一章41話 異世界七日目 贖罪日①
朝の光を浴びながら聖堂へと足を運ぶ。まだ四回目だが、なんだか、習慣の様になってきた気がする。
そして、いつも通りに『ヘルミーネ礼拝堂』へと向かうと、これまたいつものように黒いローブを着崩したスイが待ち構えていた。
「やあやあ! おはよう! お兄さん」
ただ、いつもと違ったことが一つあった。スイが欠伸をしていないのだ。珍しい。眠くないのだろうか……あれ? 眠くないのなら、俺は必要無い気がするのだが……?
「おはようございます。スイさん。あ、一応、串焼きを用意しましたが、食べますか?」
俺の言葉を聞いたスイは目を輝かせた。
「うむうむ~、でかした~」
そう言うとスイは串焼きを受け取り、嬉しそうに、ぱくぱくと食べ始めた。俺も自分用に買った串焼きを口に含む。
そのまま無言で串焼きを食べていると、なぜだかスイが楽しそうに俺の腰あたりを突いてきた。何だろうと思い、スイの方を向くと彼女は、にやにやしながら美味しそうに串焼きを食べていた。いまいち行動の意味が分からなかったが、気にせず串焼きを口に含む。そうすると、またしてもスイが串焼きを食べながら俺の腰あたりを突いてきた。
「スイさん?」
「もぐもぐ、もぐもぐ、美味い串焼きだなー」
問いかけるてもスイは答えず、ただただ嬉しそうに串焼きを頬張った。まあ、いっか。
串焼きを一通り食べ終わるとスイは満足気な顔をした。そこまで気に入って貰えるなら買った甲斐があったものだ。
「ところで、今日のスイさんは初めから目が覚めてますね」
「まあね~。今日は大事な大事な贖罪日だから、本気を出したんだよ~」
「ちなみに、眠気が取れているということは、俺は必要だったりします?」
「んー? お兄さん、お兄さん。礼拝をサボってはいけないよ~。スイちゃんがクリスクにいる間は、お兄さんは朝には教会に来なくてはいけないのだ~」
……いや、サボってるのはスイなのでは?
「えーっと、昨日ユリアさんと日没の礼拝に参加したんですけど、スイさんどこいました?」
「礼拝堂だよ~」
悪びれもせずに言いおった。
「それって、この礼拝堂ですよね。皆が集まってる方じゃなくて」
「そうだよ~。そんなことより、寒いから、中に入ろうよ~」
ここぞとばかりに、話を逸らそうとしている。
「いやいや、あの、ユリアさんがスイさんがサボり気味のこと気にしてましたよ」
「ん~? いやいや~。サボってないよ~。ちゃんと与えられた『役目』はこなしてるよ~」
「ええ? でも、ユリアさんが――」
「――ユリアが嘘をついてるんだよー。私はサボってないよー。そんなことより、寒いから中に入ろうよ~、お兄さん」
俺が全てを言い切る前にスイは言葉を重ねてきた。話が平行線だ。仕方がない。
「分かりました。とりあえず、入りますか」
内部は相変わらず神秘的な空気で満ちていた。朝日を浴びたステンドグラスからは神々しさを感じる。心なしか、日没の礼拝を行った『ティリア礼拝堂』よりも、こちらの礼拝堂の方が神聖なもののように感じてしまう。
「お兄さん、とりあえず、座ろっか」
スイは俺の手を引きながら、席に座るように促した。相変わらずの強い力だ。俺が長椅子に腰かけると、スイはすかさず隣へと座った。
「お兄さん。今日は贖罪日です」
藪から棒にスイはそんな事を言い出した。
「はい……?」
