一章26話 異世界五日目 朝の礼拝③
「うん? いいけど、前にも言った通り、お兄さんには使えないよー?」
俺の問いかけに対してスイは、こともなげに答えた。
「ええ、その、ルティナさんに聞いたんですけど、聖なる術は魔術とは別系統の流れで使われていると聞いていて、どんな風な仕組みなのか知りたいんです。好奇心といいますか」
「まあ、別にいいけど。魔術との違いかー。どの辺が特に聞きたいの?」
「えっと、発動体や触媒がいらないって辺りに興味があって、呪文とかもいらないのですか?」
「基本的には必要ないかな。『力』はほぼ常時発動してるし、『癒し』も……お兄さん、私から離れるのが早いよ~。傷つくよー」
だって、『癒し』って言ってる辺りで俺の方をじっと見て、その上こっちに手を伸ばしてきたんだから仕方ない。一昨日の事を思い出すのは自然と言える。俺は痛いのは嫌なのだ。
「痛いのはちょっと駄目なんで」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。痛いのは最初だけだから。すぐ気持ち良くなれるよ~」
それ危ない薬物とかじゃない? 大丈夫? 本当に聖なる術なの?
「いや、ちょっと、そういうのは逆に怖いんで」
「うーん、まあ、お兄さんが怪我したときにとっておこうか。怪我したら教会に来ればすぐ癒してあげるよ」
「まあ、その時はよろしくお願いします」
ちょっと怖いけど。
「安心して身を任せていいよ~。ちゃーんと優しくするから」
スイは可愛らしくも邪悪な笑みを浮かべながら、両手の指をこちらに見せつけるようにわきわきさせた。そういうところが怖いんだよ。
「ある程度、覚悟が決まってからにしますね」
「大丈夫だってー。えーっと、それで。どこまで話したかな? ああ、呪文がいらないって所だね。魔術とはだいぶ違うからね。ついでに言うと、魔力もいらないよ。ただ、念じれば、それで発動するよ。『力』に関しては念じずとも、常に発動しているかな~。どう、参考になったかな?」
なんか魔術に比べると良い所ばっかだな。いや、まあ、魔術も十分凄いけど。
……あと、今のところ、俺の『感覚』と似ている点が多い。俺の『感覚』も何も消費せず、何も唱えずに発動している。遺跡に入ると自動で発動しているので、区分的には『力』に近い気がする。まさか本当に聖なる術だったりするのだろうか。
「それだけ聞くと、魔術よりも完全に勝ってますね。あれ? 魔術は魔力とか触媒とかリソースが色々と必要ですが、聖なる術は何を消費するんですか?」
「んー? 信心かな?」
「……はい?」
「別に何も消費しないよ。あえて言うならば、主の奇跡だから、聖導師には信心深さが求められるかなー?」
……いや、なんかパワーバランス崩れないか? 魔術師はギルドではかなり需要があった。それでも話を聞くと彼らは継戦能力に問題がありそうだった。聖導師にはそういった制限が一切存在しないということだろうか。ちょっと強すぎるな。
「なんか、凄すぎませんか?」
「そうだよ~。聖導師はとーっても凄いんだよ~、お兄さん。まー、その分希少で、滅多に聖導師はいないんだけどね~。このクリスクにも私を入れて二人しかいないよ」
そんな珍しい存在なのか。それならまあ、希少性には釣り合うか……? ん? 二人……ってことは、もう一人は昨日会ったユリアか。なんか不思議な気分だ。クリスクには二人しかいない滅茶苦茶希少な存在を二人とも知ることになるどは……
「クリスクに二人……一つの街に二人だとすると、あー、でも、国家単位だと結構いる事になりませんか?」
「うーん、むしろクリスクが多いって感じかなー。聖導師がいない街の方が多いし。えっと、クリスクと同じ大司教区だと……あー、大司教区っていうのは国ごとにある感じね。ここはミトラ王国なのでミトラ大司教区ね。それで、このミトラにいる聖導師の数だけど……うーん、たしか五人だったかな。いや、まあ、ある意味もっといるけど……あれは一人ってカウントでいいでしょ」
国に五人……滅茶苦茶希少だ。この国――ミトラ王国の人口にもよるけど、かなり希少だ。というか、それクリスクに二人いるのは確かに不思議だな。
