のスイとの朝の礼拝(ざつだん)は終了となった。


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