3章26話 苦しむあなたを助けたい
盤上遊戯でリーシアに負けてしまった後、軽く感想戦をして、美味しい美味しい昼飯となった。
相変わらず非常に美味しく、この味に慣れてしまうとヒストガ味には戻れないなと思ってしまう。というか、俺は現在、昼と夜をリーシア屋敷で食べ、そして朝は殆ど食べていない。つまりもう味覚はルミに支配されており、ヒストガ味とはほぼ決別しているのだ。とても恵まれている反面、このテチュカを去る時がとても恐ろしくなってしまうと今から恐怖している。
昼食が終わると、いつものようにルミがハーブティーを淹れてくれるところだが、今日は少し違った。ルミは留まり、リーシアが台所の方へと向かったのだ。なんとリーシアが直々にハーブティーを淹れてくるらしい。とても珍しい状況に少し困惑していると、広間に残ったルミが話しかけてきた。
「リーシア様の淹れるハーブティーはとっても美味しいですよ……!」
少し気迫の籠った顔だ。自信があるということだろう。俺の記憶では、ルミは料理だけではなくハーブティーも非常に美味しく淹れてくれていたが……そのルミがこのように言うということは、リーシアもハーブティーに関しては相当上手く淹れるのだろう。
いや、まあ、淹れ方とか関係なく、ハーブがとても美味しいという可能性もあるか? ああ、でも、紅茶とかって淹れ方でかなり味が変わるし、普通にリーシアも上手なのだろう。
「ルミが言うってことは相当上手いんだね。これはかなり期待だね」
一瞬、『ルミとどちらか上手なのか』という疑問が出かかったが、それを聞くのは普通に良くない気がしたので、止めておいた。
「期待して下さい……!」
そう言いながら、ルミも少し緊張しているのか、そわそわとし始めた。
はて……? 本当に上手いのか……? いや、まあ、ルミは嘘とかは吐かないと思うので本当に上手いのだろうけど……なんだろう、リーシアはぼんやりしている感じだから、火傷したりしないか心配してるのかな? リーシアの雰囲気的にはありそうだが……ああ、でもリーシアってかなり器用だし、案外火傷とかとは無縁かもしれない。
しばらくルミと話ながら待っていると、リーシアがゆっくりと広間に現れた。手に持つトレイの上にはハーブティーがあった。見たところ火傷をしているような様子もない。よかった。
「できたわ」
そう言うとリーシアは、それぞれが座る場所の前にカップを置いて回った。
いつもと香りが違う。ルミが今まで出してくれたハーブティーは数種類かあったはずだが、どれとも違う香りだ。不思議な香りだ。でも、どこか落ち着くような、安らぎを感じる種類の香りだ。
「ありがとう、リーシア。いつもと違う種類のハーブなんだね。なんだか落ち着くような良い香りだね」
「……そうね」
リーシアの様子に違和感を覚えた。なんだか少し緊張しているよう見える。なんだろう? もしかして、どこか火傷したのかな? それとも、何か失敗してしまったのかな?
ああ、いや、リーシアのことだから、初めて出す種類の飲み物を俺が気に入るかどうか不安に思っているのかもしれない。もしそうならば、早く飲んだ方がいいだろう。
「じゃあ、さっそく、いただきます」
カップを傾けハーブティーを少しずつ口に含む。
おお……なんだか、とても口当たりが良いな。味も美味しい。いや、凄く美味しい。苦みやえぐみが全くない。澄んだような味だ。ほんのりと感じる甘さや僅かな酸味は果実由来のものだと思うが……いまいち特定できない。でも、美味しい。
今までの飲んだハーブティーで一番美味しいかもしれない。いや、勿論、今までのルミが淹れてくれたハーブティーもとてつもなく美味しかったはずなのだが、それでも、このリーシアが淹れてくれたハーブティーはそれを超えてしまっている気がする。なんだこれは、なんだこれは、というような気分だ。
美味しさに感心していると、視線を感じた。何となく、二人の方をチラリと見た。二人ともカップには手を付けずに俺の事を見ていた。あ、惚けてないで、何か言った方がいいよな。
「凄く美味しいね。これは、何だろう。本当に、凄く美味しい。ハーブの中に乾燥させた果実が一緒に入ってるのかな……? 何かは分からないけど、それが甘酸っぱくて、でも強すぎず上品な味というか。いや、変な話だけど、凛とした味わいで、凄くリーシアっぽいと言うか……」
雰囲気食レポみたいなことを言ってみる。そして言ってて気づいたが、このハーブティーは何だかリーシアみたいなだなと思った。凛としていて、不思議な感じがしていて、安らぎがあって、どれもリーシアが持っている特徴だ。イメージティーみたいな感じか……?
