一章38話 異世界六日目 ユリアとの交流②
なんとなくユリアとの会話が途切れてしまい、お互い様子を窺うように口を噤んでしまう。
しかし、幸いにして、気まずい沈黙はそう長くは続かなかった。店員が料理を運んできてくれたからだ。俺は、これ幸いとばかりに料理に口をつける。美味しい。昨日と同じ食べ物だから当然味も同じだが、それでも美味しいものは美味しい。
無心にパスタを口に運び、噛み、味わう。それを繰り返し、皿を空にしたところで一息つく。そこで、また視線に気付き、チラリとユリアの方を見ると、やはり彼女はいつものようにこちらをじっと見ていた。相変わらず真剣な眼差しだ。これはさっきの話を考慮に入れると……もしや、俺が困ってないか調べているのだろうか? あるいは、困るのを待ってるのか……?
どうしようかと、悩んでいると、ユリアの方から話しかけてきた。
「あの、さっきの、しばらくはクリスクで活動するって話ですけど、何か目標とかはありますか?」
メインの目標は『感覚』の調査だが、これは誰にも言えない。とすると……他は何だろう。魔術とか魔道具とかには興味があるが、それはユリア相手には言いにくい。うーん、ユリア相手に公開できる情報が少ないな。
「特には……一応、図書館で知識を深めたいっていうのはあります」
「そう……ですか。なら、図書館で一通り調べたら、どこか別の遺跡を巡るってこともありますか……?」
何故か不安そうにユリアは尋ねてきた。
「そういう可能性もあり得ると思います。ただ、まあ、スイさんとの約束もあるので、しばらくはクリスクにはいると思いますが……」
「スイさんとの約束……! その、どんな約束をしたのか聞いてもいいですか?」
別にいいのだが、なんか、滅茶苦茶しょうもない内容なので、真面目そうなユリアに聞かせるのは抵抗を感じるな……
「いえ、大したことでは無いのですが、あー! でも、昨日も話しましたね。昨日話した、スイさんの朝の話し相手になるって件です。あれは結構スイさん的に重要みたいで、できるかぎり朝来るようにと言われてて」
「それは…………その………………良いと思います! あの! スイさんは朝が弱いので、フジガサキさんみたいな親切な方に相手をしてもらえると……はい! 良いと思います! そうすると、朝は必ず、礼拝の時間には聖堂の方に来てくれるんですよね?」
ユリアは途中から少し興奮気味に捲し立ててきた。ええっと、俺って親切って分類なんだ。そうでもない気がするけど。リップサービスみたいな?
あー、いや、この場合はアレか。文脈的にスイの相手をするのは結構大変ってことなのかな。やっぱりスイは結構問題児なのだろう。まあ、問題児だ。だって、ウケ狙いのために、おそらく神聖とされるであろう礼拝堂に拷問具を設置するよな少女だ。うん、普通に問題児だ。
「まあ、だいたいはそうなります。偶に参加できないこともありますが」
一応、念のため、常に相手をするわけではないと発言しておく。
スイとの会話は苦痛ではないし、むしろ見方によっては美少女と一緒にお話しできるという貴重な機会だとも考えることができる。だから別に全然良いのだが、一応、予防線を張っておく。
今後、朝に時間に何かやりたいことができるかもしれないし、スイと付き合っていくうちに嫌になってしまうことだってあるかもしれないからだ。まあ、この予防線は杞憂に終わる気がするが。
「それなら良かったです。ええっと……クリスクは区画も整備されてますし、治安も良い方ですから、探索者に人気な街で……あ、あと商人も凄く集まってて色々な珍しいものが見つけられたり……他にも、美味しい料理とか、あ! フジガサキさんはここの料理はどうですか? パスタが好きなんですか?」
ユリアはこちらを窺いながら、まるで言葉を選ぶように一つ一つ話し、そうして、最後には料理について質問した。
「ええ。美味しいと思いますよ。パスタは……そうですね、多分好きなんだと思います」
色々とユリアの様子が分からなかったが、とりあえず、質問には正直に答えた。
「そ、そうですか! それなら良かったです。この店の他にもクリスクには美味しい料理が沢山あって……! 今度一緒に行きますか?」
……? どういうことだ……? あー、つまり、これはアレか。『同じ店に入ってんじゃねーよ』ってことか? この店駄目だったってことか? 別の店が良かったってことか?
