一章23話 異世界四日目 ルティナの魔術講座③
「――それで、呪文だけど、カイが適性がありそうな風の呪文だと……『刃』と『攪拌』、あと『風鎧』かな。風の魔術師だとこの三つを覚えている人は多いよ。だいたい名前で分かると思うけど、一応説明するね」
ルティナは一度言葉を切った。
「まず、『刃』。これは魔力を鋭利な風の刃に変化させて飛ばす呪文。威力や射程距離なんかは込める魔力の量で結構変わるけど、低層の魔獣なら一撃で仕留められる場合が多いよ。ある程度の使い手なら10層くらいまで、これだけで戦えるかな」
10層って、結構強いな。昼組の平均到達度を大きく超えてるし、なんなら夕方組の平均より高いかもしれない。なるほど、そりゃ魔術師が人気な訳だ。それにルティナの言葉を聞くと努力次第で魔術は伸ばせるように聞こえる。
なるほど、スイが言ってた探索者は魔術の研鑽が好きって言葉の意味が分かってきた。これは確かに探索者なら魔術を磨きたくなるな。
「次は『攪拌』。これは周囲の魔力変化を乱す呪文。低層だと関係ないんだけど、中層以降は魔力のうねりや魔術的な毒素が発生している場所があるから、この呪文の使い手がいると探索のしやすさが大きく変わるの。クリスク遺跡だと、特に8層と13層で役立つよ。将来、そのあたりまで行くパーティーに入るなら覚えておくといいんじゃない」
これは、俺の知識だといまいちわからないが、高位の探索者であるルティナが言うからには重要な技術なのだろう。遺跡の危険地帯突破用って感じかな。
「最後の『風鎧』。これは魔力でできた風を鎧のようにして体に纏う技。魔力の消費も大きいけど、魔術師の生存性が大きく上がるから個人的には一番風の魔術師に覚えておいてほしい呪文かな。たまに他人に付与できる人もいて、そういう人は戦略性がだいぶ上がるからパーティーでの需要も高いよ。まあ、さすがにそこまで極めるには努力の他にも才能――生まれつきの魔力量も必要だから、カイはそこまでできるか分からないけど。でも、まあ、遺跡で生き残りやすくなるから、できるだけ覚えておいた方がいいよ。なんなら『刃』よりもこっちの方がいいくらいかも」
生存性は大事だし異論はない。どれも2層以降に踏み込むなら覚えておいて損はないだろう。まあ適性などもあるようだし、上手く覚えられるかどうか分からないが。
「風の魔術師を目指すならこのあたりは押さえておくといいよ。まあ、実際は魔術を学ぶのはお金もかかるし難しいよ。独学だとしても最低限の準備だけでも金貨10枚以上はするからね。カイは勉強できる方?」
普通くらいだと思う。あ、でも呪文が語学に関わるとすると、自信はあまりないな。自慢では無いが、俺の第一、第二外来語はどちらも得意ではない。あれ、もしかして、俺は魔術を覚えられない……?
「そこそこ、だと思いますが……呪文って何語で書かれてますか?」
ルティナはメモ帳に素早く何かを書き込んだ。
「魔術言語だよ。これだけど読める?」
そう言ってメモ帳をこちらに見せてきた。読めん。うーん、こっちの世界の文字はなぜか自然と読めたのだが、ルティナが書いてくれた不思議な文字は読めないようだ。
「読めないです。これ何て読むんですか?」
俺が聞くとルティナは小さく口を開き、何かを呟いた。
「――――」
ん? 今、何て言った?
