3章29話 けだもの
「えっと、それはありがたいんだけど、えっと、泊るっていうと……?」
「ロランが泊る部屋よ……今日は泊っていくでしょう……? 外、猛吹雪よ」
リーシアの言葉通り、確かに屋敷の外からは大きな音が聞こえている。だいぶ雪が吹雪いているのだろう。
でも、だからといって、リーシアの屋敷に泊っていいものか?
「泊る……それは、確かに助かるけど……ええっと、本当に、いいの……?」
「勿論よ。こんな危ない中、ロランを一人で帰らせるなんてできないもの……」
リーシアは決意に満ちた表情をしている。意志が固いように見える。
実際、こんな吹雪で夜帰るのは、危険な気がする。
……どうしよう、このまま一日お世話になってしまおうか。その方が安全だし、リーシアが良いと言うなら良いような気もする。けれど、俺が今リーシアに抱いている感情を考えると、同じ屋敷の下で一晩を過ごすのは良くないような気もする。
ううむ……だが、しかし……
ええい、ままよ!
「じゃあ、その、一晩だけ、雪が収まるまでの間、厄介になってもいいかな?」
「うん、まかせて…………雪が収まるまで…………収まった後も、いてもいいのよ……?」
リーシアは俺の頼みを受け入れた後、少し自信無さ気にしながらも続く言葉を口にした。
その可愛らしい言葉に、一瞬だけ頭が破壊されそうになる。ほわほわしているが、凄く人を惹きつけるところはリュドミラと大差ないのかもしれない。
「ああ、その気持ちは凄く嬉しいよ。ありがとう。でもとりあえずは雪の間かな、あんまりずっといてもルミにも迷惑をかけちゃうし……ああ、まあ最近ずっとご飯を含めて色々とお世話になってたから、もう迷惑をかけちゃってると思うけど」
「――私は、全然迷惑じゃないですよ!」
俺の言葉を拾うように黒と白の二色髪の少女――ルミが言葉と共に広間に現れた。二階での整理は終わったようだ。
「あ、ルミ。えっと、ありがとう、二階に泊る場所を準備してくれたってリーシアから聞いたよ」
「はい! どういたしまして、です。二階は準備万端です……! あ、それと、ロランさん、おはようございます。随分ぐっすりでしたね」
ルミの言葉に苦笑いを浮かべてしまう。正直、今日はずっとリーシア屋敷で寝ていたので恥ずかしい。おまけに、寝ている間に吹雪の夜になってしまい帰れなくなった。恥の上塗りだ。
「その件は、二人とも、本当にごめん。なんか、ぐっすりいっちゃった。なんだろう、リーシアのハーブティーが美味し過ぎたのかな……?」
適当な言葉を口にしたが、それと同時に違和感を覚えた。
なぜだか、リーシアとルミが緊張したような気がしたからだ。はて? 言い方が悪かったかな? これだとリーシアのせいで寝てしまったように聞こえるか? ちょっと言葉を付け加えよう。
「ああ、いや、勿論、良い意味でね。最近あんまり寝てなかったからリラックスしちゃったのかも。リーシアの淹れてくれたハーブティーは安らかな気持ちになれてとても良かったから。寝不足の体には凄く良かったのかも。ああ、いや、それはもう、遊びに来る前にちゃんと寝ろよって話だよね。ごめんごめん」
少し笑いながら誤魔化すと、ルミはすぐに安心したような顔になった。
一方で、リーシアは何かを気にしたように目を伏せてしまったが、しばらくすると気を取り直したのか、普段の表情へと戻っていった。
また、その間、ルミが用意してくれた夕食を食べた。もう時間的には夜食といった感じであった。ちなみに味はいつもとは違うが美味しかった。夕食からだいぶ時間が経過しているため冷めていたが、それでも不思議といつもとは違う美味しさがあった。気になりルミに聞いたところ、俺が眠っていたため、冷めても美味しい料理を中心に夕食を作ってくれたようだ。何ともありがたい話だ。
そして、ありがたい話は他にもあった。特別にルミが一品だけ夜食用に暖かいものを新たに作ってくれたのだ。ルミの料理は冷たくなっても十分美味しいが、やはり暖かいものはより美味しい。大変満足しながら、作り立ての熱々のスープを頂いた。他の料理との相性も良く美味であった。
夜食を食べ終わると、ルミが二階を案内してくれるということになったので、彼女の後に続き屋敷に二階へと足を踏み入れた。
いくつかの部屋の位置を教えてもらった後、ルミがある部屋の扉を開けて、中を指差し口を開いた。
「ここがロランさんの部屋です。この屋敷で一番良い部屋ですよ……!」
紹介に与った部屋を見る。広い部屋だ。少なくとも俺の借りている宿の部屋より大きい。
それに中は暖かい。
天蓋付きのベッドは大きく、その他の家具・調度品もなんだか上品そうだ。それにとても高価な物のように見える。貴族のお部屋みたいな感じだ。清掃もしっかりされている。ルミが綺麗にしてくれたのだろうか。ただ、お客様用というには、どこか生活感がある。以前まで誰か使っていたのだろうか?
