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3章34話 リーシアとロランの宿


 吹雪が止んで数日が経過した。


 俺は未だにリーシア屋敷に留まっている。

 これには大きな理由がある。宿に戻ろうとすると、リーシアが何度も引き留めるからだ。さすがに居座るのは良くないと思い、俺も少しだけ強気に宿に戻ろうとするのだが、そうすると、リーシアがとても悲しそうにこちらを見るものだから、だらだらと滞在期間が伸びてしまった。しょんぼりモードのリーシアはある意味最強のリーシアだ……


 滞在期間の間も、緩やかでほのぼのとした日々だった。『ほのぼの異世界生活~気ままに生きる日々~』といった感じだ。


 大雪の後のせいか、窓から見える雪景色と太陽の光のコントラストは美しく、冬ならではの季節感を与えてくれる。

 そして、そんな寒い外の空気にたまに触れつつも、多くは屋敷の中の暖炉でほのぼのと暖まり、ボードゲームをしたり、ジグソーパズルをしたり、読書に励んだり、雑談したり、うさぎと触れ合ったり、美味しい料理を食べたり、紅茶やチョコレートなどの嗜好品を口にしたりと、大変まったりと素晴らしく心地よい日々を過ごしていった。

 もしユリアとかいなかったら、このままここでのんびりとずっと過ごしてしまいたいと、堕落した俺は考えてしまうところだ。俺は元々はもう少し勤勉だった気がしたが……これが闇堕ちってやつか……? ああ、いや、言う程勤勉でもないか……むしろリデッサス遺跡街からの逃亡の時だけ妙に勤勉だったな。あの時、逆に光堕ちしてたのかもしれないな……


 ああ、そういえば、こんな寒い日々であるが、リーシアとルミは時折姿を消すことがある。二人同時に姿を消したりしないのだが、片方だけいなくなってしまうことがあるのだ。

 ぼんやりと理由を聞いてみたところ、お仕事が関わっているらしい。たぶんだが工房に行っているのだろう。

 実際、この前、工房から帰って来たと思われるルミが黒い加工道具のようなものを腰に吊るしているのを見てしまった。何となく前の世界の羽子板に似ているが別物だろう。黒い細長い板のところどころに鋲が付けられている。鋲には赤色の塗料のようなものが付着していたことを考えると、何かの制作物の加工に使うものだろう。俺はそういった物づくりに詳しくはないが、たぶん高級魔道具の加工に使うんじゃないかと推測している。

 というか実際、気になってルミに聞いたら、ルミからは「これは加工道具です!」という朗らかな返事が返ってきた。やはり俺の推測は間違っていなかった。


 寒い中でもお仕事をしっかりする二人の姿は大変立派である。闇堕ちしてしまった俺には眩しいくらいだ。


 ちなみにまだテチュカ近辺の交通網は回復していない。これは冬が開けるまでは無理かもしれないな。


 そして、今、現在、俺は、リーシアと一緒に街を歩いている。理由は荷物の移動だ。

 リーシア屋敷での滞在期間がどんどん延びて行ってしまっているので、一度宿に置いたままの荷物を回収したいと思ったのだ。というか、吹雪が始まる日に遊びに来てから一度も戻っていないので、色々と用意がなくて大変だったのだ。生活用品――たとえば変えの服とかを宿から回収したいと思っている。

 ちなみに、ここ数日間の替えの服は、リーシア屋敷にあった男性用の服を使っていた。やはり街の支配階級から屋敷だけではなく服などもセットで借りているようだ。ただお借りした服は、どうにも高級品な感じがしてしまい、小市民の俺には少し肌を通しにくいのだ。


 そんなこんなで、リーシア屋敷を一度出て宿に戻ろうとすると、リーシアは寂しそうな顔をしたのだ。「荷物を取ったらすぐ帰って来るから」と彼女に説得すると、リーシアは安心したような顔になったが、すぐに、「まだ寒いから心配だわ……」と呟き、一緒に来たいと言い出したのだ。

 まあ、特に一緒に来て欲しくない理由もないので、一緒に行くことにした。正直、寒いから心配ということなら、細身のリーシアが外出する方が、俺には心配なのだが……


 独特なリズムなリーシアと、のんびりと会話しながら寒い街を歩く。まだ吹雪は止んだが、街中雪まみれだ。雪の景色と、幻想的で儚げなリーシアの雰囲気は何ともマッチしている。あと可愛い。もし人に属性があったとしたら、リーシアはきっと雪属性だな。

