一章37話 異世界六日目 ユリアとの交流①
スイと別れた後、すぐに聖堂図書館へと向かった。
約束のテーブルには既にピンクブロンドの少女――ユリアが座っていた。スイとは違いしっかりと黒いローブを着ている彼女は、俺の姿を見ると、軽く挨拶をし、一冊の本を俺に見せた。挨拶を返した後、その本を確認すると、それは昨日読めなかった最後の一冊であった。どうやら、彼女が予め準備してくれいたみたいだ。感謝を告げ、昨日の様に本を読み始めた。
最後の本は光の魔術と聖なる術についての対比の本だ。内容自体は悪くはないのだが、以前のルティナやスイから教わった知識ほどの新しさは無かった。むしろ、彼女たち二人から教わった内容の方が分かりやすいくらいだ。
だからか、本の最後の方を読んでいる時は本の内容よりも、こちらをじっと見つめるユリアの視線の方が気になってしまった。昨日から引き続き、こちらを見つめてくる。そして昨日と同じように俺が見返すと、すぐに視線を逸らす。今までの言動から嫌われているわけでは無いと思うし、いったい何なんだろうか。
それに、こうして、俺と一緒に行動しようとするのも少し謎だ。スイは俺の事を『朝の眠気覚まし』として利用しているのは分かるのだが、ユリアに関してはいまいち理由が分からない。彼女からは親切で優しい印象を受けるから、別に一緒にいて不快というわけでは無いのだが……やはり、気になるものは気になってしまう。
「他に聖なる術の本はあったりしますか?」
なんとなく質問してみた。正直、もう聖なる術ではなさそうな感じもするが、他に候補が無い。時間の浪費になってしまうかもしれないが、もう少し調べてもいいかもしれない。それに今は幸運な事にユリアが手伝ってくれるという要素もある。聖導師である彼女と一緒にいる内は聖なる術に関して掘り下げてみてもいいかもしれない。
「ええっと、たぶん探せばあるとは思いますけど……私もまだ見てない棚が多いですし、特に奥の方の古い棚は全然で……」
「今まで読んだ三冊以外だとすぐには……って感じですかね」
「はい。なので、どうしてもとなると、探してみるしかないと思います……あ! 勿論、私も手伝いますよ」
言葉の途中で、ユリアが一瞬焦ったように俺には見えた。
「それは、ありがとうございます。ああ、でも、もう昼も近いですし、探すとしたら午後になると思いますが、ユリアさんは午後は?」
「今日も日没の礼拝までは大丈夫です。フジガサキさんはお昼は、外ですか?」
「一応そう思っています」
「な、なら、また一緒に行っても良いですか?」
淡い赤の瞳が期待するかのようにこちらを見た。
……? 昨日もそうだが、なぜだろうか。やはり布教だろうか。
「はい。全然良いですよ。ユリアさんは行きたいお店とかは……?」
前回、結構悩んだから、答えてくれると嬉しい。
「いえ。私が勝手にご一緒したいだけですから、好きなところに行ってください。ついていきますから」
ユリアの笑顔が眩しいが、求めていた回答では無かった。昨日と同じところでも大丈夫かな……? まあ、安全ではあるよな。よし、そうしよう。
そうと決まれば、後は店に入るだけだ。俺とユリアは聖堂図書館を出て、聖堂近くにある飲食店を目指した。やはり、ユリアは俺と歩くときは三歩後ろからついてくる。彼女はスイやルティナと同じような年ごろの少女だが、スイとルティナは一歩前を進んで行くから、一緒に歩くだけでも受け取る雰囲気がだいぶ異なる。
店に入りメニューを見て何を食べようか少し迷う。しかし迷った末、結局は前回と同じようにパスタを選んだ。
そして不思議な事にユリアもまた前回と同じサンドイッチを選んだ。何が不思議かというと、ユリアがサンドイッチを決めたのは俺がパスタを選び終わった直後だったからだ。二人とも前回と全く同じメニューを同じ時間で決めた事になる。思い返してみれば、前回も俺が決めたのと同時にユリアはメニューを決めていた気がする。ということは、ユリアも少しだけ迷った末、前回と同じものを頼んだということになる。気が合うのだろうか?
オーダーを聞いた店員が去るなりユリアは口を開いた。
「あの、フジガサキさんって、クリスクにはいつからいるんですか?」
……ちょっと回答に困る質問だ。
「五日前くらいだったかと思いますが……それが、何か?」
「い、いえ……少し気になって、すみません。その、クリスクに来る前はどこにいたんですか?」
答えにくい。『東の果てよりこの地へ来た!』とか言ってみたいけど、クリスクの東側の地理に関して詳しいわけでもないし、あんまり変な事は言わない方がいいよな……
「…………えっと、それは、何か重要な事だったりしますか?」
「そんなことは、無いですけど……あ、あの! それならっ! クリスクにはどのくらい滞在する予定ですか?」
……? そ、それは早くクリスクを出ていけって事ではないよね……?