「え、それは、ありがとう。でも一番良い部屋をいいの? というか、そういう部屋ってリーシアが使ってるわけじゃないんだね」
お客様用にわざわざ開けておいたのだろうか? でも、リーシアの立場やルミとの関係性を思うと、一番良い部屋はリーシアが使うのが自然な気がする。リーシアは上流階級か、準上流階級っぽい気がするし、こういう部屋を使ってもおかしくはないと思うのだが。
「普段はリーシア様が使ってますよ。昨日まで……いえ、今日の朝までリーシア様が使ってました。でも、今日からはロランさんが使っていいってリーシア様が言いましたから。どうぞ……!」
あ、普通にリーシアが使ってたのか……ん、でも、それって……いいのか? 色々な意味で……というか、何でリーシアが使っていた部屋をわざわざ俺に……? 一番良い部屋だからか……?
「えっと……それは、なんというか……いいの? リーシアが使ってたのに、俺が使っても?」
不安の色が声に混じってしまう。一番良い部屋を使っていいのか、わざわざリーシアに部屋を移動してもらっていいのか、そして何より、リーシアが今日の朝まで使っていた部屋を俺が使っていいのだろうか。
ふと、リーシアという儚く優しい美少女の存在が頭の中でフラッシュバックする。あ、やばい、なんか、やばい。落ち着け、落ち着け……!
俺の質問が変だったのか、ルミは胡乱気にこちらを見た。
「ロランさん……! 好きに使っていいですけど……エッチなのは、メッ! ですよ……!」
そして釘を刺した。
…………
……いや、違う。そういう、つもりは、ない、と、思う。たぶん……
「えっ! いや! そういうのは……考えて、ない、よ?」
ルミが半眼でジトっと俺を見た。
……圧を感じる。
「メッ! ですよ……!」
そしてもう一度釘を刺した。
「勿論……!」
俺は必死に答えた。
しばらくルミは半眼で俺に圧をかけてきたが、数十秒ほどして、圧を緩めた。
「むー、ロランさんがリーシア様と仲良くなるのはいいですけど、いきなりエッチなのはダメですよ」
「いや、そういうことは思ってないよ」
「でも、起きてから、ロランさん、リーシア様のことエッチな目で見てた気がします……! リーシア様の事、好きになって欲しいですけど、エッチなのはもっと後じゃないとダメですよ……!」
ふぁっ!
『起きてから』というのは、なかなか鋭い意見だ……
と、とりあえず、ここは否定しなくては……俺の名誉のためにも。
「いや、そういうことは思ってないよ」
とりあえずトーンを一定にして、先程と同じ言葉を繰り返す。こういうのは変に言い訳したり、トーンを変えたらダメだ。最初の雰囲気と同じ感じで、自然体で答えねば……!
しかし、俺の精一杯の回答はルミに通じなかったのか、ぷいっとルミは俺から視線を逸らして、
「……けだものロランさん」
と呟いた。