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三章幕間 ユリアとうさぎ


 ヒストガ王国のヴィアダクタの街の外れ。


 雪で覆われた場所に、不思議な髪色――ピンクブロンドの髪の少女が一人立っていた。

 曇り空の下、薄暗い光が彼女を照らしているが、その表情はどこか憂いを帯びている。外套に身を包んだ彼女姿は少し困り気で、寒さで頬を僅かに染めていた。足元には、深く積もった雪が少女のブーツの一部を埋めていた。雪は少女の存在をぼかし、その場に立ち尽くす彼女を周囲の風景に溶け込ませているかのようだった。

 少女が佇む場所は、ヴィアダクタの街の外れの閑散とした一角で、そこから街全体を見渡すことができた。しかし今は、どこを見ても雪に埋もれた景色しか目に映らない。遠くには、雪に覆われた森がぼんやりと輪郭を浮かべ、灰色の空と地平線が混ざり合うように見える。風が弱く吹くたびに、雪の表面がささやくような音を立て、彼女の外套の裾を微かに揺らした。


 少女――聖導師であるユリアにはいくつもの悩みがあった。

 悪魔憑き追跡の行き詰まり――藤ヶ崎戒が立ち寄ったとされるヴィアダクタの街での調査の進展がなく、おまけに交通網は遮断されて動くこともできない。リュドミラはなぜか、追跡よりもユリアの修行を優先させている。追跡に興味を失ったのか、それとも修行をつけるのが楽しいのか、はたまた何か目的があるのか、ユリアにはリュドミラの心が分からなかった。修行の際に、よく巻き込まれるルティナへの申し訳ないという気持ちもあった。そして、藤ヶ崎戒への複雑な心もあった。


 ユリアの溜息が静寂の中で木霊した。

 そして不意にユリアの視界に動くものが現れた。

 白い影が、ふわりと雪の上を駆け抜ける。それは一匹の白い兎だった。雪とほとんど区別がつかないほどの純白の毛並みを持つその兎は、軽やかに足を運びながら、ユリアの前に立ち止まった。

 澄んだ瞳がユリアをじっと見つめた。ユリアは急にそわそわとし始めた。


 そわそわと、ユリアは辺りを確認した。周囲には誰もいなかった。

 再度ユリアは辺りを確認した。周囲には誰もいなかった。

 もう一度だけ周囲を確認したユリアは慎重に兎に近づいた。

 兎は訝し気にユリアを見た。ユリアは一瞬ビクリと体を震わせ、動きを止めた。


「こ、怖くないよ~。だ、大丈夫だよ~」


 精一杯の優しい笑顔とともにユリアは、ゆっくりと兎を刺激しないように慎重に近づいた。

 兎はユリアの不器用な様子を見て、仕方がないとばかりにユリアの方に近づいた。そして、ぽわっと跳ねるとユリアの腕に飛び込んだ。


「わぁ……」


 兎の思わぬ行動にユリアは驚きつつも、慎重な手つきで兎を支えて、ゆっくりと撫で始めた。兎は少し退屈そうに体を延ばした。

 ユリアは緊張しつつも、懸命に兎を撫でた。

 もふもふとした毛皮が、小さな温かみが、可愛らしい小動物の存在が、ユリアを癒した。

 撫でられていた兎も、気づけばユリアの撫で方を気に入ったのか、だんだんと体を溶かしていった。

 数分間、ユリアはただただ兎を撫で続けた。


「えへへ……」


 穏やかな笑みを浮かべながら、ユリアは溶ける兎を眺めた。

 至福の時であった。





 しかし、幸せな時間はいつまでも続かない。


「ユリアちゃん?」


 その声が、静寂とした場を切り裂いた。

 ユリアの手の中にいた兎が慌てたように逃げ出した。ユリアの優しさで鈍っていた兎の危険探知能力が、新たにこの場に現れた人物の覇気に反応したからだ。


「……ぁ」


 小さな音がユリアの口から漏れた。

 手元からするりと抜け出し、遥か彼方へ駆けていった兎を、ユリアは悲しそうに見ていた。


「兎? あ、ごめんね。逃げられちゃったね。んっと、ここからだと当たらないかな」


 新たに現れた茜髪の美少女――ルティナは背中に身に着けていた短槍を手に持つと、逃げた兎の方へと向けたが、すぐに構えを解いた。


「あ、い、いえっ! その、今の兎は食べる用じゃなくて……」


「? そうなの? ヒストガは料理が美味しくないし、てっきりユリアちゃんのことだから、皆に気を利かせて獲物を狩りに来たんだと思ったんだけど、違った?」


 ルティナは小動物を可愛がるという習慣は無かった。そして、何よりミトラ王国の味に慣れたルティナにとってヒストガ王国の味は好ましいものではなく、これならば、自分たちで料理を作った方がマシだと判断したのだ。冬場の兎肉、どのように料理しても美味いだろうとルティナは考えていた。


「え、えーっと、その、すみません。何となく街の外れに来ちゃって……少し疲れちゃったのかもしれません。リュドミラ様に今日は休みの許可を貰えたので……ええっと、ルティナさんはどうして、ここに?」


 ユリアは言い訳のような言葉を口にした後、話題を逸らすためにルティナに問いかけた。ルティナに小動物を可愛がっていたなどと言うのは、ユリアにとって何となく恥ずかしかったのだ。


「ここにいるのは休憩が半分、あとユリアちゃんがいるかなって思ったのも半分かな。私も聖具の練習で大変だったから……あの聖女様本当に容赦ないからね。まあ、でも必要なことだとは思うし、ユリアちゃんのためになるからいいけど。それで、ユリアちゃんのことも一応探してて、もしよかったら、一緒に料理でも作らない? アストリッドさんも呼んだりしてさ。どうかな?」


「ああ、えっと、そうですね……あ、いえ、その、その前に、ルティナさん、体の方は大丈夫ですか……? その聖具で、だいぶ負荷がかかってますよね。昨日の分は私も『癒し』ましたけど、今は大丈夫ですか?」


 そう言ってユリアはルティナに手を向けた。再度、聖なる術の『癒し』をかけられると示したのだ。


「ううん、大丈夫だよ。あの聖女様にだいぶかけてもらったから。そういう所はしっかりしてるんだよね聖女様。それに、変な話だけど、聖具の実習台にされる前よりも今の方が調子が良いくらい。ユリアちゃんの『癒し』もだいぶ凄いけど、聖女様のは本当にずば抜けてるね……『体』の方は今まで一番調子が良いくらいかな」


 ルティナは『体』の部分を少し強調して言った。ユリアはその意味がすぐに分かった。『心』の方はあまり良くないということに。


「そ、そうですか……え、えっと、それなら、もし良ければ、私もルティナさんと一緒に料理したいです。久しぶりですよね」


 もう少しだけ一人で佇みたい気持ちもあったユリアであったが、ルティナに気を遣い、彼女と共に行動することにした。


「そうだね。終日で遺跡に潜っていた時は、ユリアちゃんやアストリッドさんと料理することもあったけど、最近は潜ってなかったからね。マリエッタが初めてパーティーに入った時は凄かったね。大量の酒を料理に入れようとしたり……」


「あはは……あの頃のマリエッタさんは今より凄かった気がします。ところでルティナさんは――」


 そうして、ユリアとルティナは仲良く仮拠点へと戻った。二人で料理を作り、久しぶりの美味しい料理の味を楽しんだのであった。



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