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三章幕間 大儀式


 これは、藤ヶ崎戒がテチュカの街でリーシア・ルミと三人で街歩きをしていた日から少し前の話である。



 クリスク聖堂。


 その日も彼女は、いつものように郵便物置き場を見に行き。目当ての手紙を探した。

 そして、いつものように手紙が来ていないことを確認した。

 ここまではいつも通りであった。

 しかし、ここからが違った。

 灰色の髪の美少女――スイはついに怒りを露わにした。


「サボりすぎだ! 手紙サボり罪!! お兄さんはアウトっ! スイちゃんポイントマイナス100億点っ! 今日という今日は許さんっ! どうせユリアとリデッサスで遊んでるんだろっ! ユリアと、ちちくりあってるに違いないっ! ユリアちちくり罪っ! 懲役100万年っ!」


 怒りに震えながら、スイはヘルミーネ礼拝堂に設置してある長椅子を次々と動かし、特殊な配置をした。これはスイが特殊な儀式を実行するための配置であった。

 配置は数分で完了した。長椅子が正八角形に設置され、その中央から少し離れた地点には小さな植木鉢が置かれた。スイ自身は正八角形の中央に陣取り、そして聖なる術の一つ『導き』を使用した。

 少しばかりの『昇華』がスイの体に走る。スイは僅かに頭が冴えるのを感じつつも、唇を可愛らしく尖らせた。


「まずは、お兄さんの居場所チェックだっ! スイちゃんの聖なる陣形パワーを食らえっ!」


 スイの『導き』が彼女の体から漏れ出て、空の植木鉢へと注がれる。そして植木鉢から正八角形を構成する長椅子へ『導き』が伝播していく。

 長椅子が光り、正八角形の光の壁が構築された。スイがさらに『導き』の出力を上げる。光の壁から正八角形内へと光が照射される。スイが光に包まれる。

 そして、スイの意識は今より数日後のテチュカの街へと飛ばされた。





 寒空の下、テチュカの街へ降り立ったスイは周囲を見回した。


「ふむ? ……? うむ? ここはどこだ……?」


 スイは藤ヶ崎戒の正確な居場所を突き止め、彼が犯していると思われる罪――『ユリアちちくり罪』の証拠を掴むために『導き』の応用儀式を行った。

 この儀式は、ただの漠然とした『導き』ではなく、対象となる人物や場所、時間を指定し、そこに聖導師自らが思念体として入り込むという特殊な技術であった。通常の予知よりも精度が高く、また思念体を自分の体のように自由に動かせることから、得られる情報量も圧倒的に大きい。

 欠点としては、儀式の難易度が非常に高く、並みの聖導師では行うのは非常に困難というところであった。繊細な聖なる術を行使し、また普段は決して他者には漏らさないが、さる事情から『大儀式』にも詳しいスイならではの高等技術であった。


 この高等技術を使いスイは、リデッサス遺跡街での藤ヶ崎戒の近況を知ろうとした。しかし、スイにとって予想外のことが起きたのだ。藤ヶ崎戒の数日後の未来に意識を送り込んだはず――けれど、そこはスイの知るリデッサス遺跡街ではなかった。リデッサス遺跡街以上に暗く寒い空、建物の造りもミトラ王国とはどこか違う。スイの知らない場所であった。


「どこだ……? どこだ……? むー、いや、でもお兄さんがどこかにいるはず…………あっ! お兄さん発見! お兄さん発見っ!」


 辺りを見回すスイは目標の人物を見つけた。それと同時に、嬉しそうな笑みが零れた。現実ではずっと会えない人物。その姿を見つけることができたからだ。過去から未来を覗き込んでいるため、スイの姿は誰も捉えることはできない。スイはここには存在しない人間なのだ。ただ、スイだけが一方的に未来を過去から見ているのだ。


「ぐへへっ! お兄さん、お兄さん、ぐへへっ……!」


 美少女が出すにしては少しだけ品のない声を出しながら、スイが戒に近寄る。しかし、次の瞬間、不思議なことが起こった。

 戒が辺りを見回したのだ。彼は唐突に、きょろきょろと周囲を見回す。まるで、誰か不審な人物の見られているかと警戒しているようだった。

 スイは慌てて物陰に隠れた。


「さわさわさわ……! 今日のスイちゃんは蛇のように……! さわさわさわ……!」


 さわさわと口にしながら、スイは戒をチラチラと見る。しばらくして、戒が警戒して歩き出したのを見て、スイは建物の陰に隠れながら戒を追いかけた。過去から未来への尾行であった。


「スネーク……! スネーク……! スイちゃんステレスモード!」


 戒を尾行しながらもスイはふざけたような声を出した。しかし一方で、内心では、先程の戒の行動に頭を悩ませた。


――うむむ? お兄さんには分からないはずなんだけどなー。お兄さんから見たら過去にいる私は見えない。でも気付いたようにも見えたな~。時間系の耐性でもあるのかな? うーむ?


