一章30話 異世界五日目 ユリアと資料探し③
読者用と思われるテーブルの近くにある椅子に座り本を開ける。ユリアもテーブルを挟んで俺の向かいの椅子に座った。そして、彼女は真剣な表情でじっとこちらを見た。
なんか緊張するな。いや、まあ、とても真面目そうな性格に見えるし、俺が何か本の内容に関して質問するのを待っているのかもしれない。
「よ、読みますね?」
ユリアの緊張が俺にも伝染したのか、声が固くなってしまった。
「ど、どうぞ……!」
ユリアの声も緊張を含んでいた。
彼女の視線を気にしないようにしつつ、本をめくっていく。三冊の本のうち、俺が最初に手に取ったのは『聖なる術とその起源』という本だ。たぶんタイトル的に聖なる術の歴史が分かりそうな感じがする。歴史には成り立ちや発展という要素があるはずだ。だから、もしかしたら、『聖なる術』の元となった技術とか、派生した技術だとかが見つかるかもしれない。
本を序盤からパラパラと読んでいく。最初の方はひたすら説教っぽいことが書いてある感じだ。それからページを進めていくと、聖なる術の起源に関する本題へと話がシフトしていった。
大雑把に内容をまとめると、まず神様みたいなのがいて、でー、その神が色々と奇跡を起こして、世の中を作ったり、動物を作ったり、人間を作ったりして、それで、一通りにのことをやって、神様は疲れちゃって眠りについた。ただ、眠る前に人々が困らないように、自分の持っている技術を一部の選ばれた人に分け与えた。それが聖なる術らしい。
うーん、最初に分け与えられた人が神様の声が聞こえる聖女様だったらしくて、その聖女様が自分と似たような存在を集めて修行させたら、その人たちも聖なる術を使えるようになったと。それで、その人たちの事を聖導師と呼ぶらしい。これが何か数百年以上も前の話らしい。大昔の話だ。色々と気になる点があったが、まあ、倫理の話なので野暮な事を言わないでおく。
聖なる術は、基本的に適性のある人たちが特殊な修行をして使えるようになるらしい。
また聖なる術は四種類――『力』『癒し』『光』『導き』というものが存在するらしい。身体能力を高めたり、体の傷を癒したり、光源を作ったり、未来を予知したりできるらしい。
未来を予知できる『導き』というのが、少しだけ『感覚』に似ているような気がしたので、集中して『導き』についての項目を読んだが、どうも勝手が違うようだ。
『導き』は聖導師が見たい未来を強く念じると、その『未来の光景』を五感で感じ取ることができるらしい。そしてそれは個人差が大きく、主に視覚・聴覚で感じ取るようだ。俺の『感覚』とは違う。あれは視覚や聴覚ではないし、嗅覚や味覚とも違うし、触覚でもない。俺の感覚は、何と言うか、『物凄く惹きつけられる』感じなのだ。その場所へ行きたくて行きたくて仕方がなくなるというか、好奇心が極端に強くなるというか、そんな感じだ。五感ではない。それに『未来の光景』が見えるわけでもない。
やはり、『聖なる術』は俺の『感覚』とは別物に思える。俺は特殊な修行をしていないし、四種類のどれとも違っている。しかも、俺が読んでいる本には『聖なる術』の元になった技術についての記載はない。いや、敢えて言うと、神が持っているとされている技術が聖なる術の大元のようだ。参考にならん。そして派生した技術もないようだ。『聖なる術』はそれだけで完結している。
うーん。元になる技術の記録はなくとも、派生する技術はあってもおかしくなさそうなんだけどな……
どうしようかな。ユリアに質問してもいいのだろうか。なんかこういう教義とかに関わるところって質問したりしたら怒られないか心配だな。まあ、ユリアは見た感じ穏やかそうな気質に見えるし、そんなに怒り狂ったりはしないタイプに見えるから大丈夫かな?
「ユリアさん。質問いいですか」
ユリアの方を見ると、彼女は先ほどまでと同じく真剣な顔でこちらを凝視していた。
「……?! は、はい! なんでしょう」
しかし、こちらから声をかけると、なぜか一瞬反応が遅れ、ビクリと体を震わせた。肩に力が入りすぎているのだろうか。そんなに真面目に俺の対応をしなくてもいいのだが……
「変な質問で申し訳ないんですが、聖なる術って、その派生する技術とかはあったりしないんですか? 今、手元にある本には、基本の四つの、ええっと、『力』『癒し』『光』『導き』の記述しかなくて……何と言うか、この応用とか、もしくはこの本に記載されていない技術があったりとかはしないんですか? ああ、その、勿論、この四つで十分凄いですし、完成されている気がしますが……でも、その、他にもあったら便利かなって思っちゃって……」
念のため、宗教の批判にならないように、ゆっくりと話を進める。
「基本の四つ以外……えっと、その応用ということなら……聖導師にもよるんですけど、例えば、『光』の聖なる術は厳密に言うと熱の要素があります。元々は光源を生み出す術なんですけど、その光源が熱を持ってるんです。なので、扱う聖導師の力量次第では『光』を熱代わりに使うことができるみたいです。過去の聖導師の中には、大雪で暖が取れなくなった街の各家に暖炉代わりの『光』を設置して回った聖導師がいるみたいです」
『光』で熱……朝、スイがやってたやつか。なるほど、そんな感じの使用法があるのか。それなら『導き』の応用で『感覚』になったりとか……いや、難しいか?