「特に、どのくらいっていうのは考えてないですかね。まあ、しばらくはいると思いますが……ユリアさんはずっとこのクリスクで活動されてるんですか?」
「はい。私、というより、『フェムトホープ』は教会との結びつきが強いですから、しばらくはクリスクから動けないと思います」
『動かない』ではなく、『動けない』か。
「あー、移動制限みたいなのがある感じですか?」
「制限ってほどじゃないですけど……このクリスクが所属しているモトカ教区は礼拝堂や修道院の老朽化がひどくて、モトカ教区の司教にもクリスクでの活動を続けてほしいって言われてて。なので『フェムトホープ』としては、しばらくはクリスクでの資金繰りがメインの活動になると思います」
なんか、昨日読んだ本にあったやつだな。
「ああ、昨日の聖導師の役割の本にもありましたね。司教が遺跡での活動についての差配を行っているんですか?」
「いえ。遺跡での行動は聖導師に一任されています。どの教区で活動するかも基本的には自由で、各教区の司教たちと相談しながら決める感じです。モトカ教区では半年くらい前から活動しています」
活動範囲や行動は自由だけど、ある程度周囲に意向に沿う形みたいだ。フリーランスみたいな感じか? いや、ちょっと違うか?
あれ、でも何で『動けない』なんだ。周囲の意向が強いから忖度を要求されてるのか。それとも、単にユリアたちが感情的に断りにくいということだろうか。いや、俺が言葉尻を気にしすぎているだけか。
「色々と取り決めがあるんですね。ところで、話は変わりますが、ユリアさんはどうして、本探しを手伝って下さるんでしょうか?」
せっかくなので、聞きたかった事を聞いておこう。なんでこのユリアが親切にしてくれるのか気になる。いや、まあ、たぶん布教のためだと思うけど。
「えっと……聖導師として、図書館の本の整理を手伝っていたので、あ、あの、迷惑でしたか……?」
……どうも、それだけとは思えないんだが。というかなんか、それは直観に反する。なんだろう?
うーん、あれかな? 俺よりももっと困った人はクリスクにいるだろうから、何でそっちじゃなくて、俺を気にするのかが分からないって感じなのかな。
ユリアの優しさや誠実さを見ていると特にそう感じてしまう。スイのように気まぐれな雰囲気があったり、ルティナのように何かの価値観や経験を重視しているタイプだと、状況によって対応が変わるから、俺に親切にしてもそこまで不思議ではないのだが、ユリアのような公平に優しそうなタイプだと不思議に感じてしまうのだ。まあ、スイもルティナもユリアも俺の勝手な印象だが。
「いえいえ。そんなことは無いです。むしろ助かっています。ただ、ユリアさんはとても親切な方なので、少し不思議に思ってしまって」
「え、えっと、それは、ありがとうございます。不思議ですか……?」
「ええ、まあ、その、何と言うか、不思議かなと」
お前はもっと困ってる人を助けろよ、とかは言えないので、何と言えば良いか悩んでしまい、結局同じ言葉を繰り返してしまった。
言葉に詰まった俺を見ていたユリアが、ふと何かに気付いたように体を震わせた。
「っ! ……その、私、一つの事に集中すると、周りが見えなくなることがあって……答えになってないかもしれないんですけど、不思議の理由かもしれないです」
……なるほど。それは有り得るかもしれない。もっと助けるべき人がいたとしても、目の前で困った人がいたら、緊急性に関わらず全力で行動してしまう。そういうタイプなのかもしれない。
まあ、自分で『周りが見えなくなる』って言える時点で周りが見えてる気もするが……けど、実際、今までのユリアのどこか真剣な雰囲気と合致しているし、納得できるかもしれない。
そう考えると、ユリアが今までこっちをじっと見ていたのも、そのせいだろうか。なんか、疑問が一気に解けた感じがするな。やっぱり、ちゃんと人に聞くのは重要なのかもしれない。特に俺は思った事を口に出さないタイプなので……まあ、ユリアみたいな優しそうな相手じゃないと、直接聞くなんて中々できないけど。
「なるほど。納得できました。ユリアさんはやっぱり真剣な方なんですね。変な質問をしてしまって、すみません」
俺の言葉を聞いたユリアは一瞬、不思議な表情を見せた。それは俺の勘違いだったかもしれない。一瞬だったからそう見えてしまっただけかもしれない。
「…………い、いえ、わ、私の方こそ、色々と、すみません」
一瞬だが、ユリアはとても辛そうな表情をしているように見えた。
けれど、その後、直ぐにいつもの優しそうな表情をしていたから、きっと俺の気のせいなのだろう。