「今読み上げました?」
「魔術言語は難しいから、初めてだと聞き取りずらいかも。もう一回読むね」
そう言って、再び呟く。
「――――」
が、聞き取れない。いや、本当に何て発音してるんだ。「キュ」とか「エ」みたいな音が聞こえたようにも思ったが……駄目だ。わからん。
「ちょっと聞き取れないですね。ちなみにどんな意味の言葉なんですか?」
「『光よ、来たれ』、光源を発生させる光の魔術。たぶん一番簡単な魔術言語だよ。これが聞き取れないレベルだと魔術は難しいね。少なくとも独学だと無理だよ」
無理か。残念。魔術使ってみたかったが、俺には難しいようだ。
「独学以外の方法となると……どこかで教えて貰う形ですかね?」
「まあ、それしかないと思うよ。魔術大学で学ぶか、あとは誰かに弟子入りするかだね。前者はお金がだいぶかかるし、後者はお金以外にもコネがいるね。一応言っておくけど、『安く教えるから』って行ってくる人はだいたい詐欺師か三流魔術師だから、お金払っちゃダメだよ」
「ああ、そういう詐欺ってあるんですね。気を付けます。三流魔術師に教わるのは何か法律などで禁止されてるんですか?」
「そうじゃないけど、魔術は危険だから三流に教わるのは危ないって事だよ。だからカイもできるだけちゃんとした人から教わりなよ」
「了解です、先輩。ちなみに先輩は魔術師としても、やっぱり一流なんですか?」
お世辞に弱そうだし、上手く褒めれたら、魔術を教えて貰ったりできないかなと一瞬思ってしまった。いや、流石にそれは余りにも図々しすぎる考えか。
「当然、一流だよ。でも私、弟子は取らないことにしてるから、カイには教えられないよ。まあ、適性が違うっていのもあるけどね」
流石に無理だよな。まあ、当たり前だな。
「ルティナさんの適性は光でしたっけ? 風はそんなに無いってことですか?」
「適性は生まれつきだからね。私が使えるのは光と炎、あと水が少しってところかな」
「ちなみに風使いって珍しかったりします?」
「そうでもないよ。適性はそんなにバラつきは無いはず。まあ、教会が力を入れてるから光の適性を持った人は多いかな。実際、光の魔術師は便利だしね。風は、一流レベルだと、私の知り合いには5人くらいいるよ」
結構いるみたいだ。まあ、ルティナの顔が広いのかもしれないが。そうだ! ちょっと図々しい質問をしてみよう。いや、もうさっきから十分図々しいか。でもルティナは人が良さそうな感じがするし、質問したら答えてくれそうだ。
「ちなみに、その中に弟子をとっても良い……なんてー、人は、いたりしますか……?」
流石に図々しさが凄いので、俺もちょっと途中で声がズレてしまった。
「……難しいかな。皆、探索者だし、探索者の弟子は取りにくいよ」
「探索者だと難しい……ですか?」
「うん。まあ、敵に塩は送らないというか、強い探索者を育てちゃうと遺跡での自分の取り分が減るって考え方があるからね。他にも強い魔術師の探索者がいると、自分の需要が減るっていう考え方もあるかな。だから、弟子は簡単には取りにくいし、もし弟子を取るとしたら、元々信頼関係があるかってことが優先されるんじゃないかな。だから会ったばかりのカイには教えないと思うよ」
なるほど。そう甘くはないということか。俺が黙っていると、ルティナは言葉を続けた。
「まあ、でも、カイの才能次第って点もあるかな。あんまり魔術の才能が無いなら、安心して少しぐらい教えてくれるかも。もちろんカイがそれ相応のお金を払えば、だけどね」
ほう。ちょっと気になるな。さっきの魔術言語から考えるに、たぶん才能あんまり無いだろうし、ワンチャンあるかもな。
「おお、ちょっと希望が見えてきました。たぶん才能無い方な気がするので……」
「それなら、まあ紹介してあげもいいけど……」
ルティナはそこで言葉を止めて、含み笑いをした。なんだ……?
「えっと、紹介していただけるのでしたら、本当に有難いのですが、何かありますか?」
「紹介料。取るよ」
「おいくらですか?」
「驚かないんだね」
「いえ、まあ、流石に、タダで紹介していただけるというのは難しいと自分でも思っていましたので」
俺が答えると、なぜかルティナは顔をしかめた。
「ふーん、やっぱり生意気。本当なら金貨2枚にしようと思ったけど、生意気だから金貨10枚。これを現物で払えたら紹介してあげるよ。ただし、相手の説得まではしないから、弟子入りできなくても紹介料は返さないよ。それでもいいならだけどね」
金貨10枚か。物価から考えるとかなり高額だが……魔術の有用性を考えると、むしろ少し安いかもしれない。まあ、俺の財産から考えると滅茶苦茶安いな。これは紹介してもらう方向で良さそうだな。
「今すぐには出せませんが、いつか用意しますので、その時に紹介していただけますか」
本当は今すぐ出せるけど、そんな大金を持っていたらルティナ視点では色々と不自然だ。だから後でという事にしておこう。4層レベルでの収入と考えると自然なタイミングは……結構先になりそうだな。
「え、交渉せずに払う気……一応言っておくけど、スイから借りるのは無しだからね。あと今スイに借りてるお金を返した上で、金貨10枚だよ。本当に準備できるの?」
あー、なるほど。考えなかったが、『スイから借りる』っていうアイディアは妙案だな。
いや色々と道義的にはアレな気もするけど、スイの雰囲気からして、あと金貨5枚くらいは融資してくれそうな感じがする。俺に金が無かったら、もしかしたらやったかもしれない手だな。魔術が使えれば、より探索領域を広げられるし、魔術師になれば返済の目途が付きそうだし、実際やったかもしれないな。ああ、いや、俺は人から金を借りるのは、どちらかと言うと抵抗を感じるタイプだから実際に思いついてもやったかは微妙か?
