一章31話 異世界五日目 ユリアと昼飯
それからユリアと二人で一度本を本棚へと戻す。この時、またしてもユリアの超人的な曲芸を見ることになった。無音の跳躍とそれに伴う瞬間的な本の出し入れ。そしてユリア曰く、聖導師は皆これくらい普通にできるということだ。
言い方が悪いがちょっと化物じみてるな聖導師。そりゃ、遺跡でも大活躍だな。クリスクでも最高位のパーティーに所属しているというのは、とても納得できる。いや、むしろスイの言っていた事から考えるに、因果が逆か。ユリアのような聖導師が所属しているから、『フェムトホープ』は最高位のパーティーなのだろう。
図書館の出口に向かって、ユリアと共に歩きながらも考えを巡らす――超人であるユリアに至極どうでもいい雑用や質問を答えさせている今の状況はなんとも奇妙だと思う。まあ、俺が強制させたわけではなく、ユリアが自主的に手伝ってくれているのだから、別に問題はないだろうけど……なんだろう。こう、なんというか、時給換算したらいくらかな、とか考えてしまう。
最上級パーティーの稼ぎは……たしか、この前の『紅蓮の殺戮者』が金貨100枚以上の稼ぎとかで盛り上がってたな。ユリアの所属する『フェムトホープ』もそのくらいの稼ぎと仮定して……人数は何人構成なんだろう。取り分も分からないが……適当で5人でいいか。あと、おそらくユリアが一番強いんだし、五等分以上は貰えるだろう。1回の探索で金貨20枚以上。探索にかかる時間から考えると時給金貨2枚くらいか。高いな。滅茶苦茶高いな。物価から考えると、俺が前の世界でバイトしてた時の時給の100倍以上あるぞ……ユリアの商業的な価値が凄い。
そして俺が図書館でユリアを拘束した時間は今までで二時間くらい。改めて金額に直すと凄いことになってしまった。なんか気まずくなるからユリアの時給に関しては考えないようにしよう……
ん? いや、待てよ……そもそもユリアの価値ってつまり聖導師の価値って事で、それ即ちスイの価値にも繋がっていくな……いや、考えないようにしよう。それに、まあ、朝の礼拝はスイの方から望んでいるみたいだし、別に時給の考え方は転用しなくていいはずだ。うん、俺は悪くない。
適当に思考を止めたあたりでちょうど図書館を出た。さらに流れるように聖堂を出ようとして、ふと気になりユリアに声をかけた。
「そういえば、昼食はどこで食べます?」
いつもは適当にギルド内やギルドの周囲にある料理店で食べることが多いが、今日はユリアも一緒だ。なんか嫌いなところだったら悪いし、意見を聞いておきたい。
「私はどこでも大丈夫です。フジガサキさんの好きなところに入ってください」
にっこりと笑うユリア。
本当にどこでもいいのか……? 宗教的に食べちゃいけないものとかないのかな……うーん、たぶん大丈夫だろうけど、念のため聖堂の近く店にしよう。立地的に考えて、信徒に配慮したものが食べられるはずだ。
二人で聖堂を出て、徒歩で五分ほどの場所にあったそこそこ大きな店に入った。決めた理由は人の出入りがそこそこあった事と、あと俺たちと同じように聖堂を出て昼食目当てで店に入った人がいたからだ。もし食べ物に制限があったとしても、ここなら大丈夫だろう。
席に腰かけ、二人でそれぞれメニューの中から選んだものを店員に注文する。俺は肉と野菜のパスタを、ユリアはサンドイッチを頼んだ。俺とユリアがメニューを選ぶのにかけた時間は同じだった。こういう時に、相手より時間がかかってしまうと俺は気まずくなってしまうタイプなので、少しだけ安心した。
「フジガサキさんは、普段はこの店でよく食べるんですか?」
オーダーを終えるなり、ユリアが質問してきた。
「いえ……ああ、いや、そうですね。こんな感じの店で食べますね。ユリアさんは?」
一瞬否定しかかった言葉を打消し、半肯定な感じで喋る。なんか気を使っていると思わせるのも違う気がしたからだ。
