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一章36話 異世界六日目 朝の礼拝⑤


「ああ、それはまあ、そこそこって感じですかね。探し中というか、今後に期待というか、そんな感じです」


「ふーん。じゃあ、こわーい司書さんには会ったー?」


「怖い司書……それって、もしかしてなんですが、ユリアさんの事だったりします?」


 今までの情報をまとめると、そんな気がした。まあ、あの優しそうな印象を与えるユリアの事を『怖い』と形容するのは、少し分からないが。


「おおー、やっぱり会ってたか―。なんか、会うんじゃないかと思ってたんだよね~」


「特に怖くはなかったですけど、もしかして怖い時があるんですか?」


「いやいや、ユリアは怖いでしょ。この前ポーカーした時なんか、負けた人に重労働を強いていたんだよー。お兄さんも、あの優しそうな見た目に騙されない方がいいよー。油断すると身ぐるみ剝がされてビシバシされちゃうよー」


 …………本当だろうか。なんか疑わしいと思ってしまうのは、ユリアの人徳か、はたまたスイへの信頼感の問題か。このスイという少女は、基本的には親切な面があるし、話をしていて面白いこともあるんだが、なんか、いまいち信用できない所があるんだよな。


「ユリアさんってポーカーとかやるんですね。ちょっと意外ですね」


 まあ、『ユリアとポーカーやった』の部分から既に嘘かもしれないけど。


「あれでかなりのギャンブラーだよ。運も凄く良いし、きっと毎晩怪しい酒場で酔っ払いから金を巻き上げてるに違いないよ~」


「それは、無さそうってすぐ思えちゃうのは、……スイさんからすると、ユリアさんの自己演出が上手いって解釈ですかね?」


 俺はユリアとは一昨日出会ったばかりだ。しかも、一昨日は会話らしい会話をしていないし、そういう意味では実質的には昨日からの僅か一日の付き合いだ。スイよりも短い。それでもユリアは――あの優しく誠実そうな少女は悪く言われるような人ではないと思ってしまう。そして同時に、これは結構凄いことなんじゃないかと思う。まあ、俺がちょろい人間ってだけかもしれないが。

 まあでも、ユリアの悪評を流すスイともそう長い付き合いではない。せいぜい三日か四日の付き合いだ。だからこれは単にユリアの人徳ではなく、俺が付き合いの短い人間の言う事はとりあえず疑っているだけなのかもしれないな。


「そうだよー。ユリアは人を騙す達人なんだよー。ほんとだよー。聖導師になれなかったら詐欺師になってたよー」


 棒読みで語尾を伸ばしながら話すもんだから信憑性が皆無だ。俺が真剣にとっていたが、どうやらスイも単に揶揄っているだけのようだ。というか、これ、最初からスイはふざけてたのか。それで、俺が本気にしたから、あえて棒読みで喋ったって感じか。うん。どうも俺がスイの冗談を読み取れていなかっただけだった。


「ユリアさんは適職がいっぱいありますね。スイさんは聖導師以外には適職がありましたか?」


「私は聖導師一筋かな~。私ほど優しくて、しめーかんが強い聖導師は中々いなからねー」


 今度は棒読みでは無い言い方だった。分かりにくいから冗談を言うときは棒読みにしてほしいものだ。


「そうですか? 他に向いてそうな職がありそうな気もしますが」


 拷問道具を解説する人とか向いてそう。いや、それ、どんな職業だ……


「ほうほう。なるほどー? まあ、確かに私はお兄さんに金貨300枚も融資するほどのお金持ちだから、金貸しは向いてるかもね」


 さらっと借りた額が100倍になっている。


「3枚です! 3枚! 近々お返しするので、もう少しお待ちください」


 本来は今日くらいには返済しようかと思っていたのだが、図書館を見つけてしまったから、情報収集に意識が向いてしまっていた。

 まあ、ある程度したら、何もしない休みの日を作ってもいいかもしれない。休みの日に遺跡に潜った事にすれば、スイ視点で資金を集めたことになるだろうし、他の視点でも時間調整になる…………あ! やっべ、今重大なミスに気付いた。大丈夫だろうと放置していたガバだったけど……ちょっと不味いな。どうしよう。早めに返すか。


「冗談だよ~。そんなに焦らなくても、返せるときでいいよー。利息は取らないからさ」


 どうしようか、一応昨日ユリアと別れたのは日没。そこから潜った事にして、あと一昨日は審査の後に潜ったことに……ああ、駄目だ。ルティナと会ってた。じゃあルティナと別れた後に潜ったことにして……うん、金貨3枚は有り得る範囲だな。


