一章25話 異世界五日目 朝の礼拝②
「ええ、まあ、会いましたよ。ん? 嬉しそうに……?」
話題の急変に戸惑いつつもスイの言葉に答える。
「嬉しそうだったよー。ルティナは世話好きな……うん? 世話好き……? うーん、才能好き、うーん違うな~。まあなんか好きな性格してるからねー」
世話好き、才能好き、なんか好き……まあ、言っている事は分からなくも無いが、ルティナはよく怒っているイメージがあるから、彼女が嬉しそうにしていたというのは少し疑問だ。
「なるほど。まあ、確かにお世話になりました。ちょっと魔術の事を勉強したかったので助かりました」
「ふーん……と、こ、ろ、で、お兄さん。ルティナに今日私と会うって話したでしょー」
水色の瞳がわくわくとしたように、こちらを捉えた。
「……ええ、まあ。しましたが……駄目でしたか?」
特に駄目な理由は無さそうなのだが。
「ダメだよー。おかげでルティナにお説教されちゃったよー。朝の礼拝にはちゃんと参加しろーって」
ああ、そういうことか。ん? でも結局俺と一緒にいるということは……
「ルティナさんのお説教は、あまり効果が無かったようですね」
俺の余計な一言が癇に障ったのか、スイは咎めるようにこちらを見た。
「お兄さん。話を誤魔化さないの。おかげで今日はいつもより睡眠時間が短くなっちゃったんだよー。お兄さん、責任とってよ~」
何に関しての責任なのだろうか……
「ええっと?」
「惚けない、惚けない。お兄さん。責任だよ、せーきーにーんー」
惚けていないんだけど。
「え、いや、まあ、それはスイさんの方が、まあ、何と言うか、悪いのでは……?」
「えー、二人でこんなに礼拝したのに……梯子を外された気分だよ~」
まだ、二回分しか礼拝してない……というか、俺とスイのやっていることは朝に駄弁っているだけだ。だからそもそも礼拝じゃない。もっと言うと、スイは礼拝をサボっている。
「その梯子、そもそも用意したのも架けたのもスイさんなのでは……?」
「でもお兄さんも梯子に触ったから共犯だよ~。きょーはん。大人しく、罪を認めたまえ~」
「ええっと。つまり昨日眠れなかったから、今眠いって話ですか?」
「ちーがーうーよー。お兄さんが責任を取るのか取らないのかって話だよ~」
「……? ……? ちなみに、どう責任を取って欲しいんですか?」
「うむうむ、やっと己の罪と向き合う気になりましたかー。では判決! お兄さんは、ちゃんと明日も私の話し相手として、ここに来ること! 分かったかなー?」
…………いや、別に、いいんだけど。でも、それってまたルティナに怒られないか……? いや、まあ、怒られるのは俺じゃなくてスイなんだけどさ。
「いや、まあ、一応、前から約束したので、言われなくても来たとは思いますが」
「本当かなー? お兄さん、昨日ルティナに魔術について教わったんでしょ。前にも言ったけど探索者は魔術の研鑽が大好きだし、お兄さんも本当は今はそっちに夢中で礼拝が億劫になってるんじゃないの~?」
そもそも礼拝はしていないけどね。まあ、スイと話をするのは別に不快でもないし、むしろ生活習慣を朝型にするのに丁度いいくらいだ。
「いや、魔術については後で勉強する事になっている、といいますか。まあ、仮に魔術について勉強したとしても朝の時間は空いているので、こちらに来ることはできると思いますよ」
「ほうほう? してその心は?」
……? いや、心はって聞かれてもな……
「え、いや? 特には? まあ、そんなに忙しくもないって感じですかね? 心はって聞かれると何とも……」
俺が答えると、スイは少し不思議そうな顔をした。はて? なんかおかしなことを言っただろうか。
「ふむふむ。お兄さんは余裕があると、なるほど、なるほど。では余裕があるお兄さんには、私がクリスクにいる間は話し相手になってもらおーかなー?」