「そうですね。はい。スイさんに借りたお金を返してからにします」
「あ! やっぱりスイから追加で借りる気だったでしょ……! そういうのは分かるんだから! 本当に抜け目ない!」
違うけど……まあ、ルティナ視点だとそう考えた方が自然か。一応フォローした方が良さそうだな。さて、何て言い訳しよう。いや言い訳では無いか……
「いえいえ、勿論自分で稼ぐつもりでしたよ。時間はかかるとは思いますが、自信はそこそこあるつもりです」
「それはそれで生意気だよ。普通は金貨10枚なんて大見得を切らないんだけど、普段着で4層行けるぐらい才能と度胸があれば言えちゃうのかな。結局ちゃんと払えそうなところが、腹が立つんだよね」
ルティナは良い人っぽいのに、なんか所々で刺々しいんだよな。なんでだろう。これでルティナが3層くらいの人なら分かるのだが、深層に行っている人らしいので、いまいち分からないな……格下のことなんてどうでもいいだろうに。ああ、いや、どうでもよくないから、色々とアドバイスしてくるのかな。そうすると、ルティナの親切さと刺々しさは表裏一体の関係にあるわけか。
なんとなく思ったが、ギルド視点とルティナ視点が共有されたら、ルティナは怒り狂いそうなイメージがあるな。なんとなくだが。まあ、そうならないように上手く言葉を選んで会話をしていこう。
「あー、それは、すみません。とりあえず、頑張ってお金を集めますね」
「その余裕ぶってる態度が……! あー! もう! 後で足りないって言っても銅貨1枚たりともまけてあげないんだからねっ!」
お怒りのようだ。ふと気づいたが、もしかたら、俺の言動に怒っているのかもしれない。仕草とか言い回しとか、そういう些細な点が気になるのかも。いや、でもそれって変えるの難しいな……とりあえず、ルティナと話すときはもうちょっと余裕がない方がいいのか? 緊張とかした方がいいのかな?
いや、でも俺って態度には出てないかもしれないけど、普段から結構緊張しているつもりなのだが。嘘になりにくい言い方とか、視点とか色々と自分なりに気にしているのだが。うーん。難しいなー。
それからルティナの怒りを鎮めつつ、魔術に関してさらに幾つか注意点などを教えて貰った。纏めると、色々と準備が必要な技術だが、その準備をかけるだけの価値があるものだと感じた。まあ、習うのに時間がかかりそうだし、直近でどうしても必要となるものでは無さそうだ。魔術に関しては、落ち着いてから少しずつ手を出していければいいだろう。
ルティナとは軽食店で別れた。紹介の件は準備ができ次第何時でも良いとのことだ。会う方法を尋ねたところ、「紹介してほしくなったら、スイに言ってくれれば予定を空けておくから」とのことだった。まあ、紹介してもらうのは、しばらく後になるし、特に問題は無さそうだな
こっちの世界での活動も少しずつ慣れてきた。まだ四日しか経っていないというのが嘘のようだ。衣食住も安定してきたし、考え方によっては、こちらに来てからの方が調子が良いと思えるかもしれない。
まあ、治安とかは前の世界の方が良いと思うし、こっちは魔獣という存在もあるから、総合的に考えれば前の世界の方が安全だと思うが……やはり、金に余裕があるからだろう。
金に余裕があるから比較的治安が良い場所で美味しいものを食べながら暮らしていることができる。金に余裕があるから魔獣とも戦わなくてすむ。だから、前の世界よりも、今の方が安定しているように感じるのだろう。
うーん、やはりお金は大事だ。しばらくは余裕があるが、今後を考えると、もう少し稼いでおいてもいいだろう。そのためにも自分の『感覚』について知る必要がある。今日は魔術から追って調べてみたが残念ながらハズレだった。次は聖なる術だろうか。明日スイにその事を聞いてみよう。あ、あと、今日は探索の準備の方もあまり進まなかったから、それも近いうちに進めないとな。まあ、まだまだ余裕はある。焦らずに少しずつ進んで行こう。
そう思いながら、眠りにつくのであった。