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一章40話 異世界六日目 ユリアと日没の礼拝②


 パイプオルガンの演奏に合わせて、黒い服に身を包んだ男が現れた。さらに彼に付き従うように白い服を着た男が礼拝堂へと現れる。二人は、皆の前に向かい合うように檀上に立った。

 黒い服の方は、30歳くらいの穏やかそうな顔つきの男だ――クリスク聖堂の『ティリア礼拝堂』、そこで礼拝を執り行うのは必ず決まった人物であり、それがこのクリスク聖堂の司祭ということは、先ほどユリアから聞いた。つまりこの優しそうな男が司祭だ。そう思うと、なんだか、司祭オーラというか、聖職者特有のカリスマのようなものを男からは感じる。ちなみに白い方はユリア曰く、助祭と呼ばれる司祭をサポートする役割を持っているらしい。


 そうして、流れるように讃美歌の斉唱が始まった。俺は事前にユリアに指定されていた聖書のページを開き、そこに書かれている言葉を歌に乗せていく。絶対音感とかではないので、周囲の音程や歌声に合わせながら、リズムを取っていく。隣に立つユリアの歌声は整っていて綺麗に聞こえた。やはり聖職者は讃美歌とか沢山練習するのだろうか?

 演奏が終わると、檀上の司祭と助祭が神に祈りを捧げた。それに合わせて、参加者たちも祈りを捧げる。ステンドグラスが夕日に焼かれているせいか、礼拝堂全体が、独特の雰囲気を醸し出している。

 雰囲気に飲まれそうにになり、チラリと隣のユリアを見る。彼女は目を瞑り真剣に祈りを捧げていた。真面目な彼女らしいと思った。俺も隣のユリアを参考に、見様見真似で祈る。前の世界では礼拝とかやったことなかったと思うので、実質初祈りだ。あーめん! 


 その後は、司祭と聖書を読み上げたり、時には、司祭が聖書の一節を読んだ後、続く言葉を参加者たちが斉唱するといったことも行われた。なかなか、連帯感が試される……

 聖書関連の朗読が終わると、今度は司祭が説教を始めた。説教っていても、これはあれだ、教訓とか忠告って方じゃない。元々の意味の方、つまり宗教的な説教だ。これも確か初体験……いや? 親族が亡くなったときに坊さんが喋ってたらから、初体験では無いか。でも、まあ、自分で進んで教会に来て、説教を受けるという意味では初体験だろうか。

 説教の内容は、おそらく聖書からエピソードを抜粋している。そして、たとえ話などを用いて、それが中々分かりやすい。司祭の声が大きく明瞭、それでいて不快感を感じさせない発声をしているからか、声を聞くと、スッと頭に入ってくる感じがする。やはり毎日、こういった礼拝を取り仕切る人だから、とても慣れているのだろう。自分はどちらかというと、演説とかは苦手な項目なので、こういうのを聞くと、凄いなと思ってしまう。


 説教が終わると、再び皆で祈りの言葉を口にした。さきほどやったものとは中身が違った。結構覚えることが多いな……ユリアに貸してもらった聖書がなければ、終始無言になってしまっただろう。

 最後に司祭が参加者に祝福の言葉を口にすると、再びオルガンの演奏が始まり、司祭と助祭が礼拝堂から退場した。


 演奏が終わると、少しだけ、ふわりとした空気になったあと、所々で小さな声が流れ始め、数分もすると、少しずつ声も大きくなっていき、至る所で雑談が始まった。

 なんとなく辺りを見回す。ふむ。これで日没の礼拝は終わりのようだ。

 思ったより、すっきりとした内容だった。構成としては讃美歌と祈りと聖書の内容をひたすらやるって感じだ。讃美歌と祈りは固定だが、聖書の内容は日によって変わるらしい。ざっくり手元の聖書を見た感じ、その内容は所々で深く考えると難しそうなテーマもあるが、今日のものは分かりやすかった。運営側の話のチョイスが良かったのかもしれない。


 一通り日没の礼拝について感想を頭の中でまとめたあと、俺は、なんとなく、周囲の雑談を耳で拾ってみる。参加者の雑談内容の半分くらいは、聖書の中身や今日の説教のテーマであったが、もう半分くらいは、この後出るスープやパンが旨いかどうかの雑談だった。確かに、それは大事な事項だ。俺も少し味が気になる。美味しいのだろうか。許されるなら、ちょいっと貰ってみたいところだ……いや、まあ、俺の金融情報について知っているユリアがいるから、許されないような気がする。