「ええ、まあ別に大丈夫ですよ。でも、その言い方からするとスイさんは近々クリスクを離れられるんですか?」
「うん? いやー、特にその予定は無いけど、聖導師は偶に配置換えがあるから、それでクリスクから別の所に移動することはあるかな。まー、その時は諦めて次の生贄を探すことにするよー。ああ、でも……お兄さんが、どーしてもスイちゃんみたいな美少女と朝のお話がしたいようなら、次の赴任先についてきてもいいよ~。どうせ遺跡がある街に行く事になるだろうし」
自分で美少女って言うな。いや、まあ実際かなりの美少女だけど。
「まあ、その時は、状況によると思いますが、色々と検討を重ねた上で決断したいと思います」
このままずっとクリスクで活動するかは未定だが、状況によってはスイを追って移動するのも選択肢としてはあり得るとは思う。実際、スイは高位の能力を持っているみたいだし、知人として近いところにいるとメリットがありそうだ。
まあ、そういった損得抜きに考えても、この世界で知り合った数少ない出会いの縁を持ち続けるという意味でもスイを追っかけるのは選択肢としてアリといえばアリだろう。
「うわ~、事務的な断り文句。ここは、『一緒についていきます。スイちゃんの朝の会話の生贄になります』って潔く言うところだよ~。ぶーぶー」
さっきも気になったが、自分で自分の話し相手を生贄と言うのか……
「いえ、別に断っているわけではないですよ」
本当に状況によるとしか言いようがない。先程考えたように付いて行くことだってあるだろう。逆に、その時にクリスクに居続けなければいけないのなら、スイには付いて行かずクリスクに残るだろう。もしくは何らかの理由で既にクリスクにいないということだってあるかもしれない。全ては巡り合わせ次第なのだから。
「まあ、いいや。先の事を気にせても仕方がないか。それに、少なくとも、お兄さんは私がクリスクを離れるまでは話し相手になってくれるみたいだからね。それで満足しよー」
スイは片手に握りこぶしを作り、ガッツポーズをして見せた。
「ええ、まあ、大丈夫ですよ。ところで、何でそんなに話し相手が欲しいんですか?」
「前にも言ったけど、朝は眠いからだよー。お兄さんは反応が微妙に独特で面白いし、相性も良さそうだから。あと何よりカテナ教徒じゃないからねー」
「カテナ教徒じゃないから……ですか」
「やっぱり同じ信徒だと、聖導師に対してはちょっと距離があるから、話しにくいんだよね。逆に距離が近い人もいるけど、それはそれでルティナみたいに『礼拝をサボっちゃダメだよ!』って言ってくるし~。お兄さんくらいの距離感が丁度いいね」
他人事だから、そんなに干渉するべきことではないだろうが、一応ルティナの言う事を聞いた方がいいような気もするのだが。
「えっと、まあ同じ梯子に足を乗せている自分が言うのも何ですが、ルティナさんの言う事もまあ、一理あるのでは……?」
「いやいや、私には朝の礼拝よりも大事なことがあるからね」
「大事な事? 眠気を抑える事ですか?」
「ちーがーうーよー。お兄さんという主を信じていない人に主の言葉を届ける事だよ。誰が相手であってもめげずに対話を続けることで、信仰の環は広がるんだよ。うーん、我ながら、まさに聖導師として相応しい活躍だなー」
スイから主の言葉とやらを聞いたことは一度も無い気がするが……
「つまり朝の眠気を抑える事ですね」
「お兄さんやルティナには、この領域の話は分からないかな~」
誰も分からないんじゃないかな。
「なるほど。ところで、話は変わりますが、聖なる術について幾つか聞いてもいいですか?」
スイのペースに巻き込まれて忘れてしまいそうなので、今のうちに聞きたい事を聞いておこう。