一章32話 異世界五日目 ユリアと資料探し④
聖堂図書館へと戻る最中、ふと気になることがあり足をとめた。そうすると、俺の斜め後ろを付いてきていたユリアも足を止めた。彼女は移動するとき、ずっと三歩後ろからこちらの影を踏まないように歩いている。
「どうかしましたか?」
問うユリアの声が耳に流れてくる。大したことではないのだが、気になってしまった事があるのだ。目の前の風景、聖堂内の広場のようなところにある柱のようなものが変なのだ。
「あ、いえ、この、何と言うんでしょうか、この柱? みたいなのって、さっき見た時より大きく見えて。いや、大きくなっているはずがないので、見間違いだと思うんですが……」
この広場は聖堂内の門をくぐった先にあるので、今まで何度か見ているのだが、なんか、いつもより大きくみえるのだ。
「オベリスクのことですか? 大きさは変わったりはしませんが……あー、確かどこかの資料で……クリスク聖堂のオベリスクは太陽の入り方で見え方や印象が変わるって聞いたことがあります。確か、昔、光の魔術の適性を調べるために使ったとか……この印象の違いが分かる人は光の魔術の適性があると思われていた……らしい、です」
へー、面白い判定法だな。あれ、でも、そうすると……
「前、スイさんに光の魔術の適性が無いって言われたんですけど。これは……?」
俺の質問に対して、ユリアは少し困ったような顔をした。
「その、私もこのオベリスクの仕組みを知らないので詳しくは分かりませんが……ただ、スイさんが言ったのなら、そっちが正しいと思います」
残念。まあ、俺には風の魔術の適性があるので、そちらに期待するとしよう。まあ、魔術言語は難しそうだったし、いつできるようになるか分からないけど。
「でも、意外ですね。フジガサキさんって適性判定できないんで――あ! すみません。私、また……」
これは俺もミスった。ユリアは俺を高位の魔術師だと思っている。そのためか、『高等技術と言われている魔術適性を調べる術を俺ができる』と彼女は思っていたのだろう。
うーん、思ったより嘘を吐くって難しいな。些細な事での整合性も問われてしまう。今の会話はなんか反射で光の魔術の適性に関して答えた面も強いが、一方で、今のは、思わず言っちゃうだろって感じな気もする。
凄く慎重な人だったら、言う前に気付いて言わないのかな。ああ、いや、そもそもそういう人はユリアとは会話しない気がするな。それも一つの手だが、俺は昼前から『ユリアと行動をともにする』と言ってしまっているし、俺の立場だと選択しにくい。まあ、今日が終われば関係を絶つという選択もありだが、それはそれでクリスク最高位の探索者とのコネクションを失ってしまうので勿体ない気もする。
特にユリアは見たところ真面目で優しく人柄が良い。能力が超人的という以外でも親しくしていたい人物であると言える。うーん。難しいなー。
まあ、多少怪しまれてもユリアの性格上問題は起きない気もするが……
「あー、いえいえ、気にしないでください。それより、教会の施設は何と言うか、興味深いですね。図書館があったり、こういった特殊なオベリスクがあったり」
「はい。長い時間をかけて、増築を繰り返したみたいです。図書館や治療院のように色々な人が使えるように開放されている施設も多いです。教会の中で過ごすだけでも、主に加護を感じられますから……フジガサキさんも、何か迷っていることがあればいつでも相談してくださいね」
優しく微笑むユリアに少しドキリとする。なんかあれだな……聖導師っぽいな。いや、聖導師の役割についてはちゃんとは知らないけど、でもなんか聖導師っぽいな。エセ聖導師っぽいスイとは大違いだ。
「え、ええ、そのときは」
再び二人で歩き出し、雑談をしながら、聖堂図書館へと戻っていった。ユリアは雰囲気だけではなく話し方も柔らかく優しい感じがするので、どこか、ほんわかとした気持ちになれた。
聖堂図書館に戻ると、再び件の巨大本棚へと足を運んだ。そして、再びユリアの超人芸を見ることになった。何度見ても惚れ惚れする動きだ。あんまりスポーツは見てこなかったが、オリンピックのメダリストとかの動きに近いんだと思う。つまり美しい動きなのだと思う。あと、回数をこなす毎に着地の音が小さくなっているような気がする。
ユリアの超人っぷりに感嘆した後は、二人で読書へと戻った。
今回は、じっとユリアを待たせるのも気まずいので、何か本を読む事を試しに勧めてみた。紆余曲折の末、俺が読もうとしていた二冊の本のうちの片方を先にユリアが読むことになった。なんでも、俺が本の内容について質問したときに答えやすくするためらしい。
何だか余計に俺のために行動させてしまった気がした。『良いのかな?』とも思ったが、ユリアが笑顔で本を手に取るものだから、流れで決まってしまった。まあ、気まずいけど、いっか。ユリアの人の良さに甘えよう。
それにしても、何故こんなに俺に親切なのだろうか。まあ、俺だけではなく、きっと誰に対しても親切なんだと思うけど……まあ、宗教関係の人だし、そういうところもあるんだろう、と何度目になるかも分からない結論に至った。毎回これだな。いや、仕方ない。俺が宗教について詳しくないのだから。しょうがない。
気を取り直し、読書をする。聖なる術に関する本だ。これは午前に読んだ本――『聖なる術とその起源』よりも、その使い手である聖導師に関する記述を意識した本のようだ。つまり目の前の少女に関する本でもある。本で読むより本人に聞いた方が良いか? とは少し思ったけれど、とりあえず本を読み込み分からないところは本人に聞いてみることにする。
数十ページ読んだところで、ふと視線を感じた。
その方向をちらりと見ると、ユリアはじっとこちらを見つめていた。彼女の手元にある本は開かれてはいるが、彼女の視線はこちらを向いている。つまり彼女は本を読んでいない。俺は顔を上げてユリアと顔を合わす。ユリアは俺の視線に気づくと、気まずそうに目線を床に向ける。疑問を感じたが、それを置いたまま、読書に戻る。そして、また視線を感じ、ユリアの方をちらりと見たが、やはりユリアはこちらをじっと見つめている。いや、なんだ……?
「ユリアさん。何かありましたか?」
「い、いえ……」
そう言って彼女は手元にある本へと顔を向け、ページをめくる。そこだけ見ていると、読書をしているように見える。しかし、俺が読書に戻り、また数分経つと、視線を感じた。チラリと前を向くと、やはりユリアは手元の本にはなおざりで、こっちをじっと見つめていた。もしや……?
「ユリアさん。あの、もしかして、読み方とか、図書館の利用法とか、あとはもしかして……座り方ですか? 何か自分がやってることで間違ってることがあったりしますか?」
宗教的に駄目なことを俺がやっているのかもしれない。
「へ? あ、いえ、それは大丈夫です。全然。その、むしろ、本を傷つけずに読んでくれて……えーっと、つまり、その、聖堂図書館としては、むしろフジガサキさんみたいな人は歓迎していると思いますっ」
ユリアは少し早口に言ってのけた。少し緊張しているように見える。
なんだろう。気になることがあるけど、言いにくい。そしてそれは規則上でも慣習上でもおそらく問題ではないことだ。うーん、なんだ?
「そうですか……」
俺の返事に少し不審の色が混ざっていると感じたのか、ユリアは曖昧に笑い、視線を手元の本へと戻した。これは、触れるなということだろうか。
仕方が無いので、俺も本に集中することにした。