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3章30話 眠れなくても寝なくては


 それから、ルミの疑念を解くために努力を重ねたが、残念ながらその努力が実ることはなかった。


 ただ、一方で、元リーシアの部屋を貸すことに関してはルミも異議がなかったのか、俺の泊る部屋が変更になることはなかった。喜んでいいのか分からない判断だ。けだもの疑惑を抱えたままなら、別の部屋の方が良いのだが……いや、まあ、部屋を借りる側だし、あまり文句は言えないだろう。


 一度リーシアのいる一階に戻り、緊張しながらも少しだけ話をした後、おやすみと交互に告げ合い、再び借りた部屋へと入った。

 ドアを閉めて、今一度部屋の中を見る。第一印象と変わらない良い部屋だ。ただ、第一印象と違う点を挙げるとすれば、それは今日の朝までリーシアが使っていたという点だ。


 ……駄目だ。

 何だか、どきどきしてしまう。


 リーシアという少女の存在を非常に強く感じてしまった事、そして、その少女が使っていた部屋に泊ることになった事、この二つが交互に共鳴して俺に襲い掛かって来る。片方だけでも強敵だが、両方揃うと、より落ち着かなくなってしまう。


 ああ、どうしたものか。今でも、リーシアの事を思い出してしまう。彼女の一挙手一投足が心に焼き付き、繰り返し頭の中で再生されてしまう。非常に美しい自然体の姿、時折する弱弱しくも凛とした姿、小さな喜びを嬉しそうにする姿、兎を撫でる時の優しく微笑む姿、そして何よりこちらを愛おしそうに見る姿、どれもこれもが俺の頭の中から離れない。

 なんて可愛らしくて素敵な少女なのだろう。そして目の前の立派なベッドには今日の朝まで、その少女が使っていたベッドがある。ごくり。


 いやいや、落ち着くのだ。これではルミの言った言葉を否定できないではないか。

 落ち着け落ち着け、やるべきことをするのだ……そうだ、もう寝ないと。あまり夜更かしをしてはいけない。うん。


 俺は決意を固めて、ゆっくりと天蓋付きのベッドに近寄る。

 大きいな……それに何だか、良い匂いがするように感じてしまう。

 落ち着け、落ち着け。ちょっとお邪魔して、一眠り借りるだけだ。

 ふう、ふう、ふう。

 よし。


 ゆっくりベッドに入る。ふわふわする。高品質なベッドだ。温かいし手触りも良いな。あ、やばい、凄く良い匂いがする。たしか、リーシアってこんな匂いだった気がする。あれ、変だな、屋敷に出入りするようになって、リーシアの匂いなんて自然と知っているはずなのに、今では、なぜだかとても良いもののように感じてしまう。


 落ち着け、落ち着け、無心になるのだ。無心になって寝るのだ。


 ………………


 …………


 ……


 駄目だ。眠れない。

 何でだろうと一瞬思うが、すぐに気付く。当然だ。なぜなら、俺は少し前まで眠っていたのだ。しかも状況から考えて七時間以上寝ていたと思う。そんなに連続で眠っていたのだから、今は眠くならなくて当然なのだ。しかし、寝ないわけにもいかないし……少し夜更かししよう。それで眠くなってから寝よう。


 とりあえず、一度ベッドから離れる。このベッドは危険だ。

 部屋にある椅子に座り、一息つく。ふう。

 この椅子も何度か座り心地が良いし、センスが良い見た目をしている気がする。高級品だろうか……?

 それに、ベッドほどではないが、良い匂いがする。ごくり。


――いやいやいや、落ち着け落ち着け。そうだ、こういう時は、これから先のことでも考えよう。


 ええっと、逃亡計画だろうか?

 とりあえず、テチュカ近郊の交通網が回復した場合のケースと、交通網が回復していないがユリアが来てしまったケースについて考えてみよう。

 まあ、どちらにしろ街を出ることを優先することになるのだろう。


 ふと、『この街を出るともうリーシアとは会えない』と思ってしまった。

 そんなことは分かりきっていたはずなのに、なぜだか、それがとても辛い事のように感じてしまう。心に重くのしかかるようだ。

 リーシアの存在が彼女と出会った時以上に大きくなっているというのは当然ある。毎日会っているのだ。日に日に情が湧いてしまうのは自然だ。そして、その情が一線を超えてしまって、強く彼女を求めるようになったのだろうか……?

 いや、違うな、そうじゃない気がする。なんだか、突然、彼女の事を強く意識するようになった気がする。それも今日一日で。何故だろう……? 今更になって、彼女の素晴らしさを俺の心が理解したのだろうか? それとも何か別の……? そういえば、リュドミラのことをあまり意識しなくなったな。いや、それはまあ、リーシアという素晴らしい存在に気付いてしまったから、結果的の脳から追い出されたと考えるのが自然か。

 ん? でも、あれ……何だろうか、因果が逆のような気もする。リュドミラのことを意識しなくなったから、リーシアが心の中に入って来たということは無いだろうか……? うーん。それはそれで変か。 

 あ、なんか、駄目だな。逃亡計画を考えるはずだったのに、気づけば結局リーシアのことを考えてしまう。リーシアから考えを逸らすはずだったのに……


 ……ん?

 あれ?


 何だろう。視線を感じる。いや、夜に一人で部屋にいる状況で視線を感じるはずがない。もしかして……お化けか……?