「五分の二もクリスクにいると考えると確かに多いですね。なんか理由があるんですか?」
「うーん、理由かー…………まあ、何人か固まることはおかしくはないんだけど。むしろ分母が少ないの方かな。ちょっと特別な理由があって、ミトラ大司教区は聖導師の数が少ないんだよね。普通は十数人くらいは国にいるんだけど、ミトラ大司教区には五人しかいなんだよ。理由は秘密――でもないんだけど、まあ、お兄さんもこの国で活動していれば、そのうち分かるかもねー」
複雑な事情みたいだ。少し気になるが、まあ秘密ならいっか。いや秘密ではないみたいだけど、言いにくいならいいか。
「了解です。ちなみに聖なる術って本当に女性にしか使えないんですか?」
「おやおや、お兄さん。未練があるようだね~。でも、ざんねーん。前にも言った通り、清らかな乙女にしか使えないよー。それも才能のある子を小さい時から修行させて、やっと使えるようになるんだよ。だーかーらー、お兄さんが使えるようにはならいよ~」
じゃあ、俺の『感覚』は聖なる術ではなく別のものか。うーん、もし聖なる術の一部なら制御方法とか回数制限とか色々と調べられると思ったが、違うのか。
「そうでしたか。ちなみに聖なる術と同じように、リソース無しで使える技術ってありませんか?」
俺が聞くと、スイは俺の方をじっと見つめてきた。その表情は先ほどまでと同じく明るいものだったが、目が笑っていないように見えてしまった。
「…………、…………無いよ」
そうして随分と間を置いてから、スイは答えた。その声音は感情の色が抜けているように聞こえた。なんだろうか、何かおかしな質問になっていただろうか。俺が戸惑っていると、スイは笑顔を作り、口を開いた。
「いや~、お兄さん。楽して強くなりたいって気持ちは分かるけどー、人生そんな簡単にはいかないよ~。もっと一歩一歩少しずつ強くなっていこうねー」
その声は先ほどまでと同じように明るく、目にも同じような明るさが灯っていた。先ほどのは一体何だったのだろうか……
「確かに、その通りですね。あー、ちなみにスイさんは、こういった『聖なる術』のような技術とか知識とか、そういったものが保存されてある……まあ図書館みたいな場所って知ってたりしますか?」
「図書館みたいというか、図書館なら、この聖堂の中にあるよ、お兄さん」
「え、あるんですか?」
「あるよ、あるよ。私は眠くなるから、あんまり行かないけど、『ティリア礼拝堂』の隣の隣にある大きな建物が聖堂図書館だよ。色々な本があるから気になるなら見てみたらどうかな。魔術や聖なる術に関する本もあると思うよー」
おお、灯台下暗しってやつか。探し求めていた知識の集積所が意外なところにあるものだ。丁度良いし、この朝の礼拝が終わったら行くか。もしかしたら、スイが知らないだけで、俺の『感覚』についての情報もあるかもしれないし。
「そうなんですか、ありがとうございます。後で行ってみますね」
「ちなみに今日は、こわーい司書さんがいるから、本を探すときは気を付けてね。お兄さん」
スイはニヤリと悪い笑みを浮かべた
「……司書さんそんなに怖いんですか?」
「すっごく怖いよー。お兄さんが図書館で少しでも悪いことをしたら、『力』で強化された拳がお兄さんのお腹に食い込むよー」
なにそれ、めっちゃ痛そう。
「『力』で強化……? ということは、その司書さんは聖導師の方なんですか?」
「おおっと。余計な事を言っちゃったかな。まー、そんなところだよ~。あ、あとお兄さん。私がお兄さんにこわーい司書さんのことを密告したって言っちゃダメだからねー」
「別に言わないですよ」
「拷問されても仲間のことは秘密にするのだぞ~」
「痛いのは苦手なので、拷問される前に売ると思います」
「なんと薄情な~」
「まあ、図書館内では怖い人に目をつけられないようにするので、スイさんの名前を挙げる機会は無いと思いますよ」
「うむうむ、よろしい~」
その後もスイと雑談を続け、十数分くらいすると鐘が鳴り響き、朝の礼拝は終了となった。