「今日は罪を告白し贖わなければいけません。私には分かります。お兄さんの罪が。お兄さんは昨日ユリアとイチャイチャし、あまつさえ日没の礼拝に参加し、ユリアを昂らせてしまいました。昂ったユリアは夜、一人の聖導師へと襲い掛かり、様々な悪しき労働を背負わせようとしたのです……! これはあっていいことでしょうか? いえ、あってはならないことなのです……! お兄さん、お兄さん、罪を贖うのです……! 罪を贖わず、その事を棚上げし、人にサボり魔のレッテルを貼ってはいけません」
妙に神妙そうな声音だ。しかも、所々で力を入れて力説している。まるで昨日の司祭の説教のようだ。まあ、言っている内容が昨日の司祭と違い、あまりにも図々しいものだったが。
「いやいや、スイさん。スイさん。たぶんですけど、その主張、ユリアさんが正しいと思いますよ」
「お兄さん、罪を贖うのです。ユリアが正しいとかはどーでもいいことなのです……私はのんびりしたいのです……! お兄さん、お兄さん、罪を贖うのです……!」
所々で本音が漏れてるような……
「いやいやいや、まあ、その、確かに自分が口出しするような件ではないかもしれませんが……あー、話が逸れましたが、今日は俺は必要ですか? だいぶ目が覚めてるみたいですけど……」
「お兄さん、お兄さん。話を逸らしてはいけません。罪を贖うのです。両手を前に出し、掌を天に向けるのです。そして、『昨日はユリアとイチャイチャしてごめんなさい。スイちゃん様ごめんなさい』と赦しを乞うのです……! あと、今日は贖罪日で面白さが足りない日なので、お兄さんは必要です。しばらく面白さを貯めるために、私と話をするのです……! お兄さん、お兄さん、罪を贖うのです……!」
スイは神妙な言い回しが気に入ったのが、さらにその口調で捲し立ててきた。
……とりあえず、今日も俺は必要みたいだ。
「な、なるほど? ちなみに昨日の夜は……ユリアさんに注意されたんですか?」
真面目で真剣なユリアらしいとも言えるし、寛大で他人に対して許容範囲が広そうなユリアらしからぬとも言える。
「お兄さん、お兄さん、お兄さん。罪を贖うのです。詳細の確認はどーでもいいのです。両膝を床につき、両手を前に出し、掌を天に向けるのです。そして、『昨日はユリアとイチャイチャしてごめんなさい。ユリアとイチャイチャしたせいで、ユリアの気分が昂って、スイちゃんがユリアに襲われてしまってごめんなさい。クリスク聖堂の儀式に全て参加するよう何度も何度もユリアに言われる原因を作ってごめんなさい。勢い余ったユリアがスイちゃんの部屋の扉を壊してしまってごめんなさい。スイちゃん様ごめんなさい』と頭を下げて赦しを乞うのです……! あと、注意ではありません……! 言いがかりです……! スイちゃんはのんびりしたいのです……!」
スイが長々と詳細を語ってくれた。まあ、なんだ、色々あったのは理解できた。でも、それ全部俺のせいなのか……? というか、扉を破壊したのか。ユリアもやっぱり力が凄く強いんだな。怒らせないようにしないとな。
しかし、どうしよう。スイは別に怒ったりしてる雰囲気は無いし、妙に神妙な口調からしてふざけているのだろう。なんと返すべきか。
「えーっと、スイちゃん様ごめんなさい。ユリアさんに事実を陳列させてしまって、ごめんなさい?」
俺は両手をスイに向けて適当な言葉を並べた。
「むむむ~、なんというダメな懺悔。それに不適切な表現が入ってるよ、お兄さん。これじゃあ、罪は贖えないよー」
「いやいや、罪状がちょっと適当なので、懺悔もそれに見合う適当さということで、どうでしょうか?」
「いつもなら赦すところだけど~、今日は贖罪日だからダメ~。ちゃんと反省しないお兄さんには、意地悪な聖導師みたいなやり方をしちゃおうかな~」
スイはニヤニヤと可愛らしくも邪悪な笑みを浮かべて、両手の指をわきわきとさせた。怖いポーズだ。