「まあ、でも実を言うと、ギリギリ3枚分集めたので、もしよろしければ、今返してしまっても良いですか?」


「ええ? ちょっと早すぎない? 大丈夫? 無理してない?」


 まあ、そう反応するよな。でも気持ち的に早く返したい。いや、これ昨日気付くべきだったな。ユリアとスイが知り合いだとすると、情報量的に問題が発生するのだ。

 なぜならユリア視点だと俺は一流の探索者で、かつルカシャを入手した金持ちだ。一方でスイ視点だと金貨3枚出せない木っ端の探索者だ。これは非常にマズイ。

 だからさっさと金を返して、今回の件を有耶無耶にしよう。幸い時間が経てば、前後関係はあやふやになる。そうすれば、後から、これらの情報が合わさっても、『元々は木っ端でスイに金を借りたが、後々遺跡の深部に行けるようになった』と言い逃れできるかもしれない。まあ、日数的に厳しいが……いや、状況を悪く見積もりすぎか? 要はスイとユリアに俺の金融情報が知られなければいいだけだ。そ

 それにまあ、本当に最悪の場合、知られちゃっても、『えーよく分からないなー』とか『ごめんなさーい』で乗り切れる気もする。まあ、どのケースだとしても、さっさと返済するのが吉だ。


「ええ、まあ。結構稼いだので。それにずっと借りたままというのも気まずいですし……」


「あー、お兄さん。もしかして、さっきの冗談キツかったかなー? 冗談で言ったから、本気にしなくていいよ。別に、まだまだ待てるから」


 スイは少し気まずそうに頬をかいた。その仕草で逆に俺の方が気まずくなってしまう。そのせいか俺は言葉が上手く作れなかった。そして俺が黙っていると、スイはさらに言葉を打ってきた。


「だから、まあ、無理しないでね……私も、さっき言ったっとおり、いや、まあ流石に金貨300枚とかは無理だけど、そこそこ持ってるから、別に、もう少し後でもいいんだよ?」


 こちらを気遣うように、ぎこちなく笑うスイに対して申し訳なく思ってしまう。いや、何と言うか、本当に申し訳ない。さっきは色々スイに対して不信とか言ったけど、あれだ、やっぱりこの少女も本質的にはかなり親切で人柄が良い少女だ。おかげで、凄く気まずい。


「いえ、あの、全然大丈夫です。まあ、自慢になりますが、結構遺跡は得意でして! それに、ほら、何と言うか、返済した方がスイさんと対等に話せる気がしますし、ここはまあ、自分としても返しておきたいです」


 言いながら、硬貨袋から金貨3枚を取り出す。こういうのって、普通は袋とかに入れて渡すのかもしれないけど、全然準備してなかったから手渡しだ。まあ、今は勢いが大事だ。このまま渡してしまおう。


「うーん。まあ、そこまで言うなら、受け取ろうかな」


 そう言ってスイはこちらに手を伸ばした。彼女の掌に金貨3枚を乗せる。スイは受け取った金貨をゆっくりとポケットへと入れた。これで、とりあえずは解決だ。


「そういえば、お兄さんは日没の礼拝に参加したことはある?」


「いえ、ないですね」


「ふむふむ。もし、お腹が減ってたら参加するといいかもよ」


「炊き出しみたいなやつのことですか?」


「おお、知ってたか」


「昨日、礼拝堂の門番みたいな方に教えて貰ったんです」


「そっかそっか。なら、お金が無くて食べ物に困ったとしても大丈夫だね」


「お世話にならないように稼いでいきたいです」


「おやおや、やっぱりお兄さんも礼拝は苦手かなー? まあ、どうしてもってお願いするなら、日没の礼拝の時お兄さんの相手をしてあげてもいいよ~」


 揶揄うように水色の瞳がこちらに視線を投げる。


「スイさんって日没の礼拝ちゃんと参加してるんですね。意外です」


 朝の礼拝は俺とここで駄弁ってるけど、日没の方はちゃんと参加しているのだろうか。


「こっちの礼拝堂でね~」


 参加してないじゃん。


「一人で礼拝ってことですか?」


「そうそう。私ぐらいの聖導師になると、主との距離を近づけるために、一人で黙々と礼拝しないといけないからねー。だから、さっきのお兄さんの相手をしてあげるって話は特別だし、何なら今の時間だって本当は特別なんだよー。だからもっと有難がらないとダメだよー」


「……ありがたや?」


「お兄さんはまだまだ信仰心が足りないみたいだね~」


「うーん、最近はずっと、立派な聖導師であられるスイさんと話をしてきたので、だいぶ芽生えたと自分では思っているのですが……」


 我ながらふざけた事を言っている。俺もだいぶスイのペースに巻き込まれるようになってきたな。


「うむうむ、ちゃんとわかっているようであるなー、くるしゅうないぞー」


 当然スイもまたふざけた事を言った。

 スイと笑い合いながら、その後もふざけた事を言い合い、一区切りついたところで、鐘が鳴り、その日の朝の礼拝(ざつだん)は終了した。


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