3章33話 リーシアと夜会話
そうして、三人でまったりと過ごしているうちに、気づけば夜になってしまった。
雪が止めば帰ろうと思っていたが、吹雪は時間が過ぎても止まなかったのだ。そのためか、リーシアやルミに勧められるがまま、俺のリーシア屋敷滞在期間は延長となった。
ベッドに横になりながらも、ぼんやりと思考を巡らす。とはいっても、あまり大した思考ではなく、吹雪は何時止むのだろうとか、リーシアへの想いをどうしようとか、ユリアが追いかけてきたらどうしようとか、そんな事を漠然と考えていた。
何と言うか、昨日、睡眠時間を取りすぎたせいか、眠れないのだ。眠れないので、何か眠くなる考え事をしているのだが……うーん羊の数でも数えるべきか……?
ああ、なんだか、考え事をしていたら喉が渇いてしまった。
仕方ないので、物音を立てないように起き上がり、一階の広間へ向かう。広間にある水瓶を求めるためだ。
リーシアとルミはもう眠ってしまっているだろうから、ゆっくりと音を立てないように、静かに忍び寄る。
そうして広間に着き、水瓶を握ったところで、ギシリと音が背後から響いた。俺は慌てて背後を見る。
リーシアがいた。
「……! ん、あ、あ、リーシア……? どうしたの……?」
俺が驚くと同時にリーシアも驚いた顔をした。
「ろ、ロラン……あのね、違うの……その、ロランが何するか気になったの……後をつけてたわけじゃないのよ……?」
な、なるほど。
あ、いや、それは後をつけているのでは……?
「そっか、えっと、その喉が乾いちゃってね。あと眠れなくて。たぶん昨日眠りすぎたからかな……」
「そうなの……? それなら…………ロラン、ちょっと待っててね……」
そう言うとリーシアはキッチンの方へと向かった。はて、と思いながらも、彼女の言葉に従い、少しの間、広間で待った。
しばらくすると、リーシアがトレイを持って現れた。トレイの上には、カップが二つ、それと小皿があった。ふむ……?
「ロラン、これはね、よく眠れるハーブティーよ。一緒に飲みましょう……」
どうやら、気を遣わせてしまったようだ。
「あ、ありがとう。凄く助かる。それじゃ、えっと頂いちゃおうかな……」
いつものソファーに座り、リーシアが持ってきてくれたカップに注がれたハーブティーを飲む。
うん。優しい味わいだ。それにとても美味しい。昨日リーシアが用意してくれたハーブティーに似ているが、少し味が違うな。あんまり比較するのもアレだが、以前の方が美味しかった気がする。
いや、勿論、このハーブティーも十分美味しいし、それに何より、何だか優しい感じがする味や喉越しで、夜眠る前に飲むのにちょうどいい感じだ。
「うん……少しだけナッツも用意したわ。ハーブティーに合うと思うわ……」
「おお! ありがとう。折角なので、頂きます」
小皿の上にあるピスタチオを手に取る。
ん? あれ、このピスタチオ、ほんのり暖かい。ローストしてあるのか……? 手間がかかってるな。味も美味い。ハーブティーによく合う、
「ローストしてあって、美味しい。ありがとうリーシア」
「ううん、良いのよ。気に入ってもらえて良かったわ……」
リーシアはぼんやりと、けれどもどこか嬉しいに答えた。夜だからだろうか、彼女の頬の赤みがいつもより目立って見える。リーシアの頬が赤い理由はつまり、まだ彼女は俺の事もたぶん好きということで……
うーむ。俺もリーシアのことが好きだが……
「ロラン、せっかくだから……眠気が出るまでお話しましょう」
俺が悩んでいるとリーシアが話を振ってくれた。悩んでいるのもアレなので、ありがたく話に乗ることにする。
「あ、うん、そうだね。ええっと、そうだね。実は少し気になってたんだけど……リーシアの好きな動物って兎とかだと思うんだけど……大きい動物は好きなの……? 具体的には狼とかは好きだったりする……?」
つまり、リーシアは動物好きなのか、小動物好きなのか気になるのだ。たぶん小動物好きなんだと思うが……意外と肉食動物とかも好きなのかな……?