「………………私っぽい……?」
あれ……?
「え、あ、うん、まあ、何となくそう思ったけど……ごめん、なんか変な表現だったね」
どうしてだろうか。何だかリーシアは今嫌そうにしているように俺には思えてしまった。
「…………ううん、ロランになら、そう言われるのは嫌じゃないわ……私っぽいのかもしれないから……」
そういってリーシアもカップを傾けて、ゆっくりとハーブティーを飲み始めた。ちょびちょびと飲み、少ししてからカップから口を放した。
「こんな味だったわね……ロランは私のことをこう思ってるのね……」
呟くリーシアの表情は落ち込んでいるように見えた。
困った。何かリーシアの琴線に触れてしまったようだ。どうしようかと思っていると、視界の端で、ルミが慌てるようにハーブティーを飲み込んだ。
「美味しいです! リーシア様は美味しいです!」
そして、勢いよく味の感想を口にした。慌てていたためか、少々見当違いのことも口にしたようだった。
「……ルミちゃん、私は食べられないわよ……?」
しかも、リーシアに見当違いのところを容赦なく拾われてしまった。
「ち、違うんです、リーシア様……! これは……、違くて……、もう……ロランさんのせいですからね」
あわあわとルミが顔を赤くした。そして、少しだけ非難するような視線を俺の方へ向けた。俺が余計な事を言ったせいでルミが尻ぬぐいをするはめになり、そのせいで、恥をかいたからだろう。
「ごめん」
すまないとは思う。でも、助かったという気持ちもある。なぜなら、赤くなるルミを見ているリーシアは優し気に笑っていたからだ。気分を少し取り戻したように見える。どうして、気分を悪くしたか分からなかったが、回復したようなら良かった。
「まあ、いいですけど……」
ルミもリーシアの優し気な表情を見たからか、矛を納めてくれた。そして、今度はゆっくりとハーブティーを口にした。俺もそれに釣られて自分のハーブティーを飲む。やはり美味しい。リーシアがこんなにハーブティーを淹れるのが上手だったとは。舌と喉でゆっくりと味わいながら、少しずつ飲んでいく。
ほー、はー、ひー、ふー。
む? なんだろうか。
なんだか気持ちがぽわぽわしてきた気がする。それに少しだけ眠気も感じる。ハーブティーの落ち着く香りのせいだろうか、それとも先ほどのリーシアとルミの師弟間の穏やかなやり取りを見たからだろうか。
さらにハーブティーを口に含む。飲み込む。
おいしい。
はー、ほー。
あー。
「ロラン、大丈夫?」
「………………え? あ、うん」
なんだか頭がぼーっとする。ぼーとするから、反応が遅れる。頭が鈍い。今、リーシアが話しかけてきた。はー、あー、鈍い鈍い。でも、よくわからない。カップを持って、口に寄せて、飲む、鈍い、おいしい、頭、あれ?
「とても眠たそうよ……横になってもいいのよ。このソファー、寝転がっても気持ちいいの」
「あ、うん、じゃあ……少しだけ」
促されるまま、横になる。食べた後すぐ横になるのはよくない。けど眠い。ソファーの肌触りが気持ちいい。
「毛布持ってくるわね」
リーシアが何か言った。頭がぼーとする。眠い。でも気持ちいい。ああ、体を何かが包む。毛布だ。暖かい。心地よい。
「ロラン、ゆっくり休んでね。大丈夫よ……私がついてるからね……」
視界に美しい少女の顔が映る。オレンジ色に近い明るい茶髪に、儚げで優しそうな少女だ。誰だっけ……?
だんだんと、視界がぼやけていき、瞼が落ちて、視界が暗くなり、意識も――