 内心でうむうむ言いながらもスイは尾行を続けた。

 そして、気づけば、戒がテチュカの内壁を通過し、貴族街へと入った。

 スイはそれを見て、まるで当然の権利のように内壁を通過する。本来ならば、特殊な地位や証明書がなければ突破できない内壁。しかし、誰にも認識できない『過去から来たスイ』は、無条件で突破できるのだ。

 貴族街に入る際、数人の衛兵を見て、スイは軽く手を上げた。


「うむ、ご苦労……!」


 偉そうにそう言いながら、スイは戒を尾行する。しかし、途中でふとあることに閃いた。先程、戒が通行手形のようなものを衛兵に見せていたことが気にかかったのだ。

 スイは慌てたように城門へと戻った。そして、どこからともなく、お気に入りの枕を取り出すと、それを衛兵へと見せつけた。勿論、過去からの思念体であるスイや彼女が出した枕など、衛兵には認識できない。


「うむ、ご苦労……!」


 しかし、スイは枕を衛兵の前に出して満足したのか、再度偉そうに言葉をかけたあと、枕をしまった。そして、今のやり取りにより距離が開いてしまった戒を追いかけるために歩き出した。


「お兄さんまてまてー」


 僅かに足早に、しかし、ところどころは蛇のように隠れながら、スイは戒への尾行を続けるのだった。


 そうして、戒と彼を尾行するスイは立派な屋敷へとたどり着いた。二階建ての屋敷は品格と威厳を携えていて見る者を一種の圧力を感じさせる。そして、壁に刻まれた彫刻にはカテナ大陸北部を由来とする文化的特徴に加え、所々にカテナ教のシンボルが描かれている。さらに特徴的な紋章が屋敷には掲げられていた。


「うむうむ……? 貴族のお家かー? しかしカテナ教のマークもある……はっ! さては、ユリアとの『ちちくり』現場だなっ! 家の中にはユリアがいるに違いないっ! お兄さんを『ユリアちちくり罪』で現行犯逮捕だっ!」


 そう言うと、スイはそれまで隠れていたのことを忘れたかのように飛び出し、屋敷の玄関付近にいる戒の横に並んだ。そして、スイは戒の体を突くように手を突き出す。


「どうせっ! 中にユリアがいるんだろっ! 二人でお家デートのつもりだろっ! 間違いないっ! 現行犯っ! 現行犯っ」


 次々とスイの指が戒を貫通する。過去にいるスイは未来であるこの時間帯に干渉することはできない。ゆえに突くこともできず、スイの指はまるで空気のような戒の体を貫通する。互いに干渉できないのだ。

 スイの無意味な突きを受けながら、いや、正確には、スイの無意味な突きに一切影響されていない未来の戒は、屋敷の飛びをノックした。すぐに中から少女の声が響いた。


「ロランさん! おはようございます!」

「御用改めである! ユリ――誰だ、お前っ!?」


 白と黒の特徴的な髪色をした少女が屋敷の中から現れた。スイは突如として現れた人物に驚きの声を漏らした。


「おはよう、ルミ。今日もよろしく…………あれ? ■■■■は? まだ眠ってるの?」


「えっと、■■■■様は……そのー、ちょっと、急用で……! 作業の方が……」


 喋る白黒の少女を見ながらスイは眉をひそめた。


「なんだ、この白黒はっ……! 偽ユリアか? 偽ユリアだなっ!」


 適当な言葉を舌に乗せながらも、スイは内心で違和感を覚えた。

 聞き取れない言葉があったからだ。二回連続、戒と目の前の少女から放たれた音――■■■■という音はスイには上手く認識することができなかった。


「なるほど……そっか、ごめん、出直した方がいいよね」


「いえ、いてください! ■■■■様が帰って来たときにロランさんがいたら、きっと嬉しいですから……!」


 そう言うと白と黒の少女が戒の手を引っ張った。それにより戒はバランスを崩し、「お、とっと……」と声を漏らした。

 それを見たスイは目つきを厳しくした。


「なんてパワーだっ! やっぱり偽ユリアだっ! きっと悪い事をしているに違いないっ! 趣味も拷問とかに違いないっ。職業も拷問官とかに違いないっ。足もくさいに違いないっ!」


 スイは事実無根の容疑を次々と目の前の可愛らしい少女に投げつける。


「あ! ご、ごめんなさい、ロランさん……つい……」


「ごめんで済むか……! というか、さっきから言ってる『ロランさん』って何だ……!? お兄さんはお兄さんだぞっ!」


「あ、いや、全然大丈夫。ええっと、じゃあ、お邪魔しちゃってもいいかな?」


 疑問を挟むスイとは一方で未来にいる戒は気にした風でも無く白黒の少女と接する。それがまたスイを苛立たせた。


「こらっ! お兄さんも勝手に許すなっ! 偽ユリアの暴挙をもっと追及しろっ……!」


「はい! 暖炉の火は入れてありますから、くつろいじゃって下さいっ!」


「こらっ! 偽ユリアっ! 勝手にいちゃいちゃの流れを作るなっ! お兄さんも偽ユリアとちちくりするなっ! せめてユリアとちちくりしろっ!」


 憤るスイを置いて白黒の少女と戒は二人で玄関から奥の部屋へと向かった。


「おいてくなー!」


 スイは、ぷんぷんと怒りながらも二人の後をとてとてと追いかけた。


いつもご評価、お気に入り、感想、いいねなどありがとうございます。

お陰様で、注目度ランキング3位に入ることができました!

ありがとうございます!


今後も更新がんばります!


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[良い点] これを読んでどれだけ幸せだったか表現できません!スイちゃんの可愛さに死にそうになりました! 国家レベルの神聖術を使ったり、蛇のように主人公を追いかけたり。(そして道中の行動の一つ一つが素…
[良い点] せめてユリアとちちくりしろとはスイちゃんさん超ツンデレ! ちょっと前に不穏な気配があったのでこの定期市でほのぼのも遂に終わりか…と思っていたのでスイちゃんさんでほっこりです。 [気になる点…
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