「大きいの…………嫌いじゃないわ。狼は、少し前に見たわ。びっくりしたわ……」
ぼんやりとリーシアが答えた。そして俺もすぐに察した。いや、狼って普通に害獣だから、好きとかあり得ないということに。
「えっと、その、ごめん、なんか意味の分からない質問してた。夜だからぼんやりしてたのかも……というか、その、狼に少し前に遭ったって……ええっと、大丈夫だった? いや、勿論、大丈夫だから、今話してるんだと思うけど……」
「びっくりしたわ。でももふもふしてて触り心地が良かったわ……」
リーシアは両手で虚空を掴んだ。まるで当時のもふもふを思い出すかのようだった。
……?
えっと、狼をモフったのか……ちょっと強者すぎる。どういう状況だ……? 大人しい狼だったのか? それとも、猟師とか罠師とかが捕獲したのをモフったのか……? うーん、リーシアの雰囲気やこれまでの言動を考えると、何となくだが、私兵に捕まえさせたような気がするが……
「ええっと、その、たぶん捕まえたんだと思うけど、……でも、そのよく触れたね。噛まれたりしなかった? 怖くなかったの?」
「別に捕まえてないわ……お腹見せてたから、いけると思ったの……」
ぼんやりとしながらリーシアが答えた。
どういう状況だ……? なんか人懐っこい狼だったのかな……?
「ええっと、その、まあ、大丈夫なら良いんだけど、でも危ないことはあまりしないでね……」
「うん……」
そう言うとリーシアは頬を赤らめた。今までの中でも中々に赤い。どうして急に赤くなったか分からず、まじまじと見つめてしまう。俺に視線に気づいたのかリーシアはハッとしたような顔になり、両手で自信の両頬を隠した。
「えっとっ! ろ、ロランはどうやってヒストガに来たのかしら?」
そして慌てたように質問をしてきた。急な話題転換から察するに、頬が赤いのを見て欲しくないのだろう。俺はリーシアから少しだけ視線を逸らしつつ、彼女の言葉に答える。
「ヒストガにはミトラ王国から来たんだ。ええっとミトラ王国のリデッサス遺跡街から馬車でリミタリウス遺跡街に入ったんだ。探索者をしていたからリデッサス遺跡街で少し稼いで、それで、ちょっと東の方に行きたくなって、ヒストガ王国に来たんだ。リミタリウス遺跡街の後は、中央街道を東進した感じかな。シュトラセラの街と、あとヴィアなんとかの街を三つくらい経由して、それで、大雪に遭ったんだ。危うく遭難しそうだったけど、テチュカが近かったから、それでテチュカに立ち寄ったんだ。最初は吹雪に襲われて災難だったけど、テチュカの商会の人が色々と親切にしてくれて、そのおかげもあって宿も無事取れて、なんとか生きてる。ああ、勿論、結果的には全然災難でなくて、むしろ幸運だったよ。リーシアたちと出会えたからね。吹雪に遭わなければテチュカは通り過ぎていただろうし、そしたらリーシアにも会えなかった。だから、よかったよ」
「そうだったの……大雪で……ロランが吹雪に巻き込まれたのは大変だったと思うわ……でも、ごめんなさい。ちょっと嬉しいわ。それがあったから、私もロランと会えたんだものね…………ロランを助けてくれた商会は何て商会なの……?」
「ライゼハンデ商会だよ。タオルや暖かい場所と飲み物に食べ物、宿の手配もしてくれて、至れり尽くせりだったよ」
「そう……ライゼハンデ商会ね。覚えたわ……」
「うん? ええっと、そうだね。良い商会だし、良い商人さんが多かったから、リーシアももし良ければ使ってくれると嬉しいけど……ああ、でも、その無理に使わなくていいからね。俺もなんとなく良い商会だから、機会があったら、何か買ったり売ったりしたいなーって思ってるけど、機会がなかなか無いから……」