「ええっと、すみません。もしかして、やっぱり、二回連続同じ店は駄目でしたか……? すみません、ちょっとそういう事に鈍感で、中々気付けなくて……」
俺の言葉を聞くと、ユリアは一瞬ビクリと体を震わせ、そして跳ねるように声を出した。
「あ、いえ! そんなつもりじゃなくて……! その、すみません。全然嫌なわけじゃなくて……! あの、むしろ気を使って貰って……えっと、つまり、その、あのこういった形でなくて、別の機会にでもどうかなって思って……あ、明日、あ、ダメだ、明日じゃなくて……明後日とか、その、フジガサキさんの都合が良い日に一緒に行けたらなって思ってて、その……どうでしょうか?」
ユリアの顔は少し赤く染まっていた。
はて? 食事に誘われているようだ。理由がいまいちわからない。いや、まあ、今まで昼飯に付いてきた理由もいまいちわかっていないが。
うーん。ここまでくるとユリアが親切だけだと片づけられないな。なんだろう。自意識過剰かもしれないが、好意というのはあり得るかもしれない。人は自分と似ているものを好むと言う。俺とユリアはお互い話し方とか似てるし、それに今までの問答から見るに、考え方とかも少し似ているかもしれない。だから、まあ、好意というよりは共感かな。それで、もっと相手の事が知りたいとか思ったりするのかもしれない。
俺もユリアの事を知りたくないと言えば嘘になる。特に予定も無いし、受けてしまおうか。
「ええ、大丈夫ですよ。自分は基本的に時間は空いているので、明後日でしたっけ? ユリアさんは何時頃が良いですか?」
できるだけ平常心を出しながら声を発した。なんかユリアが緊張してるから、俺まで緊張してきたからだ。まあ、ユリアが可愛らしい少女というのも俺を緊張させる理由の一つかもしれないが。
「ええっと、はい、明後日に、お願いします。明後日も図書館には来ますか?」
「たぶん図書館に行くと思います……あ、でも、別に、図書館に行かなくても大丈夫です」
「それなら、明後日、お昼より少し前に図書館を出て、大通りの東側へ行きませんか? 私のパーティーメンバーが美味しい店を知ってるので、一緒にどうでしょう?」
昼飯を食べ終わった後に明後日の昼飯の約束をする。少しだけ変な気分だ。
「ええ、よろしくお願いします。 あ、ちなみに、この感じからすると、明後日も図書館ではユリアさんが手伝って下さるって思ってしまってもいいですかね?」
「勿論です。あ、それと、すみません。明日は『フェムトホープ』の活動があって、図書館には来れないです……すみません」
善意で手伝って頂いてることなので、謝る必要なんて全然無いような気がするが、やはり、この少女は真面目で親切すぎるのだろう。
「いえいえ、全然。探索の方、上手くいくように願ってます」
「はい。ありがとうございます。ところで……フジガサキさんはソロで活動してるみたいですけど、パーティーに興味はありますか……?」
どこか、ぎこちなくユリアが尋ねてきた。
「……そうですね。うーん、興味が全くないわけではないのですが、えーっと、恥ずかしながら、自分は協調性が乏しいので、中々難しいかな、と思っています。なので、しばらくはソロでやろうかと」
『感覚』の説明ができない以上、たぶん一生ソロかもしれない。
「そうですか……」
ユリアは残念そうに言葉を発した。
これは……もしかして、ユリアは俺をパーティーに誘いたいのだろうか。なるほど。それで、気にかけてくれるのか。確かにユリアから見ると俺はかなり高位の探索者だ。仲間として数えられれば、とても心強いと思ったのかもしれない。
うーん。困ったな。俺は『感覚』の仕様上、パーティーには参加できない。しかし、色々気を使ってもらっているから、断るのも悪い気がしてしまう。だが、受けられない。困った。いや、まあ、これは全部俺の妄想で、本当は別にユリアは俺をパーティーに入れるとは思っていないかもしれないが。