「私ば聖堂で食事をすることが多いです……あ! も、勿論、こんな風に、お店で食べることもありますよ。『フェムトホープ』の仲間と一緒に食べたりもしますし……!」
ユリアは途中から何かに気付いたかのように声を上げて慌てて言葉を繋いだ。はて、何か気になる事でもあったのだろうか。
「ああー、そんな感じでしたか。あれ? そういえば、今日はパーティーの方とは一緒ではないんですね。自分はソロなので、いまいち分からないんですが、パーティー組んでる方たちって、遺跡に潜るとき以外も一緒にいたりするんでしょうか。それとも遺跡に潜るときがメインで、他の時は、各自自由に過ごす感じなんでしょうか?」
聞いてて気づいたが、そんなのパーティーによって様々か。まあ雑談だし、分かりきった事を聞いたって別にいいか。
「ええっと、他のパーティーの事は良く分からないですが、『フェムトホープ』では探索日以外は自由に行動していることが多いです。一緒に過ごすときもあれば、そうでないときもあります。あ、でも、今はクリスク聖堂でお世話になっているので、朝と晩は必ず会います。朝の礼拝の後別れる感じです。私は礼拝の後は聖堂図書館か治療院にいることが多いですが、他のメンバーは自由に行動しています。でも、いつも図書館にいるわけでもなくて、たまには他のメンバーといっしょにお出かけしたりします。フジガサキさんは遺跡に潜るとき以外はどんな風に一日を過ごしているんですか?」
淡い赤色の瞳が、じっとこちらを捉える。なんだか、先程から思うが、ユリアはどうも力が入りすぎている気がする。終始緊張しているというか、なんというか。真面目過ぎるのだろうか。
「一日ですか。まあ、日によりますが、最近は朝は教会に来てますね。あとまあ、探索に関わる店を見て回ったり、ギルドで情報集めをしたりって感じでしょうか」
「……? 朝? 礼拝ですよね……? フジガサキさんの姿は見ていないと思いましたが、参加しているんですか?」
やっべ。そうだよね。スイと一緒に別室で駄弁ってるだけだから、当然に疑問だ。
「あー、いえ、礼拝はしてなくて……えーっと、何と言うか、礼拝以外のことしてます」
俺が少し気まずそうにしていると、ユリアはより目に力を込めて俺をじっと見つめてきた。
「――何をしているか、教えてください」
なぜだろう。ただでさえ真面目な雰囲気をしているユリアだが、今の表情はこれまでの中で一番真剣に見える。
「……いや、まあ、正直に言うと、スイさんの話し相手ですね。はい」
その真剣さに敗れ思わず真相を話してしまう。なんかごめんスイ。
「え……? スイさんの……?」
「はい、一応。その、まあ、何と言いますか、スイさんは朝が弱いみたいで……」
なんか言い訳みたいな説明になってしまう。しかし、ユリアには効果があったのか、彼女は力を緩めて……そしてなぜか困ったように慌てだした。
「え……あ、その――すみません! その、ちょっと勘違いしちゃて! スイさんの面倒を見ててくれたんですね……ありがとうございます」
なぜか謝罪と感謝の言葉を口にした。うーん、やっぱりスイって問題児なのかな。
「ああ、いえ、全然。大丈夫ですよ。その、まあ、スイさんにはいろいろとお世話になってますので……」
「い、いえ、本当に! すみま――?! あれ? でも、そうすると、昨日言ってた……あれ……?」
興奮気味に何かを口にしていたユリアだったが、途中で急に冷めてしまい、言葉が尻すぼみになっていく。ユリアはどうも、なにか疑問があるのか、会ったときからずっとぎこちないところがあるように見える。
「何か、気になる事でもありますか?」
「あ、あの! フジガサキさんって――」
「お待たせしましたー!」
ユリアが何か言おうとしたところで、店員が料理を持って割って入ってきた。タイミングが悪かったようだ。ユリアは配膳の終わった店員に感謝を告げると、ぎこちなく俺の方を見た。
