3章35話 リーシアと手繋ぎ
そうして、宿屋からの帰り道。大変なことが起こった。
それは、宿の外に出て、『やはり寒いな』と感じた時のことだった。
「ロラン、あの、ちょっと、いいかしら……?」
リーシアがどこか緊張したような顔でこちらを見た。緊張で体がガチガチに見える。それに頬がかなり赤い。一体何が起こるんだ?
「う、うん。大丈夫だよ。どうしたの?」
「あ、あのね、嫌だったらいいのよ、嫌だったら……でも、良かったら、手を繋がないかしら――ほらっ! さ、寒いから……、その手が、寒いから……温まると思ったの……そ、その変な意味じゃないのよ……?」
喋りながらも、リーシアの頬の色はどんどん赤く染まっていく。
何と言うか、いつも以上に懸命だ。これは『嫌』って言ったら傷つけてしまいそうだ。
「あ、あ、そうだね。寒いから、そうだね……」
「……!! そ、そうね、寒いから。つ、繋ぎましょう……!」
緊張と興奮、喜びが混じったような表情をリーシアは浮かべた。そして、いそいそと俺の手を握った。
とても温かい手だ。ちょっと意外だ。何と言うか、リーシアは雪が似合う系少女なので、手も冷たいと思ったのだ。凄い温かい。リーシアは雪属性かと思ったが、温属性かもしれないな。
いや、なんか俺も現実逃避したが、普通に緊張してきた。
こんな可愛くて優しい少女が懸命に俺の手を握っているのだ。なんか変な力が手にかかってしまいそうだ。手に力が入ってリーシアを傷つけたりしたらいけないので、できるだけ力が入らないように優しく握る。なんか手に意識を集中させたせいで、余計にリーシアを肌で感じてしまう。
いかんいかん、俺までドキドキしてきた。
ふー、ふー、冷静に、冷静に……
「え、えっと、屋敷に戻ろうか……!」
「そ、そうね……!」
俺もリーシアも緊張しているのか、どこか上の空なのか、上手く会話ができずに無言で歩いていく。途中チラリとリーシアを見る。顔が赤い。たぶん俺も顔が赤い。あ、リーシアがこちらをチラ見した。なんか、俺とリーシアは同じことを考えているようだ。
あ、リーシアが俺と目が合ったのが気まずくなったのか目を逸らした。なんか俺も気まずくなってきた。なんか、えっと喋った方がいいよな……?
「えっと、その、リーシアって手が温かいんだね」
あ、駄目だ。頭が上手く回らず、凄い意味不明な話の切り出し方をしてしまった。
「そうかしら……?」
リーシアが不思議そうな顔をした。どうしよう。この話続けるべきか……?
ええいっ。続けちゃえっ!
「あ、うん。熱いくらいかも……こんなに外が寒いと、温度差で火傷しちゃったり――」
ちょっとした冗談のつもりだったのだ。
対して面白くはないだろうけど、でもなんか言っとかなくてはと思い口にしたのだ。
しかし、全てを言い切るよりも早く、リーシアが慌てたように手を放した。そして、驚いたような顔でこちらを見た。一瞬、ドン引きされたのかと警戒する。しかし、すぐに、リーシアが心配したような顔になった。
「大丈夫っ……!? ロラン、火傷してないっ……!?」
リーシアは両手で、俺の手を包むように持つ。そしてじっとこちらの手を注意深く確認する。
いや、その……本当に火傷するわけがないというか……いや、これは俺が悪いんだけどさ。
「いや、大丈夫だよ。その、ゴメン、その温かかったから。何となく思った事適当に口にしてた。ごめん……」
俺が謝ると、リーシアは安心したように脱力した。俺が火傷をしていなかったかだいぶ心配してくれたようだ。
一通り、リーシアとわちゃわちゃした後、もう一度手を繋いで、屋敷へと帰った。なお、もう一度手を握った時は、先程よりもリーシアの手が冷たかった。頬の色も赤色が薄れていたことを考えると、リーシアは温属性なのではなく、単に緊張して体温が上がっていたのかもしれない。
つまり、さっきの一連の騒動は全部俺のせいかもしれない。すまない、リーシア……
※
なお、屋敷に到着する少し前でリーシアとの手繋ぎを解除したのだが、ルミにはバレてしまった。屋敷に着くや否や、ルミがどこからともなく現れて、「お帰りなさいっ! リーシア様、ロランさん!」と言ってくれたのだが、そこで、急にルミが俺の手を嗅ぎ始めたのだ。そして、すぐに、
「リーシア様の匂いがします! 手を繋いだんですね!」
と大きな声を出したのだ。リーシアは顔を真っ赤にした。他人に指摘されると、より恥ずかしく感じるのかもしれない。
「ルミちゃん、は、恥ずかしいから……」
あわあわとリーシアがルミの口を塞ぐ。ルミはにっこりと笑った。
「今日は、二人の初めての大切な日ですからっ! ご飯は腕によりをかけますねっ!」
その日の食事はいつも以上に豪勢であった。