こういう時にズバッと聞ければいいんだが、俺は内気なので、ユリアに対して『お前、俺のことを仲間に入れたそうにしてるけど、俺は入らねーからな』とは言えない。彼女に直接聞かれれば答えられるんだが……あれ? でも俺とユリアの話し方や考え方が似ているという仮定が成り立つならば、ユリアもまた聞きにくいような気がする。
つまり宙ぶらりんな状態だ。さっきから、というか、ユリアと出会ってからずっと会話が浮いている気がするのはそのせいか。お互い確信を突く事を言い出せないのかもしれない。うーん、スイが相手なら、言えなくもないのだが……優しく人の良さそうなユリア相手だとこういう時は言いにくい。間違った事を言って傷付けてしまったら、きっと言わないでいる今の状態よりも後悔する気がするからだろう。いや、これは勿論、別にスイを傷つけて良いというわけでは無いが……まあ、スイは俺が何を行っても傷つかないイメージが何となくあるけど。
無駄な事ばかり考えてしまい、会話が疎かになってしまった。何か言わなければと思い、口を開く。
「あー、えっと、ユリアさんは、明日は何層に向かう予定なんですか?」
「明日は23層の探索をする予定です。余裕があれば24層に行くかもしれません」
深いな。さすがはクリスク最高位のパーティーだ。
「凄いですね」
俺が素直な感想を言うと、ユリアは薄く笑った。
「ソロで25層まで行ったフジガサキさんほどではないですよ」
1層しか行ってない……
「あ、いえいえ、あれは、まあ巡り合わせとか、相性とか色々良かっただけですから」
「それでも凄いですよ。あの、もし良ければ一度だけ見学させてもらえませんか。その、フジガサキさんの探索を。勿論、足は引っ張らないようにするので……! フジガサキさんのような一流の探索者の動きを学びたいんです! ……駄目ですか?」
ユリアは不安そうにしながらも、言いたい言葉をはっきりと言った。最後に不安が出てしまったが、少なくとも、彼女は俺よりも勇気があったようだ。
「それは……その、色々と、手伝って頂いているところ申し訳ないのですが……戦闘スタイルなど独学な面もあって……あと、まあ、その、同業の方には見せにくい面もあって……なので、ちょっと、それは難しいです」
ルティナの『探索者は同業者が強くなるのを嫌う』というエピソードを参考にしつつ、断り文句を垂れた。俺も彼女に引かれて、少しは勇気が出ただろうか?
「そ、そうですよね。何度もこんな話をしてしまって、すみません」
ユリアはペコペコと頭を下げる。その謝意に応じながら、話題の転換を図る。
「あー、いえいえ、別に気にしないで下さい。あーえっと、そういえば、ユリアさんってサンドイッチが好きなんですか? よく食べますよね?」
自分で言いながらも、『よく』も何もそもそも二回しかユリアと昼食を取っていないことに気付いた。いや、まあ、二回中二回サンドイッチだから、『よく』という表現でもいい気がするけど……
「あ、……その、好きです。こう、何て言うか、手に取りやすくて、食べやすいから気に入ってます。遺跡の中でもすぐ食べられますし、探索者では結構人気だと思います。あと、まあ……ポーカーとか、やったりすることもあるので…………」
ユリアは少し気まずそうに話をした。
ほう。朝聞いたユリアはポーカー好きって話の信憑性が上がった。ちょっと意外だ。なんか、こう、ユリアからは堅実そうなイメージがあるので、ポーカーみたいな遊戯を好むというのは意外だ。
「ポーカー……ああ、スイさんが言ってましたね。ユリアさんはとても強いとか。そういったのって自分はあんまりやったことがないんですけど、やっぱり運だけではなく、何かコツとかあるんでしょうか?」
「いえいえ! そんなに強くは……偶々、カードの巡り合わせが良いだけですから……」
謙遜するような話しぶりだった。ユリアは褒められるのが苦手なのか、よく、自身の実力を低く表現する。だから、まあ、今回も普通にカードが上手いんだろう。記憶力とか確率計算とかが得意な感じなのだろうか。
「なるほど、コツは秘密ということですね」
その後もユリアと雑談を繰り広げた。短い時間だったが、穏やかで聡明なユリアとの雑談は心地よいものだった。