 目的地である宿に着くと、リーシアはぼそりと呟いた。


「ここがロランの宿ね……」


 じっと重要な物を見るような視線を宿屋に注ぐ。いつもよりもぼんやり要素が少ない。真剣リーシアだ。いつもと違って、これはこれで可愛い。


「うん。ここでお世話になってたんだ。ちょっと部屋に行ってくるね」


 俺が歩き出そうとすると、リーシアが俺の袖を摘まんだ。弱く小さな力だ。


「…………私も行ってもいいかしら……?」


 リーシアは俯き気に、そして頬を少しだけ赤くしながら、そんなことを口にした。

 ……まあ、別にリーシアならいいか……? そんなに危険物は無いけど……あ、でもお金はいっぱいあるか。あ、いや、でも、どう考えてもリーシアの方が財力も権力もありそうだし、俺の持ってるお金を見ても問題無いか。


「ええっと、うん、まあ、その大丈夫だけど……でも、ちょっと散らかってる。あと数日は誰も使ってないはずだから、なんか換気とか掃除とかしてなくて、汚いかも……?」


「大丈夫よ……」


 リーシアは小さく頷いた。可愛い。


「じゃあ、まあ、行こうか」


 そうして、リーシアを引き連れ部屋へと入る。部屋に入る前、リーシアの頬の赤みがいつも以上に強かった。俺も何となくどきどきしてしまう。部屋そんなに汚れてないといいけど……


「ここがロランの部屋ね……」


 部屋の中をリーシアが見回す。何となく気まずくなってしまい、俺は少し急ぎ気味に持ち帰る荷物を漁る。お金は盗まれたりしていないようだ。数日空けたので少し心配だったが、宿内の治安が良いのだろう。

 俺が急いで必要な荷物を分離している一方で、リーシアはふらふらとベッドの方へと近づいていく。なんか足取りが良くないな? もしかして、寒くて体調を崩してしまったのだろうか? 宿の中とはいえ、リーシア屋敷に比べれば普通に寒い。やはり、リーシアを連れてくるのは良くなかったのかもしれない。


「ここがロランのベッドね……」


 小さな呟きが耳に響いた。はて?


「そうだけど、リーシア……?」


 不思議に思い彼女を見る。するとリーシアは、体をびくんと跳ねさせて、そしてハッとしたような顔になりこちらを見た。


「ロラン、違うの……」


 今日はどんな風に違うんだろう。


「うん」


「ロランのベッドがあったから……ベッドがあるって言っただけなのよ……?」


 そう言うとリーシアは気まずそうに俺から視線を逸らした。何かあったようだ。


 それには深く追求せずに、俺は荷物を準備することにした。一瞬、『疲れているようならベッドに腰かけてもいいよ』と言うか悩んだが、それをすると、リーシアが本当に倒れてしまう可能性があるので、提案はしないでおいた。

 荷物の整理をして、必要な分をバックパックに入れて部屋を出ようとすると、リーシアが不思議そうな顔をした。


「ロラン、忘れ物があるわよ……?」


「ん? いや、これは忘れ物じゃなくて……すぐには使わなそうだから。必要な分だけ屋敷に持ちこもうと思ったんだ。だから、これはこの宿に残しておこうと思って」


「……? それだと、宿代が余分にかかっちゃうわよ……? 宿は解約した方がいいと思うわ……」


 確かにそれはそうだが……何と言うべきだろうか、リーシアは宿代なんて気にするんだ……いや、俺も本来はケチな性格だから気にするタイプだが。でもなんか全部荷物持ってく方が気まずいし、それに今はまだ資産に余裕があるので、宿を倉庫代わりに使うのにそこまで抵抗がないというか……


「えっと、まあ倉庫代と思ってるよ。それに、まあ、いつかは戻って来るわけだし……」


 やんわりと、リーシア屋敷にいつまでもいれないという伏線を撒いてみる。


「ずっと屋敷にいていいのよ……?」


「いや、そこまで迷惑はかけられないから……」


「迷惑じゃないわ……」


 俺がやんわりと断ろうとするが、即座にリーシアが言葉を発した。そして期待したような目でこちらを見てくる。

 うーん。リーシア屋敷にお世話になるのは凄く心地良いのだが……いや、しかし、これ受け入れちゃうと、本当にずっと居座っちゃいそうだから止めておこう。闇落ち回避だ……!


「えっと、それは良くない気がするから。ごめんね」


「そう……」


 リーシアは悲しそうな顔をした。なんか可哀想……俺の心に大きなダメージが入った。よわよわリーシアは、つよつよリーシアなのだ。

 しばらく悲しそうなリーシアをどう励ますか悩んでいると、彼女がふと口を開いた。


「そういえば……ロランは音楽とか好き……?」


「音楽? 結構好きな方だと思うけど。リーシアは?」


「そうなの……私も結構好きだと思うわ……」


「そ、そっか。一緒だね」


「そうね。一緒だわ……音楽好きなのね。分かったわ」


 リーシアはまるで『大事なことを成し遂げた』かのような顔をした。よく分からなかったが、とりあえず、悲しいモードが無事終了したようで良かった。



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通勤夫です… 主人公がかわいいリシャを連れて出発するのを宿の主人はどう思ったのだろうか ところで、私はもっとスイちゃんを求めます!! 私はスイちゃん不足です!!!
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