「フジガサキさん。どうでしたか?」


 しょうもうないことを考えていたら、ユリアに声をかけられた。彼女は、にこやかな表情を浮かべている。


「そうですね……なかなか雰囲気がありましたね」


 俺の感想が面白かったのか、ユリアはクスリと笑った。


「えっと、嫌じゃなかったのなら良かったです。この礼拝は日が沈む頃になるとやっているので、いつでも参加してくださいね」


「ええ、折を見て参加したりしたいと思います。ちなみにユリアさんはやはりいつも参加されてるんですか?」


「はい、聖導師ですから」


 ユリアは少し誇らしげに言った。謙遜気味な彼女にしては珍しい。いや、それだけ聖導師ということに誇りを持っているのかもしれない。もしくは、聖導師という役職に理想を抱いているのかも。そして、俺はそんな眩しいユリアを見ると、つい考えてしまう――スイは日没の礼拝にいなかったな、と。礼拝終了後に辺りを見回したがスイの姿は無かった。彼女は朝の宣言通り『ヘルミーネ礼拝堂』にいるのだろう。何と言うか、本当にユリアとの温度差を感じる。


「流石です……でも、ちょっと意外ですね。こう、何と言うか、昨日本で見た感じ、聖導師の方って儀式とかも担当するみたいですから、てっきりユリアさんも運営側かと思ったんですけど……あ、すみません。もしかして、自分に合わせてくれてました? 普段は檀上に立ってたりしてますか?」


「いえ。私は普段から儀式には関わってはいないです。聖導師は確かに儀式に関わりますが、私はミトラ大司教区所属でクリスク聖堂には一時的に身を置かせてもらっているだけなので……なので、この儀式も本当はスイさんが――あ! いえ、なんでもないです」


 いや、今回は聞き取れてしまった。つまり、この日没の礼拝は本当はスイが運営に携わらなければいけないようだ。だがサボっていると。流石だ。


「何と言うか、スイさんらしいというか、何と言うか……」


「あはは……い、一応、聖導師が行うのが好ましいというだけで、本質的には聖堂での儀式は管理している司祭が執り行うことになっていますから、日没の礼拝は今回のような形で合ってはいるんですよ。ただ、まあ、スイさん――聖導師が聖堂に所属しているのならば、その聖堂の儀式の中心は聖導師にするのが好ましいというだけで。あと、その、もっと言っちゃうと、聖堂は教区に紐づいているので、聖堂での儀式以外にも教区全体の儀式に本来は関わる必要があって……」


「えーっと、つまり、スイさんのような聖導師は珍しいと」


「私の知ってる聖導師の中では一番……変わっ――個性的だと思います……あっ! でも、明日の贖罪日はスイさんが執り行うので! なので、むしろ、そのために今、忙しいのかもしれません!」


 色々と言葉を並べたが、最後はスイを庇うような語調だった。


「ああ、なんかあるんでしたっけ。大きな儀式みたいな?」


 確か、ルティナが言っていた気がする。スイが忙しいとかなんとか。全然忙しそうに見えなかったが……


「はい……大きな儀式です。本当は私も参加するつもりだったんですけど、探索の日と重なってしまって、それに……スイさんから、一人で良いと言われたので。なので、やっぱり、スイさんは、それで忙しいんだと思います。このモトカ教区は聖導師はスイさんだけですし、少し広い教区ですから、聖導師として何かあってもすぐ動けるようにしてるんだと思います。まあ、礼拝にはできるだけ参加してほしい気もするんですけどね……」


「な、なるほど。中々に難しいんですね。ええっと、今日は、ありがとうございました。礼拝の方も参加できて良かったです。聖書もありがとうございます」


 感謝のついでに借りていた聖書をユリアへと返す。


「い、いえ。大したことではないですから……気にしないでください」


 ユリアは少し気まずそうに視線を彷徨わせた後、少しして、俺の方へと視線を戻し、さらに話を続けた。


「あと、それと、お昼にも話しましたけど、明日は私は探索でいないので……明後日、また図書館で待ってますね」


「ええ、明後日はよろしくお願いします」


 昼ご飯は美味しい店に行くという話だし、楽しみだ。


「はい、また明後日に」


 優しく微笑むユリアに見送られて礼拝堂を出た。


 外に出ると、良い匂いが漂っていた。匂いの先を見ると、炊き出しが行われていた。多くの人が炊き出しの周囲を囲っている。行列ができているし、邪魔をしてしまっても悪いので、俺はそのまま聖堂を出て宿へと戻った。


 今日は知識という面では成果が無い日だった。残念だがこういう日もある。

 一方でユリアとよく話をすることができたし、人生で初めて礼拝というものに参加できた。だから決して意味の無い日ではなかったと思う。

 明日は、朝にスイと会うが、昼は一人で図書館で調べものをすることになるだろう。僅かに寂しさを感じるが、同時に、久々の一人というのは楽しみでもあった。一人だからこその発見というのもあるかもしれない。明日は何か成果を得られるといいな。

 そんな事を考えながら、眠りについた。

 



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