「と、とりあえず、冷めちゃう前に食べますか?」
気まずそうな声で言うユリアに同意を告げ、目の前に置かれたパスタを食べることにした。
ユリアは食事中は黙るタイプなのか、黙々と皿の上に置かれたサンドイッチを消化していった。俺もユリアに合わせて黙って食う。肉に香辛料がよく塗してあり美味しい。野菜も彩りだけなはなく、肉とパスタと味わいが調和している。うむ。良い。やはりこちらの世界の食事は前の世界と遜色ない。
味わって食べたからか、いい感じに腹も満たせた。満足だ。ふと視線を感じ、ユリアの方を見る。彼女は俺よりも早く食べ終わっていたからか、俺の方をじっと見ていた。ユリアと視線が交錯する。彼女はそれに気づき、視線をテーブルへと移した。なんだ……パスタを食べたかったのか……? もしかしたら、ユリアはサンドイッチだけでは足りなかったのかもしれない。
俺が思考を巡らしていると、ユリアはおずおずと口を開いた。
「あ、あの、遺跡でのことを聞いてもいいですか?」
どこか不安そうな声音だった。
「え、ええ、その、自分に答えられる範囲で、ですが」
「じゃあ……最近は何層まで潜っているんですか? 調査の時は25層まで単独で行きましたよね。あれから先には行きましたか?」
1層!
「そんなに深くは潜ってないですね。行けるところまで、と言った感じです」
「…………フジガサキさんは魔術はどの程度使えるんですか?」
……? 全く使えないが……うーん、これはもしかして……
「どうして、そんな質問を?」
とりあえず、直接的な回答を避けるために、まずは時間を稼ごう。
「えっと、フジガサキさんって両手を空けるタイプの魔術師ですよね」
違う。
俺が黙っていると、それを肯定と取ったのか、ユリアはさらに言葉を続けた。
「その上、革鎧が魔術抵抗が無いタイプということは防御系によほど自信があるか、もしくは魔術干渉を防ぐためにあえて魔術抵抗が無い鎧を着ている二重詠唱の術者ですよね。25層までを単独で、しかも死のホールを突破したという技量を考えると、どちらかと言うと後者だと思いました。二重詠唱で片手で防御、片手で攻撃を行い続けることができれば、ほぼ無傷で25層までいけるとは思いますので……なので、フジガサキさんは非常に技量が高い魔術師の方だと思ってはいるんですが…………その確証がなかったので、えっと、だから……私は答えを知りたいんだと思います」
あー、なるほどね?
「審査のときにも言ったかもしれませんが、自分の戦闘スタイルは少し特殊で、上手くお話はできないですね」
まあ、ただの無手だけどね。
戦闘したことないけどね。でもこれで魔術使えませんとか正直に言ったら、じゃあなんで25層まで行けたんだって話になって、最悪『感覚』の話になってしまう。あれは前にも考えたが、人に話す内容ではないと思う。うーん。やはり、嘘は吐くものではないな。こんな風にボロが出てしまう。まあ、嘘を吐かざるをえなかった面もあったと思うから仕方のない話なのだが……
「……そう、ですよね。すみません。その、気になってしまって……審査の――あ、いえ、その、えっと、私の所属しているフェムトホープにも魔術師がいて、フジガサキさんほどではないのですが、二重詠唱の勉強をしていて、もし良かったらフジガサキさんからアドバイスを貰えたらとか思っちゃって……すみません」
申し訳なさそうな表情をするユリアに対して、俺の方も申し訳ない気持ちになってしまう。なんか、こう、やはり、嘘は吐くものではないな。
「あー、いえいえ、気にしないでください。ただ、あんまり、何と言うか、自分も自己流なので、色々と人に教えるのは難しいと思います。すみません」
「い、いえ! 私の方こそ、すみません」
ユリアがぺこぺこと頭を下げる。そのせいで、こちらも気まずくなり、しばらく、お互いに謝り合った。
そうして、一区切りついた後で、会計をすませて店を後にした。