3章28話 回復
ふわりと意識が浮き上がるような、心地よい目覚めとともに瞼を開く。
それと同時に自分が眠っていたことに気付いた。なんだろう? 何か夢でも見ていた気がするが……
いや、それよりも、この感じ。今、俺がいる場所は宿の部屋ではなさそうだ。
暖かい部屋、気持ちのよいベッド、心地よい毛布――ええっと、ここは……? 首を動かし周囲を確認する。ベッドの上に寝ているかと思ったが、正確には違った。ソファーの上で寝ていたようだ。そうだ、何となく思い出してきた。俺はたしかリーシアの屋敷に来て、それから、そう、眠ってしまって――
「ロラン、起きたのね……」
――瞬間、心を鷲掴みにされた。
尋常じゃない程に可愛い美少女が視界に映ったからだ。
非常に美しい少女がそこにいた。まるで絵画から抜け出したかのような存在感で、目を離せない。彼女の姿には凛とした強さが感じられるが、その中にどこか儚げな雰囲気も漂っている。
例えるならば、強風に揺れる花のように繊細でありながらも、その根はしっかりと地に根付いているかのようだ。彼女の存在自体が、この場に不思議な静寂と神秘をもたらしている。まるで時が止まったかのように、その場のすべてが彼女を中心に動いているように感じられる。
一体誰だろう、こんなに美しい少女に初めて会った。
……いや、厳密に言うと、記憶の端にあるリュドミラという少女がとても美しかったような気がするが、しかし、リュドミラを忘れ去らせるほどに目の前の少女は美しい。
ロランという人が起きたことを気にしているようだ。ふむ……? あれ……ロランってたしか、俺が今使っている偽名だったような。それに、ここはリーシアの屋敷だし、俺とリーシアとルミしかいないはずで……こんな美しい少女は…………?
ん…………?
…………
……
リーシア、か……?
え、あれ、目の前の少女、もしかして、リーシアか。え? いや。え?
こんな容姿だったっけ……? ああ、いや、こんな容姿だった気がする。そうだ、確かにリーシアは美しい容姿をしていた。非常に美しいリュドミラと似たような美しさを持っていた。つまり、とても美しいはずで……でも、俺は今まではなぜか、そこまで深く意識していなくて……
「……ロラン……? 大丈夫……?」
目の前の絶世の美少女――リーシアは心配そうに俺を見た。
その瞳は純粋に俺の身を案じているようで、こんな美しく献身的な少女が俺のことを考えていてくれるなど、なんと凄まじいことだろうか。仄かに赤い頬を見ると、まるで、俺に気があるんじゃないかと勘違いしてしまう……いや、違う、勘違いじゃない。俺の都合の良い記憶力はしっかりと憶えている。
目の前の絶世の美少女が以前、俺に告白をしたことを。そう、告白したのだ。リーシアは俺の事が好きだと、はっきりと言ったのだ。俺は当然、それを受け入れ……
え?
いや、そうだった。俺は断ったのだ。
え?
いや、え?
何やってんの? 俺?
馬鹿じゃないのか。
なんで断ったんだろう。馬鹿じゃないか。
あ、いや、リュドミラが好きだとかそんな理由で断った気がする。
は? え? いや、リュドミラとか、どうでも……どうでも良くないけど、良くないけど、それでも目の前の少女を思えば、普通に考え直すことだろう。
というか、こんな少女が一生懸命に俺の事を好きだと言ってくれるならばリュドミラのことなど忘れただろう。現に、俺はあんなに想っていたはずのリュドミラのことを、どうでもいいと思い始めている。
なぜだ? 少し前までは、そう、少し前――ソファーで寝るまではリュドミラのことを意識していたはずで、リーシアのことはそこまで意識してなかったはずなのに……
何かが、変わったのだ。いや、違う、これが正常だ。きっとおかしかったのが元に戻ったのだ。よくよく考えなくても、リュドミラは聖導師だ。故に、俺とは微妙に敵対関係と言える。色々な意味で可能性がないリュドミラよりも、自分の事を好きだと言ってくれるリーシアを好きになるのは普通のことなのだ。今までがおかしかったのだ。
ああ、いや、待て、他にもリーシアの告白を断ったのはとても大事な理由があった。リーシアを俺の問題に巻き込まないためだ。そうだ、それがあった。そうだ、こんな優しい少女を巻き込むなんてよくない。そうだ、そうだ、ちゃんとした理由があった。でも、それでも、こんなに優しく美しく、そして何より俺の事を想ってくれる少女に気持ちに、応えないのはもっと良くないような気がする……
「……ロラン、どうしたの……? 何か変なの? ぼーっとしてるわよ……ぼーっとしたいの……?」
リーシアが不安そうに俺に問いかけた。
――そうだ! リーシアに対応しないと。ずっと無視してしまった! 返事をしなければ!
「い、いや、ごめん、なんか、ぼけっとしちゃってっ! あー、えっと、リーシア、その、……ありがとう!」
返事をしようと声を出すが、焦ってしまい、所々、裏返ってしまった。
「ううん……いいのよ……」
安心したようにリーシアは微笑んだ。
か、可愛い……凄く可愛い。なんか、心に響く可愛さだ。リュドミラのように俺の脳や心臓を支配するような圧倒的な美とは違う。健気で優しく、ほわほわしている……!
「あ、うん、えっと、それにしても! なんか! 音がするね! 外……外の音が大きい、雪がさっきよりも多く降ってるのかな?」
ただ、それでも、こんなに可愛くて何より俺の事を好きだと言ってくれた少女の前だとどうにも緊張してしまう。今までそんなに緊張していなかったのに……なぜ、今更……?
「うん……ロランが眠っている間に、吹雪いてきちゃったの…………結構眠ってたから……」
「え? あ、そうだったの、ごめん……なんか気持ちよく寝ちゃって……ああ、えっとどのくらい経った……? あれ、外、もしかして結構暗い……? あ、いや、雲が出てるから暗いのか……?」
「もう、だいぶ経ったわよ……夕ご飯をね、さっき食べたの……もうすぐ寝る時間よ……」
……え? 俺、そんなに寝てたの……? 確か昼飯を食べた後に寝たから……最低でも六時間以上寝てたのか……?
俺が茫然としていると、リーシアが少し慌てたように口を開いた。
「あ、あのね……違うの……気持ちよく寝てたから、起こさない方がいいと思ったのよ……気持ちよく眠ってるときに無理やり起こされると、むにゃむにゃしちゃうでしょ……だから、ね……あ、……夕ご飯なら、安心して、ルミちゃんがロランの分も作って……冷めても美味しい料理を作ってくれたのよ……そこに置いてあるから、すぐ食べれるわ。少し遅いけど、ロランもお腹が減ってると思うし、食べましょう」
リーシアに言われて、確かに少しばかりお腹が空いている気がする。最後に食べてから、殆どの時間を寝ていたので、特に立派な活動はしていない気がするが……まあ、それでもお腹が空いてしまっている。ちょっと不思議な気もするが、基礎代謝とかもあるし、そこまでおかしくはないのかな……?
「え、あ、それは、ありがとう。凄く助かる……あれ? ルミは?」
作ってくれたルミにも感謝しようとして辺りを見回すが、彼女がいない事に気付く。
「ルミちゃんは二階の――ロランが泊る部屋を整理してくれてるの……」
ああ、なるほど。
……?
ん? 『ロランが泊る』部屋?
ほへ?