「分かったわ……」
ぼんやりとリーシアは頷いた。たぶん分かった感じだ。
「あ、うん。それなら良かった……ええっと、リーシアも確か旅をしてる感じだよね。テチュカにはどんな感じに来たの?」
「……ぁ」
俺が問いかけると、リーシアは口開きかけたが、すぐに口を閉じた。そして何事か考える顔になった後、再び口を動かした。
「…………仕事? かしら……?」
「仕事、ああ、例の……あ、ごめん、もしかして言いにくい感じ……?」
リーシアの職業は推定だが、高級魔道具職人だ。でも秘密にしたそうにしているし、たぶん貴族とかが客だろうから、守秘義務とかもあるのかもしれない。なんか気になるが、あんまり食いつくのも良くないだろうと思い、いつでも話を終わらせる準備をしておく。
「ううん、別に言いにくいわけじゃないわ……ただ、何て言えばいいのかしら……今の仕事仲間……? 仕事仲間が昔この辺りに住んでたの……それで、なんとなく…………」
ぼんやりとしながらも、リーシアが少しずつ言葉を紡ぐ。
ふむふむ……ちょっと情報が増えたぞ。仕事仲間っていうのはたぶんルミではないはず。ルミならルミって言うはず。ということは、やはりリーシアにはルミ以外にも仕事の協力者がいたか。これはやはり、リーシア親方・リーシア社長説が増してきたな……!
「ああ、なるほど、お仲間さんの故郷参りみたいな感じなんだね。それで、ついでにこの辺りでお仕事も引き受けたみたいな感じかな?」
「そ、そんな感じよ……」
リーシアは視線を逸らした。やっぱりあんまり踏み込んで欲しくなさそうだ。この辺りにしておいた方が良さそうだ。
さて、それじゃあ話を変えてと思ったところで、カタリと物音がした。俺とリーシアはそちらに目を向けた。
――物陰から、じっとこちらを窺うルミと目が合った。
「二人して夜更かししちゃダメですよっ!」
厳しい声が広間に響いた。
※
その後、リーシアは部屋へと押し込められ、俺もルミの手により部屋へと連行された。そして、再びルミに押さえつけられ、子守歌を歌われた。そして再びルミの方が先に眠ってしまった。相変わらず尋常じゃない力なので、諦めた俺も眠りについた。
なお、翌日の朝。ルミは二日連続の夜更かしが厳しかったのか俺よりも目覚めるのが遅かった。つまり、俺はルミに抱きつかれたまま朝を迎えたのだ。
目が覚めた俺は何となく気配を感じベッドの横を見た。こちらをじっと見つめるリーシアと目が合った。
俺は再び視線を近くにやった。ルミが抱きついていた。ベッドの上でルミが俺に抱き着いている。リーシアがじっとこちらを見ている……
「違うの」
「違うの……」
俺とリーシアは同時に同じ言葉を口にした。
その言葉と共にルミは目覚めた。そして不思議そうに俺とリーシアを見た。
「……? リーシア様にロランさん……? あれ? 何で二人とも私の部屋にいるんですか……?」
どうやら寝ぼけているようだった。
それから俺はリーシアの誤解を解くために一生懸命に喋った。ルミも昨夜のことを覚えていたのか、呑気に子守歌を歌ったと誇らしげにしていた。
一方で、リーシアもまた言い訳のように、なぜこの部屋に来ているかを説明してくれた。どうやら吹雪きが止み朝日が綺麗だったので、俺と一緒に綺麗な朝日を見ようと部屋に入ったようだ。しかし、俺とルミが寝入っているのを見て、起こしちゃ悪いと思ってじっと俺とルミの寝顔を見ていたらしい。なんともリーシアらしい理由であった。
朝からほんわかしつつもその日はのんびりと過ごした。
なお、まだ外は雪だらけなので、リーシアに引き留められ、またしてもリーシア屋敷での滞在期間は伸びるのであった。