3章31話 リーシアとうさぎの山
吹雪の音ともに目が覚めた。
とはいっても、外の吹雪とは違い部屋の中は暖かい。ただ、外は暗く、薄暗い中で雪の白さが目立っていた。館の中は暖かいが、外はきっと尋常でない寒さであろう。
階段を降り広間に行くと、そこにはいつものようにリーシアがいた。
昨日と同じで、いや、いつもと同じでで非常に美しい佇まいだ。
雪のような儚い雰囲気と、それに反して明るく長い髪を持っている。凛としているようで、どこか弱弱しさがある。強く惹きつけられる美しさというべきか。
ただ、リュドミラと違い、何と言うか脳が完全に支配されるような感じはしない。純粋に美しく、そして、そんな少女が俺の事を一生懸命に想ってくれていることを考えると、こちらの心も強く刺激される。そんな美しさだ。健全というか愛らしいというか……まあリーシアの優しい性格を俺が知っているからだろう。
ただリーシアを見ていて一つ気になる事があった。リーシアは凛としている風なのに、沢山の兎を抱きかかえている姿は、どこかちぐはぐに思えてしまうのだ。
ん?
なんで、沢山兎がいるんだ……? この前、輪投げ屋で入手した兎は一匹のはずだが……
広間の扉を開けた音に気付いたのかリーシアがこちらを見た。
「ロラン……おはよう」
ぼんやりとした顔でリーシアが口を開いた。少し眠そうに見える。眠そうな姿も普通に可愛い。
「おはよう。リーシア。その兎は……? そんなに一杯いたっけ……?」
「え……? あのね、ロラン、違うの……」
違うようだ。いつものやり取りだが、なんかいつも以上に可愛く感じる。
「うん。どうしたの?」
「これはね。うさぎの方から寄って来たの。それで、いっぱいいたから、抱きしめたらどうなんだろうって思ったの……いつもはこんな事しないのよ……?」
どうやら、兎から寄って来たようだ。リーシアの優しそうな雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
「あ、うん、そうだね。いっぱい兎がいると抱きしめたくなるね。でもこの兎は……あれかな、寒さで迷い込んできたのかな? この家は暖かいから」
「そうね……気付いたら増えてたの。ここは暖かいから入って来ちゃったのかもしれないわね……」
そう言うと、リーシアは抱きしめていたうさぎをソファーに一匹一匹並べていった。優しい手つきに対して、兎たちは嬉しそうに顔を震わせた。そしてソファーを気にいったのか、兎たちはソファーでぴょんぴょんと跳ねだした。兎も可愛い。
「うふふ……跳ねてるわ……」
そして、兎たちをリーシアが嬉しそうに見た。
「この兎って、前、輪投げ屋さんで出会った兎と少し見た目は違うね。暮らしてるところとか違うのか」
増えた兎たち……全部で四匹だろうか。四匹増えて、輪投げ屋さんで入手した兎を入れると合計五匹だ。そして、そして輪投げ屋さんの兎だけ違う種類で、新しい兎たちは全て同じ見た目をしている。どれも可愛い。
「ロラン、この兎はね、ティーラビットって言うのよ」
リーシアが得意げな顔で話し始めた。やはり兎には一家言あるようだ。兎に関して得意なリーシアはどこか抜けてて可愛い。
「ティーラビット……なんかいつもハーブティーを飲んでるからか、ついつい飲み物を連想してしまう……」
「……ちょっと合ってるわ。ロランは紅茶って知ってる……?」
ほう……
「ああ、知ってるよ。この辺りだとかなり珍しい飲み物だよね」
ミトラ王国にいた頃、ユリアと一緒に飲んだ飲み物だ。あと地球にいた頃もよく飲んだ飲み物だ。ちょっと懐かしいな。ちなみに、ヒストガ王国に入ってから飲めていない。入手に難があるのだ。
「あら……? 紅茶を知ってるのね……えっとね、紅茶の元……チャノキは南の方で取れるの。それでね、チャノキの近くによく住んでたうさぎをティーラビットって呼ぶのよ。ただ、呼び方が広まっちゃって、そのうち、ハーブティーに使うハーブの近くに住んでるうさぎもティーラビットって呼ぶようになったの。だから、ティーラビットは沢山いるのよ……この四匹はヒストガでよく見かけるティーラビットね……」
「へー、そういう由来なんだ。ティーラビットかー」
なんとなくだが、漠然と、スイがもしいたら、『このうさぎを煮れば……これが本当のティーラビットティーです……!』とか言うのではないかと思ってしまった。いや、流石にそんなこと言わないか……
「ロラン、このうさぎでハーブティーを淹れたりはできないわよ……?」
リーシアがじっとこちらを見ながら呟いた。
アホなことを考えていたのが読まれてしまったようだ……
「あ、ごめん、今、俺そんなこと考えてそうな顔してた……!?」
「ううん、でも、前、うさぎをお湯に入れて出汁を作ろうとした人がいたの……うさぎは水が嫌いだから、そんなことしたらダメなのに。あ、でも、ちゃんと注意したら、やめてくれたわ」
まさか、本当にそんなことする人がいるとは……アホな考えのつもりだったが、世界は広いようだ。
「そっか。変わった人もいるんだね」
「うん……でもきっと悪気はなかったんだと思うわ」
「そうだね」
そこまで、話したところで、リーシアがふと十秒程度黙った。ぼんやりと、ソファーの上で、どこか遠い所を見つめている。彼女の手は近くにいるうさぎを撫でている。ぼんやりしてるところも可愛い。
だが次の瞬間、リーシアは何かに気付いたような顔をした。そしてすぐに俺の方を見た。
「ロラン、紅茶を知ってるのよね……?」
「知ってるよ。結構飲むのが好きでね」
「そうなの。私も結構飲むのよ……」
ほう。珍しい。こっちの世界ではユリア以来だ。
「へぇ。少し珍しいね。あんまり飲む人がいない……というか紅茶自体珍しいよね。ヒストガでは見たことが無かった気がする」
「そうね。珍しいわ……ロランは紅茶、飲みたかったりするのかしら……?」
「結構好きだからほどほどに飲みたいけど……もしかして……?」
俺が問いかけると、リーシアが頬を緩ませた。可愛い。
「あるわ。せっかくだから、後で皆で一緒に紅茶飲もうかしら」
「おお! 凄く嬉しい。あ、いや、なんか催促したみたいでゴメン」
「いいのよ。久しぶりに私も飲みたかったから……それに……うふふ」
リーシアが俺の方を見ながらにやにやと笑った。少し悪戯心を感じる笑みだ。リュドミラとスイの笑顔を足して二で割った感じだろうか。非常に珍しい悪戯リーシアだ。初めて見たかも……でもこれはこれで可愛い。
「なんかある感じ……?」
「うふふ……秘密よ……」
何だか嬉しそうな表情だ。何かを期待しているようにも見える。思うに、何かサプライズがありそうな感じだな。サプライズをやる人が、サプライズをされる人の驚愕を期待しているような空気をリーシアからは感じる。頑張って、リアクションしないとな……