 俺は、ぎぎぎと緊張しながら体を視線が来る方向――部屋の扉の方へと向ける。


――扉はちゃんと閉めたはずなのに、半開きになっていた。


 思わずギョッとする。

 そして、こちらをジッっと見つめる黒と白の二色髪の少女――ルミと目が合った。


「え、あ、ルミ? え、どうしたの……?」


「ロランさんこそ、どうして眠らないんですか」


 ルミはこちらを怪しむように見た。


「ね、眠れなくて……ルミは? 眠れないの?」


「ロランさんを監視してます……!」


 ぐぐぐと力を込めてルミが俺の方を見る


「なんで……?」


「ロランさんがけだもの(・・・・)ロランさんにならないか見張ってます……!」


 まだ疑われている!

 ……むむむ、否定できない面もあるが、否定しなくては。


「な、ならないよ……?」


「本当ですか? ずっと起きてて怪しいです……! 夜這いとかしたらダメですからね……!」


「いや、本当に。さっき寝すぎちゃったから眠れないんだと思う。心配かけちゃってごめん」


 とりあえず、正直に言い訳する。あ、違う、間違えた。正直に、事実を述べる。


「……そ、そういえば、そうでしたね」


 ルミは気まずそうに目を逸らした。俺の事情に理を感じたのか、申し訳なさそうにしている。なんか、俺まで申し訳ない気分になる。


「いや、まあ、気にしないで? ええっと、他には何かあるかな?」


 このままルミと話してもいいか、あまり騒ぐとリーシアにも迷惑をかけてしまうかもしれないし、俺自身の覚醒度合が上がってしまう。早く寝たい気持ちもあるので、ルミとの会話はこの位で切った方がいいだろう。まあ、ルミとの会話を止めても、すぐ寝れるかどうかの保証はないけれど。

 一応、このまま適当に考え事をして眠くなるのを待つのが今できるベストだと思っている。


「え、えーっと、それなら、ロランさんが寝るまで、子守歌、歌います!」


 気まずさからか、責任感からかルミが少し変わった提案をしてきた。

 子守歌か……うーん?


「それは、何て言うか、気持ちは嬉しいけど、ルミはきっと俺よりも朝は早いだろうし、もう眠ってしまった方がいいんじゃないかな? 俺もちゃんと寝れるか分からないし」


「それなら――! えっと、えっと、……そうだ! それなら、ロランさんが寝るまで、添い寝します!」


 ルミはまるで閃いたといったような表情で、予想外の事を口にした。


「いや、それは、ちょっと……添い寝はあんまり良くない気がする」


 そこはかとなく、不健全なことのように思えてしまう。


「良くないですか?」


 ルミは不思議そうに尋ねた。


「え、あ、うん。それはまあ。というより、何で、添い寝……?」


 思わず疑問が漏れる。


「昔、眠れないときにリーシア様がしてくれたことがあって、それで凄く、ぐっすり眠れたんです。だからロランさんも眠れるようにって思ったんです」


 リーシアと添い寝を……な、なるほど…………ごくり。

 思わず、想像してしまい、気持ちが高ぶってしまう。そして、俺の些細な感情の変化をルミは見逃さなかった。


「! ロランさん、今……けだもの(・・・・)ロランさんになってませんでしたか?」


「え?」


 俺は素早くすっとぼけた。


「今の怪しいです! やっぱり今のロランさんはけだもの(・・・・)ロランさんです……! こうなったら問答無用です!」


 そう言うや否やルミは俺の腕を掴み無理やりベッドへと引っ張る。


「え、ちょっとちょっと、ちょっと……!」


 尋常じゃない程の力に抗えず無理やりベッドに引き倒される。そのままベッドの上でルミは横になりながら、俺の片腕を抱きかかえた。


「ロランさん、今日はこのまま寝てもらいます。ロランさんが寝るまで一緒にいますからね……!」


 使命感に燃えるような瞳を携えてルミが宣言した。


「いや、いや、いや、それはよくないよ」


 言葉を口にしながら、腕を動かすが、ルミがしっかりと抱え込んでおり、まったく外れない。というより、凄い力だ。なんで小柄な少女なのに、俺より力があるんだ……?


「ダメですよ、ロランさん。諦めて下さい。ロランさんは今日ここで寝るんです。リーシア様の寝室に行かせたりしないですからね」


「いやいやいや、リーシアの部屋には行かないよ。このまま普通に眠るから……」


「それなら寝て下さい。ちゃんと眠れたら離してあげます」


「いや、さっきも言ったけど、俺ずっと眠ってたから、眠るまでかなり時間がかかるし、たぶんルミに迷惑をかけちゃうから」


「大丈夫です……! ロランさんが眠るまで一緒にいます……! だから、ロランさんも眠ることに集中して下さい。子守歌、歌いますね」


 そう言うと、ルミは子守歌を歌い始めた。

 もうどうしようもなくなったので、俺は素直に目を閉じてルミの子守歌を聞きながら眠ることに集中した。

 しかし、眠りは訪れず、気づけば子守歌は止まった。なんとなく目を開ける。ルミは目をつぶっていた。

 俺はゆっくりと自身の腕を動かそうとするが、びくともしなかった。ガッチリと固められている。少し強めに腕を動かそうとしたが、それも無駄に終わった。何となくルミを見る。起きている感じはしない。ぐっすりと眠っている。寝ているのに力が籠っているのは何故なんだ……


 どうしたものか。


 ルミが眠ったのならば、ベッドから抜け出し椅子で眠ろうかと思ったが、これではベッドから離れるは無理そうだ。困ったな。どうしようか。ルミを起こしてもう一度説得を試みるべきだろうか。彼女の方を見る。幸せそうな寝顔だ。なんだか邪魔したら悪いな……仕方ない、今日はこのまま眠るか。


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スイちゃん、ルミちゃん、そしてあの赤毛の怪物。どうしてこんなに小柄なのに怪力な女の子が多いんだろう? 男が欲望を持つのはごく普通のことだと思うのですが… そうは言っても、ルミは良い睡眠枕になるでし…
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