「それは、なんとも凄い話ですね。街に家はいっぱいあるでしょうし、一軒一軒設置していったとなると、とても大変そうで……でも、それで多くの人が凍傷から助かったと考えると、大変立派な方だったんですね。しかし応用……ちなみにですが、他にはどんな応用があるんですか? たとえば『導き』の応用とかはあったりするんでしょうか?」
「え……『導き』ですか……それは……『導き』は聖なる術の中でも扱いが難しくて、上手く使える聖導師は少ないと言われています。なので、応用というのもあまりなくて…………えっと、一応、その、無いことは無いんですが……」
ユリアは悩んでいるような表情を浮かべた。
何だろうか、あまり話しにくいことなのだろうか。個人的には気になるので、教えて欲しいが……あまり話したくないことなら、無理に聞くのは良くないな。
「無いことは無い、ですか。もしよろしければ、教えて頂くことはできますか……? あ、その、何かお話できないことでしたら、全然大丈夫なのですが」
「その……厳密には四つの術じゃなくて……聖女様の…………あ、でも、これは…………その、すみません、お話できないわけではないんですけど、私もちゃんと分かって無くて……その、説明が難しくて……でも、『導き』の応用はあまり聞いたことが無かったと思います。お役に立てなくて、すみません……」
そう言うと、ユリアは申し訳なさそうな顔をした。そのような顔をさせてしまうと、何だかこっちも申し訳ないような気分になる。
「あ、いえいえ、そんな、こちらこそ、その変な質問ばかりしてしまってすみません。色々と気になってしまったもので……」
「い、いえ、変な質問ではないと思います…………えっと、でも、その……一つ聞いてもいいですか?」
ユリアは緊張気味に質問してきた。
「一つ……はい、なんでしょうか?」
彼女に釣られて俺も少し緊張気味に答える。
「あの、何でフジガサキさんは、そこまで聖なる術のことを気にするんですか……?」
ユリアの淡い赤の瞳が突き刺すように俺を見た。
ん……? 何だ……? 僅かな違和感を覚えた。故に返す言葉に少し悩んだ。
「……それは……やはり夢が広がるからでしょうか。自分の知らない技術体系というのは何だか、調べたりすると面白いと思ってしまうんです。たとえ自分とは縁がない能力だったとしても」
『俺は不思議な力を持ってるので出所を知りたいのです』とは言わない。というか、言えない。
「……そうですか。それなら……そう、ですね……えっと、その、興味を持ってもらえて良かったです」
「こちらこそ、その色々質問に答えてもらってありがとうございます。教えて頂いたおかげで、分かることがだいぶ増えたと思います」
俺が答えると、なぜだかユリアは僅かに視線を逸らした。もしかしたら、彼女の真面目さゆえに、先程の俺の質問に答えられなかったことを申し訳なく思っているのかもしれない。
うーん、何だか悪い事をしてしまったかもな。何か言うべきか? いや、でも、ここで俺から何か言うのも、それはそれで変。うん。えっと、そうだな。えっと、そうだ、残りの二冊の本に関して考えよう。
ああ、でも、どうしようか。残りの二冊にも目を通したいが、そろそろ時間的に昼飯を食べたい。一回昼飯を食べに行くか……ああ、でも残りの二冊の片方がユリアがいないと戻せない本なんだよな。しまったな。普通に考えて、まず最初にユリアに戻してもらう本を読むべきだった。まあ、諦めてこの一冊は読まずに帰すか。なんかユリアには悪いことをしてしまったが、午後の時間まで拘束してしまうほうが悪いし、それでいこう。
「あー、ユリアさん。すみません。そろそろお昼を食べようと思っていて……なので、本は一旦戻そうと思います。なんか、態々ジャンプして取ってもらったのにすみません」
「い、いえ……大した事ではないですから。それより、あの、えっと……」
「はい?」
「午後はまた図書館に来ますか?」
「一応そのつもりです」
「そ、それなら……午後もご一緒してもいいでしょうか? そうすれば、この本も読めますから! どうでしょうか!?」
どこか慌てながらもユリアは提案してきた。
「それは、こちらとしては嬉しいお言葉ですが……」
なぜ、こんなに親切にしてくれるのだろうか。
「で、では! 午後もよろしくお願いいたします。あ、あと、その……よ、良ければですが……! あの、お昼をご一緒してもいいですか?」
なぜ……? まあ別に大丈夫だけど。
「ああ、はい、大丈夫です……あ!」
今、気づいた。
ユリアは俺が不信者だから色々と気になっているのかもしれない。スイが言っていたことなので若干怪しい情報だが、聖導師の役割の中には不信者の改宗もあるようだし、それができる機会を窺っているのかもしれない。もしかしたら、それで、少し挙動不審なところがあるのかもしれないな。なるほど。なんか納得だ。ユリアは真面目で熱心そうに見えるし、不信者の改宗に関しても熱意を持っているのかもしれない。
まあ、今のところ、自分としては改宗する気はあまり無いが、でも、お昼の時にそういったお話があったら、とりあえずお話は真面目に聞こう。色々と親切にしてもらったし。一応、宗教勧誘って考えるとちょっと怖い気もしなくはないけど、まあユリアは今まで見た感じ優しそうな雰囲気を持ってるし、強引な勧誘はしないでしょ。
むしろ、お昼を可愛らしい少女と過ごせるというのは前の世界では体験したことが無かった気がするので、貴重な体験になるかもしれないな。あ、でも、それはそれで、意識すると緊張しそうだな。
「……?! な、なにか問題ありましたか……?」
俺の感嘆に気付き、ユリアが間を置かず質問してきた。
「いえ。何でもないです」
さすがに、『俺に宗教勧誘しようとしているだろ』とかは言えないので誤魔化すことにした。